ep.13 迷宮の形
ロギウム村にある一軒家は薬局として開店している。
大抵の場合はそこで過ごすが、夜以降は地下の魔王城に移動する。
対外的には薬作成のためだと言い訳しているが、実際のところは悪巧みだ。
ごく小さなそこは秘密の地下室程度の大きさであり、すべては機能的に配置されている。
ただ、魔王城の本体、あるいは「ダンジョンとしての魔王城」は、さらにその下にある。
「ふむ」
クエストがいくらか終わり、一段落した午後、私はそこへと落下した。
上部に開けられた出入り口から、まっすぐ下へと。
墜落しながら見る景色は、ダンジョンとは名ばかりの、ただの広大な空間だ。
ロギウム村よりも広い一つの部屋であり、その端は視認できない。
わたしは戦闘用の魔王衣装を身に着けていた。
黒を基調としたそれは貴人の衣装にも見えるが、可能な限りの防御術を刻み、生半可な攻撃を防ぐ戦闘用防具だった。
私自身の実力を底上げするものではあるが、どちらかと言えば気分のためだ。
マントをたなびかせ、地面直前で重力をキャンセルして降り立つ。
周囲は、燦々たる有り様だった。
ゴブリンが、巨大ワームが、ガルーダが、動く鎧が、マンティコアが、ヘカトンケイルが戦い合っては散っていた。
身を隠すところもない空間で、モンスター同士が殺し合いをつづけた。
彼らは、ただ強者のみを標的として戦う。
「敵味方識別をしないと、やはりこうなるか」
あの勇者が撒き散らす魔素量はすさまじい。
互いに戦い合わせなければ、発生したモンスターですぐに満杯となり、上へと這い上がる。
彼らは、生成されては戦い、散り、魔素へと還元される。
「そのお陰でこちらの魔素が潤沢なのだから、あまり贅沢は言えないが――」
関節が一つ多い格闘タイプのモンスターの拳を躱し、反撃の魔術を送り込んだ。
頭部を砕かれた巨体は膝をつき、その場で塵となって消え失せた。
手を振り、残滓を払う。
周囲のモンスターが、「見慣れない敵」を警戒した。
「ただ、ここでいくら戦っても、私自身は強くならんのだよなぁ」
ここは、私の作成したダンジョンだ。
言うなればここも「私」だ。
私自身の分身と戦うようなものだった。
いくら勝ってもレベルは上がらない。
お手軽かつ無限に強くなれる方法は、システムが封じる。
「まったく――」
ゴブリン弓兵が放った矢の群れを防御陣で絡め取り、持ち主へ送り返す。
影が巨大な手と化したのを踏み潰し、同型鎧の同時攻撃を無差別光線で薙ぎ払う。
「とはいえやはり、いくらかダンジョン構造を複雑化するべきか?」
部屋中央でふんぞり返り、王様のように振る舞うヘカトンケイルを燃やし尽くし、嘆息した。
ここの連中では、あの勇者に勝てない。
なにせ、勇者が「わずかに撒き散らしている魔素量」で作られたものだ。
「せめて、知恵あるものが必要だ」
配下に欲しいのはそれだった。
残念なことに、今のところ、ここのモンスターにそれが生じた試しはない。
誰も彼も敵を殺すことにしか興味がない。
より強者を倒し、さらなる強者となることだけを求める。
だというのに、私が満足するに足るモンスターは出ていない。
「まあ、これで私がレベルアップすることはないが――」
泡のような呪いが殺到するのを焼き尽くし、その裏から牙を剥き突進した鬼を防御陣で弾き返し、逆巻く風のエレメントを握りつぶした。
「実戦経験の足し程度にはなるか」
巨大魔法陣を天井付近に生じさせ、薙ぎ払う。
降り注ぐ光線がダンジョンの地形を変えた。
今はとても無理だが、リタもそのうちにここで戦わせてもいいのかもしれない。
+ + +
「待たせたな」
「いや、いいけどよ……」
ラプトルが遊びに来ていた。
厄介なことに、コイツは村人に馴染みつつあった。
村を歩いていても普通に挨拶される程度には危険だとみなされていない。
「あんた、マジか」
「何がだ」
「あんたが戦う様子を、こっから見てたんだけどよ、マジであんなに強いのかよ……」
「今更お前に嘘をつく意味がない」
濡れタオルで顔を拭きながら言う。
いくらか汗はかいた。
さすがに気恥ずかしいので、魔王衣装も脱ぐ。
「なあ」
「なんだ」
「……どうして、あんた、まだ村魔王してんだ?」
「?」
とても不思議なことを言われた。
「なにきょとんとしてんだよ!?」
「確かに私は村魔王だが――」
「いや、おっかしいだろぉ!? お前むちゃくちゃ強いだろうがよぉ! というか倒したモンスターも都市対応しなきゃいけねえのがゴロゴロいるじゃねえか!」
「あの程度で?」
「あの程度とか言うな! オレ勝てねえよ!」
「訓練するか?」
「アスレチックに誘うように言うんじゃねえええ! 確実に死ぬだろうがよぉお!!! てーかお前、なんで未だに村でくすぶってんだよ! 実力がまだ足りねえとかそういうレベルじゃねえだろ、意味がわかんねえよ!」
「いや、足りないからだ」
「はあ?!」
「実力が、圧倒的に不足している」
「……オレが知ってる都市魔王よりも、下手したらあんた強そうなんだが?」
「やはりその程度か」
「基準おかしいよな? オレ間違ってねえよな!?」
「最低でも国魔王は越えたいものだ」
「それ人間で言えば村長が「目指せ国軍以上の軍事力!」とか寝言を言ってんのと変わんねえから! 目ぇ覚ませ! オレとしてもあんたがクラスアップしてくれた方が色々と――」
ラプトルが騒ぐのを止めたのは、ノックの音を聞いたからだった。
「いい?」
「はい、どうぞ勇者」
どこか緊張しながら入って来た。
事前に連絡はあったので、リタは避難させている。
「明日のクエストなんだけど、ちょっと面倒だよね?」
「確かにそうですね、りんごの収穫でしたか」
村の北の果樹園収穫を手伝うクエストだった。
「どれに虫が食ってるかとか、あたし分かんないんだけど……」
「紙として資料にまとめておきました、確認してください」
「あ、すっごい助かる。ありがと」
「いいえ」
「ついでに教会に来て祈っていかない?」
「お茶に誘うように言わないでください。残念ながら、この後に用事が発生したので無理です」
「むぅ……」
勇者が横を見た。
正確には、部屋の隅で背中を丸め、小刻みに震えるラプトルを。
「それ、どしたの?」
「仮にもモンスターなので」
「村に馴染んでるよね。あたし、無差別に殺したりしないけど?」
「おそらく相性が悪いんですよ。できれば注目しないであげて欲しいです」
「ふぅん? 面白そう」
「つつかないつつかない」
接触の度にラプトルは「ひッ……!」と悲鳴を上げた。
どこか不満そうにしながらも、勇者は去った。
去った後も、ラプトルは動かなかった。
太陽がじりじりと動く中、私は球体に指示を出し、欠伸をし、わからないところあると来たリタにヒントを与え、店内と店前の掃除をした。
「……なあ、いいか……?」
そうラプトルが口に出せたのは、日が落ちようかとする時刻だった。
さすがに再起動に時間がかかりすぎだ。
「なんだ」
「まさかあんた、あの村勇者を、倒そうとしてるのか……?」
「ああ、そうだ」
「あれを……?」
「あれ言うな、一応、この村の戦力としての代表だ」
「あの意味わかんねえのを……?」
「同意するが、ひどい言い草だな、おい」
しばらく黙って私を見た後、ラプトルゆっくりと首を振った。
まるでドラゴンに挑戦すると木刀を掲げた幼児を目撃したかのようだった。
「なにこの世でもっとも無謀な存在を見るような目を向けていやがる」
「……」
「何とか言え。村魔王が村勇者を倒そうとすることの、なにがおかしい」
「だ、だって――」
一目見ただけで、いや、その接近を感じ取っただけで、ラプトルは勇者の実力を知った。
もう少しだけ、コイツの評価を上げる。
「だって、あれ、オレが知ってる魔神王より強いぞ……?」
私が知る限りの、魔王たちのトップだ。
「だろうな」
百も承知だ。
「だがそれは、私が諦める理由にはならない」
本当に、今更の話だ。




