願い事、無料販売中!返品不可!(童話)
ある街の片すみに、知る人ぞ知る、不思議な店がある。
看板もない、広告もない。けれど、その店には夜な夜な、人が吸い寄せられるように集まる。
店の名前は、《ねがい屋》。
売っているのは、ただ一つ。——「願い」である。
ただし、それは買う人間によって、対価が変わる。
ある日、会社帰りのサラリーマンがやってきた。
「この仕事、まじでクソだ。……思い通り転職の願い、ひとつくれ」
店主の黒猫は、にやりと笑った。
「かしこまりました。代金は——あなたの責任感です」
「は? そんなんいらねーし。持ってけ持ってけ」
その男はそれから無事に転職したが、三ヶ月後にはまた辞めた。
「上司がクズだった」「給料が安い」「やりがいがない」
次々に転職をし、次の願いを買いに来る姿は、二度と見かけなかった。
ある晩、SNSで有名になりたいという大学生が現れた。
「バズる投稿できますように。あと、金が入るやつ」
「はいはい、おまとめですね」と黒猫。
「代金は、あなたの本音と孤独でございます」
「余裕。どっちもSNSでいくらでも誤魔化せるし」
その学生は翌日、ある動画で一気に拡散された。
内容はペットを使った“やや過激”な演出だったが、ウケた。金も入った。
だが数ヶ月後、動物虐待だと糾弾され、アカウントは消え、大学も退学。
炎上を超えて。焼け野原になっただけだった。
そして、ある主婦がやってきた。
「夫が冷たくて……ママ友とも上手くいってなくって……わたしにだけ優しい世界を、願います」
「かしこまりました。代金は——他人の都合すべてでございます」
「そんなの、どうせわたしには関係ないでしょ」
数日後、その主婦は、理想通り“自分にだけ都合のいい世界”に移された。
他人はすべて、彼女の顔色をうかがい、逆らわず、笑い、褒めた。
……が、その「他人」は、すべてAIでできた幻だった。
“都合のいい”とは、“現実ではない”ということ。
彼女が現実に戻ってくることは、二度となかった。
ある晩、店はいつになく静かだった。
そこに、ひとりの男の子が入ってきた。ランドセルを背負った小学生だった。
「ねぇ、猫のおじさん。ねがいって、ほんとに叶うの?」
「ええ、もちろん。どんな願いも、正しい代価さえ払えば」
「じゃあさ、ぼくの願い、聞いてくれる?」
「どうぞ。内容によっては、お見積もりを出しますよ」
少年は、しばらく黙っていたが、ポツリと言った。
「お母さんがスマホを見てばかりじゃなくて、僕の目を見てくれますように」
黒猫は、目を細めた。
「……それは、珍しい“種類”の願いですね。
代価は、あなたの“子どもらしさ”です。それでも、構いませんか?」
少年は、きっぱりとうなずいた。
「もう、そういうのはいらない。寂しいの、やなんだ」
翌朝、母親は急に思い出したように、スマホを置いて息子と向き合った。
ご飯のときに笑い、ランドセルを背負う姿を褒め、寝る前に絵本を読んだ。
ただ、母親はふと気づく。
息子がもう、子どもらしく笑わなくなったことに。
黒猫の店には、今日も願いを求めて人が来る。
そして、誰もが問われる。
「あなたの願いは、本当に“願うに値するもの”ですか?」
見た目だけがキレイで、誰かを押しのけて、責任を手放して、誰の痛みも背負わずに——
そんな“願いもどき”が、この世には溢れている。
黒猫は、それをちゃんと見抜く。
彼の目は、“本物の願い”だけに反応する。
さて——あなたは、どんな願いを持っていますか?
そして、それに見合う代価を、あなたは支払えますか?
~完~