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目覚めたら即バッドエンド!? 悪役令息に憑依したら、すでに死んでいた。  作者: おしどり将軍


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第77話 闇の王

「信じられない……これは……まるで……」


カサンドラは、思わず息を呑んだ。


その場に立っている“それ”は、紛れもなくアーヴィン・カーティスだ。

だが、姿形は同じでも、”それ”はすでに別の——”何か”だった。


彼の背後には、見る者の理性を蝕むほどの禍々しい闇の魔力が渦巻いている。


それは、闇が本来内包する“根源的恐怖”そのものだった。


「っ……!」


ゆっくりと、“それ”は立ち上がり——

重力の束縛を断ち切るように、ふわりと宙へ浮かび上がる。


背後の闇もまた、影のように寄り添い、意思を持つかのようにうねっていた。


カサンドラを真っ直ぐに見下ろす両眼が、赤く輝いている。

その眼光は、彼女の心臓を抉り取るような威圧を帯びていた。


「エビル……ダンテ……様……?」


その名を口にした瞬間、背筋に冷たい電流が走る。


そんなはずがない。

世界を焦土に変え、七大罪を統べた“魔王”は——すでに滅んだはずだった。


だが、目の前の存在は……確かに、”それ”だった。


「カサンドラ」


虚空から響いた声は、底冷えするほど澄んで冷たい。


間違いなくアーヴィンの声——


だがそこに宿るのは、膝を折らせる“絶対命令”の圧。

圧倒的な“格差”。

上位存在が、下位に語りかけるときの声だった。


本能が、警鐘を鳴らす。


——”死”


不死であるはずのカサンドラに、初めて訪れた未知の感覚。


総毛立つ恐怖に、思わず魔力を解き放つ。


血霧障壁スカーレット・ミストッ!」


濃密な血の霧が空間を満たし、刹那——

霧は錐状の槍となって四方からアーヴィンを貫こうと迫る。


だが、その瞬間。


彼の背後——

闇の奥底から、“異形”が蠢いた。


——闇の手(ベクター)


闇から這い出た無数の触手が、空間を裂くように拡がる。

意志を持つ蛇の群れのように、いっせいに放たれた。


カサンドラの攻撃は、すべて——


音もなく、闇の手(ベクター)によって噛み砕かれ、飲み込まれていく。


「なっ……!?」


目を見開く間もなく、触手の奔流がさらなる勢いでカサンドラに迫る。


血の霧は瞬く間に裂かれ、砕かれ、消失していく。


絶対防御が、侵食されていく、丸裸にされていく——まるで、“喰われて”いるかのように。




「テスタっ! どこにいる! 見ているんだろう!? 早く加勢しろ!」


取り乱し、怯えのにじむ悲痛な叫び。


しかし、返ってきたのは——


頭上の闇から降る、気だるげな声だった。


「きゃはははぁ……ごめんねぇ〜? もう動かせる人形、全部使っちゃったのよぉ」


「な……何だと……?」


「だから、私もう帰るねぇ。あとはカサンドラちゃん、よろしくぅ〜♪」


「レヴィア!!」


怒声が響き渡る。


「レヴィア……お前もか!? 見ているんだろう、このままでは——!」


哀願にも似た悲痛な声。


だが、返答は——なかった。


「……ふざけるなッ!!」


背中を、冷たい汗が這い落ちる。


カサンドラは、悟った。


彼女は——完全に、孤立したのだ。


かつて経験したことのない、絶望。


初めて味わう、明確な劣勢。


そして、かつてない“異常”が、目の前に立っている。


「お前……何者だ……!

 本当に……あのアーヴィン・カーティスなのか……?」


震える声が、答えを求める。


だが、“それ”は——



俺は……宙に浮いていた。

スキルを使ったわけではない。そう“なっている”だけだ。


眼下には、カサンドラがいた。


かつて“不死”と謳われ、幾多の修羅場を潜ってきた女。

その彼女が——今や、怯えた少女のように震えている。


彼女を覆っていた赤い障壁は、すでに霧散していた。

威圧も、誇りも、すべて消え去った。


——頃合いはよし。


俺は、ゆっくりと地上に降り立った。

足音ひとつ立てぬ静かな着地に、カサンドラの肩がピクリと跳ねる。


「……お前は、アーヴィン・カーティスのはずがない。

 何者だ……何者なのだ……!」


震え混じりの問いが、空気を震わせた。


答えるべきか? それとも、無視して潰すか?


——どちらでもいい。

どうせ、この女の命は、すでにこの掌の中にある。


……まあ、少しくらい遊んでやってもいいだろう。


俺は、ゆっくりと目を細めた。


「アーヴィン・カーティスじゃないと言ったら?」


カサンドラがギョッとした目で俺を見る。


「もちろん、エビルダンテでもない。俺は田島宗介たじま・そうすけさ」


「タジマ…… ソウスケ……?」


その名を繰り返すカサンドラの声には、理解と拒絶がないまぜになっていた。


「そう。お前が言っているアーヴィン・カーティスは、すでに死んでる。

 他でもない、お前が殺したんだ。

 俺は——その死体に憑依した、“異世界の人間”さ」


「異世界……そんな……」


「信じなくていい。どうせ、お前はもうすぐ死ぬ」


俺は静かに笑う。

その笑みに、カサンドラが小さく身をすくめた。


「さあ、種明かしは終わりだ。

 ここから先は——お前の絶望の時間だ、カサンドラ」


俺の背後では、闇の魔力が音を立てて蠢いている。

制御しきれないほどの圧力。抑えなければ、周囲を無差別に呑み込むほどの力。


……まるで、この怒りの感情に応じて、闇が膨張していくようだ。


「随分とやってくれたな。イレーナ、ハロルド、アーヴィン、ドミニク……

 他にも数えきれないほどだ」


俺の口調は淡々としていたが、その奥には凍てつく怒りが込められていた。


カサンドラは鼻で笑い、軽く肩をすくめる。


「もともと人族は、魔族の家畜よ。

 あなたたちだって、家畜を飼っているでしょう?

 自分の“所有物”をどう扱おうが、何が悪いっていうのよ」


……開き直った。

この期に及んでなお、殺した命を“物”としてしか見ていない。


「だったら、俺が今からお前に何をしようが文句はないよな?」


俺は、わずかに口元を吊り上げた。


「俺はすでに、“傲慢”のスキルを獲得している。

 このスキルは——七大罪の頂点、“支配する者”に与えられる力だ」


「……っ」


「つまり、お前は今この瞬間、俺の“所有物”だ。

 命令権は——この俺にある」


カサンドラの顔が強張る。

唇を噛みしめ、目を伏せ、震えた。


「少々、頭が高いんじゃないか……?

 頭を下げろよ。靴は舐めなくてもいいからさ」


挑発を込めた一言に、カサンドラはギリギリと歯軋りしながら、ゆっくりと腰を屈めていく。

だが——その動きは途中で止まった。


「……ふふ」


顔を上げたその目に、異様な輝きが宿っていた。

赤い三重の魔環が、彼女の虹彩に浮かび上がる。


——《色欲ルストLv3》


「何をしている」


俺は動じない。

カサンドラの瞳に宿る魔力を、静かに見据えた。


「どうして……効かないの……!?

 “傲慢”は、まだ低レベルのはず……なのに……!」


「だから言ったろう。“傲慢”は“特別”だと」


一歩、俺が進む。

カサンドラは、たじろぐように後ずさった。


「魔王のスキルだ。

 七つの大罪を束ねる、支配者の力。

 たかが色欲ごとき、逆らうことなどできるわけがない」


カサンドラは、まるで理解できないというように目を見開いたまま、さらに後退する。


「くっ……!」


その姿に、俺は冷たく言い放つ。


「支配者の名において命ずる。跪け、許しを乞え。——裁きの刻だ、カサンドラ」



すべての手を打ち尽くし、カサンドラは、もはやなす術もなく蹂躙されていた。


闇の手(ベクター)は、幾度となく彼女の肉体を貫き、引き裂き、捻じり潰す。


腕を。

足を。

首を。

胸を。

胴を。


そのすべてが破壊されるたびに、彼女の身体は——再生する。

血肉を編み直し、骨を這わせ、内臓を巻き戻して。


まさに不死の化身。

だが、そこにもう反撃の意志はなかった。


「……ふ、ふふふ……っ」


カサンドラが笑う。

血で濡れた唇を歪めて。


「どうやら……お前の力は……私には届かないようね……!」


「さすがは、吸血鬼ヴァンパイアの真祖ってところか……」


俺は静かに言葉を返す。


「ふ、ふふ……そうよ。

 たしかにお前は“闇”の力を手に入れた……でも、闇の魔力じゃ……私を殺すことはできない!」


カサンドラは、赤く染まった顔で空を仰ぎ、狂ったように笑い声を上げた。


「はは、はははっ……!

 私は生き残る……何度でもよみがえる……!

 たとえお前を倒せなくても——

 お前の“すべて”を、私が壊してやる!」


瞳が爛々と輝く。

復讐だけにすがる狂気の光が、そこにあった。


「家族も、仲間も、誇りも、未来も……!

 お前が守ろうとしてきたものを、ひとつ残らず奪って、灰にしてやる……!」


血塗れのドレスを引きずりながら、よろめくように立ち上がる。


「だから私は、死なない。

 何度でも再生する。何度でも——お前に呪いを刻んでやる……!」


その言葉に、俺は……呆れたように笑った。


「お前、自分が本当に死なないとでも思っているのか?」


「……なに?」


俺は、そっと右手を天に掲げる。

そこには——蒼く輝く《イレーナの指輪》。


「それは……!」


「お前が殺した、勇者パーティの一員……そして、“七美徳・謙譲”の持ち主——イレーナ・カーティスの遺品だ」


カサンドラの顔が、凍りついた。


「まさか」


「そうだ。この指輪には、彼女の“聖なる魔力”が残されている。

 刀は折れたが……直接、お前の心臓に打ち込めば、抹殺することができる」


「や、やめて……お願い、お願いだから……!」


カサンドラは後ずさり、逃げようとする。


だが——


——闇の手(ベクター)


闇の触手が、彼女の手足を縛り上げ、磔のように俺の前へと突き出す。


「助けて…… お願い…… なんでもするから…… 命だけは……」


「そう言われて、何人を殺した? 奪ってきた?

イレーナだって、幼い子供や愛する夫を残して死にたくはなかったはずだ。

ハロルドやドミニクもそうだ。それに、アーヴィン……」


心に浮かぶ、死んでいった者たちの顔。


込み上げる怒りが、声を震わせる。


「……もうすぐだ。お前を……地獄に突き出してやる」


その時だった。


「いや……やめて……ステファノ……ステファノはどこ?

 ステファノ……助けて……!」


カサンドラは縋るように名を呼ぶ。


「ステファノ……! あなただけは違うでしょう!?

 私の……私のステファノ……!

 真祖の力をあなたに継承します……!

 だから……こいつを殺して……アーヴィンを……母の仇を討って……!!」


「うるさい」


俺は、闇の手(ベクター)を命じた。


黒き触手が鋭く閃き、カサンドラの首を——切断する。


ゴトリ、と音を立てて転がる首。


絶望と願望の残滓が浮かんだままの、その表情を見下ろしながら、俺は指輪を掲げる。


そして——そのまま、彼女の胸に右手を深々と突き刺した。


聖なる魔力を、心臓へと流し込む。


カサンドラの身体が激しく痙攣する。


やがて——


その身体は、細かい塵となり、音もなく崩れ落ちていった。


「…………終わった」


そう呟いた、その瞬間。




背後に——気配。


「……誰だ」


ゆっくりと振り返る。


そこにいたのは、黒きローブを纏う女。


そしてその腕には、転がっていたはずのカサンドラの“首”が抱かれていた。


頬を擦り寄せるように、慈しむように、その首を抱える。


その姿に、見覚えがあった。


「まさか……あれは……」



——“嫉妬”の魔女。


レヴィア・アスフォーデル

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