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目覚めたら即バッドエンド!? 悪役令息に憑依したら、すでに死んでいた。  作者: おしどり将軍


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第75話 イリアスの覚醒

「……許さない」


イリアスの声は、震えていた。

怒りに、悔しさに、そして——どうしようもない悲しみに。


その小さな身体から、圧倒的な魔力があふれ出す。

その力は空気を振動させ、空間を軋ませ、地の重さすら歪めていく——。


目の前には、倒れたジェスタがいた。

無数の血の錐に貫かれ、地に伏し、もう動かない。


彼は、イリアスにとってかけがえのない仲間だった。

ときに言葉を交わし、背中を預け合い、笑い合った——

その絆が、いま目の前で絶たれたのだ。


「イリアス、引けっ!」


俺が叫ぶ。

「もうダメだ! ユリアを連れて脱出しろ! ……奴の狙いは俺だ。俺が食い止める。その間に逃げ——!」


だが、その声は彼女に届かない。

イリアスの瞳は、ただ一人——カサンドラを射抜いていた。


「……イリアス! 正気に戻れ!」


「いや……いやだ……ボクは、この女を……絶対に許せない……!」


涙がこぼれる。

それでも、震える声で、決して引かなかった。


「ジェスタを……仲間を、あんなふうにして……!」


「イリアス、やめろ!」


俺の制止の叫びも、もう届かない。


イリアスの足元が砕ける。

魔力の奔流が爆風となって炸裂し、空間が軋みを上げた。

石片が宙を舞い、地が裂け、風が暴れる。


まるで、世界そのものが——

イリアスの“怒り”に応えようとしているかのようだった。


——まさか……!


(これは……《覚醒》——!?)


思わず息を呑む。


選ばれし者のみに宿るという奇跡。

勇者の証にして、七大美徳のひとつ。


救恤きゅうじゅつ》——


絶体絶命の状況に呼応し、

自らの能力を極限まで引き上げ、仲間すべてに加護を与えるという、

“救済と献身”の名を冠した奇跡のスキル。


だが——


(まさかこのタイミングで……!)


イリアスには、まだスキルの自覚も制御もない。

それでも——彼女の心が、魂が、それを呼び起こしたのだ。


倒れた仲間を前にして。

どうしても許せぬ敵を前にして。


それでも「守りたい」と願った、その想いが、

世界に認められたのだ。


——そして。


イリアスの両の瞳が、澄んだ蒼光に染まった。


救恤きゅうじゅつ》——発動。


その瞬間、暴走していた魔力が、形を持ちはじめた。

彼女を包む光の衣。足元に咲くような紋様。

波紋のように広がる祝福の力が、空間を浄化していく。


俺の身体が、ふっと軽くなる。

魔力が、自然と満ちていく。


(これは……回復魔法……? いや……それ以上だ)


そして——


カサンドラの目が、初めて恐怖に見開かれた。


「……勇者……? まさか……こんなところに……!」


その声には、明確な“動揺”が滲んでいた。



——疾い。


ただ速いだけではない。

イリアスの斬撃は、魔力を纏い、紅霧障壁スカーレット・ミストさえ切り裂いていく。


カサンドラの反撃——血の錐による無数の攻撃も、そのすべてを切り捨てた。


連撃、連撃、連撃。


止まることなく襲いかかる青白い刃の奔流。


さすがのカサンドラも、その場に留まってはいられない。

後退しつつ、なんとか迎撃する。

吸血鬼ヴァンパイア真祖としての身体能力があってこそ、ギリギリの攻防が成り立っているだけだ。


けれど——明らかに押されている。

イリアスの猛攻は、今や一方的にすら見えた。


救恤きゅうじゅつ》の影響で、俺の身体も動くようになってきた。


ふらつきながらも俺は、ジェスタのもとへ駆け寄った。


……まだ、息があった。


「ジェスタ……しっかりしろ」


「……あ、あぁ……イレーナ……か……?」


「違う。俺だ、アーヴィンだ」


「……やっぱ、似てんな……あいつに……イレーナは、いい女だった……」


「いいから、黙ってろ。血が止まらない」


救恤きゅうじゅつ》の加護がわずかに彼の命を繋ぎ止めていた。だが、出血量が多すぎる。


「……カサンドラは……どうなってる……?」


「イリアスが戦ってる。お前が鍛えた“あの子”が……勇者の力に目覚めた」


「……そうか……やっぱ、そうだったか……」


彼の口元に、わずかな笑みが浮かぶ。


「……あいつが、勇者か……ふ……」


「だから、気をしっかり持て。イリアスなら勝てる。まだ終わってない」


「ふ……あいつは……もう、師匠の俺を超えたな……」


「……」


「だけどな……悪い気はしねぇ。こうして見届けられて、ほんとに……良かった……」


その手が、俺の手を握る。


「勇者……レオンが死んだあの日……剣聖ジェスタは、心のどこかで死んじまってた。だが……また、勇者を……この手で育てられたんだったら……俺の人生も、無駄じゃなかった……」


「……死ぬな、ジェスタ。まだ終わりじゃない。お前は、まだ、イリアスに伝えることがたくさんあるだろ」


「ふっ……ああ……後を継いでくれるやつがいるってのは、悪くねぇな……。頼む……ソウスケ……あいつを……」


「……ジェスタ……ジェスタ!」


ジェスタの顔に、どこか満足げな安堵の色が浮かぶ。


次の瞬間——その手から力が抜けた。


「……っ」


俺はその手を握ったまま、目を閉じた。


戦いの音が、遠ざかって聞こえる。


だが、イリアスの咆哮は、遠く、確かに空気を震わせていた。



イリアスの猛攻は止まらない。


光をまとった剣が幾度となく閃き、カサンドラの手足を断ち、首を斬り飛ばす。

けれどそのたびに、カサンドラは紅の霧に包まれ、蠢く血肉を再構成して形を取り戻していく。


だが——明らかに限界が近づいていた。


再生速度は目に見えて鈍り、霧は薄まり、攻撃の鋭さも鈍化している。

カサンドラは心臓への一撃だけは辛うじて避け続けていたが、それも時間の問題だった。


一方、イリアスの剣撃はなお冴え渡る。

まだ《救恤》の力を完全に制御してはいない——

だが、その怒りと悲しみが、彼女を無限の光へと押し上げていた。


(……これが、勇者の力……)


俺はただ、その光景に圧倒されていた。

戦場の中心で、あの小さな背が、確かに“勇者”の名を体現していた。


やがて。


「——っ!」


カサンドラが斬撃を受け、ついに膝をついた。


イリアスが剣を突きつける。

その瞳には一切の迷いもなかった。


「とどめを刺す。……大人しくしていれば、楽にしてやる」


だが——


カサンドラが顔を上げた瞬間、口元には狂気を孕んだ微笑みが浮かんでいた。


「……ふふ、あは、あはははっ……」


「……何がおかしい」


「力はあるようだけれど——それだけのようだったわね」


その目が、血のように赤く、怪しく光った。


「《色欲ルスト》」


その瞬間、空気が変わった。


イリアスの身体がビクリと震え、激しい苦悶の声を上げる。


「う、あああっ……っ!」


膝をつき、呻きながらのたうち回る。

体中から魔力が漏れ出し、足元の石が音を立てて砕けた。


「イリアス!」


俺は叫ぶ。

だが、彼女はもう動けなかった。


カサンドラはゆっくりと立ち上がり、勝ち誇ったようにその姿を見下ろす。

その瞳孔は——


(三重の赤いリング……!?)


俺は息を呑んだ。


(《色欲ルスト》……それも、レベル3……!)


色欲ルスト》は、レベルが上がるごとにその支配力を増す。


さらに、レベル3では、視線を合わせただけで状態異常を発生させ、体力・魔力を急激に削り取る。


本来なら、《救恤》と《色欲》は相殺し合うはずだった。

だが——レベルの差があれば、均衡は簡単に崩れる。


(このままだと……イリアスが殺される!)


俺は即座にスキルを発動する。


「——空間転移ディメンショナル・フォールド!」


視界が歪み、次の瞬間にはカサンドラの背後に転移していた。


俺は長刀を抜き、全魔力を込めて渾身の一閃を叩き込む。


「イリアスに……よくもっ!」


銀閃が、血霧を裂いた——


だが、カサンドラはそれを、あまりにも容易く“片手で”受け止めていた。


「待っていたわよ。アーヴィン・カーティス……」


その艶やかな唇が、ゆっくりと綻ぶ。


「そろそろ、あなたの命をいただく番ね」


赤い舌が、血の滴るような唇を舐め上げた。

お読みいただいてありがとうございます。


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