表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
目覚めたら即バッドエンド!? 悪役令息に憑依したら、すでに死んでいた。  作者: おしどり将軍


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

72/78

第72話 色欲の魔女 カサンドラ

背中を焼くような激痛が、神経を逆なでしてくる。

膝をつき、荒く短い息を吐いた。


「ソウスケっ!」


駆け寄る足音——イリアスだ。

俺の顔を覗き込み、必死に手を伸ばしてくる。だが、その手を取る余裕はない。

今は痛みよりも、この場の流れを見極める方が先だ。


前方では、ジェスタが一歩、また一歩とカサンドラへにじり寄っていた。

視線の先——黒の礼装を纏い、魔性の笑みを浮かべる女。

圧倒的な存在感、強敵であることは疑いようもない。


「おや……」


カサンドラがわずかに目を細めた。

獲物を値踏みするような、冷ややかで皮肉を帯びた視線。


「勇者パーティの死に損ないが、こんなところに現れるとはね……」


優美な響きの中に、鋭い毒が潜む。


「お前こそ、魔王幹部の死に損ないじゃねぇか」

ジェスタは鼻で笑い、双剣を構えた。

「……死に損ない同士、ここで決着をつけようぜ」


「決着?」

カサンドラの口元が、ゆっくりと歪む。

「飼い主の手を噛む家畜は、殺処分するだけ。これはただの“しつけ”よ」


「その割には追い詰められてるように見えるな。その余裕……ただのはったりか?」


「はったりかどうか……」

カサンドラの笑みが深まり、背筋を這い上がるような圧力プレッシャーが場を覆った。


次の瞬間、彼女の周囲から、血を思わせる深紅の霧が噴き出す。

それは床を舐め、天井へと昇り、じわじわと空気を侵食していく。

——まるで、戦場そのものが血の中に沈むようだった。


「イリアス。あいつの目を見るな。ユリアみたいに操られるぞ——”色欲”のスキルだ」


「分かった」


「ジェスタ、あの霧は《紅霧障壁スカーレット・ミスト》だ。攻防一体の術だ」


「知ってる。任せろ。それより、イリアス。お前は下がってろ」


ジェスタが背後のイリアスに声を飛ばす。


「いやだ。ボクも戦う」


「お前はソウスケのそばで見てろ。それとも、俺の腕を信用してないのか?」


「そんなことは……ないけど」


「イリアス。ジェスタの言う通りだ。もしお前までカサンドラに操られれば、戦況は一気に傾く」


「……分かった」


その時、俺はふと思いついた。


魔力を負傷部に集めたら、治療可能なのではないかと。


固有スキルの中に治癒のスキルがある。

魔力を使えば、同じことができるのではないか。


俺は膝をついたまま、背の傷へと意識を集中する、

それから、魔力を注ぎ込むようなイメージを思い浮かべる。

すると、焼けつく痛みの底で、じわりと温もりが広がってきた。


効いている。


……うまくいくかもしれない。


ダメもとでやってみたが、痛みは確かに薄れていく。

だが、治癒の専門家ではない俺にとって、問題は——どれだけ時間がかかるかだ。


ジェスタが時間を稼いでくれる間に、気づかれないうちに、動ける身体を取り戻す。

そして、カサンドラに目に物見せてやる。


時間との戦いだ。

俺はすべてを、ジェスタの双剣に託した。



ジェスタはぴたりと足を止め、こちらを一瞥した。

唇の端を上げ、低く告げる。


「イリアス。お前に見せてやるよ——剣聖の輝きを」


双剣をゆるりと構え直し、一言。


「《分身ダブル》」


瞬間、ジェスタの輪郭が揺らぎ、影が裂ける。


二つに、四つに、八つに——その姿が爆発的に増えていく。


足音が重なり、剣光が乱舞する幻影の軍勢がそこにあった。


「行くぜ」


八体のジェスタが同時に踏み込み、カサンドラを包囲した。

次の瞬間——


「《雷鳴波ソニックブーン》!」


空気を裂く鋭い波動が、八方向から奔る。

衝撃が一点に収束し、逃げ場などないはずだった。


——当たる。


しかし、カサンドラは微動だにしない。

周囲の深紅の霧がうねり、重く粘る質感を帯びながら球状の壁を形成し、彼女を完全に覆い込む。

そして衝撃のすべてを、吸い込むように呑み込み、跡形もなく掻き消した。


「……チッ」


構わずジェスタは突撃。

八体の分身が四方八方から双剣を振るい、刃の嵐がカサンドラへ降り注ぐ。


だが、そのすべてを彼女は一歩も動かずに受け切った。

防御だけでは終わらない——霧が渦を巻き、次の瞬間、無数の血でできた鋭い錐のようなものが出現した。


それは蛇のようにしなり、鞭のようにうなり、音もなくジェスタを追い立てた。

鋭い先端が床や壁を抉るたび、石片と火花が弾け飛ぶ。


ジェスタはその猛撃を紙一重でかわし、時に双剣で切り裂きながら反撃する。

戦場の至るところで、刃と触手の応酬が金属音と鮮血の匂いを撒き散らした。


「ジェ、ジェスタ……!」

イリアスが思わず踏み出しかける。


俺はイリアスを制した。

「……お前が出ていってどうする。ジェスタには奥の手がある」


イリアスの瞳が揺れる。

俺は低く告げた。

「七大美徳スキル——《忍耐》と、ジェスタの固有スキル——天理必裁斬インファリブル・ストライクだ」


「忍耐……どんなスキルなの?」


「敵から受けたダメージを蓄えて、自分の攻撃に変える。発動中は致命傷も無効化できる」


「それなら……勝てる?」


「簡単じゃないけどな。……俺はジェスタの経験に賭ける」


視線の先では、刃と霧の激突が続いていた。


血の棘が襲いかかる。

一本、二本——いや、それ以上。

紅霧は生き物のように増殖し、獲物を逃すまいと空間を埋め尽くす。


「ハッ……!」

ジェスタは床を蹴り、壁を蹴り、八つの影が縦横無尽に舞う。

だが、鋭い錐の勢いは衰えない。一本を斬れば、すぐさま二本、三本と伸びてくる。


「……っらぁ!」

双剣が閃き、迫る錐をまとめて断ち切る。

霧が弾け、赤黒い飛沫が宙に散った——だが、すぐに蠢き再生する。


一見して互角。だが、決め手がない。


カサンドラは攻防一体の《紅霧障壁スカーレット・ミスト》に加え、ヴァンパイア真祖としての不死と驚異的な再生を持つ。心臓に聖なる魔力を流し込むという、面倒な条件を満たさねば仕留められない。


さらに七大罪スキル《色欲ルスト》の使い手。今は目を合わせた相手を操る程度だが、レベルが上がれば精神や肉体を蝕む状態異常まで与える、厄介極まりない能力だ。


対するジェスタは剣聖の剣技、《分身ダブル》や《雷鳴波ソニックブーン》、そして自身のスキル、必中の一撃——《天理必裁斬インファリブル・ストライク》を持つ。このスキルは特に《忍耐》との相性が抜群で、受けたダメージをすべてカウンターに変え確実に命中させることができる。


問題は——そこまで耐え切れるかどうかだ。

霧と触手に削られながらも、ジェスタはその瞬間を虎視眈々と狙っている。


俺は一刻も早く治療を終え、ジェスタを援護したかった。

だが、傷は遅々として癒えず、苛立ちばかりが募っていく。


その時——甲高い笑い声が、戦場の空気を切り裂いた。


「ジェスタちゃ〜ん。頑張ってるけど、もっともっと頑張ってもらわないとねぇ〜?」


耳障りな、甘ったるく舐めた声音。

テスタ・ラジーネだ。


「それにぃ、アーヴィンちゃんも……なんか暇そうにしてるし〜。ここはひとつ、楽しい余興でも用意してあげよっかぁ?」


高らかに響く声と同時に、空気がねっとりと歪む。

背筋をなぞる嫌な寒気——次の瞬間、何かが起こると直感した。


「ふざけてないで、さっさと出せ、テスタ!」

カサンドラが鋭く怒鳴る。視線は霧の奥から、どこか別の場所を射抜いていた。

「アーヴィンは何か企んでいる……今のうちに潰せ!」


「あらぁ……」

テスタが口元に手を当て、くすくすと笑う。

「本当にカサンドラちゃんは余裕がないのねぇ〜」


——その瞬間だった。

足元から、重く低い振動が響きはじめる。

最初はかすかな揺れ。だがすぐに、それは地鳴りへと変わり、魔族の王たちが眠る墳墓全体が、悲鳴を上げるように軋みはじめた。


何かが……目を覚ます。


あちこちの墓石がずれる、不快な摩擦音が響き、蓋がひとつ、またひとつと軋みを上げて開いていく。

そこから噴き出すのは、骨の髄まで凍らせるほど冷たい瘴気。


闇の奥から、包帯に覆われた巨躯がゆっくりと姿を現す。

干からびた四肢、うつろな眼窩、腐食した王冠、錆び付いた剣。——それは、生者ではなかった。


ひとりではない。

並んでいる五つの巨大な棺が、順に悲鳴のような音を立て、次々とミイラが這い出してくる。


その足取りは遅く、しかし確実。

腐肉の奥に秘めた威圧感は、生前の力をなお放っていた。


それは——歴代魔族の王たち。

長きに渡る眠りから呼び起こされた、不死の王の軍勢だった。


戦場の空気が一瞬で張り詰める。

ジェスタもカサンドラも、わずかに動きを止め、冷たい眼差しでその群れを見据えた。

お読みいただいてありがとうございます。


評価⭐️やブックマークしていただけると大変励みになります。


よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ