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第7話 アレンとの修練

激しく鳴り響く木剣の弾ける音が、まだ朝靄の残る中庭を裂くように響いた。


「遅い」


「まだまだ!」


俺は魔力を足にこめ、一気に踏み込んだ。


横なぎにはらった剣先がアレンの胴を狙う。が——


かわされた。ほんの紙一重の差で。


当たったはずの一撃も、軽々と木剣で弾かれる。


……やっぱり、こいつ、ただの庭師じゃない。


ただの庭師にしては、動きに一切の無駄がない。


攻撃がことごとく読まれている。


目で追うのがやっとだ。


「来ないなら、こっちから行きますかね」


アレンが間合いを一気に詰めてきた。速い!


「くっ!」


重い衝撃。


攻撃を受けた剣ごと弾かれて、俺の身体が飛ばされた。


背中から地面に叩きつけられる。息が詰まる。


——まだ、まだだ。


すぐに立ち上がった俺の視界から、奴の姿が消えた。


——どこだ?


周囲を見回す暇もなく、腹に重い衝撃が走った。


「……っ!」


視界が揺れ、体が地面に沈む。


まるで、何もできなかった。



何度目かの手合わせを終えた頃には、全身が痛みで軋んでいた。


だが不思議と、嫌な感じはしない。


寝転んだ芝生の上で空を仰いでいると、アレンが隣に腰を下ろした。


本日、何度目かの手合わせが終わった。


「なかなかやりますね。素人とは思えませんでした」


「始めたばかりだからな。そのうち、追いついてやるさ」


「ふふっ、それは困りますね。これでも一応、元・A級冒険者なので」


「は? 冒険者だったのか」


「ええ。今は廃業していますけど」


——やっぱりな。あの動き、只者じゃないと思った。


「なんでやめた?」


アレンは少しだけ目を伏せ、空を見上げて、ふうっと短く息を吐いた。


「実は、王都に家族がいましてね」


「……それで?」


「母が亡くなって、幼い妹が一人残されました。だから、冒険者をやめて帰ってきたんです。ずっと好き放題やってきた報いですかね」


そう言って、彼はどこか寂しげに笑う。


「母の古い知人のつてで、この屋敷の庭師になったものの……まあ、慣れない仕事ばかりで大変ですよ」


「修行につき合わせて悪かったな」


「いえ。むしろ楽しいくらいです。冒険してい頃のことを思い出しますしね。それより、アーヴィン様。ひとつお伺いしても?」


「なんだ?」


「……記憶を失ったっていうのは、本当なんですか?」



「どこから聞いた?」


俺は思わず問い返した。


「使用人の間では噂になってますよ。“アーヴィン様がおかしくなったのは、記憶をなくしたせいだ”って」


まあ……否定はできない。噂はすぐに広まるものだな。


「そんなに、俺は変わったか?」


「まるで、別人みたいですね」


「昔はどんなだった?」


「……はっきり言って、クソガキでしたね。生意気で、横暴で、傲慢で。使用人を見下して、無理難題を押しつけて…… でも…… いや、いいでしょう。やめときます」


「言えよ。聞きたいんだ」


正直、悪役令息だという自覚はある。今さら悪評を聞いたところで、どうということもない。


「本当に、全部忘れたんですか? アーヴィン様がこの別邸に来てからの一年間のことも」


アレンの目が、真っ直ぐに俺を射抜く。


彼が何を言いたいのか、よく分からない。アーヴィンに酷い目に遭わされたのか?


それにしては、少し様子がおかしい気がする。


俺にはその一年の記憶が”最初から”ない。


「ああ。刺されてから、記憶は曖昧なんだ。これまで迷惑かけていたことは、色々と……すまなかった」


「……気にしないでください。終わったことですから」


アレンは静かに立ち上がり、背を向けた。


その背中に、妙な寂しさが滲んでいた。



……アレンの、あの最後の表情。


なんだったんだ?


その日の夕方、部屋に戻り、ベッドに寝転んでいた。


天井を見上げながら考える。


アレンは、アーヴィンの“何か”を知っている。


しかも、大事な何かを。


この一年、二人の間に何があった?


最初に会った時の態度からして、もともと仲が良かったとは思えない。それなのに……


俺はふと机の上の筆記具が目に入った。


何気なく意識を向けた刹那、筆記具が空気を切るように「シュッ」と音を立てて消えた。


気がつくと、それは何の抵抗もなく、自分の手の中に収まっていた。


「……は?」


触ってもいない。だが、明らかに自分の意思で動かした。


——これは……瞬間移動? スキルの発動か




興奮を抑えきれず、俺は実験を繰り返した。


結果として、小さくて手に取りやすい物——本、コップ、装飾品など——は瞬間的に手元へ引き寄せることができた。


一方で、ソファや机のように大きな物体は動かせない。


軽くても「大きい」とダメ。逆に、重くても「小さい」物体はOK。


要するに、転送できるかどうかは「サイズ」に依存しているらしい。


さらに、視界の外にある物体や、位置をイメージしただけの物体には効果がなかった。


——つまり、視界内にある「小さな物」を任意の場所に転送するスキル、というわけだ。


「……面白くなってきたな」


おそらく、魔力が増してきたのである程度の大きさのものが瞬間転移させることができるようになったのだろう。イメージだけなら、最初から試してはいたから。


身体の瞬間移動をするには、さらに魔力を増大して、人体くらいの大きさのものを移動できるようにしないとダメなのだろう。




試行錯誤で魔力を消耗しきった頃、ベッドでまどろんでいると——


廊下から騒がしい声が聞こえてきた。


「……うるさいな。静かにしてくれ」


だが騒ぎは止まらず、やがて部屋の前にまで迫ってくる。


——なんだ? 一体。


ドアが激しくノックされた。


「誰だ」


するといきなりドアが開いて、一人の使用人の高慢ちきな女が部屋に入り込んできた。この間見かけた継母エルザの侍女だった。


「アーヴィン様に申し上げたいことがあります」


俺を見下すような強い調子で話しかけてきた。


「勝手に入り込むのはやめなさい。エリザベータ」


見ると背後から執事のドミニクもやってくる。必死に止めているようだ。エリザベータは振り向くとドミニクに罵声を浴びせた。


「あんたが、ちゃんとやらないから、いつまで経っても犯人が見つからないのよ!」


「ですから、きちんと調べています」


「だったら、さっさと犯人を見つけてくださいよ!」


エリザベータが俺を睨みつける。


「アーヴィン様。いつまで、記憶喪失のままでいるつもりですか?」


「……は?」


「あなたがしっかりなさらないから、犯人も捕まらないのです。このままでは、カーティス家の名に傷がつきます。“アーヴィン様はもう駄目だ”と、皆が言っていますよ」


——ほう。


「侍女ごときが、ずいぶんと偉そうだな」


おそらく、今までのアーヴィンなら継母が怖くて、侍女にさえ逆らえなかったのだろう。だが俺は違う。


俺はゆっくりと立ち上がり、壁にかかった鞭を手に取った。


「カーティス家の侍女は、主人に逆らうほど甘やかされているのか?」


床に向かって鞭を振るった。


鞭のしなる音が部屋に響くとエリザベータがギョッとこっちを凝視した。


——侍女如きになめられるわけにはいかない。ここは厳しくやらないと。


「使用人にバカにされたとなると、しめしがつかないからな。カーティス家の名誉に傷がついてしまう」

俺はニヤリと笑って見せた。


「ア、アーヴィン様……エルザ様に、このことを報告いたしますよ!」


思わぬ反撃にあって、動揺したのか耳障りな甲高い声で叫んでいる。


「好きにしろ。どうせお前らは何かと難癖をつけて、俺を後継者から外すつもりだろう? 今さらご機嫌をとったって意味がない。それなら、お前をムチでしばいた方が気が晴れるな」


「……っ、覚えてなさい!」


顔を引きつらせたまま、エリザベータは部屋を出て行った。

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