表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
目覚めたら即バッドエンド!? 悪役令息に憑依したら、すでに死んでいた。  作者: おしどり将軍


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

68/78

第68話 ダンジョン攻略

 扉は、重々しい音を立ててゆっくりと開かれた。


 その瞬間——鉄と肉が混ざり合ったような、生臭い匂いが鼻を突く。腐った血肉が床に染みつき、空気には濃密な“死”の気配が充満していた。


 「……これは、ひどいな」


 湿った石の床。その先に広がるのは、ほのかに光が差し込む広間。

 闇の奥からは、唸り声と殺気が入り混じった“気配”が伝わってくる。


 数は——かなり多い。


 俺は松明をそっと床に置き、長刀を抜いた。

 刃が鞘を離れる音が、静寂を切り裂く。


 緊張が、闇とともに肌を刺してくる。


 そのとき——


「おかえりなさ〜い、ソウスケぇ♡ ……あ、違った。アーヴィンちゃん、だったかしら?」


 舌足らずな、甘ったるい声が広間に響いた。

 まるで恋人を出迎えるような調子で。


 声の主は、最前列にいた“キメラ”の一体だった。

 人間の頭部を無理やり魔物の身体に縫い付けられた異形。

 笑っている——だがそれは、誰かの“顔”を使っている。


「ほんっとに来ちゃうなんて、バッカみたい♡ 一人で来るとか、どれだけ白馬の騎士気取りなのぉ? ユリアちゃん、無事だといいわねぇ?」


 広間の奥、目を凝らすと——異様な姿が次々に浮かび上がる。


 獣たちが蠢いていた。だが、どれも“人間の顔”を持っていた。


 牛のように太く隆々とした四肢に、無理やり縫い付けられた人間の頭部。

 その顔には苦痛の痕跡が残っており、生前の記憶すら滲んでいるようだった。


 蜘蛛のような魔物。その背中には少女の顔が埋め込まれている。

 空ろな瞳が、まるで操り人形のようにこちらを見つめていた。


 オオカミ、馬、鳥……姿形はさまざまだが、すべてが人間の“頭部”を持っていた。

 それは——死体の継ぎ接ぎで作られた、狂気の産物。


 「……ふざけるな」


 俺は怒りを押し殺すように呟き、刀を構えた。


 「どれだけの人間を犠牲にした……!」

 

 理不尽に踏みにじられた命への、純粋な憤りが胸に湧き上がる。


「あらぁ♡ せっかく、アーヴィンちゃんのために、いっぱい用意したのにぃ?」


 テスタ・ラジーネの声は、どこまでも甘く、楽しげで……狂っていた。


 「かわいそうって思うなら、ほら、とっとと捕まってちょうだい?

 じゃないと、もっともっと犠牲者、増やしちゃうよ?」


 「ふざけるな」

 

 「……ぜーんぶ、あなたのせいだからね♡」



 そのあとは、ただひたすらに長刀を振るい、合成獣キメラたちを蹂躙していった。


 このフロアに、いったいどれほどの魔物がいるのか。

 もはや、数を数えることすらやめていた。


 斬って、斬って、斬り続ける。

 床には死体の山が散乱し、血と臓物の臭気が空気を濁らせていく。


 そんな中——


 「あんなに人を殺されて憤っていたのに…… 何の躊躇もなく切っちゃうって、どういう心境? ……あなた、サイコパス?」


 舌足らずな声が響く。だが、もう、相手にする気も起きなかった。


 俺はただ、次の敵を探し、斬る。

 怒りでも、憎しみでもない。そこに在るから、討つ。それだけだった。


 やがて、最後の一体が沈黙する。


 「あーあ。全滅しちゃった……残念。

 でも、言っておくけど、第2層には行かない方がいいわよ?」


 無視して、俺は黙々と階段を探す。

 まともに相手をするつもりはない。


 「きっと、心が壊れちゃうわね。ぜーんぶ、アーヴィンちゃんが悪いのよ?

 ……私たちに逆らうから」


 挑発も、哀れな呪詛にしか聞こえなかった。



 さらに階を下り、地下第二層へと足を踏み入れる。


 ここでは、もはや松明すら不要だった。

 壁に等間隔で並ぶ魔燈が、淡く冷たい光を放ち、空間全体を静かに照らしている。


 腐臭に満ちていた先ほどの層とは打って変わり、この階層を支配するのは——異様な“静寂”。


 音がない。風すらも、止まっている。

 空気が、息をひそめるように張り詰めていた。


 石造りの回廊を進むたび、靴音だけが乾いたように反響する。

 まるでこの空間そのものが、侵入者の気配を吸い込み、押し殺しているかのように。

 

 やがて——


 大広間へと通じる重厚な石の扉が、目の前に姿を現した。


 俺は躊躇なく手をかける。


 ゴウン……と鈍い音を響かせ、扉が軋みを上げて開かれた。


 そして——


 “それ”は、そこにいた。

 

「アーヴィン様……お久しゅうございます」


 静かに響いたその声は、どこまでも丁寧で、どこまでも異質だった。


 荘厳なホールの中央。

 仄かに揺れる燭台の光の下に、三つの影が並び立つ。


 一体は、鋼鉄の鎧に身を包んだ壮健な騎士。

 一体は、黒衣のローブを纏った痩身の女。

 そして——漆黒の燕尾服に白手袋をつけた、老執事の姿。


 息を呑む。


「……ドミニク?」


 ハロルド、エリザベータ、そしてドミニク。

 見慣れたはずの顔が、そこにある。だが、その瞳には、もう何の感情も灯っていなかった。


「きゃあはは♡ どう? 傑作でしょ? エリザベータとハロルドはね、たっくさんの死体から丁寧に組み合わせたの。再現性バッチリ! 見た目も、能力も♡」


 テスタ・ラジーネの甘ったるい声が響く。だがもう、俺の耳には届かない。

 

 エリザベータも、ハロルドも、確かに強敵だ。だが、それは所詮つくられた偽物。問題は、そこじゃない。


 目の前にいるのは、あの忠義の執事——ドミニクだった。


 彼が……どうなってしまったのか。そればかりが胸を締めつける。


 以前と寸分違わぬ姿。背筋を伸ばし、丁寧に佇むその姿に、かすかな微笑すら浮かんでいた。

 だが、どうしても拭えない違和感が、胸を冷たく締め付ける。


「ドミニク……お前……」


 問いかけると、彼は静かに、首元の襟を下げた。


 そこにあったのは、鋭く抉られた“痕”。


 牙の跡だ。

 はっきりと刻まれた、吸血の証——ヴァンピールへの変異を示す烙印だった。


 ぞわりと背筋が粟立ち、心が軋みをあげる。


「私はもう、あなたの僕ではありません。エルザ様……いえ、カサンドラ様に忠誠を誓わされました」


 その声は、あまりにも静かで、あまりにも残酷だった。


 過去の忠誠も、誇りも、信頼も——すべてが踏みにじられたのだ。


 俺の中で、なにかが崩れ落ちる音がした。


「……すまない」


 焼けつく喉から、かろうじて絞り出す。


 謝らずにはいられなかった。

 全て——俺の、ミスだ。


「もう私は、カサンドラ様の命令でしか動けません。ですから……どうか、私を倒してください。私はもう、あなたの知っているドミニクではありません」


 その言葉とともに、ドミニクの瞳がぐるりと回り、白目を剥いた。


 理性が消え、感情が抜け落ち、命令だけをなぞる獣と化す。


「アーヴィン……あなたはここで死ぬのです。最後まで、私には届かなかったことを悔いて。

ここは、あなたの墓場です」


 カサンドラの声が高らかに響く。


 俺の中で、静かに、だが確実に——

 怒りが、沸き上がる。


 胸の奥底でくすぶっていた火が、燃え広がる。


 それは、ただの怒りじゃない。


 踏みにじられた絆への慟哭。

 人を弄び、魂を奪い、忠誠を裏切らせた者への——

 赦さぬという決意。


「……カサンドラ」


 その名を、噛み殺すように呟く。


「必ず倒す。

 絶対にな。

 お前の喉元に——この刃を突き立ててやる」


 怒りを押し込み、俺はゆっくりとイレーナの長刀を構えた。

 その刃が、怒りを映すように、微かに震える。


 ——静かに。

 ——だが、確実に。


 戦いの幕が、切って落とされた。

お読みいただいてありがとうございます。


評価⭐️やブックマークしていただけると大変励みになります。


よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ