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目覚めたら即バッドエンド!? 悪役令息に憑依したら、すでに死んでいた。  作者: おしどり将軍


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第64話 不吉な赤い月

荘厳な静寂に包まれた大聖堂。

高い天井から吊るされた燭台が、わずかな光を揺らめかせている。


祭壇の前で、静かに祈りを捧げる女がいた。

白金に輝く髪、透き通るような肌。

その名は——ノエル・メルクロフ。


かつて〈大聖女〉と讃えられ、勇者レオンと共に魔王を討った英雄。

だが今は、“七大罪スキル『強欲』”を宿す魔族の幹部として、闇に身を置く。


祈りの姿は神聖に映るが、その奥に潜む真意を知る者は少ない。


ステンドグラス越しの朝の光が、彼女の横顔に差し込む。

その光は、まるで神に選ばれた者の証のようだった。


静寂を破ったのは、そっと開かれた扉の音だった。


小さな足音。

振り返らずとも、ノエルには分かっていた。


「ノエル様。お客様がお見えです」


現れたのは、十歳ほどの少女。

落ち着いた声と無表情の瞳。

青みがかった髪に瑠璃の瞳を持つその少女は、聖女見習いの装束を纏っている。


ロサリハ・ザマー。

その名はまだ、世界に知られていない。


「……どなたかしら?」


「レヴィア・アスフォーデル様です」


その名を聞いた瞬間、ノエルの背がわずかに震えた。


「……すぐに参りますわ」


ノエルは静かに祈りを終え、裾を払って立ち上がる。

ロサリハと共に、ゆっくりと歩き出した。


「ねぇ、ロサリハ。おかしいと思わない?」


「何が…… でしょうか?」


「私がイル=ファルマに祈っていることよ」


ロサリハは無表情のまま、首を横に振る。


「ノエル様がなさることには、きっと意味があります。……私には分かりませんが」


「そうね。私は破壊神ゾラス=ダインの化身——魔王エビルダンテを蘇らせようとしている。

なのに、創造神イル=ファルマに祈りを捧げる。……矛盾していると思う?」


ロサリハは静かに頷いた。


ノエルは唇に笑みを浮かべたまま、囁くように続けた。


「でも、本当はどちらも必要なの。創造と破壊。光と闇。生と死。再生と終焉。

世界は神によって生まれ、神によって滅びる。……それが、“循環”よ」


「循環……」


「この世界に月が二つあるのも、その象徴。

夜空に浮かぶ赤い月と青い月——それぞれがゾラス=ダインとイル=ファルマを象っているの。

信仰の形は違っても、根源は同じ。すべては、神の掌の上。創造と破壊は二つで一つ」


「……二つで一つ、ですか?」


「そう。魔族は破壊神ゾラス=ダインを信奉し、人族は創造神イル=ファルマに信仰を寄せる。かつては、魔族がこの世界の主だった。人族など、ただの家畜だったのよ」


「でも、固有スキルを得たことで、人族が逆転した」


「そう。創造神の加護が、魔族を駆逐し、人族の時代をつくった。

今、人族は栄華を極め、魔族は辺境に追いやられている。——でも、それも一時のこと。世界は繰り返すの」


「つまり、創造と破壊は……交互に繰り返されるべきもの」


「そう。よくわかっているわね。あなたはやはり選ばれた子よ、ロサリハ・ザマー」


ノエルはそっと彼女を抱き寄せた。ロサリハは、静かに身を預ける。


「魔族も人族も、“変転の両極”に過ぎない。

私たちは神の両極を受け入れ、統べる存在になる。

世界の“摂理”を理解し、それを行使する者

——それが私たちなのよ」



大聖堂に併設された応接室——

高位聖職者や王族との謁見にも使われる、格式と威厳を備えた空間。


ノエルが扉を開けると、既に三人の女たちが席に着いていた。


一人は、深い黒のローブに身を包んだ女。

透けるような白い肌、暗紅の唇。静かながら絶大な存在感で場を支配する。


レヴィア・アスフォーデル。

“七大罪スキル『嫉妬』”を有する魔族幹部。


隣には、真紅の髪と瞳を持つ吸血族真祖。

艶やかな微笑みと、底知れぬ冷徹さを持つ女。


カサンドラ・ドラクレア。

“七大罪スキル『色欲』”を持つもう一人の幹部。


そして——


「やぁん、やっぱり雰囲気が重たいわねぇ〜」


やや遅れて振り返ったのは、褐色の肌をもつダークエルフの少女。

年齢は見た目によらず千歳を超える。

おぞましい実験を繰り返す狂気の科学者。


テスタ・ラジーネ。

“七大罪スキル『怠惰』”の保持者。


「……なんとも、豪華な顔ぶれね」


ノエルは涼しげに微笑みながら室内へ歩を進め、ロサリハを退出させた。


「とくにテスタ。自分から顔を出すなんて……

明日、空から氷でも降るんじゃないかしら?」


「わたしだって好きで来たんじゃないのよ〜?

この人たちに呼び出されて、しょうがなくって感じぃ」


唇を尖らせて肩をすくめるテスタを、レヴィアが鋭い眼差しで睨む。


「……情勢は変わったのです。

あなたの“失敗”について、きちんと説明していただきます」


「ちょっとぉ、レヴィアちゃん……言い方がキツいわよぉ」


 テスタは芝居がかった身振りで肩をすくめたが、結局は観念して口を開いた。


「まぁ……巡礼地での件、失敗だったのは認めるけど。

でも、それはあたしのミスじゃないの。ほんのちょっとした“イレギュラー”。

まさか、あの子があそこまでやるなんて——ほんと、想定外だったのよねぇ」


「あの子……剣聖ジェスタではなく?」


 レヴィア・アスフォーデルの目がぴくりと反応する。


「ジェスタ対策は完璧だったのに、ね。それをひっくり返したのが“ソウスケ”って子。金髪で碧眼、とっても可愛くて……もう、食べちゃいたいくらいだったのに……逃しちゃった」


 テスタは残念そうに、口を尖らせる。


「金髪、碧眼の少年……」


 レヴィアが舌先で唇を湿らせるように舐めた。


「そうそう。瞬間転移なんて使っちゃって。剣の腕も相当だし、空まで飛んじゃうんだから、手に負えないったら」


「……瞬間転移?」


 今度はカサンドラが微かに眉を顰めた。


「なんだか、私たちの知っている“少年”に似ているようね。カサンドラ」


 レヴィアがカサンドラへと視線を向ける。


「アーヴィン・カーティス……今や王国のお尋ね者。

聖騎士団の中に潜んでいたのなら、まずはクラネルト伯に圧力をかけるべきではなくて?」


 カサンドラの声音は冷ややかだったが、その奥にはかすかな苛立ちが混じっていた。


「ディルク・クラネルト伯……ミスティア王女の懐刀。

あの男が、素直に口を割るとは思えないけれど?」


 レヴィアのフードの奥、金色の瞳が怪しく光を宿す。


「ならば、辺境伯ルートから揺さぶりましょう。ステファノを使って」


「……ふん。“ソウスケ”という偽名を使っている以上、『知らなかった』とでも言い逃れるつもりでしょうね。

それよりも——そろそろ、決着をつけるべきだと思うわ」


「決着……?」


「ええ。アーヴィン・カーティスは、もはや我々の計画に干渉しすぎている。

ならば、こちらから刈り取るべきよ」


 レヴィアはゆるやかに立ち上がり、応接室の窓際へと歩を進める。

 

外光が、フードの陰に沈んだ彼女の横顔を照らした。


「舞台は——“災禍(カタストロフ)の神域(サンクチュアリ)”。どうかしら?」


「……そこは禁域のはずよ」


 カサンドラの声にわずかな警戒が混ざる。


 災禍の神域。かつて魔族が世界を支配していた時代、破壊神ゾラス=ダインを祀った聖地にして、歴代の魔王たちが葬られた場所。

 今は人族の手に落ち、遺跡として封印され、“禁域”と指定されている——名目上は。


「だからこそ、よ。あそこは今も“ダンジョン”として生きている。

最深部に誘い込めば、こちらの土俵。逃げ場などない」


「……」


「……あの場所の最深部には、歴代魔族王の墳墓がある。荒らされることのないよう、意図的に構築された迷宮、うってつけだと思わない?」


「簡単に乗ってくると思う?」


「ふふ、乗ってくるように“仕向ける”のよ。たとえば——人質を使って」


「……人質?」


「ええ。彼が出てこざるを得ない“餌”を用意すればいい。

そして、カサンドラ。あなたに——トドメを任せるわ」


 レヴィアは振り返り、ゆっくりとカサンドラを見据える。

「あの少年をここまで増長させたきっかけはあなたよ。責任は取ってもらうわ」


 レヴィアの口調は冷ややかで、毒を含んでいた。


 カサンドラは沈黙したまま、赤い瞳で鋭く睨み返す。

 

少しの間を置き、低く笑った。


「……いいわ。アーヴィンが二度と立ち上がれないくらいの絶望を味わわせてあげる。

彼にとって、何よりも大切な存在を——生贄にしてね」


張り詰めた空気が、さらに重くなる。

だが、それを唐突に破ったのは、場違いなほど明るい声だった。


「わーい、面白そ〜う♪ わたしも混ぜて混ぜてっ!」


手を叩きながら跳ねるように声を上げたのは、テスタ・ラジーネだった。


「ダンジョンに、あたし特製の魔物をい〜っぱい仕込んでおくわね。

“彼”のために、とびきり楽しませてあげる……ふふふっ」


そして——狂気を帯びた笑みが、唇の端を歪ませる。


「でも……最後の“死体”だけは、あたしにちょうだい?」



アーヴィン別邸。


そこでは、ドミニクが静かにティーポットを傾け、フローラのカップに紅茶を注いでいた。


「アーヴィンの行方は? 何か連絡は?」


「いえ、まだです。ですが——ミスティア様の帰還の際に、非常に活躍した者がいた……という噂を耳にいたしました」


「え、本当?」


「ええ。金髪で碧眼の少年が、巡礼で魔族に襲われた際、ミスティア様を王宮に無事連れ戻ったと」


「そう……よかった」


 フローラはそっと立ち上がり、窓辺へ歩み寄る。

 まるでその向こうに、アーヴィンの姿が見えるかのように。


 夜空には二つの月が浮かんでいた。青い月が淡く瞬く一方で、赤い月は血のような光を帯び、不吉に膨れ上がっている。


 フローラは眉を顰めた。


「……胸騒ぎがするわ」


 その呟きは窓ガラスに反射して、自分自身へ返ってきた。


 ドミニクは静かに彼女の背に視線を向け、低く言葉を紡ぐ。


「ご安心を、フローラ様。——あの方は、必ず帰ってこられます。

 たとえ、その道が……どんなに血に染まっていようとも」


 その言葉に、フローラはほんの少しだけ微笑んだ。


 しかし——

 

 窓の外の赤い月は、なお一層、濃く染まっていた。

お読みいただいてありがとうございます。


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