表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
目覚めたら即バッドエンド!? 悪役令息に憑依したら、すでに死んでいた。  作者: おしどり将軍


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

61/78

第61話 慟哭

 空間飛翔ディメンショナル・フライトで限界まで飛び、俺はようやく地に足をつけた。


 そこは、街道沿いにぽつんと佇む小さな村だった。王都へと通じる途中にある、宿場のような集落だ。


 夜の闇の中、俺は意識を失ったミスティアを背負いながら、村で一番大きな屋敷へと歩みを進めた。


 戸を叩くと、眠そうな目をした恰幅の良い中年の女が顔を出した。薄明かりの下、その表情は迷惑そうだった。


「……ここは村長の家か?」


「誰だい、あんた。こんな夜更けに……」


「この子は、ロンダリア王国第三王女、ミスティア・ハーヴェスだ。負傷している。治療のスキルがある者はいないか?」


 おばさんは訝しげに眉をしかめ、俺の背中を覗き込む。

 そして、次の瞬間——


「あっ……あの時の……!」


 ミスティアの顔を見た瞬間、彼女の目が見開かれた。


 巡礼の途中、この村を通過した際にミスティアが笑顔で手を振っていた。

 それを覚えていたのだろう。次の瞬間、彼女は慌てて屋敷の中へ駆け込んでいった。


「あなたー! 大変よ、すぐに起きてくださいな!」



 奥の部屋に案内され、俺は用意された寝台にミスティアをそっと横たえた。


 息はある。だが、顔色は青ざめ、手足の傷からはじんわりと血がにじんでいる。呼吸も浅く、意識は朦朧としていた。


 部屋の隅では、長身の中年男が腕を組み、険しい面持ちでその様子を見つめていた。


「今、この村には治癒スキルを持つ者がいない。隣村に使いをやったから……もう少し待ってくれ」


「……助かる。ありがとう」


 安堵と焦燥が入り混じる中で、俺は深く頭を下げた。


「……で、いったい何があったんだ」


 村長らしき男が、低く重い声で問う。


 俺は一つ息を吐いてから、必要最小限の情報だけを伝える。

 巡礼地で魔族が突如襲撃してきたこと。混乱の中で俺とミスティアが逸れたこと。そして、何とか彼女だけを連れて逃げてきたこと。


 テスタ・ラジーネや、ロアゼン・ナフィルのことを伏せておいた。話してしまえば大変な騒ぎになる。


「……また魔族が……攻めてきたってのか」


 男の声は震えていた。恐怖と怒り、そして諦念がにじんでいる。


「違う。これは一部の動きに過ぎない。全面戦争じゃない。過剰に怯える必要はない」


 そう言ったものの、村長の顔色は晴れなかった。


 その目は、遠い過去に向けられていた。


 ——十年前の魔王大戦。


 魔族たちは津波のように押し寄せ、街を焼き、村を潰し、王都にまで迫った。


 この村も、例外ではなかったはずだ。

 家を、家族を、仲間を失った者が、ここにもいたのだろう。


「……すまない。嫌な記憶を掘り返させたな」


「いや……それより……ミスティア様が、こんな目に……」


 村長は途中で言葉を飲み込み、口を閉じた。


 ——そうだ。

 ミスティアは、まだ十歳の少女だ。


 それでも王族として、巡礼の旅に出て、笑顔で民に手を振り、務めを果たそうとしていた。

 その小さな肩に、どれほどの重荷を背負わせていたのか。


 俺は、ふと寝台の上の少女に目を向ける。


 そこには——身も心も深く傷つき、それでもなお、必死に責務を果たそうとした、か弱い少女の姿があった。



治癒スキルを施された後、ミスティアは少し落ち着いたようだった。

青ざめていた顔に、わずかに血色が戻り、表情も穏やかな寝顔に変わっている。


その様子に、ようやく俺も胸を撫で下ろした。


できれば、すぐにでも王都に向かいたい。だが、彼女の体はまだ癒えきっていない。強引に連れていくわけにはいかないだろう。


俺自身も疲弊しきっていた。

この一晩で、精神も肉体も限界まで削られていたのだと、ようやく自覚する。


——少しだけ、休ませてもらおう。


借りた部屋の片隅に体を横たえた俺は、眠る間際、ミスティアの無事を願いながら、意識を手放した。



朝。


鳥のさえずりと、窓から差し込む柔らかな光に、俺はゆっくりと目を覚ました。

ぼんやりと天井を見上げた後、体を起こす。最初に確認すべきは——ミスティアの様子だ。


隣の部屋へ向かう。

だが、そこに彼女の姿はなかった。


布団は丁寧に畳まれ、室内は整えられている。

ただの外出か、それとも……嫌な予感が胸をよぎる。


あわてて、屋敷の中を探し回り、村長を見つけて声をかけた。


「ああ、ミスティア様なら……うちのかみさんと一緒に水浴びに行ったよ。裏の川さ。女同士のほうが、気も楽だろうってな」


村長はのんびりとした笑みを浮かべていたが、俺の心は落ち着かなかった。

礼もそこそこに、俺は屋敷を飛び出す。


そして——その心配は、すぐに杞憂だったと知れた。


ちょうど家の前の道で、ミスティアと村長の妻が戻ってくるところだった。

どちらも髪をタオルで包み、濡れた前髪が頬に貼りついている。談笑しながら歩く姿に、ほんの少しだけ笑顔が浮かんでいた。


その顔を見た瞬間、ようやく、胸のつかえが下りた気がした。


——よかった。


「あら、ソウスケ。起きちゃったの?」


「……ああ。うっかり寝過ごしてしまったみたいだ」


「もっと休んでいればよかったのに」


「体の具合はどうだ?」


「うん、大丈夫。すっかり良くなったわ」


そう言って、ミスティアは手のひらをかざして見せる。

あれほど酷かった傷が、もう跡形もない。昨夜の治癒スキルが、確かに効いていたのだ。


「……そうか。なら安心だ。けど、無理に動くな。すぐに王都に戻るより、少し体を休めてからの方がいい」


「……ありがとう、ソウスケ」


 彼女は少しうつむいてから、ぽつりとつぶやいた。


「ねえ……少し、話せないかな。二人っきりで」


その声は、どこかためらいがちだった。


「……ああ。分かった」



俺たちは、村の民家から少し離れた、木陰の小道へと足を運んだ。


 朝露に濡れた草が、靴の先を静かに濡らす。

 吐き出した息に、ほんの少しだけ熱が混じっていた。


「……私、王都に帰らないことにした」


 ミスティアが、ぽつりと呟く。


「……え?」


 思わず、聞き返してしまった。


「もう、限界なの」


 その声は静かだったが、どこか張りつめていた。

 ミスティアはゆっくりと語り出す。


「私、生まれた時からずっと“王女”として頑張ってきたの。立ち居振る舞いも、言葉遣いも、勉強も……全部、“ふさわしい人間”になろうとして、必死だった」


 小さな拳が、スカートの裾をきゅっと握りしめる。


「でも……どうして。なんで、こんな殺し合いみたいな目に遭わなきゃいけないの?」


 そこから先は、堰を切ったようだった。


「私、誰も傷つけてなんかないのに。何も奪ってないのに。ただ笑って、皆に手を振って、ちゃんと務めを果たしてきただけなのに……!」


「……」


「それなのに……どうして、みんな私を王にしようとするの? 本当に私のことを思って? それとも、自分が出世したいから? お金がほしいから? 私が都合のいい“道具”だから?」


 ミスティアの声が、震えながら高まっていく。


「あんなに優しかったロアゼン叔父様も……私を裏切った。ゼファル兄さんだって、昔は一緒に笑ってくれたのに……。それでも“王になるため”なら、全部失ってもいいの? そんなの……そんなの、私、望んでない……!」


 少女の肩が震えている。

 俺は何も言えず、ただその傍に立っていた。


「ソウスケ……。私、王になったら何か得られるの? 幸せになれるの? 王になった後も、誰かを裏切って、殺し合いをして、王位を守り続けなきゃいけないの……?」


 その瞳が、涙に濡れて俺を見上げた。

 

 小さな手が、俺の袖をぎゅっと掴む。


「ねぇ……教えてよ、ソウスケ……お願いだから……私に、教えてよ……」


 ミスティアは最後の言葉を、嗚咽にかき消されるように絞り出すと、俺の胸に顔を埋めた。

 子どものように、声を上げて泣き崩れる。


 ——そして俺は、

 そんな彼女に、かけてやれる言葉を一つも思い浮かべることができなかった。

お読みいただいてありがとうございます。


評価⭐️やブックマークしていただけると大変励みになります。


よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ