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第6話 初めての“稽古相手”

執事のドミニクは一歩前に出ると、無言で右手を水平に上げた。


次元書庫ディメンション・アーカイブ


その言葉と同時に、彼の右手が空間に溶け込むように消えた。


「何っ!?」


思わず声が漏れる。まるで幻でも見たような気分だった。


ドミニクは顔色一つ変えず、空間から何かを取り出す。それは銀のトレイに載った茶器のセットだった。


これが、スキルを使うということか。


「いったい……どんなスキルなんだ?」


「私のスキルは、空間内に独自のスペースを作り、そこに物を収納しておけるものです」


「便利そうだな。スキルを使うとき、何を意識してるんだ?」


「基本は“イメージ”です。魔術も身体強化も、まずは頭の中でそれを使う姿を思い描くことから始まります」


「イメージか……」


「鑑定の儀で、“空間に物を収納できる”と教わったので、何度も空間に“しまう”動作をイメージして練習しました」


ドミニクはうなずいた。


「どんな物でも入るのか?」


「理論上は、どんなに大きな物でも入るはずですが……想像できない物は扱えません。実用には限界があります」


「自分自身をその空間に入れることは……?」


問いかけると、ドミニクは少し暗い表情を見せた。


「可能…… ですね。あまりやりたくはないのですが」


少し様子がおかしいことが気になったが、そこは追求しないことにした。


「イメージやアイデアを膨らませれば、固有スキルは無限に近い使い方ができるようになります。だから、固有スキルを最大限に利用したかったら、さまざまなことを試す方が良いでしょう」


「なるほどな。ありがとう、参考になったよ」


そう言って部屋へ戻ろうとしたとき、ドミニクが呼び止めた。


「アーヴィン様」


振り返ると、彼は静かに言った。


「いつか……お話ししなければならないことがあります」


「母さんのことか?」


「はい」


「今じゃダメなのか?」


彼は無言で首を横に振った。


「……わかった。いつか教えてくれ」


それ以上は聞かず、俺はその場を後にした。



ベッドに寝転びながら、ドミニクの言葉を反芻する。


母親の死。詳しい経緯は知らない。ドミニクが何かを隠しているのだとしたら、それはアーヴィン自身にも知らされていなかったことなのかもしれない。


(……考えても仕方ないか。今は教えられないって言ってたし)


それよりも、だ。


空間操作


ドミニクは“イメージが大切”だと言っていた。


あの長刀を握った時、両手に魔力を込めるイメージをしたら、急に力が湧いてきた。あの感覚は重要だ。


あの時は両手にしか魔力を込められなかったが、もし全身に魔力を行き渡らせられたら、身体能力は格段に向上するはずだ。


問題は、魔力の量だ。


まずは基礎体力の強化。そして、魔力を使う感覚を養う。それが最優先だ。


空間操作の応用は、そのあとでも遅くない。


——にしても、


“空間”を“操作”するって、どういうことなんだ?


モノや人を移動させる? それができるなら……それは戦場における圧倒的なアドバンテージになるのではないか。


(……いや、いくら頭で考えても答えは出ないな)


今日は疲れて頭が回らない。


「まあ、明日、明日だ」



次の日から、俺は中庭でのトレーニングを日課にした。


まずは軽めの剣から素振りを始める。長刀に比べて持ちやすいが、なにぶん10歳の体だ。魔力を込めなければ思うように振れない。


剣の訓練だけではない。中庭を走り回り、ジャンプし、魔力だけではなく身体能力そのものも底上げしていく。足に魔力を込めて走る。跳ねる。その繰り返し。


不思議なことに、確実に成果が出ていた。ジャンプの高さが目に見えて上がり、動きも軽くなっていく。


さすが魔力のある世界だ。現実世界でこんな急成長はまずありえない。


数日後、いつものように剣を振っていると、庭師見習いのアレンが通りかかった。


「よう、アレン」


軽く声をかけたが、彼はそっけない態度で会釈し、すぐに通り過ぎようとする。


「ちょっと待ってくれ。俺の稽古に付き合ってくれないか?」


やはり、剣をただ振っているだけでは味気ない感じもあったし、何より対人戦を練習しないといざという時に役に立たない。うちの使用人で若い男は彼だけだった。


「それは仕事ですか? 急ぎの用がなければ失礼しますが」


「遊びじゃない。稽古の相手になってくれたら、ちゃんと給料も出すよ」


「僕は庭師としての修行があるので」


ピシャリと断られ、そのまま行ってしまった。


(……まあ、仕方ないか)



それからも、俺は黙々と素振りを続けた。剣は徐々に軽く感じられるようになり、動きも洗練されていく。


アレンは毎日中庭を通りすぎる。時折こちらを気にしている様子はあるが、声をかけても素っ気ない返事だけで足を止めようとしなかった。


だがある日


背後に気配を感じて振り返ると、アレンが腕を組んで俺を見ていた。


「ただ振ってるだけじゃ意味がありませんな。全然なってない」


「剣術、教えてくれるのか?」


「我流だけど、それでも良ければ」



アレンは意外と剣術ができることが分かった。単に相手が欲しかったからアレンに声をかけたので、そんなに期待していなかったが、やはり、剣術がわかっている人と稽古をすると効率が段違いだった。


「脇はしっかり閉めないと。踏み込みと剣の振りがバラバラですよ」


やや、皮肉っぽい言い方ではあるけれど適切なだった。言われた通りに動いてみると、確かに剣の振りが安定してきた気がする。力任せではなく、理にかなった動き。そこに好感を持てた。


しかし、体力不足か、魔力切れか、すぐに息が上がってしまう。


「くっ、魔力切れか……」


「ふん、もう終わりですか」


アレンは俺を見下ろしながら、口元をわずかに吊り上げる。馬鹿にされているようで、でもどこか楽しそうでもあった。


「情けないですな。魔力がどうこう言う前に、まず基礎体力をつけてはどうですかね」


「連日でやれば誰だってバテる。まだ始めたばかりだしな」


「言い訳は見苦しいですよ、アーヴィン様」


口は悪いが、以前よりも打ち解けてきた気がする。何より、口数が増えた。


「お前こそ、嫌がっていた割には随分熱心じゃないか。意外と世話焼きなんだな」


「……は? 違いますよ。僕は仕事熱心なタチでね。それに、アーヴィン様が下手すぎて見ていられなかっただけですよ。誤って庭の木が折るんじゃないかと心配だったんで」


「まあ、それでも助かったよ。お前がいなきゃ、ただの自己流で無駄に振ってたかもしれない」


アレンは少し驚いた顔をした。


「……いえ、こちらこそ。……まあ、退屈しのぎにはなりました」


口調は素っ気なかったが、その目はどこか楽しそうだった。


「え?」


「いえ、何でもありません。まあせいぜい頑張ってください」


アレンはそう言って、道具を手にして立ち去ろうとする。


「なあ、明日も付き合ってくれるか?」


一歩、踏み出して声をかけた。


アレンは少しだけ立ち止まって、振り返らずに答えた。


「……暇があったら」


それだけ言って、彼はいつものように背筋を伸ばして歩き去っていった。


……悪くないな。


この世界で、初めて”仲間”ができた、そんな気がした。

お読みいただいてありがとうございます。


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