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目覚めたら即バッドエンド!? 悪役令息に憑依したら、すでに死んでいた。  作者: おしどり将軍


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第56話 山頂の決戦

白い石畳を踏みしめ、巡礼の一行がゆっくりと階段を登っていく。


天を突くようにそびえる大聖堂。

その姿は、山頂に築かれた信仰の砦そのものであり、神々の声が降り注ぐ“聖なる門”のようでもあった。


「とうとう…… 着いた」

ミスティア・ハーヴェスは、朝の光を背に受けながら、小さく息をついた。


背筋は真っすぐ、表情は凛としている。

だが、その瞳には微かに緊張が宿っていた。


白銀の錫杖を手に、彼女は最後の石段を踏みしめる。

その先には、大理石の祭壇。

今宵、儀式が執り行われる場所——“神聖なる契約の間”が待っていた。


「ソウスケ、遅いねっ」

イリアスが不安げに首をかしげた。


祭壇の手前で列を整える中、彼の姿だけが見えない。


「せっかく、これからがいいところなのに……」

ユリアが肩をすくめるように言った。

けれど、その表情はどこか張り詰めている。


風が、祭壇の奥から吹き抜けてくる。


空は晴れている。

雲ひとつない快晴——のはずなのに、妙に冷たい風だった。


「……ちっ」

不意に、ジェスタが舌打ちした。


「何かが……来やがる」


瞬間、両手が柄にかかる。

左右の鞘から抜かれた二本の剣が、冷たい陽光を反射した。


ジェスタの顔が険しくなる。

戦場の空気を知る者だけが感じる、“殺気の匂い”。


「……上だ」


彼の声と同時に、イリアスも振り返る。


「え……?」


山の南斜面に位置する大聖堂——

だが、山の外縁、つまり東の空の彼方に、異様な黒点が浮かんでいた。


最初は一つ。

次に、三つ、五つ、十、二十——


「……飛んでる? あれ……魔物!?」


ユリアが目を見開いた。


風が再び吹く。

だが、今度は“生臭い風”だった。

森を通ってきたとは思えない、血と腐敗の匂いを含んだ風。


聖騎士の一人が叫んだ。


「——空より来襲!」


その声と同時に、聖騎士団が一斉に構えを取る。

ミスティアは錫杖を握り直し、表情を引き締めた。


ジェスタの声が鋭く響いた。


「……落ち着け。ユリア、イリアス。ミスティア殿下を護れ。 俺が前に出る」


「はいっ!」


ユリアが応じる。


その時だった。空から――

腐った羽音と共に、“それ”が落ちてきた。


人の頭を持った翼を持つ魔獣たちが、地面に降り立つたびに、石畳が砕ける。

黒い影が、大聖堂の空を覆っていく。


周囲を見ると、大聖堂を取り囲むように、狼のような魔物が群れをなしている。その後ろ、異形の怪物がいた。


巨躯は筋骨隆々としたオークそのものだが、肩から上は——

まるで牛の頭部を無理やり縫い付けたような、ねじれた肉塊。

目は別々の方向を向き、鼻腔からは黒い蒸気のようなものが漏れ出している。

ミノタウロスを思わせる姿だが、その異常な構成は、明らかに何かを繋ぎ合わせたキメラだった。


「そんな、こんなの…… どうやって……」

ユリアが声を震わせた。


——そして、戦いの幕が開く。



ジェスタ・ハイベルグは、まさに鬼神の如き働きで、魔物たちを次々となぎ倒していく。


その足元には、瞬く間に魔物の屍が幾重にも積み重なっていた。


鋼を断つ双剣が、黒き血飛沫を撒き散らしながら閃く。

腕が千切れ、胴が裂け、頭が落ちる。


だが彼の歩みは、微塵も鈍らない。

まるで、戦場に現れた修羅そのもの。


イリアス・バッシュもまた、その背に食らいつくように奮戦していた。


少年のような小柄な体躯が、俊敏に動き回り、刃と共に宙を舞う。

その一太刀は鋭く、確実に魔物の急所を貫いた。


「ボクだって、負けないんだからっ!」


かつてはただ憧れるだけだった“勇者”という存在。

今は、自らの剣で誰かを守れている——


その誇りが、彼女の剣に迷いを許さず、斬撃をいっそう研ぎ澄ませていた。


後方では、ミスティア・ハーヴェスを中心に、聖騎士団が陣を敷いていた。

ユリア・クラネルトは彼女の傍らで、聖域結界セイクリッド・フィールドを張り続ける。


柔らかな光が、癒しと加護を与える聖域を描き出していた。


その光の中で、血を流し疲弊した聖騎士たちが傷を癒し、再び剣を手に戦場へと舞い戻っていく。

まるで、魂のたすきを次々と繋いでいくかのように——。


敵の猛攻はなおも激しさを増している。


だが、聖騎士団の奮戦と結界の支えにより、決定的な突破口は与えられていない。

戦局は、苛烈ながらも、いまだ拮抗していた。


——しかし。


「……妙だな」


ジェスタが、魔物を二体まとめて斬り伏せた瞬間、低く唸るように呟く。


「数が減らねぇ。どころか……増えてやがる」


空を見上げれば、黒い影の数が明らかに膨れ上がっていた。

飛来する無数の翼ある魔物たちが、どこからともなく湧き出し、空の彼方から押し寄せてくる。

そして今や、大聖堂の頭上を完全に覆い尽くそうとしていた。


「……待って」


ミスティアが空の一点に目を凝らし、微かに瞳を細めた。


「……あそこに、何かが……」


ジェスタの眉がぴくりと動き、苦々しい声が漏れる。


「ドラゴン……か? いや、違う……!」


その瞬間だった。


崖の向こう、北の山間から、黒い影が風を裂いて飛来する。


それは確かに“竜”の姿をしていた。

だが、その存在は、常識の枠を超えていた。


——双頭。


片方は燃え盛るような赤の頭部。

もう片方は凍えるような青の頭部。


その巨大な身体からは、炎と氷という相反する気配が絶え間なく溢れていた。

この世にあるべきではない、忌まわしき“融合体”——


炎龍ファイアードラゴン」と「氷龍アイスドラゴン」の合成獣キメラ


「信じられねぇ……あんなモン、誰が作った……」


ジェスタの顔から、ついに笑みが消えた。


「ブレスが来る……ッ! 全員、大聖堂へ逃げ込め!」


咆哮が轟いた。


炎と氷の双頭が、同時に口を開く。


——次の瞬間、天地が、焼き尽くされ、凍りついた。


猛烈な熱波と極寒が入り混じった衝撃が、山頂全体を薙ぎ払う。


間一髪——

一行は、なんとか大聖堂の中へと逃げ込んでいた。


奥には荘厳な祭壇が鎮座し、手前には信徒用の長椅子が整然と並んでいる。

石造りの天井は、かろうじて外の猛威を遮っているかに見えた。


——だが、その静寂はほんの一瞬で破られる。


ドォン……!


轟音とともに天井の一部が砕け、石片がバラバラと降り注いだ。

埃が舞い、祈りの空間はたちまち戦場と化す。


「……あまり、もたねぇな」


ジェスタが低く呟き、素早く立ち上がる。


「とにかく、俺とイリアスが外に出て、少しでも数を減らす。

 ユリア、聖騎士団はミスティア殿下を守りつつ、大聖堂に入り込んでくる奴らを叩け」


「わかったわ!」

「了解!」


即座に命令が飛び交い、各々が所定の位置へ散っていく。


ジェスタとイリアスは、一陣の風のように扉を蹴り開け、外へと駆け出した。

残された者たちは、恐怖を押し殺しながら、大聖堂内部の防衛体制を整える。


ミスティアは不安げに、側近の老騎士ハウゼンに視線を向けた。


「……大丈夫、でしょうか……」


ハウゼンは静かに、だが力強く頷いた。


「剣聖殿を信じましょう。あのお方が突破されるようなら……その時は、覚悟を決めねばなりませんな」


「……そうですね。でも……」


ミスティアの瞳が、もう一度だけ扉の方を振り返る。


「ソウスケは……どうしたのかしら?」


その問いに、ユリアが応える。声は冷静だが、どこか張りつめていた。


「偵察に出たまま、戻ってきません。これだけの魔物が押し寄せている以上、彼も襲撃を受けていると考えるのが自然です」


「……まさか、王立軍の守備隊も……」


「……はい。全滅、もしくは既に戦力としては機能していないでしょう」


ミスティアは、唇を噛みしめた。


「援軍の見込みは……?」


ユリアは一瞬だけ視線を落とし、きっぱりと答える。


「……絶望的です」


重苦しい沈黙が、大聖堂に満ちた。


その静寂を切り裂くように、また遠くから咆哮が響く。


「……ソウスケ……」


ミスティアが心の中で呟く。

彼がいるときは、どこか安心できた。——今は、その心細さが胸を締めつける。


その時。


爆音とともに、大聖堂の壁が破壊された。


石が飛び散り、崩れた穴の向こうから現れたのは——

三体のミノタウロスだった。


分厚い筋肉に覆われた巨体。

牛頭の醜悪な顔を持ち、唸り声とともに巨大な斧を振りかざす。


「ミスティア様、こちらにお下がりください!」


ユリアが前に出て、結界を展開する。

聖域結界が柔らかな光を描き出し、ミスティアを包む。


聖騎士団が一斉にミノタウロスに襲いかかるが——

その巨体には、剣も槍も通じなかった。

逆に、振るわれた斧の一撃で騎士たちは吹き飛ばされ、負傷者が続出する。


「ミスティア様、私が行きます」


ハウゼンが剣を抜き、前へと歩み出る。


「ハウゼン……無理はしないで」


だが彼は、老いた顔に笑みを浮かべた。


「私は姫殿下の盾ですから…… 殿下。立派な王になってください」


その背に、老騎士としての覚悟がにじんでいた。

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