表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
目覚めたら即バッドエンド!? 悪役令息に憑依したら、すでに死んでいた。  作者: おしどり将軍


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

54/78

第54話 巡礼地

「ああ、なんて素敵。最高♡ はぁー、ゾクゾクするっ」


テスタ・ラジーネは目を見開いたあと、陶酔したように呟いた。


その顔には、無垢な少女の無邪気さと、底知れぬ狂気が奇妙に同居していた。


ロアゼン・ナフィル侯爵は、困惑と恐れを隠しきれなかった。


彼女は魔物と意識を繋ぎ、その視界を通じて戦場を覗くことができる。


だが、自分には何も見えない。ただ、テスタのその反応だけが、異様な熱を放っていた。


「テスタ様……戦いの結果は、どうなりました?」


おそるおそる尋ねる。


「戦いの結果? そんなの、どうでもいいのよ」


テスタはにっこりと笑った。


その瞳は、熱に浮かされたように潤み、夢見る乙女のような光を宿している。


「ああ……欲しい。あの子が、欲しいの」


「……は?」


言葉の意味を測りかねるロアゼンをよそに、テスタは夢心地で語り続けた。


「あの金髪の、かわいらしい坊や……。あの小さな体で、長刀を自在に操ってゴブリンを次々に薙ぎ払って……しかも、周囲に的確に指示を飛ばして、空間魔法で地形まで操って……被害を最小限に抑える冷静さ。あれはただの子供じゃないわ」


「その…… テスタ様。その子がどうこうより、まず“戦果”を——」


「うるさいわね! 結果なんてどうでもいいって言ってるでしょ!」


怒声一閃。


空間に走る魔力の余波に、ロアゼンは思わずたじろいだ。


「……し、失礼しました」


「……まあ、いいわ。結論から言えば、ミスティアは逃した。ゴブリンは全滅。

 でもいいの。次は“本番”——山頂での決戦だもの」


テスタはつまらなそうに手をひらひらと振った。


「それよりも、私は最高の“実験体”を見つけたのよ」


「……ジェスタ・ハイベルグ、ですか?」


「違う違う、ちーがーう♪ あんなジジイ、興味ないわよ。私が目をつけたのは——あの坊や。名も知らない、聖騎士じゃない剣士」

 

聖騎士じゃない……剣士の少年?


ロアゼンは、思い出す。確かにいた。


聖騎士ではない少年が一人だけ。


何か特別な雰囲気を持っていたので、印象に残っている。


「……まさか、“あの少年”を?」


「そう、その子。スキルの才能も剣の腕も、正直ジェスタにだって引けを取らない。あの地獄で指揮を取り、冷静に戦況を動かしてた。頭の回転も早いし、魔力量も桁違い」


「それに……あのかわいらしい見た目。ああ、食べちゃいたい♡」


ロアゼンは息を呑んだ。


その少年に、そこまでの力があるとは……。


 「ねえ、想像してみて? あの子を檻に入れて、ゆっくり、少しずつ壊していくの。腕から? 脚から? それとも……心から? ふふっ♡」


小さく身を震わせ、頬を紅潮させるテスタ。


その様は、まるで恋する少女のようだったが——


ロアゼンは黙して言葉を飲んだ。


この女は、遊び感覚で人間を壊す。


だが、より恐ろしいのは——それを“本気で楽しんでいる”ことだ。


「山頂では、今度こそミスティアを仕留めるわ。でも、他にも楽しみができちゃった。彼を絶対に生きてとらえるの。すぐに殺すなんてできない。せっかくだから……たっぷり味わって♡」

 

テスタは舌なめずりをした。


焔のゆらめく応接室に、不気味な沈黙が落ちる。


「見た目よりタフそうだから……どう壊してあげようかしら。 身体から? それとも、心? 仲間をキメラにして、“君が救えなかった”って見せつけたら……どんな顔をするかしら?」


静かな部屋に響く、甘く冷たい声。


テスタはひとり、微笑みを浮かべていた。



なんとか、ゴブリンの強襲を乗り切った。


鍵となったのは、ユリアの固有スキル——聖域結界セイクリッド・フィード


聖騎士が誰一人として欠けなかったのは、もはや奇跡と呼ぶべきだろう。


とはいえ、被害がなかったわけではない。


中でも、馬の損失は深刻だった。 爆発の巻き添えを食らい、半数近くが動けなくなってしまった。


急きょ、馬車の予備馬をつなぎ、全員が馬に乗るのは諦めることになった。


騎乗を許されたのは、王女ミスティアを中心とした限られた人数。


残りの者たちは、徒歩での行軍を余儀なくされた。


当然、ミスティアは馬に乗っている。


そして俺も、護衛という立場から、彼女の傍を守るために同じく騎乗していた。


だが、ミスティアはそのことにどこか納得していない様子だった。


「……私が、馬に乗ってもいいのでしょうか?」


ぽつりと、馬の歩みに合わせるような小さな声が漏れた。


「……ティアが乗らなきゃ、意味がないだろ」


俺の言葉に、彼女は視線を落とし、小さく唇を噛んだ。


「ですが……明らかに戦力にならない私が、馬に乗っていても……」


その声音には、自嘲と罪悪感が滲んでいた。


「聖地巡礼を無事に終わらせるのが、最大の目的だ。

 ティアが無事じゃなきゃ、作戦は失敗になる」


「それは、そうですが……」


返事は、どこか腑に落ちていない響きを含んでいた。


しばらく、会話の途切れたまま行軍が続く。

馬の足音だけが、静かに草を踏み鳴らしていた。


やがて、ミスティアが再び口を開いた。


「……私、ユリアさんみたいに、みんなの役に立ちたいんです」


その言葉には、心からの本音がにじんでいた。


「王族の使命と、聖騎士の使命は違う」


「でも……守られてばかりなのは、嫌なんです。ソウスケ、私……強くなれますか?」


馬上から見上げるようにして、ミスティアが俺を見つめていた。


その瞳には、迷いと、強い意志が同時に宿っていた。


……俺は一瞬、返答に迷った。


さっき、ユリアの固有スキルを“見抜いた”ことで、俺が何かを知っていると勘づかれているかもしれない。

誰も言葉にはしていないが、空気が——視線が、それを伝えてきていた。


——さて、どう答えるべきか。


ゲームの中で、彼女は“魔剣操作”という固有スキルを獲得する。


王族でありながら、勇者パーティの最前線に立ち、 魔力の効果を纏わせた一撃で敵を斬り伏せる、最強のアタッカーとして輝いていた。


だが、今の彼女はまだ、そこに至っていない。


未来を知る俺が、今ここでそれを明かしていいのか。

それとも、何も言わず、ただ信じて見守るべきか。


ほんの数秒の逡巡の末——

俺は口を開いた。


「大丈夫。固有スキルを獲得したら、最前線で戦えるようになるよ…… 保証する」


ミスティアは、ぱちりと瞬きをした。


意外そうに目を瞬かせ、数拍のあいだ、何かを探るように俺の顔を見ていた。


そして——ふわりと、花がほころぶような笑みを浮かべた。


「……はいっ!」


その一言には、迷いも不安もなかった。


彼女の胸の中に、確かに“何か”が芽生えたのだと、俺は感じた。



周囲を警戒しながらの行軍は、予想以上に時間を食った。


地図上では、わずかな距離のはずだった。


だが、茂みに目を凝らし、一歩ごとに耳を澄ませる進軍は、想像以上に神経をすり減らす。


——にもかかわらず、敵の姿はどこにも現れなかった。


あれほど執拗に襲いかかってきたゴブリンたちは、まるで潮が引くように、忽然と姿を消していた。


不気味な沈黙。


張り詰めた空気だけが尾を引き、俺たちはひたすら無言で山道を進んだ。


そして、日が傾き始めた頃——ようやく、目的地が視界に入った。


聖地。その裾野に広がる、小さな集落。


山のふもとに寄り添うようにして、教会を中心とした石造りの町並みが静かに佇んでいる。


夕日に照らされた白壁の家々は、オレンジ色に染まり、まるで一枚の絵画のようだった。


視線を上げると、長い石段の先——

再建された大聖堂が、山頂に厳かにそびえていた。


——あそこが、巡礼の儀式の舞台だ。


懐かしささえ覚える、静謐な光景。


この地は、かつて魔王軍に蹂躙された聖域。


そして今また、戦火に包まれようとしている。


こちらの戦力は、あまりに心許ない。


しかも——あのゴブリンの自爆攻撃。


あんなもの、ゲームでは見たことがなかった。


気を緩めれば、命を落とす。


「それではここで、私たちは失礼します」


ミスティアが馬を降り、静かに頭を下げた。 ハウゼン以下、親衛隊三名もそれに続く。


彼らは、巡礼の儀式に先駆けて、教会で準備に入ることになっていた。


俺たちは王国軍の簡易宿舎に身を預け、しばしの休息を取る。 束の間とはいえ、体と心を整えておかなければならない。


——明日、必ず訪れるであろう“地獄”に、立ち向かうために。

お読みいただいてありがとうございます。


評価⭐️やブックマークしていただけると大変励みになります。


よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ