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目覚めたら即バッドエンド!? 悪役令息に憑依したら、すでに死んでいた。  作者: おしどり将軍


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第53話 ゴブリンの群れ

〜夜のナフィル城〜


深い静寂に包まれた城の一室で、ロアゼン・ナフィル侯爵は落ち着かない様子で自室を行き来していた。


重厚な絨毯の上を、靴音も立てずに往復する。その姿は、まるで何かに追われているかのようだった。


部屋の一角。


柔らかなクッションのソファに、褐色の肌をしたエルフの少女が身を沈めている。


長い耳をわずかに震わせ、瞼を閉じたまま、時折、苦しげに眉根を寄せた。


ロアゼンは、何度も口を開きかけては、言葉を飲み込む。


唇を噛み、逡巡し、そしてまた歩き出す。


そのとき。


「……何か、話しかけたいんですの?」


少女は、目を開けることなく口を開いた。


倦んだ響きと、どこか愉しげな調子が混じった声音だった。


「わたし、今とってもいいところなんですの。……邪魔しないでくださいませ」


その一言に、ロアゼンは足を止め、口を閉ざした。


しばしの沈黙——


やがて、控えていた使用人が音もなく現れ、二人の前にあるティーカップに紅茶を注ぐ。


琥珀色の液体がカップに満たされると、部屋の中に紅茶の香しい匂いが漂った。


上品な苦味が舌に広がり、心なしか思考が少しだけ落ち着く。


だが、目の前の少女を見るたびに、その安らぎはすぐに霧散する。


——何の汚れも知らない、あどけない顔。


褐色の肌に、絹のような銀髪。


柔らかく整った輪郭に、装飾品のように精緻な尖耳。


まるで、絵本の中から抜け出してきた妖精のような容貌。


だが——その正体は。


魔族の幹部。


そして、“おぞましい実験”を幾度となく繰り返しているという、“狂気の科学者”。


深入りしてはならない。

心の奥では、何度も警鐘が鳴っていた。


だが、もう遅い。


ロアゼン・ナフィル侯爵は、かつて第3王女ミスティア・ハーヴェスを支援していた。


クラネルト伯爵ディルクとは昵懇であり、ミスティアの母方とも血の縁がある。


だが今、彼はゼファル・ハーヴェス——第2王子の陣営に、裏切る形で加わっている。


ゼファルに侯爵領の不正会計の証拠を握られ、 脅迫と引き換えに莫大な資金援助を取りつけた。


破綻寸前の財政を立て直すための、背に腹は代えられぬ取引だった。


もはや後戻りなど、できるはずもない。


そんな思考の果て——


「ねぇ、侯爵さまぁ」


背筋に冷たいものが走った。


「今なら、お話し相手になってあげてもいいですの」


いつの間にか目を開いていた少女——

テスタ・ラジーネが、銀色の瞳を細めて微笑んでいた。


深淵を覗き込むようなその目が、静かにロアゼンを見据えている。


「はい。いったい、今はどのような状況なのでしょうか……?」


ロアゼンは、わずかに喉を鳴らして問いかけた。


乾いた声が、紅茶の香りに紛れる。


遠く離れた場所で起きていることなど、彼には何も見えない。


だがテスタには、魔物たちの視界を通して、まるでそこにいるかのように全てが“流れ込んで”きていた。


「うふふ、ゴブリンちゃんたちを使って、小競り合いさせてるの〜。あとで、ちゃ〜んと美味しくいただくためにね?」


茶目っ気たっぷりに言いながら、テスタは指先で紅茶のスプーンをくるくると回す。


「……でもぉ〜、ちょっと飽きてきちゃったの♡ 少しだけ〜、遊んでもいいかなぁ? レヴィア様に怒られちゃうかもだけど〜」


その顔は、ただの少女。


無垢で、どこか退屈を持て余すお姫様のようで——


だが、ロアゼンはその笑みに底知れぬ悪寒を覚えた。


「……遊び、とは?」


「ふふっ。ゴブリンちゃんたちに、総攻撃させてみたら、もうちょっと面白くなるかな〜って♪」


ロアゼンは眉をひそめた。


「……ミスティア殿下は、巡礼儀式の最中に仕留めると聞いています。それ以外では、逃す可能性があると……」


「知ってるわよぉ? 準備はちゃ〜んとしてるし、かわい〜い子たちも、たっくさん集めてきたしぃ♡ せっかくだから、その力もお披露目したいな〜って思ったけど」


「それなら……作戦通りに……」


「でもでも、つまらないの。どうせ死ぬなら〜、どこで死んでも一緒でしょ? ちょ〜っとくらい、いたぶっても、誰も困らないと思うの」


にこりと微笑むその目は、まるで人形の瞳ように冷たく、感情の読めないガラス玉だった。


ロアゼンは、喉元をつたう汗をぬぐいもせず、小さく頭を垂れた。


「……お、お任せします」



俺は焚き火の前で、静かに火に当たっていた。


ジェスタは隣で仮眠を取っている。


もうじき、夜が明ける。


あくびをひとつしてから、立ち上がったそのとき——


……ん? なんだ、この感覚は。


森の空気に微かな“違和感”が混じっていた。


誰かに——いや、“何か”に観察されている。そんな感覚だった。


「……おい、ジェスタ。起きろ」


「う、うおぉっ。なんだ、ソウスケ。これは……」


寝ぼけ眼のジェスタが言葉を飲み込む。

その目が、森の暗がりに浮かぶ無数の光点をとらえた。


いつの間にか、ゴブリンの大群が野営地を取り囲んでいた。


だが、異様だった。

これだけの数がいるにもかかわらず、殺気というものが、ほとんど感じられない。


「ジェスタ、皆を起こしてくれ。俺は、先に行く」


「おい、ちょっと待て、ソウス——」


空間転移ディメンショナル・フォールド


俺は言葉を遮り、次の瞬間にはゴブリンの群れの只中へと飛び込んでいた。


藪の中に潜んでいた三体のゴブリンが、こちらに気づいた……はずなのに、まったく反応を見せない。


見開かれた目は虚ろで、まるで“見えていない”かのようだ。


そのまま、俺は瞬時に長刀を振るい、三体を一閃で斬り伏せた。


——おかしい。


倒れたゴブリンに近づいて状態を確かめる。


すでに致命傷の痕跡がある。


俺の斬撃で死んだのではない。


血も、流れていない。


ふと気づく。


その額に、焼き印のような文様。


——やはり。


これは、テスタ・ラジーネの“刻印”。


死体操作ネクロマンサーの術式。


この印を持つ者は、彼女の操り人形だ。


振り返ると、聖騎士団の面々が武装を終えつつある。


だが、それを包囲するように、無数のゴブリンたちが木々の間からにじり出てくる。


——ゴブリンとはいえ、あの数は厄介だな……


そう考えていた矢先——


一体のゴブリンが、森の影から俺に向かって歩み寄ってくる。


俺は長刀を構え、振りかぶった。だが、その瞬間。


「……ん? なんだ?」


ゴブリンの目が、不意に——赤く、光った。


「なっ——」


次の瞬間、爆音。


激しい閃光と衝撃。


爆風に吹き飛ばされ、俺は地面に叩きつけられた。


肺に煙が入り、咳が止まらない。


視界が揺れる。木々が裂け、土が焼け焦げていた。


——まずい。これはただの死体操作じゃない。


自爆兵器だ。しかも、群体で仕掛けてきている……!


「ジェスタ! このゴブリンは操作されている。自爆する前に切り倒すんだ!」


「自爆だとっ!? みんな、俺たちがゴブリンを抑えている間、ミスティア殿下を盾で守れ!」


聖騎士団が即座に反応し、武器を抜いて迎撃に移る。


相手は恐れも理性もない、死の軍団。


隊列も連携もお構いなしに、ただ群れを成して、まっすぐに突っ込んでくる。


そして——目が赤く光った直後、次々と爆ぜた。


「くそっ、距離を取れ! 一体でも爆発すれば、群れごと巻き込まれるぞ!」


ジェスタの怒号が響き渡る。


聖騎士たちは即座に盾を構え、ミスティアを中心に輪を組んで防衛陣を築いた。

だがその陣形は薄く、崩れれば、ミスティアはあっという間に剥き出しになる。


「まずい……数が多すぎる!」


俺は即座にスキルを発動した。


空間転移ディメンショナル・フォールド!」


地面を一帯ごとえぐり取り、騎士団を囲むように深い堀を出現させた。


突っ込んできたゴブリンが、次々とその中へ落ちていく。


——少しは持つか……


だが——


死体は積み重なり、やがて“橋”となった。


その上を、次の群れが平然と渡ってくる。


(ダメだ、このままじゃ包囲される……!)


俺は転移を繰り返し、各所に飛んでは斬り伏せ、前線を支える。

ジェスタも分身ダブルを使い、凄まじい速度でゴブリンを両断していく。


聖騎士たちも弓と槍で援護するが、追いつかない。

爆破が起き、負傷者が出ていく。


——このままじゃ持たない。


斬っても斬っても、際限なく湧き続けるゴブリンたち。


この勢いで囲まれてから一斉に起爆されたら、さすがの聖騎士団もひとたまりもない。


(何か……この状況を一気に覆す手段があれば……!)


そのとき、閃いた。


「ユリア、いるか!?」


「ここに!」


ドレス姿のユリアが、中央でミスティアの影武者役として待機していた。


「ユリア、お前……固有スキル、身につけてるか?」


「……まだよ。鑑定の儀を済ませてないから……」


ユリアの固有スキルは、聖域結界セイクリッド・フィールド

半径十メートルに防御のバリアを展開し、その内部では味方の治癒が促進される。まさに“聖騎士の本質”とも呼べるスキルだった。


だが、一度も使ったことがないなら、すぐには使えない。


「ユリアのスキルは、防御と回復を同時に行える。なんとか出せないか? 状況が状況だ、今なら……!」


「え、ええー!? わたし、ほんとに使ったことないのよ!? イメージも湧かないし……!」


混乱と焦燥が交錯した声。その肩が震えているのが、遠目にもわかった。


「でも、お前ならできる。お前は、誰よりも“誰かを守りたい”って、そう願ってここにいるはずだ!」


——託す。


彼女の信念に。


堀はすでにゴブリンの死体で埋め尽くされ、次々と死体を踏み越えてくるゴブリンの群れに、完全に包囲されていた。


聖騎士たちの顔には疲労と絶望の色が浮かび始めている。


ユリアが一歩だけ前に出た。


「……お願い、守って……」


小さな祈り。

その願いは、確かに空に届いた。


「——聖域結界セイクリッド・フィールド!!」


その叫びとともに、純白の光がユリアの足元から広がった。


次の瞬間——


ゴブリンたちが一斉に起爆した。

爆風が襲いかかる寸前、純白の光がドーム状に広がり、味方たちを包み込む。


爆発の衝撃は、すべて結界の外側で弾け飛んだ。


「う……うそ……助かった……!」


「生きてる……!?」


聖騎士たちは膝をつき、息を荒げながら光の天蓋を見上げた。

誰もが、その奇跡に目を見張っていた。


ユリアは、ただ呆然と立ち尽くす。


「……これが……私の力……?」


震える声が、結界の静寂に響いた。

お読みいただいてありがとうございます。


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