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目覚めたら即バッドエンド!? 悪役令息に憑依したら、すでに死んでいた。  作者: おしどり将軍


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第49話 セレシア侯爵領

王都ロンダリアを発って、およそ北へ十キロ。


真昼の陽光の下、街道を進む巡礼の一行があった。


中央には、豪華な装飾を施された王家の馬車。その前後を、三十騎の騎兵が護るように並走している。


午前中に王宮での出発式を終えたばかりの、第三王女ミスティア・ハーヴェスの聖地巡礼。

その厳かな行程が、今まさに幕を開けたのだ。


俺は隊列の後衛、ユリアと馬を並べて騎乗していた。

目の前には、ミスティアが乗る馬車がゆったりと進んでいる。


「セレシア侯爵領までは、問題なく進めそうだな」


セレシア侯爵領には、ミスティア派の中でも有力な貴族、ロアゼン・ナフィル侯爵がいる。

巡礼地に最も近い領地を治める侯爵であり、今回の最後の中継地点となる人物だ。


そこを越えれば、いよいよ北の山道。聖地へと至る道が始まる。


「入れ替えは、セレシア侯爵領を出たあとね」


ユリアがやや緊張した表情で答えた。無理もない。

今回の作戦で、最も危険な役を担うのは彼女なのだから。


今回の聖地巡礼では、襲撃が想定されるポイントが二つある。


ひとつは、聖地がある山の手前に広がる深い森。

もうひとつは、巡礼の終盤——山頂の大聖堂での儀式中に仕掛けられる奇襲だ。


したがって、少なくともセレシア侯爵領を出て、森へ入る前には――

ミスティアとユリアの“入れ替え”を済ませておく必要がある。


「それにしても、素敵だったわねぇ」


ユリアがうっとりとした顔で言った。


「……出発式のことか?」


「もちろん。ミスティア殿下の美しさときたら……まるで妖精のようだったわ」


「式典、あんなに派手だとは思わなかったな」


「まあ、殿下の初遠征だから。あれくらい華やかにしないと、格好がつかないでしょ?」


ユリアはどこか誇らしげに微笑む。


——式典には、今回の黒幕の一人、第二王子ゼファル・ハーヴェスの姿もあった。


挨拶の場に立った彼は、完璧に礼を尽くし、妹の門出を心から祝っているように見えた。


……表向きには、だが。


その瞳の奥には、冷たく濁ったものがあった。

取り繕ってはいても、誤魔化しきれていない。


あれは——何かを企んでいる目だ。


間違いない。ゲームと同じように、奴は必ず仕掛けてくる。


今回のイベント、ゲームシナリオと同じであれば、幹部クラスが直接出てくることはない。


襲ってくるのは、あの狂気のダークエルフ——テスタ・ラジーネが生み出した、合成獣キメラたちだ。


北の森は、人と魔族の境界線。


そしてそこは、魔力を帯びた魔物たちが跳梁跋扈する危険地帯でもある。


合成獣とは、そうした魔物をベースに、改造・強化された化け物だ。

テスタ・ラジーネは、その天才的に狂った才能で、無数の異形を創り出している。


今回は、その合成獣の大群を相手にしなければならない。


……ゲーム内では、すでに勇者パーティが全員揃った後で挑むイベントだった。


いわば、“肩慣らし”の前哨戦。

本来であれば、難易度としては比較的“楽な部類”に入る。


だが、現実は違う。


こちらの戦力はまだ整っていない。

イリアス、ユリア、ミスティアの三人はいずれも未熟で、実戦経験も乏しい。


頼れるのは、剣聖ジェスタ——ただ一人だ。


本来ならば、ミスティアに巡礼を諦めさせた方がいいのだろう。

だが、このイベントを経なければ、王位継承の流れは第二王子に傾いてしまう。


そうなれば、魔族と王族が裏で手を結ぶ最悪の展開が、現実のものになる。


この巡礼は、避けられない分岐点だ。


どこまで俺がカバーできるかが、鍵になる。


そして——この戦いを通して。


ミスティアは、自らの意志で“勇者パーティに加わる”という決断を下す。


それが、本来のゲームで描かれていた“運命の分岐イベント”だった。


「……何、考え事してるの?」


ユリアが、覗き込むように顔を寄せてきた。


「いや、別に……」


曖昧に答えて、前を向き直す。


「ふふん……でもさ、私、ミスティア様の代わりなんて、ちゃんと務まるかな」


「ユリアなら大丈夫だろ。背丈も近いし、気品もあるしな」


「気品……はともかく、見た目の華やかさじゃ全然敵わないよ」


「そうか? ユリアも、十分綺麗だよ」


「へっ……わ、わわっ、そ、そんなこと、急に言わないでよ……!」


ユリアが真っ赤になって、慌てて視線を逸らす。


別にお世辞でもなんでもない。


ユリア・クラネルトは、客観的に見て“美少女”だ。


柔らかな茶色の長い髪に、整った顔立ち。


しなやかな体つきに、育ちの良さを感じさせる立ち居振る舞いも備えている。


ゲーム本編での彼女は、主人公イリアスの“幼なじみ”ポジションだった。


そのせいか、好感度が下がりにくい“安定枠”として設計されていて——

結果、プレイヤーからは攻略対象として意識されにくい、ちょっと不憫な立ち位置だった。


けれど、それは決して彼女の魅力が劣っていたからじゃない。


並走するユリアは、気まずさを紛らわせるように、しきりに前髪をいじっている。


その仕草を見て、思わず笑いそうになるのをこらえた。


こんなふうに冗談を言い合えるくらいには、彼女との距離も近づいてきたのかもしれない。


……とはいえ、これから向かう先は冗談では済まない場所だ。


「油断は禁物だぞ。セレシアを越えたら、いよいよ“本番”だからな」


「……うん、わかってる。ちゃんと、気を引き締めるよ」


そう言ったユリアの横顔には、かすかな緊張と、そして確かな決意の色が浮かんでいた。



五日間の行程を経て、ついにセレシア侯爵領に入った。


石畳の街道沿いには、整えられた畑と森が広がり、遠くには灰色の城壁がちらりと見える。

その周囲には、鮮やかなオレンジ色の屋根が連なる街並みが広がっていた。


空は高く澄みわたり、旅の終わりが近いことを告げている。


俺とユリアが後衛で馬を進めていると、そこへイリアスが駆けてきた。


「ねえねえ、セレシアに着いたよ。あの城が見えるでしょ? 侯爵家のやつ!」


そう言って、イリアスは嬉しそうに指をさす。


「侯爵家の城に着いたら、どっかで食べに行こうよ。肉とか、甘いのとか、いっぱい!」


「イリアス、ダメじゃない。戻りなさいよ」


ユリアがやや厳しい声でたしなめる。


「さすがに、この辺りで襲撃はないって。見てよ、ほら、もう門が見えてきたし」


確かに、イリアスの言葉通りだった。


一行は、にぎやかな街の大通りを進んでいく。

街道の両脇には物珍しそうな群衆が並び、こちらの様子をじっと見守っていた。


前方には、堂々たる石造りの城壁と、重厚な城門がはっきりと姿を見せている。


セレシア侯爵家の居城——ナフィル城。


丁寧に整備された外壁と、鮮やかに塗り直された家紋が、訪問者を誇らしげに迎えていた。


「早く戻った方がいいぞ、イリアス。出迎えが来ている」


俺の一言に、イリアスは「ええっ!?」と叫び、慌てて踵を返して前衛へ駆け戻っていった。


馬蹄の音が石畳に響き、隊列はゆっくりと門へと近づいていく。

その先では、正装に身を包んだ兵たちが整列し、掲げられた旗が風にたなびいていた。


——セレシア侯爵・ロアゼン・ナフィル。


その名を冠する城が、ついに俺たちの前に姿を現した。

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