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目覚めたら即バッドエンド!? 悪役令息に憑依したら、すでに死んでいた。  作者: おしどり将軍


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第46話 御前会議

応接間に、静かな緊張感が漂っていた。


ミスティア・ハーヴェスの右側には、筆頭書記官ハウゼン・バルツァーが眼光鋭く背筋を伸ばして立っている。初老の男で、見るからに“うるさ方”といった風貌だ。


対するこちらは、ディルク・クラネルト伯爵を中心に、左右にユリア・クラネルトとジェスタ・ハイベルグ。末席にイリアス・バッシュと俺──宗介が控えている。


「ようこそ、おいでくださいました」


ディルク・クラネルトは、いつもの穏やかな笑みをたたえて挨拶を切り出した。


「お招きいただき、ありがとうございます」


第三王女ミスティアは静かに微笑み、丁寧に頭を下げる。


その隣で、ハウゼンはディルクを一瞥しただけで言葉を発さなかった。


──そして、会話の空白を埋めるように、ディルクが言葉を置く。


「“聖地巡礼”の件について、お話しできればと」



王都から北東に広がる山脈──


人族と魔族の境界をなすように連なるその山々の一つ。その山頂に、かつて神を祀った祭壇がある。


神の名は、イル=ファルマ。


そこが、かの聖地とされている。


──10年前の魔王大戦。


あの戦いで、魔族たちは一斉に境界線を越えて攻め入ってきた。


人族にとっては神を崇め奉る聖地であっても、魔族にとっては忌まわしき異教の象徴──いや、悪魔の巣窟とすら見なされていたのだろう。


祭壇を中心とした大聖堂は徹底的に破壊され、中にいた神官たちはもちろん、麓の住民たちも殺されるか、あるいは散り散りに逃げるしかなかった。


──あれから、10年。


終戦後、王家の肝煎りで再建計画が立ち上がり、多額の費用と人員が投入された。 その甲斐あって、聖地は復興を遂げつつある。


麓の村にも人々が戻り始め、再建事業に携わる者たちの手で賑わいを取り戻しているという。


かつて、戦争が始まる前──


聖地では、毎年夏の終わりに王族による巡礼が行われていた。


それは伝統行事であり、王家の一員が自ら山を登り、祭壇に貢物を捧げ、神イル=ファルマに王国の繁栄を祈願するという神聖な儀式だった。


だが、あの魔王大戦以降、聖地は完全に廃墟と化し、王家の人間が足を踏み入れることはなかった。


ようやく復興の兆しが見え、再び巡礼が可能となった今。


“誰が王家を代表して聖地を訪れるのか”──それを巡って、王宮内では大きな議論が巻き起こった。


それは単なる儀式ではない。 誰が巡礼を果たすか、それは“戦争の終結を象徴する存在”として王国中の注目を浴びるということだ。


そして同時に、“王位継承の有力者”として、民から見られることを意味する。


現在──


ロンダリア王国を統べるバルデウス・ハーヴェス王は、すでに床に伏している。 高齢に加え、認知症が進行しているとの噂もあり、近年はほとんど公の場に姿を現さなくなった。


形式上はまだ王位にあるとはいえ、実質的には「誰が次の玉座に就くか」を巡る権力闘争が、宮廷内外で激しさを増している。


第一王子にして現王太子──レグナス・ハーヴェス。


暗愚と囁かれ、奔放な言動やスキャンダルまみれの噂が絶えない彼は、本人こそ巡礼に行く気満々で張り切っていたが、 すでに一部の有力者たちは「王太子の座を剥奪し、第一王子に戻すべき」という意見で一致しつつあった。


とはいえ、彼の背後には三大公爵家の一角、ザグレイド公爵家が控えている。 女当主カタリナ・ザグレイドの威光の前に、正面から退位を迫れる者は、そう多くない。


その一方で、貴族たちの間では密かに議論が沸騰していた。


──次の王は、第二王子ゼファル・ハーヴェスか、それとも第三王女ミスティア・ハーヴェスか。


この三兄妹は、いずれも母親が異なる。


最も血統が良いとされるのは、すでに亡き王妃を母に持つミスティア。 次いで、現王妃を母に持つ第一王子レグナス。 そして最も身分が低いのは、側妃出身のゼファル──とはいえ、彼が誰よりも政治と実務に長けた逸材であることは、誰の目にも明らかだった。


血筋と才能、形式と実力── そのどちらが“王たる資格”として優先されるべきなのか。


巡礼に誰が行くのかという議題の裏には、そうした綱引きが静かに、しかし確実に存在していた。


だからこそ── 唐突に「第二王子ゼファル・ハーヴェスは今回の巡礼に参加しない」との発表がなされたとき、王都の政界には小さな騒ぎが起きた。


ゼファルはすでに、政治と実務においては王宮随一と評価されている人物だ。 実際、現王太子が担うべき多くの公務は、陰でほとんど彼一人の手で処理されている状態だった。


だが──ゼファル自身は、これまで一度も“王になる”という野心を口にしたことがない。 表向きはあくまで「王太子を補佐する忠実な弟」という立場を崩さず、常に一歩引いた姿勢を保ってきた。


しかし、その姿勢とは裏腹に、彼の支持基盤は確実に広がり続けている。


特に、つい最近報じられた“辺境伯が第二王子派に加担した”という報は、王都における各陣営に少なからぬ衝撃をもたらした。


だからこそ、聖地巡礼── 王家にとって象徴的な意味を持つこの場に、ゼファルが参加するのは間違いないと、誰もがそう思っていた。


その“既定路線”が、あっさりと外されたのだ。


ミスティア陣営は、この千載一遇の機会を逃すまいと動いた。 そしてついに── 第三王女ミスティア・ハーヴェスが、聖地巡礼への参加を正式に名乗りをあげた。


彼女は、兄たちに比べて政治的な基盤こそ劣るものの、 高貴な血筋と、その愛らしく清廉な容姿により、国民からの支持は圧倒的に高い。


王家の中で最も“理想の王族像”を体現しているとすら言われていた。


その彼女が、自ら聖地巡礼を志願したのだ。


それは単なる伝統儀式の継承ではない。 王国の歴史と未来に関わる場に、自らの足で赴くという、明確な意思表示だった。


この瞬間、内外の目にはっきりと刻まれたのだ。


──ミスティア・ハーヴェスは、“次代の王を目指す者”として、ついに歩みを始めたのだと。



「聖地へ赴くには、いくつかの問題があります」


そう言って、ディルク・クラネルト伯爵はテーブルの上に地図を広げた。


描かれているのは、王都から聖地までの道筋。 その線を指でなぞりながら、彼は穏やかに、しかし真剣な声で説明を続けた。


「まず第一に──聖地に近づけば近づくほど、魔族の領域との国境が近くなります」


その言葉に、室内の空気が少し引き締まった。 皆が地図に目を落としながら、静かに頷く。


「そしてもう一つ。今回の巡礼に同行できる戦力は、非常に限られています」


「現在、王国軍は平和協定の手前、“正規の兵力”としては派遣できません。 ……とはいえ、我々聖騎士団は軍とは別組織。表立った動員ではなく、“随行”という形であれば参加は可能です」


その言葉を待っていたかのように、ミスティアの側近──筆頭書記官ハウゼン・バルツァーが、厳しい声で割り込んできた。


「一部参加しない聖騎士もいるということではないか。話が違う」


……やれやれ、また来た。 この男、本当に“うるさ方”だな。 いや、こっちに文句を言われても困るんだけどな──と思わず心の中でぼやいてしまう。


そんな空気を察したのか、ディルクは肩をすくめるように微苦笑を浮かべた。


「まあ、聖騎士団は、元を辿れば各地の中小貴族の寄り合いですから。意見の統一は……なかなか難しいところがあります」


実際、ミスティア王女を公に支持すれば、他の有力派閥との関係にひびが入る中小貴族も少なくない。 そのあたりの“根回し”は、すでに済んでいるのだろうが── 聖騎士団の中でも、伯爵家であるディルクの影響力は強いものの、さすがに公爵家や王族を正面から敵に回すわけにもいかない。


「“栄えある聖地巡礼”に、聖騎士が随行しないなど言語道断だ!」


ハウゼンが声を張り上げる。


だが、その勢いを制するように──


「ハウゼン。少し控えなさい」


ミスティアが、静かに、けれどはっきりとたしなめた。


「ディルク伯爵、大変申し訳ありません。我々は、初めての大業に少し神経質になっているのです。気を悪くされないよう、お願いいたします」


ミスティアが深々と頭を下げると、ディルクはあわてて制止の手を伸ばした。


「頭をお上げください、ミスティア様。我々は最後まで、命をかけてお守りいたします。そもそも、ミスティア様こそが王となる器と信じておりますので」


その場の空気が、ようやくやわらいだ。


ディルクはひとつ息をつき、次の問題に話を進める。


「そして……最後の懸念です。祭壇のある“大聖堂”は、山頂にあります。構造上、防衛にはまったく適していないうえ、位置も問題です。あの場所は、魔族領との最前線――敵に囲まれたら、援軍を呼ぶにも時間がかかる」


彼は地図の一角を指し示した。


「最も聖地に近いのが、ロアゼン・ナフィル侯爵領ですな」


「ロアゼン侯は、信用のおける人物です。母の親戚でもありますから」


ミスティアが即座に応じると、ディルクは小さく頷いたものの、すぐに慎重な表情に戻る。


「……しかし、“すぐに”援軍を動かせるかというと、それは別問題です。領内にも事情はあるでしょうし、侯爵が常に在地しているとも限りません」


「では、次に近いのは……?」


「北方の守りの要、辺境伯領です。距離的にも兵力的にも、援軍を要請するなら最適と言えます。ただし……問題があります」


一瞬、場に重苦しい沈黙が落ちた。


「新たに辺境伯となったのは――ステファノ・カーティスです。ご存知の通り、あの家は元々、第二王子派です」


……もちろん、あのカサンドラのことだ。表立って邪魔はしないだろうが、援軍を渋るくらいのことは、平然とやってくるだろうな


「ディルク様も、その点を気にされているのでしょうか?」


ユリアが控えめに問うと、ディルクは微かに頷いた。


「果たして、辺境伯が速やかに援軍を出してくれるか…… ですので、今のうちに、対策を講じておきたいのです」


「どのような策でしょうか?」


「その前に、一言申し上げておきます。この策は……あくまで次善の策にすぎません。本来ならば、ミスティア殿下は聖地巡礼には**向かわれない方がよい**と、私は考えております」


「な、なんだと……!? 今すぐその発言を撤回しろ! 貴様、ただでは済まさんぞ!」


ハウゼンが椅子を蹴って立ち上がる。顔は怒りで真っ赤に染まり、今にも剣に手をかけかねない勢いだった。


「ハウゼン、控えなさい」


ミスティアが静かに言葉をかけると、彼は肩を震わせながらも渋々席に戻った。


「ディルク伯、その真意をお聞かせください」


「承知しました。……つまり、この巡礼はあまりにも危険すぎる、ということです。第二王子ゼファル殿下が早々に巡礼を辞退したのも、何か企みがあるからと考えるべきでしょう」


ディルクは地図の一点を指差しながら、ゆっくりと続けた。


「つまり──ミスティア殿下は、**罠に嵌められた可能性が高い**。それでもあえて、危険な地に足を踏み入れる……その“気概”を我々に示していただきたいのです」


「気概、ですか……」


「ええ。もし、この聖地巡礼が無事に終われば、ミスティア殿下の名声は王国中に知れ渡ります。民意を味方につければ、王位継承争いにおいて強力な後押しとなる。──これは、王位を賭けた“大博打”です」


ミスティアは目を伏せ、短く息を吐いた。


「我々も命を賭ける覚悟です。場合によっては、魔族の襲撃によって全滅する危険すらある。……なにせ、辺境伯が魔族と通じているという噂もあるくらいですからね」


ディルクの言葉が静かに室内に響いた。


「……それでもなお、殿下がこの巡礼に挑まれるというのであれば。我々は命を賭して、そのお覚悟にお応えいたします」


しばしの沈黙が流れた。


ミスティアはひとつ息を整えると、すっと立ち上がった。まだ幼さの残る面差しに、毅然とした影が宿る。


「私は、王家の血を引く者として、この国に課せられた務めから逃げるわけにはいきません」


その声は静かだったが、場の空気をしんと引き締める力を持っていた。


「聖地巡礼が危険な賭けであることは、承知しています。ですが、王となる者が、その歩みを民の前で示さずに、何をもって信を得られるでしょうか」


誰もが黙って彼女を見つめていた。


「私の覚悟を、信じてください。そして、どうか皆さんの力を――命を、私にお貸しください」


若さゆえの脆さも、迷いも、すべてを押し隠すように。ミスティアの言葉は、王族としての誇りと責任を込めた、誓いそのものだった。


ディルクはそっと目を伏せ、静かに膝をついた。


「……かしこまりました、殿下。私どもクラネルト家、聖騎士団は、すべてを捧げて殿下をお守りいたします」


一同がそれに続き、頭を垂れる。


――こうして、王都を離れ、聖地へと向かう“試練の旅”が、静かに始まろうとしていた。

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