第44話 剣聖との再戦
あれから、ひと月ほどが経った。
入道雲が、青空を押し上げるように湧き上がっている。
夏の空気は乾いていて、それでも刺すような熱気だけが肌にまとわりつく。
「ぐえぇ……もうダメ……」
隣では、イリアスが地面に大の字になって伸びていた。
額には玉のような汗。口元は、どこか満ち足りた笑み。
──やりきった顔、というよりは、やられきった顔だった。
クラネルト伯爵邸では、相変わらず鍛錬の日々が続いている。
そして俺は、その傍らで、ひそかに辺境伯家の情報を集めていた。
ステファノ・カーティス──俺の“義弟”は、正式に辺境伯の座についた。
……特に感慨はない。まあ、予定通りってわけだ。
ステファノは就任式のため、王都に一度だけ姿を見せたが、その随行にカサンドラの姿はなかった。
ヤツ(カサンドラ)が王都に出てくるなら、こちらから仕掛けることも考えていたが──
本拠地で仕掛けるとなると、そう簡単にはいかない。
……まだ、今の俺じゃ勝てない。剣聖から、もっと吸収しなきゃならない
そんな思考を断ち切るように、木刀がぶつかり合う乾いた音が響いた。
視線を向ければ、ジェスタとユリアが稽古をしている。
ジェスタは木刀一本、ユリアは木刀と小ぶりな盾を携えていた。
「はっ……!」
ジェスタの鋭い打ち込みを、ユリアは咄嗟に盾で受け止める。
聖騎士の基本は剣と盾。
彼女の戦い方は、堅実で、どこかひたむきだった。
何度叩かれても、怯まずに立ち向かい、姿勢を崩さず反撃の機をうかがう。
盾役としての資質は、間違いなくある。
「なかなか、よくなってきたじゃねぇか。……お嬢ちゃん」
「“お嬢ちゃん”は余計です!」
「んじゃ、こうきたらどうする?」
「えっ──」
不意を突いた一撃に、ユリアの盾が派手に弾き飛ばされる。
「盾役が盾を剥がされたら、終いだぜ」
「……どうもすみません」
「皆の命がかかってるんだ。気合い入れろよ」
「はい!」
そんなやり取りをしながら、ジェスタは俺の方に目を向けて歩いてきた。
「おう、黙って見てないで、お前も来いよ、ソウスケ」
俺は一度、ジェスタと剣を交えて以来、もっぱら見学組だ。
だが、剣聖の動きは、見ているだけでも十分に学ぶものがある。
──そろそろ、再戦してもいい頃合いか。
俺は木刀を握って前に出た。
◇
俺が木刀を構えると、ヘラヘラ笑っていたジェスタも少し真面目な顔で、構えをとった。どちらも中段の構え。互いに隙を伺い合う形になっている。
イリアスもユリアも真剣な眼差しで、俺たちの勝負の行方を見ている。
少しづつ、横に滑るように俺はステップを踏んだ。ジェスタもまた、俺に合わせて剣先を向ける。
張り詰めた緊張の糸を最初に破ったのは俺の方だ。
「分身」
そっくりそのまま、剣聖の技を模倣する。2体に分身したように見せかける動きで、意表を突いてジェスタに二方向から攻めかかる。
だが、さすがは本物の剣聖。その攻撃は受け切られた。
「テメェ、いつの間に身につけやがったんだ」
「真似するだけなら、それほど難しくはない」
「言ったな。上等だよ、なら……本物を見せてやるよッ!」
地を蹴った瞬間、ジェスタの姿がふっとぶれた。
「……っ!」
今度は本家本元の「分身」だ。それは本当にジェスタが2体に分裂したように見えた──視覚だけでなく、“気配”までもが複数に分かれたように感じる。
(なるほど……あれが“本物”か)
右からの斬撃──かと思えば左からも。まるで幻影に踊らされているようだ。
激しく木刀の応酬がしばらく続いた。
「すごい」
イリアスとユリアが息を呑んで見守っている。
やがてジェスタは、さらに分身体を増やした。全部で4体。
「こいつで、けりをつけてやる」
「こっちもこれで終わりではないんでね」
俺もまた、同時に4体に分身した。
幻の群像が交錯し、木刀が火花を散らすようにぶつかり合う。
「やるじゃねえか。だが、まだまだだな」
徐々に押されていく。ジェスタの攻撃は、やはり一枚も二枚も上手だった。
——このままではいけない。
「雷鳴波」
「何、そこまで、真似できるのかっ」
俺はジェスタが前に使っていた雷鳴波を放つ。風圧で分身が吹き飛び、本体同士が対峙する。
「しばらくやらないうちに、ずいぶんと腕をあげたじゃないか」
「剣聖のファンなんでね。真似できるものは全部頂こうかと」
「はっ、この技身につけるために、何年かかったと思うんだ。ふざけやがって」
そう言って、ジェスタの雰囲気が変わる。魔力が剣先に集中し、熱を帯びていく。
「こうなりゃ、とっておきを見せないとな…… ファンサービスってわけだ」
——固有スキルか…… 剣聖の固有スキルはなんだったっけか。主人公の回想シーンにしか出ないから、固有スキルがどんなものか分からない。
「言っておこう。これは誰にも避けられない技さ。いわば必中の剣、それが俺の固有スキルだ」
——必中だと。
「行くぞ、ソウスケ。手加減は出来ねぇから、覚悟しておけ」
ジェスタは木刀をゆっくりと振り上げた。
剣先に集束する魔力が白熱し、空気がねじれるように揺れる。
「——見せてやるよ。“天理必裁斬”」
低く呟いた瞬間、大地が鳴動した。
風圧が弾け、空気が震える。剣先の光が直線となって襲いかかる。
(これは……まずい!)
本能が告げた──逃げろ、と。俺は両脚に魔力を集中し、回避の準備を整える。
しかし、想像以上に伸びる剣先が、直感に「避けきれない」と警鐘を鳴らす。
《空間転移》
ジェスタの背後へ跳んだ── が。
「っ、嘘だろ……!」
背後を取ったはずの視界に、伸びる剣先が現れる。
必中
おそらくそれは、「どんな手を尽くしても避けられない結果」を強制するスキル。
(なら──叩き落とすしかない!)
「はあああッ!」
俺は咄嗟に木刀を叩きつける。剣先が交差した刹那、白い閃光が目の前で炸裂した。
*パァンッ!!*
鈍い衝撃音と共に、両者の木刀が中央から裂けた。
破片が舞い上がり、雨のように降り注ぐ。
──沈黙。
ジェスタは、空になった右手をじっと見つめ、乾いた笑みを浮かべた。
「やりやがったな……俺の“必中”を……」
「……本物の剣だったら、今ごろやられていたな」
俺もまた、折れた柄を見下ろし、小さく息を吐いた。
剣聖の力を侮っていたわけではない。だが、それでも格が違う。
ジェスタの力は圧倒的だ。しかも彼は本来、二刀流。そこに七大美徳スキル《忍耐》が加われば……
視線を向ければ、イリアスとユリアが呆然と立ち尽くしていた。緊張が解けたのか、イリアスはぺたんと尻もちをつく。
「テメェも、まだ隠してやがったのか。その固有スキル、物を転移させるだけじゃねぇってのか」
ジェスタがそう言って笑い、俺はそれに肩をすくめて返す。
「いろいろ勉強になったよ。さすがは剣聖だな」
「真似できるもんがあるなら、真似しとけ。だがな──言っとくが、俺はまだ4体は分身を出せる。お前と一緒にすんじゃねぇぞ」
「剣聖のファンだから。そいつもありがたくいただくよ」
その時、静寂を破るように──パチパチと、乾いた拍手の音が響いた。
「実に見応えがあったよ」
現れたのは、この伯爵邸の主。ディルク・クラネルトだった。
お読みいただいてありがとうございます。
評価⭐️やブックマークしていただけると大変励みになります。
よろしくお願いいたします。




