表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
目覚めたら即バッドエンド!? 悪役令息に憑依したら、すでに死んでいた。  作者: おしどり将軍


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/78

第40話 勇者の遺志

夏真っ盛りの午後。焼けつくような陽射しの中、俺はクラネルト伯爵邸を訪れていた。


遠くから、鋭い剣戟の音が響いてくる。


どうやら、イリアスとジェスタが稽古中らしい。


中庭の木陰では、革鎧姿のユリアが汗を拭いながら休憩していた。


「おかえり、ソウスケ。泊まるところ、見つかった?」


「無事にな。繁華街のわりに小綺麗で、料金も手頃だった。半年分まとめて払ったら、だいぶ値切れたよ」


「そう。……でも、うちに泊まりたいなら、いつでも言ってちょうだいね」


ユリアが肩をすくめて微笑む。


「それも悪くないな……まあ、たまには静かな夜も欲しくなる」


実際、昨晩泊まった宿は立地のせいか、夜でも酔客の騒ぎが絶えなかった。


──それでも、ジェスタのいびきよりは遥かにマシだった。


「だいぶ、熱が入ってるな」


俺は視線を中庭に向け、汗だくで稽古を続けるイリアスとジェスタを見ながら言った。


ユリアが肩をすくめて答える。


「もう、朝からずっとよ。私も最初は付き合ってたけど、あの二人にはついていけないわ」


確かに、イリアスはひたむきに打ち込んでいた。だが、ジェスタにかすりもしない。


それでも彼女は一向にめげる様子もなく、気合を入れて打ち込んでいる。


一方のジェスタはというと、ややゲンナリ気味な表情だった。


「イリアス、真面目すぎるな。まあ、それが長所でもあるけど」


「でもね、ちょっと困ってるのよ」


「ん?」


「ジェスタに言われたからって、今朝は全裸で素振りしてたのよ。しかも庭で」


「……は?」


「“肌で魔力を感じろ”って……あの人、何教えてんのよ、まったく」


「さすがに、女の子が全裸素振りはまずいだろ」


「おっさんだってアウトに決まってるでしょ。犯罪よ犯罪。イリアス、完全に騙されてるわよ」


「いや、一応ジェスタの話も聞いたけど……言ってること自体は、まあ理屈にはなってたんだよな」


その言葉に、ユリアがピクリと反応し、じろじろと俺を見てくる。


……顔が、ほんのり赤い?


「ももも、もしかして……ソウスケもやってるの?」


「やるわけないだろ」


「そ、そうよね。うん、そうそう。そうだ、それよりも──ジェスタがね、毎晩帰ってくるたびに酒臭いか、香水臭いかで、本当にひどいのよ」


「ああー、やっぱりそうか」


「確かに、腕はいいわよ。それは認める。でもね、聖騎士を名乗るなら、もう少し品格を持たないとダメだと思うの」


そうか。


ユリアはもともと、聖騎士になることを目指して、ずっと真面目に努力してきたんだった


その彼女からすれば、ジェスタのようなタイプが“聖騎士団の象徴”になること自体、納得できないのも無理はない。


正直なところ、俺も少し疑問に思っている。


博打に酒、女遊び。


どう考えても、ジェスタは“聖騎士”という肩書きに似合う人間ではない。


そもそも──人選がおかしいんだよな、ディルク伯爵の。


「イリアスはイリアスで、すっかりジェスタに感化されちゃってね」


「え、イリアスも?」


「そうよ。せっかく女の子だって分かったから、可愛い服をいくつか用意してあげたのに……」


ユリアはため息をついた。


「その服を着たまま必殺技の訓練とかしてるの。しかも全然テーブルマナーを覚える気配もないし、ますます“男の子っぽさ”に拍車がかかってるのよ」


「まあ……今までずっと、あの感じで生きてきたんだし。急には変わらないだろうな」


「“しょうがない”で済ませないでよ」


ユリアの口調は強かったが、怒っているというよりは、諦めきれない優しさがにじんでいる。


「まあ、よくやっているよ、ユリアは。面倒見がいいんだな」


俺が感心してそう言うと、ユリアは少し驚いたように目を丸くした。


「……なんか、ソウスケって、ずいぶん大人びてるよね」


まあ、10歳児にそう言われてもな。実年齢24歳だから当然だけど──


ユリアの方がよっぽどしっかりしてると思う。


「いや、ユリアの方がずっとしっかりしてるだろ」


「わ、私はほら……その……気にしすぎちゃうところがあるから……」


小さく呟く声には、ほんの少しだけ不安が混じっていた。


「うっとおしいって思われてるんじゃないか、とか……おせっかいすぎるんじゃないか、とか……つい考えちゃって」


「いや、きっとみんな感謝してるよ。でも……あまり頑張りすぎるなよ」


「あ、うん。……ありがとう」


ユリアは、少し照れたように、それでも安心したように笑った。


「ソウスケといると、なんか……落ち着くというか、安心するというか……その、ジェスタよりもずっと」


ジェスタは三十過ぎのはずだけど……


俺、年下なのにな。


すると、その時だった。


「ソウスケーっ!」


遠くから、イリアスが汗まみれで走ってくるのが見えた。どうやら稽古を終えたばかりらしい。



「あっつ〜〜〜……!」


イリアスは俺の隣にどさっと座り込むと、着ていた革鎧を脱ぎ捨て、シャツ一枚の姿になった。


汗でぐっしょり濡れた布地が肌に貼りつき、ところどころ透けている。


「うわっ、あっつ、あっつ、あっつ!」


シャツをバフバフと仰いで体を扇ぎながら、まるで熱帯の砂漠で遭難した旅人のような声を上げる。


「ちょっと、イリアス! はしたないわよ!」


ユリアが眉をひそめてぴしゃりと叱るが──


「だって暑いんだもん……溶ける……」


イリアスは意に介す様子もなく、だらしなくその場に寝そべった。


その姿は、もはや戦士というより干からびかけの子犬だった。


「しょうがないな……」


俺が苦笑を漏らすと、ユリアはやれやれと肩をすくめた。


そのとき──


「おう、ソウスケ。来てたのか」


ジェスタが姿を現した。どこか、やつれたような顔をしている。


「ぷはぁ……」


使用人が差し出したコップの水を、彼はいきなり頭からかぶった。


続いて、イリアスも真似してバシャリと水を浴びる。


「ちょ、ちょっと! 完全に透けてるって!」


ユリアが慌てて立ち上がると、イリアスを引っ張って屋敷の中へと連れていった。


ジェスタはポカンとしたまま、その背中を見送っていた。


「……どうだ、イリアスは」


「まだまだだな。けど──間違いなく、強くなるぜ」


「体力じゃ、もうお前負けてるだろ?」


「ちっ、真剣勝負なら一太刀だ。体力なんざ飾りだっての」


ジェスタがスネ気味にそっぽを向いたのを見て、思わず笑ってしまう。


ひとしきり笑い合った後、ジェスタが少し真顔になった。


「そういや、あいつ……勇者になるってぬかしていたな」


「そりゃあ、お前を見てたら“剣聖”は目指さないだろう」


「うるせぇよ」


そう言いつつ、ジェスタはタバコを取り出して火をつけた。


白い煙が炎天下の青空へ、ゆらゆらと溶けていく。


「勇者になんて、なるもんじゃねぇのにな……」


ジェスタの横顔に、ふと陰が落ちた。


俺は、それ以上は何も言わなかった。


ゲーム内の知識として、彼がかつての“勇者の仲間”だったことは知っている。そして、勇者を失った喪失が今も彼の胸にあることも──


だが、イリアスは──


勇者になる運命なのだ。遺志を継ぐ者として。


もう、誰にも止めることはできない。


「ソウスケ、一つだけ──人生の先輩からアドバイスだ」


「……なんだい」


「お前、何でも一人で背負おうとするクセがある。もっと周りを頼れ」


「信用してないわけじゃない。ただ……今は自分にできることをしているだけさ」


ジェスタはため息をひとつ吐いた。


「それだよ、それがダメなんだ。もしお前に何かあったら……残された仲間は、ずっと後悔するんだぞ」


「何かあっても、それは俺の責任だ。仲間のせいじゃない」


ジェスタは立ち上がり、空を仰いだ。


「仲間の中には、一生後悔を抱えて生きる奴だっている。覚えておけ」


タバコの煙が、空へと昇っていく。


それはまるで、どこか遠く──死者に手向ける線香の煙のようにも見えた。

お読みいただいてありがとうございます。


評価⭐️やブックマークしていただけると大変励みになります。


よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ