第39話 イカサマ
「……イカサマだな。雑な仕込みだ」
「……は?」
ジェスタが目を見開いた。
だが、それより早く、ディーラーが鼻で笑った。
「ほう……坊や。何を根拠に?」
冷ややかな視線。テーブルの空気が、一気に凍りつく。
「別に見たままを言っている。手癖が悪いな、おっさん」
「……ふん。だったら証拠を出しな」
男が指をパチンと鳴らす。
背後から、腕組みした用心棒がぬっと現れた。
「証拠もないのに因縁つけるなら……出禁じゃ済まねぇぞ」
ジェスタの肩がわずかに震える。
俺は彼を制して、空いた椅子に腰を下ろした。
「じゃあ俺がプレイしよう。公平な勝負なら、それでハッキリする」
「ふん、面白ぇ。だが掛け金は倍だ。構わねぇな?」
「上等だ」
チップを受け取り、ゲーム開始。
配られた手札は——クソみたいな組み合わせだった。
だが、構わない。
(……手札を、山札から“引き寄せる”)
頭の中で、スキルを発動する。
——“空間転移”
山札の中から最適なカードを、高速で入れ替える。狙い通りの札を、手札に。
「なっ……」
背後のジェスタが驚きの声を上げるが、睨むとすぐに黙った。
“空間転移”スキルの前では、確率など意味をなさない。
ディーラーは笑みを浮かべていたが、俺の無表情に気づき、わずかに眉をひそめた。
「さて、勝負といこうか」
一回目。ロイヤルストレートフラッシュで勝利。
二回目。相手がフルハウスを出したところで、俺はロイヤルストレートフラッシュを静かに提示する。
三回目、相手がようやく「よし、ロイヤル……」と口にしかけた瞬間——
「ロイヤルストレートフラッシュだ。すまないな」
テーブルにカードが静かに並べられた。
沈黙。ディーラーの顔から笑みが消える。
他のプレイヤーは顔を見合わせ、さりげなく後退していった。
「……イカサマだな?」
ディーラーの声は低かった。
「証拠は?」
俺はあくまで平然とした口調で言った。
「てめぇ……!」
「“証拠がなけりゃ、イカサマじゃねぇ”──そう言ったのは、お前自身だろ?」
テーブルの上のチップをごっそりと頂いた。
俺はわざとらしくその一つをつまみ上げて、クルリと回す。
ディーラーは歯軋りして言った。
「お前の勝ち方、不自然すぎる。連続でロイヤルストレートフラッシュだと? ありえねぇ」
「ふうん。それを言うなら、あんたの最初の“手品”の方が雑だったけどな」
俺が笑いながら言うと、ディーラーの顔が歪む。
「ほう、口が減らねぇ坊主だ…… イカサマ全部吐かせてやる」
ディーラーがパチンと指を鳴らすと周囲を三人の用心棒が取り囲んだ。
「身ぐるみ置いていけ。……勝ち逃げは、させねぇ」
「はぁ……やっぱり、そうくるか」
俺はため息をついた。
視線をテーブルの奥へ送る。さっき入るときに預けた武器──長刀が、壁際の棚に保管されているのが見えた。
……距離にして、約15メートル。
目を閉じて意識を集中。
——“空間転移”
次の瞬間──冷たい金属の重みが、右手にずしりと収まった。
「なっ……!? 今、何を……!?」
用心棒の一人が狼狽した声を上げる。
俺が周囲を見回すと、懸賞品の棚の上に双剣が飾られている。ご丁寧にも「剣聖ジェスタ・ハイベルグの双剣」とデカデカと札に書かれている。
「あれも貰っておくぞ、インチキが高くついたな」
もう一度、空間転移を発動。
次の瞬間、ジェスタの腰に二本の剣がバシュッと音を立てて収まる。
「おおっ!? 相棒が戻ってきやがった」
ジェスタが驚愕の声を上げた。
「てめぇ……何者だ……!」
ディーラーの顔が青ざめる。
用心棒たちも、さっきまでの余裕を失い、わずかに後ずさった。
「さあて……この状況でも、まだケンカを売る気か?」
俺は長刀を肩に担ぎながら、ゆっくりと一歩前に出た。
「……ふ、ふざけやがって!」
用心棒の一人が剣を抜いて切りかかる。
ギィィン!
金属同士が噛み合う鋭い音。眩しい軌跡を描いて、ジェスタの剣が一閃した。
斬りかかった用心棒は、剣ごと吹き飛ばされ、床を転がった。
「はは、こいつがなきゃ始まらねぇ!」
用心棒たちはハッとして顔を見合わせる。
「やばいぞ。剣聖だ。かないっこねぇ」
用心棒たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
取り残されたディーラーは怯えて後退りする。
「帰っていいか?」
俺が聞くと彼は激しく首を縦に振っていた。
「久しぶりの剣の切れ味…… 試したかったんだけどな」
ジェスタがニヤニヤしている。
「剣聖どの…… 帰りますよ」
「お、おう」
俺たちは騒然とするカジノを後にした。
店員たちは誰一人として、俺たちを引き止められなかった。
◇
「いやぁ、助かった。助かった。戻ってきてよかったぁ」
ジェスタが双剣に頬擦りをしている。さすがに危ないぞ。
「それにしても、ソウスケ。やっぱり固有スキル持ってたんだな」
「ああ、まあね」
「物を“入れ替える”なんて、便利すぎるだろ」
まあ、それだけじゃないけど……黙っておこう。
ジェスタはニタニタと悪い顔をしている。嫌な予感しかしない。
「もう、賭け事はお終いにしてくれ」
「お、おう。もちろん。もちろん」
信用ならないな。
「じゃあな。ここで別れよう」
「おう。明日は伯爵邸に来るのかい。俺が稽古をつけてやってもいいぜ」
ジェスタはすっかりご機嫌になっている。
「まだ、予定は決まっていない。やらなければならないことがあるからな」
「そうか、じゃあな、ソウスケ」
と言って、ジェスタは一直線に繁華街の方に行った。賭けはやめても、今度は酒か女だろうな。あの調子じゃ。
「そうだ、ジェスタ。さっきの金、返してもらってないぞ?」
俺はふと思い出してそう言った。しかし、ジェスタはもう遠くまでスタスタと歩き去っていた。
「またな〜」
振り返りもせずに、手だけひらひらと振って——ジェスタの姿は人混みに紛れて見えなくなった。
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