第38話 賭博場
ぼんやりとした光がまぶた越しに差し込む。
焼けつくような痛みが全身を走り、俺は眉をひそめながら、重たいまぶたをゆっくり開いた。
天井か……そうか、クラネルト邸の客間だ。
そして次の瞬間、
「わっ、起きたよっ!」
イリアスの顔が急に迫ってきて、俺は思わず仰け反った。
「……あれ?」
ベッドの上。隣には、ユリアもいて、イリアスと一緒になって、心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。
体をさすると全身がひび割れたように痛い。ちょっと、すぐには起きれなさそうだ。
「おう、大丈夫か、ソウスケ」
ジェスタがやってきた。
「まあ、俺に稽古つけられたんだからな。そりゃ、ボロボロにもなるさ、あはははは」
ジェスタは少しだけ視線が泳いでいた。
そうか…… 負けたのか。
それほど嫌な気分はなかった。勝負に負けたのはアレンに稽古をつけてもらった時以来だ。
「あれは…… スキルなんですか?」
俺はジェスタに質問した。
「いや、違う。俺のスキルはとっておきだからな。いざという時にしか使わねぇ」
となると、分身や雷鳴波は固有スキルではないのか……
「では、実体が本当に分離したわけじゃなく、速度の強弱で残像を見せただけですね」
となるとまだ戦いようはあるか……
「ちっ。分かっちまったか。まあ、お前の実力はまだまだだ。俺の足元にも及ばねえぜ」
すると、イリアスがジェスタの右腕をつっついた。
「うぉー、いてぇ、何しやがるんだ。イリアス」
「キシシシシ」イリアスが笑っている。
「そんなボロボロの腕で、よく“余裕”なんて言えたわね」
冷ややかな笑みに、ジェスタがむせた。
そうか、ダメージは通っていたのか……
何にしろ、負けた事実は変わらない。反省点は多い稽古だった。
「全身で魔力を感じろ……か。それが、勝負を分けたのか」
「そうだ。お前は目に頼りすぎていたんだ。だから、分身に迷わされた。魔力の流れさえ分かっていれば、実態をつかめたはずだ」
確かに…… 途中、目に頼らずに魔力の気配を感じた時もあったが、分身を使われたことによって、迷わされてしまった。
「今度から、気をつける」
「そうだな」
だが、“あの格好”で稽古するのは……ちょっと躊躇した。
◇
夕方ごろ、ようやく俺は体の痛みが治ってきた。色々と膏薬を塗ってもらったり、薬をもらったりして回復した。
俺は立ち上がると、ユリアに声をかけた。
「そろそろ、出ていく。宿を見つけなくてはいけないからな」
「え、やっぱり出ていくの?」
「ああ、いつまでも厄介になるわけにはいかない」
「一緒に住もうよ。毎日剣の練習もできるし……ボクもソウスケみたいにもっと強くなりたい」
イリアスの言葉にも俺は首を横に振った。
「そう、分かったわ。はい、これ、持っていきなさい!」
ユリアはそういうと、包みの中に色々と食べ物を入れて持ってきた。
——いや、お前は実家の母親か…… まあ、受け取っておくか。
「お前、行くのか?」ジェスタがやって来る。
俺がうなずくと、ジェスタもあわてて身支度を始めた。
「俺もちょっと出かけてくるわ。すぐに戻って来るから」
そうして、二人で伯爵邸の門を出た。
◇
俺が目指すのはまず、下町区域の繁華街。
そこに、宿が何軒かあるから、長期で安く滞在できそうな場所を選ぶことだ。
持ち金はまだ余裕があるが、稼がないとそのうち資金は尽きる。
クラネルト伯爵邸で依頼が来たらある程度金の工面はできるだろうが、無駄遣いはできない。
冒険者になることも考えたが、この年齢と見た目で弾かれてしまうだろう。むしろ、怪しまれてアーヴィンであることがバレてしまうかもしれない。
それから、ほとぼりがさめたら、カーティス邸でドミニクに接触して情報を得ることも考えないと。
——カサンドラを倒す。
それは揺るがないが、剣聖との戦いで、彼女を倒すほどのレベルには到達していないと感じた。ジェスタには魔族との戦闘経験もある。彼から色々と教わることが多いだろう。
正直、直接彼の力を借りたいのは山々だが……
彼はゲームシナリオ上、魔王幹部に殺される運命にある。それがイリアスの覚醒に繋がるイベントにもなる。
ただ、彼の犠牲ありきで話を進めたくはなかった。基本的にゲームをするときは、後味が悪くなるので、できるだけキャラが生存するルートで話を進めるのが俺の流儀でもある。
「おう、どこまで行くんだ」
ハッと気がつくと、ジェスタはまだ一緒に歩いていた。
「そっちこそ、どこへ」
「いや、何だ…… 実は賭博場に……」
俺は呆れてジェスタの顔を見た。
「いや、本当。これが最後だから。剣を取り戻さないといけないんだ」
「だったら、伯爵にお金を借りて、払いにくればいいじゃないか」
「だってさ……ちょっとカッコ悪いじゃないか。騎士団長だし…… いや、今日は勝てる。間違いない。これで本当に最後にするから、ちょっと付き合ってくれないか」
「いや……何で俺が」
「お金足りないんだ……」
「へっ?」
「だからお金足りないんだってば。頼む、一生のお願いだって」
……どの口が言うんだ。俺は呆れてジェスタの顔を見た。
◇
場末の裏通りにある、異様にきらびやかな扉。
そこが地獄への入り口だとは誰もが思うまい。
俺はジェスタについていくと、彼は意気揚々と扉を開ける。
そこはまるで別世界のようだった。
妖しい光に照らされた室内。酒と煙草と香水が入り混じった甘い空気。
中央のテーブルでは、男たちがカードを叩きつけ、女たちは笑い声を上げる。
「いらっしゃい、ジェスタ様。今日も大勝ちの予感ですねぇ」
「おう、久しぶりだな、ルカ。今日こそ剣を取り戻すぜ」
ジェスタが中を通って行ったので、俺もついて行こうとしたら、扉のそばに立っている無愛想な男に呼び止められた。
「喧嘩は御法度なんで……」
俺の背負っているものを指差している。なるほど、武器は持っていけない……と言うことか。
その間、丸腰のジェスタはさっさと受付を済ましていた。
受付にいた女が艶っぽく笑いながら、チップの詰まった箱を差し出す。
ジェスタは得意げにそれを受け取り、ゲーム卓の方へと進んでいった。
俺もその後ろについていく。
(……さて。様子を見てみるか)
紫煙が渦巻くその一角、テーブルの中央にディーラーの男が座っていた。冷ややかな笑みを張り付けた、無機質な目をした男。
プレイヤーは四人。皆、どこか妙に落ち着いている。
「さぁ、じゃんじゃん稼いでくぜ!」
ジェスタがチップをジャラリと机に置いた。
ディーラーがカードを配る。
どうやらポーカーのようだ。異世界でポーカーというのも何だが、絵柄が違うだけでルールは同じようだ。全くわからないゲームでなくてよかった。
ゲームはテキサスホールデム。ジェスタは手札を一目見て、ニヤリと笑った。
「ふふん、これは来てるぞ……!」
まるでガキだな、と思いつつも、俺はゲームの流れを観察していた。
だが、数回目のターンで、違和感に気づいた。
(……あれ?)
ディーラーの指先。カードをめくるその一瞬の動き。
手首の返し方が、さっきと微妙に違う。
——すり替えてる?
いや、確信はない。ただ、カードがほんの一瞬“重なっていた”。
そして、配られたカードはなぜか、ジェスタだけ“絶妙に負ける”手札になっていた。
それに——
(他のプレイヤーの動きが……不自然だ)
ベットのタイミングが、妙に揃っている。
迷いがない。まるで、結果を知っているような。
ジェスタがまたベットをする。相手がそれに乗る。そして——
「フルハウスだ。これなら勝っただろ!」
ディーラーは淡々と札を広げる。
「フォーカードですね」
——ぴたりと場が静まる。ジェスタの指先が微かに震えていた。
「なっ……」
負ける。
まただ。まるで“勝ちそうで勝てない”手札。
勝負を引き延ばしてチップを吸い取る。よくあるイカサマの手口だ。
ジェスタは額に汗をかきつつ、必死に手札を睨んでいた。
「おかしいな……今度こそ、ツいてると思ったんだが……!」
——ジェスタは自分の手札に夢中で、周囲の状況に気がついていない。
あれだけ、魔力を全身で感じろと言いながら…… 賭け事には全然生かされていないな。
俺は椅子にもたれながら、小声でジェスタに言った。
「……気づいてないのか?」
「ん? なにがだ?」
「このテーブル、イカサマだ。お前、カモられてるぞ」
「……は?」
ジェスタの表情が凍った。
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