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目覚めたら即バッドエンド!? 悪役令息に憑依したら、すでに死んでいた。  作者: おしどり将軍


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第31話 逃走と再会

それから後のことは──よく、覚えていない。


気がつくと、俺は馬車の中にいた。


ぎしぎしと軋む車輪の音が、どこか遠くから聞こえる。木製の車体が跳ねるたび、全身に鈍い痛みが走った。


どうやら森を抜けるために、相当な速度で走っているようだった。


「坊ちゃん。いったい何があったんでゲスか?」


視界の端に、ギョロ目の中年男──金獅子亭の宿主が見えた。


「ああ……今、どこにいる?」


声を出すと、喉が焼けるように痛んだ。どうやら、かなり叫んでいたらしい。


「まだ森の中でゲスよ。なるべく道を外して……追っ手が来ないようにしてるところで」


男の顔には、怯えと驚きが混ざった表情が浮かんでいた。


——俺は、どうやってここまで?


「何かうなされてましたぜ。吸血鬼がどうとか……」


そうか。やはり夢じゃなかったのか。


無我夢中で衛兵の囲みを突破し、誰も殺さぬよう転移を繰り返して──そして、ようやくこの馬車に辿り着いたのだ。


「ハロルドも……エルザも、吸血鬼になっていた。ハロルドは倒したが……エルザは倒し損ねた」


宿主は絶句していた。声が出ないほどの衝撃──無理もない。


「お前がいてくれたから、助かった。本当に感謝してる。……でも、森を抜けたら降りてくれ。一緒にいれば、お前まで巻き込まれる」


「そうでゲスか……やはり噂は本当だったんでゲスね。いいでゲスよ、坊ちゃん。あっしが王都まで案内するでゲス。裏道なら任せてくだせぇ」


「……すまない。それから──辺境伯を倒したことで、俺は“殺人犯”にされかけている」


「あっしは信じてるから大丈夫でゲスよ。悪いのはあいつらです。それはサンク=ロアの住民が皆思っていることでゲス。あっしがなんとかしますから」


その言葉が、凍てついた胸にじんわりと染み渡るようだった。思ったよりも強く、誰かの優しさがただ恋しかった。


「ありがとう……そうだ、ひとつ頼みがある」


俺は王都に直接行くのは難しいと考えた。もしかしたら、奴らは手回しよく早馬で俺の犯行を王都にいち早く連絡しているかもしれない。そうなると、王都に着いた途端、捕まることになる。捕まったら確実に処刑されるのは間違いない。


フローラの別荘の場所は聞いていた。確か──ロクサーヌ地方、と。湖が近くにある別荘、それに、デミエス公爵家の別荘となると、うまく見つかるかもしれない。


俺はロクサーヌ地方の位置を伝え、そこへ向かうよう宿主に頼んだ。そして──礼のつもりで、懐から白金貨を一枚取り出し、彼の手にそっと押しつけた。彼は固辞していたが、無理言ってすまないと強引に手に握らせると、そのまま頷いてポケットに入れた。




ロクサーヌ地方は、王都の南西に位置している高原地帯だ。


夏の避暑地として、貴族たちから人気が高い。


中でもデミエス公爵家は、その一等地に別荘を構えていた。


湖畔に面した静かな場所。


澄んだ空気と涼やかな風が、緊張しきった身体に心地よい。


木々に囲まれた奥に、それはあった。


白い木壁に切妻屋根──シンプルながらも品のある木造の別荘。


まるで時が止まったかのような、穏やかな静寂に包まれている。


今は初夏。まだ避暑に訪れる貴族の姿もなく、人気もまばらだ。


まさに、身を隠すにはうってつけの地だった。


到着すると、俺は御者に宛てて一通の手紙を渡した。


「王都に着いたら、この手紙をドミニクに届けてくれ。……万一捕まったときは、“アーヴィンは途中で姿を消した”とでも言ってくれればいい」


御者は重く頷くと、封筒を大事そうに懐へしまい込んだ。


続いて、金獅子亭の宿主に旅費を渡す。


「王都に着いたら、すぐにサンク=ロアに戻る馬車に乗ってくれ。もう、これ以上巻き込ませるわけにはいかない」


「坊ちゃん、サンク=ロアに来たら、歓迎するでゲス。ぜひいらしてください」


「分かった。また酒を振る舞ってやるから、楽しみにしておけ……皆にもそう伝えてくれ」


笑みを浮かべながらも、どこか名残惜しそうな顔で、男は馬車に乗り込んだ。


「本当に助かった…… この恩は忘れない」


俺がそういうと、宿主は泣き笑いの表情を浮かべ、手を振っていた。


そして、荷馬車の車輪が小さな音を立てながら、森の道を進み出す。


俺はそれを見送ったあと、静かに林の中へと身を潜めた。


王都までは、ここから半日ほどの距離。


だが今は──しばしの“静けさ”が、どうしても必要だった。



林の中に一晩身を潜め、なんとかやり過ごした。


見つかるわけにはいかない以上、火は使えない。


その代わり、毛布を二重にして寒さを凌いだが──


朝になる頃には、全身が冷えきり、骨の芯までこわばっていた。


体をほぐすように、ゆっくりと伸びをする。


それから、足音を立てぬよう注意しながら、湖畔を歩いた。


美しくて、深い湖だった。


——たしか、この辺りで釣りができるとか言ってたな。


ふと思い出すのは、デミエス兄妹の姿だった。


気の強いフローラが竿を振って、釣れずに苛立ち、


温厚なレナードが横で苦笑している──


そんな穏やかな光景が、まぶたの裏に浮かんだ。


たまらなく人恋しくなる。誰かと、笑い合いたい。


けれど、そんな未来の自分を想像できないほど、今の俺は疲れ果てていた。


──その時だった。


遠くから、車輪の軋む音が聞こえてきた。


林を抜け、湖畔へ向かってくる。間違いない、馬車の音だ。


俺はすぐに身を伏せ、草むらへと身を沈める。


音が徐々に近づき、やがて視界に入ったのは──


——デミエス家の紋章


白地に青の二本線。そして、ユニコーンを象った家紋。


間違いない。デミエス公爵家の馬車だった。


馬車が別荘の正面で止まり、扉がゆっくりと開く。


最初に降りてきたのは、見覚えのあるスラリとした若者──


——レナード……!


その後ろから、小柄な影がぴょこんと顔を出す。


鮮やかな青い髪、サファイアのように澄んだ瞳。


華奢な体なのに、どこか気品を感じさせる佇まい。


——フローラも、一緒か


そしてもう一人──黒の執事服を纏った男。


——ドミニク


皆が、揃っていた。


胸の奥が、懐かしさと安堵にじんわりと熱を帯びた。


少し躊躇したが──俺は、意を決して、その草むらから姿を現した。



「そんなことがあったとは……なんて言って良いのか……」


レナードは、すべてを聞き終えて絶句していた。


無理もない。辺境伯の妻が魔王の幹部で、当の辺境伯までもが吸血鬼にされていた。そして俺は、実の父を殺した“殺人犯”として追われる身となった──


信じがたい話だが、それが今の現実だった。


暖炉には一時的に火が入れられ、温かな紅茶がテーブルに置かれた。


マグカップを両手で包み込みながら、ようやく冷えた身体の芯がほぐれていくのを感じた。


フローラは黙っていた。その瞳はまっすぐ俺を見つめたまま、何かを言いかけて、しかし口を閉ざしている。


ドミニクもまた、険しい顔で静かに控えていた。


「今まで……黙っていてすみません。それに……このような形で巻き込んでしまって」


俺がそう言うと、しばらくの沈黙のあと、レナードが口を開いた。


「……で、どうするつもりだ。これから」


「しばらくは、身を隠します。捕まれば終わりですから」


「……だが、どれだけ潜伏したところで、事態が好転するとは限らない」


「ええ。分かっています。そもそも準備が足りなかった。思った以上に、カサンドラは狡猾だった。完全に……侮っていた」


悔しさが込み上げる。マグカップをそっと置いて、顔を上げる。


「だからこそ──次は絶対に、奴を倒す。そのための準備をします。今度こそ、確実に」


レナードは黙したまま、鋭い視線で俺を見つめていた。


「……何か、アテがあるのかい?」


「……今は、まだ言えません」


はっきりと、だが静かに答えた。



俺は王都に潜伏するつもりだった。


俺にはゲームの知識がある。7大美德スキルをすでに覚醒している人物で、心当たりがあるのは、勇者パーティの7人のうちの一人、セリアス・ルシャーナだ。しかし、彼女は現時点でエルフの里に引き篭もっている。会う術はない。


そのほかの勇者パーティメンバーは全て同年代なので、7大美徳スキルを覚醒している可能性は非常に低い。


俺が当てにしているのは、今でも生存しているはずの旧勇者パーティの一人、ジェスタ・ハイベルグだ。


〈忍耐〉の美德スキルを持ち、剣聖の名を欲しいままにした男。魔王大戦後、世捨て人のように世間から姿を消しているが、まだ死んではいない。彼はこのゲームの主人公イリアス・バッシュの師匠になり、後を託して死んでいく運命だが、そのイベントはまだ2年先のはずだ。


もし彼の協力が得られるなら……


次の戦いに、希望は残されている。

お読みいただいてありがとうございます。


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よろしくお願いいたします。

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