第3話 黒幕?…… いきなり大物が来た
貴族服に身を包んだ、金髪碧眼の少年が立っていた。
年齢はアーヴィンよりも幼く、小学校低学年ほどに見える。少し小太りで、日光を浴びていないのか顔色は青白い。
俺から見れば、ただのクソガキだ。
「ねえ、死にそうになったときの気持ちって、どんなだった? 僕に教えてよ。ねえ、ねえ」
……いや、こいつ、めちゃくちゃ不愉快だな。
俺はムッとした顔でステファノをにらんだ。
「なんだよ、その顔。反抗的だぞ」
「いちいちうるさいな。こっちは死にかけたってのに…… 少しは黙ってろよ」
言い返すと、ステファノは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに怒りで顔を真っ赤にした。
「兄さんのくせに生意気だ。母さんに言いつけてやる!」
「お前こそ弟のくせに偉そうにするな。さっさとどっか行けよ、今忙しいんだ。邪魔するな」
「ふん、今のうちだけだぞ、そんなふうに突っ張っていられるのは。どうせまた泣いて謝るんだろ? その時になって許してもらおうったって、そうはいかないからな」
「はっ、なめんなよ、このクソガキ」
一発殴ってやろうと拳を握りしめたそのとき——
「いったい、何をしているんです」
石畳に響く靴音が、場の空気を変えた。
振り返ると、そこに立っていたのは、異様な存在感を放つ女だった。
背筋をぴんと伸ばした、威圧感すら漂う長身の女。その赤髪は血のように鮮やかで、波のように肩を越えて垂れている。肌は異様なほど白く、まるで陽の光を知らない人形のようだった。
身にまとった黒紫のドレスは重厚な布地で、余計な装飾はない。肩口には黒のレースが絡み、わずかな光を受けて鈍く輝いていた。
顔の半分を覆う黒いヴェール。その奥から、鋭く光る緑の瞳がこちらをじっと見据えている。
こいつがエルザ——
いや、違う。
こいつは継母なんかじゃない。
俺は知っている。何度も画面越しに見てきた。
こいつは魔王軍の最高幹部の1人。吸血族の始祖。
7大罪スキル『色欲』の保持者——カサンドラ・ドラクレア。
やばい。こいつは本当にやばいやつだ。
動けないまま、俺はごくりと唾を飲み込んだ。
◇
どうする、俺。
なんでこんなやつが継母なんてやってるんだ。
口の中がカラカラに乾いていく。背筋に氷のような冷たい感覚が走る。
なにがどうなっているのかは分からない。でも、間違いなくこいつが黒幕だ。
直接俺を刺した犯人は不明だが、こいつのスキル『色欲』を使えば、使用人を操ることなど造作もないはず。
そもそも、刺された翌日にタイミングよく現れること自体おかしい。実家の辺境伯領は王都から数日は馬車でもかかる距離だ。俺がちゃんと殺されたか確認しに来たのか、それとも、最初から成功を前提に動いていたのか……
動機は明らかだ。このバカな弟ステファノを後継者に据えるつもりなんだろう。
もし暗殺が失敗していたと知れれば、次は確実に仕留めにくる。使用人程度なら逃げられるかもしれないが、本人が動けば間違いなくやられる。
あいつはゲーム本編でも終盤に登場するボスキャラのうちの一人だ。勇者パーティ全員でようやく勝てるような相手。
今の俺にそんな相手と戦う力はない。魔力すらまだ使えないのに。
「何をしているのかと聞いているんです」
静かだが、鋭さを含んだ声が再び響いた。
「いえ、ステファノと話をしていただけです、お継母さま」
俺は何事もなかったかのように振る舞うおうとした。とにかく、この場は切り抜けるしかない。
だが、俺の返答を聞いたエルザの瞳が鋭く細まった。
「いつもと違って、えらく堂々としているわね。アーヴィン。何かあったのかしら?」
——やばい。そういえば、アーヴィンが普段どう接していたのか分からないぞ。
「そうですよ、お母様! こいつ、いつもと違って生意気なんです。やっちゃってよ」
「そう…… 上下関係も礼儀も分からない人間は、カーティス家には不要だわ。少し躾けが必要ね」
彼女のそばにいた侍女が、恭しく何かを差し出した。鞭だった。
「エルザ様、どうぞ」
エルザは無言でうなずくと鞭を受け取り、しなり具合を確かめるようにしごいた後、ピシッと地面を叩いてみせた。
冗談じゃない。
アーヴィン……お前、今までどんな仕打ちを受けてきたんだ。
だが今、俺がアーヴィンである以上、ここで逆らっていいのか判断に迷う。
従っておいた方がこの場を丸く収められるかもしれない。それに、まだ子供の身体じゃ大人に抗うこともできない。魔力が使えれば話は違うが……
「お待ちください、奥様」
そのとき、割って入ったのは執事のドミニクだった。
「昨日、アーヴィン様は背中を刺されて瀕死の重傷を負っております。まだ傷も癒えておりません。それなのに、鞭打ちはあまりに酷うございます。それに、アーヴィン様の態度が普段と違うのは、記憶を一時的に失っておられるためです。ですから、今しばらくは……お慈悲を」
エルザはじっとこちらを見つめた。
「記憶…… 本当のことですか? 記憶を失ったのは」
「え、ええ、本当です。刺されたときのことはもちろん、それ以前のこともだいぶ……。もう少ししたら、少しずつ思い出せるかもしれませんが……」
「どこから記憶がないのですか?」
「えーと……過去全部です。すっかり忘れてしまっていて……」
もちろん、お前らとの思い出話なぞ、最初からないのだが。
「そう……なるほど」
エルザはにやりと笑った。
「帰りますよ、ステファノ」
「え、もう帰るの? 母さん?」
「お父様に報告しなくては。大変な事態ですから」
「でも……」
エルザはドミニクに命じた。
「その後の経過は逐一報告しなさい。隠し事は許しません。私はこの悲しい事実を、ハロルドに伝えねばなりません。記憶を失ったなら、もはやカーティス家には何の役にも立ちません。次期当主にはステファノを据えるべきでしょう」
「お待ちください、エルザ様。それはあまりに性急かと……。記憶は回復する可能性も…… ハロルド様にはなにとぞ……」
「あなたは、アーヴィンを刺した犯人を突き止めなさい。捕らえ次第、処刑です。カーティス家に逆らった者がどうなるか、世間に思い知らせる必要があります」
「犯人探しはお任せください。ですが、アーヴィン様の処遇については……」
「行くわよ、ステファノ」
エルザはドミニクの言葉を無視し、侍女とステファノを連れてその場を去った。
ふー、やれやれ。
俺はようやく、胸を撫で下ろした。
ふと視線を向けると、庭師見習いのアレンの顔が険しくこわばっている。
……こいつ、やっぱり何か知ってるな。




