第27話 出発
俺は封蝋を開けて中身を読んだ。
フローラが心配そうにこちらを見ている。
俺は読み終わった後に、その手紙をフローラ兄妹の前に差し出した。
「何が書いてあったんだい?」
「ええ。至急、辺境伯領に戻ってこいと。さもなくば、貴族社会から追放する……と書かれていました」
「なるほど、そう来たか」
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「辺境伯ハロルド・カーティスより。
貴殿に対し、直ちに本領への帰還を命ず。応じぬ場合、当家は貴殿を嫡子より除籍し、
貴族会議を通じて、社交界・貴族社会から永久追放せしめることを通達する──」
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「……そんな、追放だなんて……!」
フローラが唇を噛みしめる。
「貴族社会からの追放……。これはかなり手厳しいね。彼らの主張が貴族会議で受理されてしまえば、覆すことは難しい。でも、今、辺境伯のもとに戻っても……」
レナードも思案顔を浮かべる。
貴族社会から永久追放となれば、フローラとの婚約継続はもちろん、デミエス家の養子縁組の話も消えてしまう。
追放の理由が捏造されたものであっても、反証は難しい。 貴族会議の裏で手を回されていれば、なおさらだ。
俺にとって“貴族”という立場自体に未練はない。 だが、ステファノとフローラの婚約が強引に進められるような未来だけは、絶対に阻止しなければならない。
——となれば、やはり直接出向くしかないか。 俺は……あの女に勝てるのだろうか。
「俺は行こうと思う。しっかりと話をしてくるよ」
フローラが不安そうにこちらを見る。
「実家に、いじめられない? ひどい家だって言ってたじゃない」
——彼女には、まだカサンドラの正体を伝えていない。 単なる家庭内の不仲と思っているのだろう。命の危険があるなどとは、言えなかった。
それでも、これは俺が決着をつけるしかない問題だ。 カサンドラを倒し、辺境伯家を取り戻す。それが、亡きアーヴィンにできる唯一の弔いだ。
「僕もついていこうか?」
レナードが言うが、当然断らざるを得ない。 彼を危険に巻き込むことはできない。
「ありがとうございます。でも、これは僕一人で片をつけるべきです。今まで助けて頂いて感謝しています。ここから先は、自分の力で乗り越えます」
「支援が必要なら、何でも言ってくれよ」
「ねえ、アーヴィン」
「なんだい、フローラ」
「帰ってきたら、私たちの別荘に行ってみない? すごく景色が綺麗で、とっても大きな湖があるの。子供のころ、お兄様と一緒に魚を捕ったりしてたのよ」
帰って来られるかどうか分からない。 だが、俺は微笑んで答えた。
「もちろん、行こう。きっと、すごくいい場所なんだろうね」
「もちろんよ。ねえ、お兄様?」
彼らはカサンドラのことを何も知らない。
本当は助けてもらいたい。でも、これ以上、彼らを巻き込むわけにはいかない。 自分一人で逃げることも考えた。 だが、それではフローラがステファノと結婚させられ、魔族の毒牙に落ちてしまう。
ここで退くわけにはいかない。 覚悟を決めよう。
今まで、いくつものゲームを攻略してきた俺だ。 修行も重ね、固有スキル『空間操作』も応用できるようになってきた。 あとは最後の一手――それは、すでに用意してある。
この手でカサンドラを倒して、必ず帰ってくる。何があっても。
俺はそう誓った。
◇
最後の1ピース。それは……
俺は手に持った指輪を見つめた。
イレーナが遺してくれた指輪。
指にはめた瞬間、まばゆい光が溢れた。その輝きに、ほんの一瞬、暖かな温もりを感じる。
カサンドラを倒すには、“聖なる魔力”が必要。 そして、偶然分かったのだが、この指輪には、イレーナの魔力が多量に宿っていた。 死の直前、彼女が指輪に魔力を託したのだろう。
そして、もう一つ。
イレーナの長刀。
この刃も、魔力を込めることができる。 そして、指輪を通じて“聖なる魔力”を注ぎ込めれば……
指輪をつけた状態で、少しだけ魔力を流すと、刃が淡い金色に染まり、祈りのような振動が空気を震わせた。
この長刀に聖なる魔力の力が加わった。
——これが、七大美徳スキルを持たない俺が、七大罪“色欲”を持つカサンドラに挑むための、唯一にして最後の切り札だ。
本来なら、勇者パーティの力も借りたかった。 だが、今はまだ彼らと出会う時期ではない。 王立学校編に入れば合流できる仲間も、今はどこにいるか分からないし、フローラのようにまだ覚醒していない人もいる。
時期が早すぎた。 でも、もう待ってはいられない。
そして、出発の時は来た。
◇
俺は馬車に乗り込んだ。
ドミニクが無言で見送ってくれる。 戦闘が無理な彼には後詰めを任せてある。万が一の時の逃走経路や隠れ家の確保など、万全の準備を依頼した。
「お気をつけて、アーヴィン様」
「ああ。後のことは頼んだ」
多くを語らなくても、お互いにすべてを理解している。
そのとき、声が響いた。
「アーヴィン!!」
ドミニクの背後から、フローラが駈けてきた。
「これを……」
手渡されたのは、サファイアのブローチだった。 彼女の瞳の色をそのまま閉じ込めたような、美しく澄んだ青が輝いている。
「お守りだから……実家との話し合いがうまくいくように。祈ってる」
「ありがとう。きっと、うまくいかせてみせるよ」
言葉とは裏腹に、交渉で終わる可能性は低い。 けれど、彼女の気持ちを無下にはできなかった。
「約束、覚えてるよね?」
「ああ。もちろん、忘れていない」
彼女は黙って俺を見つめていた。 それは不安を必死にこらえているように見えた。
「それから……おまじない」
フローラは小さく深呼吸をしてから、そっと身を寄せてくる。 そして、戸惑う俺の頬に、そっと優しく、軽く触れるようなキスをした。
「じゃあね。絶対に……待ってるから」
言い終わると彼女は顔を伏せてすぐに走り出し、一度も振り返ることはなかった。
——どうもありがとう。
俺は心の中で、そうつぶやいた。
馬車が軋んだ音を立てて動き出す。遠ざかる邸宅の影に、俺はそっと背を向けた。
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