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目覚めたら即バッドエンド!? 悪役令息に憑依したら、すでに死んでいた。  作者: おしどり将軍


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第24話 偽りの大聖女

俺とドミニク、それにフローラは、別邸の玄関ホールに向かっていた。門番からの連絡で、正門前に訪問者の馬車が到着したと知らされたのだ。


やがて、扉が開かれる。


朝の陽光を背に、数名の修道女たちを引き連れた女性が、優雅な足取りで姿を現した。


純白のローブ。波打つ金髪。整った顔立ちと碧眼。堂々たる物腰と、豊かな胸元まで含めて完璧に仕上げられた外見——まさに“絵画から抜け出してきた聖母”のような美貌。


そのすべてが、「大聖女ノエル・メルクロフ」という名にふさわしかった。


「お目にかかれて光栄ですわ。アーヴィン・カーティス様」


その微笑みは、すべてを包み込む慈愛に満ちていた。


だが——間違いない。本物だ。ゲームで見た“あの姿”と、寸分違わない


ただの立ち絵では伝わらなかった“実在感”。


すべてを見透かすような視線。ふわりと香る甘い香気。


それらが俺の背筋を凍らせる。


隣に立つフローラが一歩前に出た。


「こちらこそ光栄ですわ。セルバンテス・デミエス公爵の娘、フローラ・デミエスと申します」


そう言って、優雅にスカートの裾を持ち上げ、一礼する。完璧な貴族の作法だった。


そのまま何事もなかったように、俺の脇腹を“つん、つん”。


ちらりと目をやると、


「しっかりしてよ、もう……」


と言いたげな顔をしていた。


慌てて俺も前に出る。


「アーヴィン・カーティスです。初めまして。……このような場違いな場所に足を運んでいただき、誠に光栄です」


果たして今の自分の顔はどう映っているのだろう。


ノエルは優雅に頷いていた。



「なにぶん、今この屋敷は改修中でして……応接室しか使えず、申し訳ありません」


「いえ、突然の訪問でしたのに、これ以上なく丁重に迎えていただけて感謝していますわ」


「ね、アーヴィン。迷惑なんてわけないわよね?」


フローラが俺に視線で“全力同意”を求めてくる。


「……もちろん。いつでも大歓迎です、ノエル様」


俺がそう返すと、ドミニクがタイミングよく紅茶と茶菓子をサーブした。


ノエルは紅茶の香りをふわりと吸い込み、陶然とした微笑を浮かべる。


「あら……芳しい香り。これは?」


「トルティヤ産の限定茶葉でございます。ご満足いただければ幸いに存じます」


ドミニクがにっこりと微笑んで答えた。


「ふふっ。さすが辺境伯家……トルティヤ産は滅多に手に入らないって聞いたけれど。これは素晴らしいわね」


彼女は紅茶を口に運び、優雅に目を細める。


紅茶を口にし、上品に目を細める。


完璧な貴婦人。……だが。


——本当に、何を企んでいるんだ。


警戒心が胸の奥で冷たく波打つ。


おそらくは——エリザベータの件だ。


あの女が倒されたことを、ノエルが疑っていないはずがない。


——だが、今の俺の力を知られるわけにはいかない


こちらが何も知らない“無力な貴族の少年”を演じ切ること。それが、最も安全で最も有効な戦略だ。


ノエルは魔族幹部の中である意味、最も厄介な敵だ。


何しろ、人族の英雄であり、そして、この世界のほとんどが創造神イル=ファルマを信仰する聖律教会に属している。彼女はそのトップ「大聖女」でもある。


——つまり、下手なことはできない


彼女に目をつけられたが最後、人族社会から追放され、教会主導の“社会的な死”が待っている。


魔族であるなら、その正体を暴くことは可能だが、彼女は元々人族だ。


その意味で、カサンドラ以上に厄介な敵だ。


——この場は、何としても誤魔化してやり過ごさないと


その時、フローラが軽やかに口を開いた。


「それで、大聖女様。今回のご訪問の目的は?」


「あら、ごめんなさい。大切なことを忘れていましたわ」


ぱちんと手を叩き、柔らかく微笑む。

「皆様とお話ししているのが楽しすぎて、つい……」


その声音は完璧な“慈愛”。だが、瞳だけが鋭く光っている。


「実は……アーヴィン様に、王都を代表してお礼を申し上げたくて」


「……お礼、ですか?」


「ええ。あの吸血鬼(ヴァンピール)の件ですわ」


空気が一瞬で冷えた。


「もし彼女が暴れ続けていれば、王族、貴族、教会関係者に甚大な被害が出ていたかもしれません。実際、私も近くに滞在しておりました」


微笑んだまま、さらりと「私も襲われていたかもしれませんわ」と言ってのけた。


「それを未然に防いでくださったあなたに……感謝しておりますのよ」


彼女は優雅に手を組み、俺をまっすぐに見つめてくる。


——これは、探られているのか


「……いえ、通りすがりの冒険者たちに助けてもらっただけです。ただ、隅で震えていただけで」


ノエルの目が細まる。

「そう……? それにしては、とても立派な魔力をお持ちですわね」


——鑑定眼まで持ってるのか!?


「気のせいでは? まだ鑑定の儀も受けていませんし」


「ふふ。謙遜しなくてもよろしいのに。それとも…… ここで鑑定を受けてみますか?」


ノエルは、柔らかな笑みを崩さぬまま、さらに一歩踏み込もうとする。


だが、そのタイミングで——


「大聖女様。アーヴィンは本当にすごいんです!」


突然、フローラが割って入った。


しまった。フローラには口止めしていなかった


「私の精霊を次々とかわして……しかも、私が暴走したとき、迷わず飛び込んで助けてくれたんです。彼がいなければ、きっと私は——」


ノエルはそれを静かに聞きながら、ふとこちらを見る。


その碧眼がきらりと光った。


「あら、それは素敵なナイトですわね。羨ましい限りですわ。私にも、そんな殿方がいればよかったのに」


「ノエル様は皆に慕われていますし、お一人でもお強いから、助けなど必要ないのでは……」


「うふふ。こんな私でも、助けてほしいことぐらいありますのよ?」


ノエルは優雅に微笑んでいる。フローラは少し思い切った様子で話を切り出した。


「あの……ノエル様にお願いしたいことがあって……」


——これ以上余計なことを言われては困る


「フローラ、大聖女様にあまり無理を言わない方がいいと思うぞ」


「あら、無理かどうかは聞いてみないと分かりませんわ」


ノエルの一言で、完全に流れを持っていかれる。


フローラは、ノエルに背中を押されたように勢いづいた。


「アーヴィンは本当に才能があるのに、辺境伯に不当に扱われて……後継者を外されたんです! いずれ記憶も戻ると思うんです。だから……ノエル様が後押ししてくださるだけでも」


ノエルは微笑を崩さず頷いた。


「あら、記憶を失っているのですね…… わかりました。さりげなく辺境伯と接触を試みましょう」


「……ノエル様!」


フローラが思わず抱きつき、ノエルは彼女の頭を撫でる。


「あなた方の味方でいることが、今のわたくしの誇りです」


——最悪だ。完全にマークされたな




大聖女が屋敷を去った後、応接室に静寂が戻る。


ドミニクは上機嫌で、フローラはうきうきとした足取りで部屋を歩き回っている。


俺だけが、ソファに沈み込んでいた。


「……やっちまったな」


ぽつりと漏れた独り言は、誰にも届かない。


ノエル・メルクロフ。


人々の崇拝を集める“大聖女”。


だが、俺にとっては——


“もう一人の魔王軍幹部”、それも最も警戒すべき相手。


表の顔があまりに完璧すぎて、彼女の正体を訴えたところで、誰も信じてくれない。


「……ああ、黒幕が誰か、言えたらいいのにな」


だが、俺にあるのは、ゲーム知識だけ。


証拠も、証言もない。


——もしかすると、この世界線で、彼女はまだ“闇堕ち”していない可能性もあるが


そう考えたかった。


だが、今日の目の光——あれは間違いなく“黒”だ。



ノエルが自室に戻って書き物をしている。


魔力灯が微かに揺れた。


「レヴィア様ですね」


次の瞬間、部屋の一角の闇がうねるように歪み、黒装束の女——〈嫉妬〉の幹部、レヴィアが音もなく姿を現した。


「報告なら、直接私が参りましたのに」


ノエルがくるりと椅子を回し、楽しげにレヴィアに向き直る。


「お前より、私の方が動きやすい。それより……」


レヴィアは淡々と言い、すぐ本題に入る。


「良い知らせと悪い知らせがございます」


ノエルが答えた。


「では、良い知らせの方から」


「アーヴィン・カーティス——彼は間違いなく“器”です。魔王の器として、必要な条件をすべて満たしています」


ノエルの微笑が一瞬だけ止まる。だが、それは歓喜に変わる。


「……本当なのね?」


「間違いありません。年齢に見合わぬ魔力量、そして確認されました。“傲慢”の因子を」


「……そう。長かったわね……」


ノエルは椅子の背に身体を預けると、天を仰ぐように目を閉じる。


「これでようやく“儀式”を完成させられる。”傲慢”の因子は本来魔王様のものなのだから」


「贄の準備、すぐ取りかかりますか?」


「いいえ。まだ早いわ。今度こそ、完全に仕上げなければ。前回の器は不完全だった……。中途半端な目覚めでは意味がない」


レヴィアの口元が歪む。


「彼の大罪スキルを覚醒させるわ。できるだけ成長した段階で器にしましょう」


「ああ、破壊神様が蘇るのですね。人族の世界をズタズタにする。想像するだけで……ああ、最高ですわ」


ノエルが感極まった


「それで、悪い知らせとは何?」


レヴィアが尋ねる。ノエルは何かいわくありげな顔をした。


「魂が……おかしいのでございます」


「それはどういう意味なの?」


「いえ、私にも皆目見当がつきません。ですが、その…… 何か本来の魂とは別なものが身体の中に入り込んでいるというか…… それが、贄の儀式に差し支えなければいいのですが」


ノエルが困惑している様子だった。


「体の中の”魂”などは儀式で消滅するわ。何も問題はない。大切なのは”器”だけ」


レヴィアは平然とそう答えた。


「では予定通り…… そういえば、カサンドラさんには伝えなくてよろしいのですか?」


「そうね、成長する前に手出しされると…… いや、いい。その方が成長が早く進むかも知れない」


レヴィアは1人うなずいている。


「カサンドラさんには、事前情報なしで戦ってもらうと言うことですか?」


「そうよ」


レヴィアはニヤリと笑った。


「もう”器”が見つかったから、カサンドラは用無しなのよ。それなら、うまく活用しなくちゃね」


レヴィアの瞳が怪しく光る。


「そもそも、”傲慢”の因子が魔族の中から見つからなかったから、辺境伯領まで広げただけだもの。実に盲点だったわ。まさか、辺境伯領出身の人物が”王都”にいるとはね」


「我々の目的は”破壊神様の復活”、そのためにはカサンドラさんに犠牲になってもらう。魔王因子の覚醒のために…… ということですね」


ノエルは残酷な笑みを浮かべている。


レヴィアはその問いに何も答えず、スッとまた再び闇の中に溶け込んでいった。

お読みいただいてありがとうございます。


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