第22話 反省するフローラ
とりあえず、事情がわかってホッとした。
フローラに嫌われていたわけじゃなかった。それだけでも、十分すぎる収穫だ。
闘技場で見せた彼女の戦いぶりは、決して見せかけではない。本物の実力だった。
きっと、これから彼女の力が必要になる場面もあるだろう。
……だが、それはまだ先の話だ。
巻き込むには早すぎる。
彼女はまだ、“10歳の少女”にすぎない。
確かに、驚異的な魔力量と強力な固有スキルを備えてはいる。しかし、その制御は未熟だ。
そして、俺の“本当の敵”——カサンドラ・ドラクレアを相手にするには……正直、今の彼女では力不足だ。
大軍を相手にするなら、術者タイプの彼女は理想的だろう。
だが、カサンドラのような単体で脅威となる強敵には、前線で殴り合える戦士型のスキル持ちの方が向いている。
今回は、将来の勇者パーティの1人と接点を持てただけでも大きな一歩と考えるべきだ。
今はまず——自分自身の力を、もっと確かなものにしなければ。
そう思い立った俺は、改めてカサンドラの能力を整理し直すことにした。
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**【カサンドラの能力(再整理)】**
◆《吸血鬼真祖》としての基本能力
- 吸血により、対象を支配下に置く
→ 魔力を分け与えた相手を〈ヴァンピール〉化
→ 吸い尽くした相手は〈グール〉化(死体として操れる)
- 体内の血を操り攻撃に転じる
- 吸血による急速回復
- 常人を凌駕する身体能力・再生力・不死性
◆《色欲》スキル(七大罪)
- 効果範囲内の対象に対する“状態異常”の付与
→ 軽度なら誘惑・感情操作
→ 重度なら麻痺・毒・錯乱・発狂など
- 対抗できるのは《七大美德スキル》のみ
→ 無効化、または効果を減弱可能
→ 未所持の場合、即死すらあり得る
◆《弱点》
- 心臓への「聖なる魔力」の注入で消滅
→ただし、それを行えるのは「七大美德スキル」保持者に限られる
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要するに——彼女を倒すには、《莫大な魔力》と《聖属性》が必要になる。
しかも、それは普通の人間が扱える代物ではない。
——どうする。このままでは、勝ち目がない
そう思ったとき——ふと、あるアイデアが脳裏をよぎった。
——あれが、使えるかもしれない。
そう確信した俺は、執事ドミニクを呼び出し、ある“物”を持ってくるよう依頼した。
◇
「お持ちいたしました、アーヴィン様」
ドミニクは訝しげな表情を浮かべながら、それを銀盆に載せて差し出す。
金属光沢を放つそれは——拘束具だった。両腕用と両足用で、計二対。
「チェーンは切っておいてくれ」
「……鎖を、外すのですか?」
ドミニクは困惑した様子で首を傾げる。無理もない。拘束具から鎖を外せば、ただの“輪っか”に過ぎないのだから。
だが彼は俺の言葉に従い、鎖を切断してくれた。結果として、それはリストバンドとアンクレットのような外見になった。
「これを、日常的に装着するつもりだ」
「……は、はあ?」
ドミニクは露骨に眉をひそめる。
「なぜ、わざわざそんなものを?」
「拘束具には、“魔力を抑制する機能”があるだろう?」
「はい。犯罪者の封じ込めや拷問時に使われる代物ですから。装着中は、魔力の行使が不可能になります」
「それが目的だ」
「……?」
やはり、ドミニクには意図が掴めないようだ。
この世界では、誰もが固有スキルを持ち、魔力を行使できる。ゆえに、拘束具は“魔力を封じる”機能を持たなければ、簡単に破壊されてしまう。
だからこそ、内部に魔力キャンセラーを内蔵しているのだ。
ゲーム内でも、王立学校が襲撃されるイベントで、“広範囲型”の魔力キャンセラーが使われた場面があった。あのとき、主人公たちは為す術もなく追い詰められた。
——なら、それを“逆手に取る”。
「四六時中、魔力を封じられた状態で生活すれば、身体は自然と“魔力出力”を増そうとする。つまり、基礎値そのものが鍛えられるんだ」
「……なるほど。常時、魔力を封じた状態での過負荷トレーニング、というわけですか」
「そうだ。魔力が使えなければ、否応なく体術に頼ることになる。その分、筋力も反射神経も鍛えられる。一石二鳥だ」
ドミニクは感心したようにうなずいたが、すぐに渋い顔になる。
「……ですがアーヴィン様。その見た目では……いささか、カーティス家の嫡男としては……」
「そこはなんとか頼む。リストバンドやアクセサリーに見えるよう装飾してくれればいい」
「……承知いたしました。では、外見を加工した試作品を、数日中にお届けします」
「助かる、ドミニク」
この装置を使って、魔力の制御、スキルの精度、そして肉体の基礎能力を高めていく。
全ては——“カサンドラを倒す”ために。
そのとき、使用人の一人が部屋に入ってきた。
「アーヴィン様。お客様です」
「誰だ?」
「フローラ様です」
……うーん。正直、今は会いたくないタイミングだ。
でも、無下にするわけにもいかない。ここは、大人の対応をしておこう。
「通してくれ」
◇
応接室に通されたフローラは、どこか落ち着かない様子だった。
ぎこちない動きでソファに腰を下ろすと、しばしの沈黙ののち、ぽつりとつぶやく。
「……その、悪かったわね」
視線は伏せがち。淡い髪の房を、細い指でくるくるといじっている。
——一応、反省はしているらしい。
「終わったことだし、もういいよ。俺は怒ってない」
「でも……精霊召喚を真正面からぶつけるなんて、とんでもないって、あとで散々叱られて……」
「……まあ、あれはちょっとやりすぎだったね」
「そ、その、なんというか……ほんとうに、ごめんなさい」
ようやく素直な謝罪が聞けたところで、俺が安堵しかけた、そのとき。
彼女の視線が、机の上の盆に置かれた——拘束具に吸い寄せられた。
ピクリ、と肩が揺れ、ゴクリと唾を飲み込む。
「……まさか。これは、私を拘束するための……?」
「え? ちがっ……いや、そう見えるかもだけど、ちがうから!」
慌てて否定したが、もう遅かった。彼女の中で、何かのスイッチが入っていた。
「……そんなに私を、罰したいのね? ……わかったわ、覚悟は、できてる」
「いや、だから違うって!」
「まずは手足を縛って……それから鞭でぴしぴし……それとも天井から吊す感じ?」
「待て待て待て! なに想像してんだお前は!」
「地下に拷問部屋くらいあるんでしょ? ロウソクとか縄とかずらっと並んでて……」
「ない! うちにそんな部屋ないから!」
「……ほんとに?」
なぜか、うっすら頬を赤らめて目を逸らすフローラ。
「ほんとに。俺にそういう趣味はないからな」
念のため、強調しておいた。
「いいか、これは“自分用”なんだ。訓練用。魔力制限下でのトレーニングに使うんだよ」
説明を終えると、フローラはようやく少し納得したように頷いた。
「……なら、いいけど」
「ほんと、頼むよ……」
俺は心の底から胸を撫で下ろした。
「まったく……紛らわしいもの置かないでよね。ほんとにもう」
ぶつぶつと文句を言っているフローラに、俺は思わずため息をついた。
「魔力キャンセラーで鍛えているってことは——本気で辺境伯に返り咲くつもり?」
ハッとした顔をして、フローラがまっすぐこちらを見つめてきた。
「……まあ、そのつもりではあるけど」
「なら、私も協力するわ」
「……協力?」
その一言は、少し意外だった。
「でも……どうして? フローラには、もう関係ないことじゃないのか?」
その問いに、彼女は唇を少し噛み、視線を絨毯の端へ落とした。つま先で縁をいじりながら、小さな声でつぶやく。
「……だって、婚約解消になっちゃうし……」
「婚約を、続けたいのか?」
そう尋ねると、彼女は顔を真っ赤にして叫んだ。
「ち、違うっ! あんたなんかと、続けたいわけじゃないし! 別に解消されたって困らないし、私は引く手数多なんだからっ! ただ……!」
「ただ?」
「そんな、ホイホイと婚約者を変えられるのは、納得いかないだけよ。それに……お礼も言いたかったの」
「お礼……?」
「助けてくれたでしょ、あのとき。私、暴走して、水に呑まれて……。あのままだったら、きっと死んでた」
その声は、いつもの勝ち気な調子ではなく、かすかに震えていた。
「だから今度は……私が助ける番。いい? 借りは、ちゃんと返す主義なんだから!」
「……そうか。じゃあ、よろしく頼むよ」
俺がそう言うと、フローラの顔がふっと綻んだ。
その無邪気な笑顔を見た瞬間、胸の奥に、微かな温もりが灯る。
——あの日、ゲームで見た“ヒロインの一人”が、いま現実で微笑んでいる。
その笑顔はまぎれもなく、『Throne of the Abyss』を象徴するものだった。
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