第2話 かくして、捜査が開始された
騒ぎの翌朝。
俺は姿見の前で服を着替えていた。
ふと鏡を見ると、そこに映っていたのは——
……なんか、絵本から抜け出してきたみたいな美少年だった。
透けるような白い肌に、さらっと流れる金髪。
大きなすみれ色の瞳は、宝石みたいにキラキラしてる。ちょっと吊り目だけど、まだ幼さが残ってて、そんなにキツそうには見えない。
手足は長くて細くて、身体つきも華奢そのもの。
上半身に巻かれた包帯が、余計に儚げで痛々しい雰囲気を出してる。
……へぇ、これが将来あのアーヴィン・カーティスになるのか。
たしかに美少年ではある。けど、ゲームの彼はもっとこう、意地悪そうで、近寄りたくない雰囲気だった気がする。
今はまだ10歳だからか、ゲームで出てきた時のように、そこまで傲慢・尊大って感じじゃないな。
この時点から更生してたら、勇者パーティとも普通に仲良くできてたんじゃないか? いやマジで。
でも——
どうしてアーヴィンは殺されなきゃならなかったんだ?
ゲームの知識だけを考えてみれば、アーヴィン・カーティスは筋金入りの暴君だった。
使用人に恨みを買ってた可能性はかなり高い。
魔王軍の幹部……という線は、まずない。
奴らが動き出すのは、王立学校でも終盤。アーヴィンが闇堕ちしてからの話だ。
まあ、使用人たちに何をやらかしたかは知らないけど。恨まれるようなことをしたなら、それは自業自得ってやつかもしれない。……が、今の俺からすれば、とんだとばっちりだ。
しかも、犯人が見つからなければ、また狙われる可能性だってある。
もし内部の人間だったとしたら、すぐ近くに敵がいるってことだろ?
こりゃあもう、安心して異世界ライフを満喫——とか言ってる場合じゃない。
……それにしても。
この体、ひ弱すぎる。
この世界じゃ、魔力でバフかけて身体能力を上げるのが基本だ。だから見た目の細さとかはあんまり関係ない。
お姫様でも体の大きさくらいの大剣をぶん回すくらいだし。
要するにこの世界では魔力が全てってことだ。
しかし、その肝心の魔力はというと——使い方すらわからない。
つまり、戦闘力ゼロ。
このままだとただの10歳児である。しかも暗殺されかけた10歳児だ。危機感しかない。
まずは、犯人探しだ。
使用人の調査から始めないとな。
できれば、実際の現場も見に行きたいところだ。
着替えを終えた俺は、ベルを鳴らした。
呼び出す相手は——執事のドミニク。
まずは話を聞かせてもらおうじゃないか。
◇
「これでございます」
執事のドミニクがうやうやしく差し出したのは、俺を刺したナイフだった。
「うーん、これは……」
俺は絶句した。ナイフが問題なのではない。完全に血糊などの汚れが綺麗になっているからだった。もちろん、指紋なんてもんもない。
「これじゃあ、証拠にならないじゃん」
「はて、何か問題でも……」
ドミニクは不思議そうにこっちを見ている。
「手の跡がついてたら、それが手掛かりとなるんだよ」
「はぁー、なるほど。アーヴィン様はよく考えてらっしゃる。さすがです」
ドミニクは感心したかのように、驚いてみせた。
いや、さすがも何も、手掛かりになるような痕跡が綺麗さっぱり無くなっている。俺は別に、指紋のプロじゃないけど、刑事ドラマを見たことがあるから、証拠として使えることは知っている。
まあ、この世界に警察も刑事もないんだから、しょうがないか。
少しは考えてもらいたいものだが。
「ナイフは取り立てて珍しいモノではなく、どこの武器屋でも買えるものです。魔力の痕跡はありませんでした」
「この近くの武器屋で買った者はいないのか?」
「ええ、この手のナイフは、ダンジョン攻略で役に立つモノではないので、護身用として買われることが多いようですが…… 武器屋の方も、誰に売ったかなんて覚えてないとのことでして……」
確かにありふれた武器なんて、いちいち覚えていないだろう。それに最近買われたとは限らないし。
魔力の痕跡がない……ということは、プロの暗殺者ではないのか…… となると、やはり使用人の中の誰かか……
深く息を吐いてから、意を決して立ち上がった。
「じゃあ、刺された現場に行くぞ、ドミニク」
◇
中庭の一角に、ガラス張りの温室がある。中には明らかに南国風の草や木が生えている。もちろん、この辺りの草木の知識はあまりないが、おそらく、この辺りに自然に生えているモノではないのだろう。
結構、鬱蒼と茂っているので、温室の中に入ってしまうと中に誰がいるかよく分からなくなりそうだ。
この場には執事のドミニクのほか、庭師の老人リカルドと、庭師見習いの若者アレンが立っていた。
「この温室は誰が管理していた?」
俺が尋ねると、庭師のリカルドと庭師見習いのアレンは困惑したような表情で見合った。そして、リカルドがこちらを見ると、意を決したような顔つきで言った。
「アーヴィン様でございます」
「……え? 俺?」
冗談じゃない、そんなの初耳だ。アーヴィンってそんなことやってたのか。
困惑していると、すかさず、ドミニクが助け舟を出してきた。
「この温室は、亡くなられたイレーナ様が作られたものです。その後はリカルドが管理していましたが、アーヴィン様がこちらにお住まいになってからは、ご自身で管理するようになっています」
「イレーナって……誰だ?」
とっさに出た言葉だったが、ドミニクの顔が曇る。
「お母様の名前もお忘れになられたのですか……」
え、やばいな。アーヴィンの死んだ母親の名前だったのか。ゲームで名前くらいは出てたかな。思い出せない。俺は焦って話題を変えることにした。
「俺が倒れていた時に、鍵はかかっていたのか?」と庭師のリカルドに声をかけた。
「いえ…… おいアレン。お前が来た時にはもう開いていたんだろう?」
アレンと言われた若者はムッとした顔をしながらもうなずいた。
「……ええ。僕が来たときには、もう開いてましたよ」
ぶっきらぼうな物言いや、その態度に俺に対しての不満が感じられた。こいつは怪しい。
「誰か出てきたりするところを見なかったのか?」
「見ていません」
「では、この入り口以外から出入りすることは?」
「この入り口以外はないですね。もちろん、ガラスを破って穴を開けたら入れますがね」
「周囲を確認しましたが、穴はありませんでした」とリカルドが付け加えた。
「じゃあ、入ってみようか」
俺たち四人は温室の中に入ることにした。
中に入るとムッとした湿気と温度に包み込まれた。カラフルな花が咲き誇り、幹の太い木の枝から葉が枝垂れ落ちている。
「ここです」
アレンが指したところは、石畳が敷き詰められた小道のある場所だった。脇にはベンチが置かれてある。
「ああ、やっぱり」
俺はため息を漏らした。血が流れている痕跡はすっかりなくなっている。誰かが綺麗に掃除してしまっていたのだ。足跡一つ残っていない。
「ここを綺麗に清掃したのは誰だ?」
「僕ですよ。もちろん」アレンが答えた。
「誰の指示だ」
「命令されるも何も、庭をきちんと管理する必要があるのでそうしたまでですよ。あとでどやされるのは嫌なんでね」
「お前が第一発見者なんだろう。発言に気をつけないと疑われるぞ」
俺はカマをかけてみたが、アレンは無表情のままだった。
「疑うなら勝手に疑えばいいでしょう。馬鹿馬鹿しい」
「すいません、アーヴィン様。こいつは無実です。ずっと庭の手入れでその日は一緒だったし、アーヴィン様がいなくなったと噂になってから、こいつが温室で発見するまで、そんなに時間がかかりませんでした。それに何より、服も血で汚れてませんでしたし」
庇うようにしてリカルドが俺に説明してきた。なるほど、アリバイはあるっていうことだな。
「鍵は一つだけか?」
「いえ、二つあるはずです。でも、両方ともアーヴィン様が管理していたので、我々は持っていません」
リカルドが答えた。
となると一体誰が俺を刺したのだろう。手がかりがなさすぎて俺が頭を抱えそうになった時、ベンチのすぐ下に何かが落ちているのが気がついた。
何気なく見てみると、何か指輪のようなものが落ちている。それを拾おうとしたとき、「ドミニク様、ドミニク様」という声と共に使用人の一人がこちらに駆け寄ってきた。
俺は皆がそちらに気が向いている瞬間に指輪をポケットに突っ込んだ。
使用人の一人が執事のドミニクに近づき耳打ちした。ドミニクはその使用人に何やら指示すると、パッとその使用人はすぐに走り去っていった。
「何かあったのか?」
俺はドミニクに尋ねた。ドミニクは険しい顔をしながらこう答えた。
「奥様と弟君であるステファノ様が、別邸にいらっしゃいました」
「奥様?」
「エルザ様です。アーヴィン様の今のお母上になります」
つまりは継母っていうわけか。しかし、どうして、ドミニクは険しい顔をしているのだろう。
「アーヴィン様はお部屋にお戻りください。私が対処しておきます」
……え?、どうして部屋に戻らないといけないんだ。
「なんだ。兄さん。死んでなかったんだ」
声のした方を見ると、青白い顔に不釣り合いな傲慢な笑みを浮かべた少年がこちらに歩いてきた。
——こいつが、ステファノ?