表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/78

第19話 公爵令嬢フローラ・デミエス

父、ハロルド・カーティス辺境伯から、一通の手紙が届いた。


文面は、実にそっけない。


要点はただ一つ——「後継者はステファノとする」


それだけだった。


形式上は「継承権第二位」。だが実質は、弟のスペアにすぎない。万が一の時にだけ引っ張り出される、予備の駒。いつでも捨てられる立場だ。


貴族社会では、さして珍しい扱いではない。だが、“降格”ともなれば話は別だ。


RPG『Throne of the Abyss』でも、アーヴィンはこの知らせを受け、心を閉ざした。やがて孤立し、すべてを諦め、最終的には——魔王復活の“血の儀式”で、生贄として捧げられる。


……この通知こそが、“破滅ルート”への分岐点だった。


だが、今の俺にとっては——むしろ朗報だった。


後継者争いなど、最初から関心はない。


継承権を外されたところで、生活が激変するわけでもないし、何より、“生きている”というだけで御の字だ。


ゲームの筋書きよりも、今はただ、生き延びることが最優先。


当然、ドミニクは激しく憤っていた。


「正当な後継者はアーヴィン様です」と繰り返し、悔しさを噛み殺していた。


だが、俺は言った。「今は耐えるべき時だ」と。


ドミニクにとって、カーティス家は“信仰”に近い存在だったのだろう。長年仕えてきたその家が、“あの女”——カサンドラ・ドラクレアという魔族によって踏みにじられた。


晩年にこんな理不尽を味わうとは、彼自身も想像していなかったはずだ。


それでも、俺に対して、彼は一度も不満をこぼさなかった。


……だからこそ、応えなければならない。


彼の信念に。彼の忠義に。


今はただ、力をつける時だ。



俺はあれから、時間を見つけてはスキルの訓練に励んでいた。


まず手をつけたのは、〈空間転移ディメンショナル・フォールド〉の精度向上だ。


現在では、半径10メートル以内なら、高確率で目的地に転移できるまでになっている。

発動時に生じる“タイムラグ”も大幅に短縮されたが、完全な無遅延にはまだ届かない。これは今後の課題だ。


だが、実験はそれだけでは終わらない。


次に試したのは、生物との同時転移。


具体的には——猫を抱いたまま〈空間転移〉を発動したら、どうなるのか。


これまでの経験では、生物単体への〈空間転移〉の使用は、ほぼすべて失敗していた。

おそらくこの世界では、生き物には魔力が宿っており、それがスキル行使の妨げになるのだろう。


一方、武器や装備のような“モノ”であれば、接触していれば問題なく転移可能だ。


では、「自分が抱えている生き物」は、どう扱われるのか——。


もし魔力干渉が阻害要因なら、転移の瞬間に猫はその場に残され、自分だけが”転移”するはず。


だが、結果は違った。


猫も、自分とともに転移していたのだ。


その後、何度も試してみた。その結果、接触している生物は同時に転移が可能だった。正確に言えば、一緒に転移するイメージした場合は一緒に転移し、一緒に転移するイメージを浮かべなければ自分だけが転移することができる。


このとき、ひとつの仮説が頭に浮かぶ。


——“接触している存在”は、スキル発動時に「自己の一部」として認識することが可能なのだと。


つまり、触れてさえいれば、生物であっても転移は可能なのだ。


……これは、大きな発見だった。


まず第一に、仲間が危機に陥ったとき、俺と接触していれば、同時に一瞬で退避できる。

転移距離こそ限られるが、瞬間的に危機を脱する手段があるというのは、戦術上、極めて大きなアドバンテージだ。


さらに応用すれば——敵と接触した状態で転移を発動し、自分に有利で相手に不利な地形へと“引きずり込む”こともできるかもしれない。


もちろん、戦闘中にそんな隙を作るのは容易ではない。

だが、もし成功すれば、戦況を一変させる“切り札”となる可能性がある。


空間転移ディメンショナル・フォールド〉は、ただの移動スキルではない。

使い方次第で、戦場そのものを制圧する力に化ける——そんな手応えを、俺は確かに感じていた。



現時点の俺の力で、カサンドラ・ドラクレアを倒せるのか。


答えは、限りなく“ノー”に近い。


固有スキル〈空間操作〉を応用し、〈空間転移ディメンショナル・フォールド〉として自分や物体を移動させることには成功した。

だが、それだけで勝てる相手ではない。


スキルは応用が効く——それは知っている。

そして、〈空間操作〉の“原理”さえ掴めれば、さらなる応用も可能になるはずだ。


つまり、俺はまだ伸びしろがある。


だが問題は、敵が“大罪スキル持ち”であるということ。


〈7大罪スキル〉を持つ者を討つには、対になる〈7大美徳スキル〉の“聖なる魔力”が必要不可欠だ。

かつてのエリザベータのように、ただ心臓を貫くだけでは倒せない。


カサンドラを本当に倒すには、“聖”による浄化が必要なのだ。


その手段は、現時点で二つしかない。


・勇者パーティの誰かを味方に引き入れ、共に戦うか

・あるいは、俺自身が〈7大美徳スキル〉を手に入れるか


……が、これが容易ではない。


『Throne of the Abyss』本編において、アーヴィンには〈傲慢〉という“大罪”のスキルを開花させるルートは存在する。

だが、“美徳”に目覚める展開は、一度も描かれなかった。


そもそも、この世界の構造として——


〈7大美徳スキル〉は「勇者パーティ専用」と言っても過言ではない。


プレイアブルキャラである勇者と、その6人の仲間たち。

彼らだけが、美徳スキルを宿す“運命”を与えられている。


ならば、カサンドラに対抗するには——


”あいつら”を、探し出すしかない。


今はまだ、彼らも俺と同じ10歳。

スキルも覚醒していなければ、戦力としても未熟だろう。


だが、だからといって“遅くていい”理由にはならない。


布石は早ければ早いほどいい。


俺はもう、後継者じゃない。

肩書きも、義務も、辺境伯家に縛られる必要はない。


なら、動くべきだ。


未来の勇者パーティ——

あの“世界の希望”たちを、今のうちに探し出して、味方につける。


それが、次の目的だ。



さて、誰から行くか――


そう思いを巡らせていた矢先、部屋の扉がノックされた。


「アーヴィン様。お客様です」


執事ドミニクの声が響く。


「誰だ?」


「アーヴィン様のご婚約者、フローラ・デミエス様でございます」


……おお。来たか、第一候補。


フローラ・デミエス。


ゲーム『Throne of the Abyss』では、勇者パーティの一員にして、アーヴィンの婚約者という立場にあった少女。


ただし、原作ではアーヴィンの性格があまりに最低だったせいで、彼女は勇者イリアス側に寝返る──という流れになる。


一見すると薄情な裏切りに見えるが、実際はまるで逆だった。


彼女は最後まで、アーヴィンを理解しようと努力していた。


何度も、何度も、歩み寄ろうと手を伸ばしていた。


けれど、その手を振り払ったのは、いつもアーヴィンの方だった。


そしてその果てに、彼女は決断する。「このままでは彼は滅びる」と。


彼女が勇者側に身を寄せたのは、アーヴィンを変えるためだった。


それが、後の悲劇の引き金になるとは知らずに。


最終決戦。


魔王を倒した時、アーヴィンが命を落としたという報せに、涙を流したのは彼女ただ一人だった。


……プレイしていた当時は、「まあ、そりゃそうなるよな」と思っていた。


あの頃のアーヴィンに、同情の余地はまったくなかった。


でも、今の俺は違う。


こっちは彼女を味方にしたいし、そもそも勇者パーティに敵対するつもりもない。


できることなら、こちらから勇者パーティに協力させてほしいくらいだ。


「通してくれ」


そう告げて間もなく、再びノックの音。


「失礼します」


扉が開き、そこに現れたのは――


まだ幼さの残る少女。だが、その外見はすでに完成されていた。


長く伸びた淡い青髪が光を受けて揺れ、


サファイアのように澄んでいる大きな瞳が、真っ直ぐにこちらを射抜いてくる。


(……このビジュアル、間違いない。ゲーム通りだ)


将来は“王国随一の美姫”と謳われるだけのことはある。


こんな子を無下に扱っていたアーヴィン……


継母エルザにどれだけ性格を歪められていたんだよ……。


「初めまして……だったかな」


俺がそう言うと、彼女は、ぴしりと冷たい声で言った。


「記憶を失ってるって噂、本当だったのね」


……あ、ちょっとトゲがある。


もしかして、もう一度会ってる……?


ということは、すでに“原作アーヴィン”がやらかしていたか……?


「……もし、俺が何か気に障るようなことをしたのなら、この場でお詫びする。正直、前のことは覚えていないんだ……」


そう、誠実に謝ったつもりだったのだが——


「……はぁ? あんた、本気でわかってないわね。だから、こんなことになったのよ」


バンッ、と足音を鳴らして彼女が詰め寄る。


「今すぐ勝負よ! アーヴィン・カーティス!」


「え?」


「その性根、叩き直してやるわ!」


……俺の“第一歩”。


まさかの“決闘スタート”で始まるとは。

お読みいただいてありがとうございます。


評価⭐️やブックマークしていただけると大変励みになります。


よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ