表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/78

第18話 集結した魔族幹部

辺境伯邸の一室。


窓は重いカーテンで閉ざされ外の光は届かない。


沈黙に包まれた室内で、鏡台の前に一人の女が座っていた。


白磁のような滑らかな肌。血のように鮮やかな赤髪が波のように肩へとかかる。


その美しい貴婦人は、辺境伯の妻エルザ・カーティスだった。


だが、彼女はその美しい外見とは異なる本性を持っている。


その本性は、吸血族の真祖にして魔王軍幹部、カサンドラ・ドラクレアであった。


若い侍女が不慣れな手つきで彼女の髪を梳いている。かつての忠実な侍女、エリザベータの姿はない。


——なぜ、こうなった。


報告によれば、エリザベータはB級冒険者の一団に討たれたという。


その一団は吸血鬼を討伐した英雄として称賛を集め、A級冒険者へと昇格。 民衆の間では、彼らの武勇談が毎日のように語られているらしい。


——ばかばかしい。


たかがB級冒険者に、我が眷属が?


エリザベータは吸血族の眷属であるヴァンピールとはいえ、圧倒的に人族を超える力を持っていたはずだ。それが集団とはいえB級冒険者に遅れをとるとは信じられない。


——どこで誤った?


エリザベータには繰り返し忠告していた。「目立つな」「感情に流されるな」「アーヴィンには深入りするな」と。


だが彼女は、あの少年に異常なまでに執着した。 そして自ら正体を露呈し、挙句に討たれてしまったのだ。


カサンドラは鏡越しに、背後の侍女のぎこちない動作を見つめる。


イライラが募る。だが、声には出さない。


〈激情は、自らを破滅に導く〉


それは、魔王大戦で得た彼女の“生きる術”だった。


先の大戦では、かつて肩を並べた同胞たちは次々と討たれ、魔王すらも勇者によって屠られた。


いかに強大な力を持っていようと、狙われてしまえば、いつか必ず殺される。 そうしたら全てが終わってしまう。だからこそ、仮面を被り、貴族として静かに潜む道を選んだ。 真の力を見せるのは、身に危険が及んだ時だけ。


そうやって彼女は着々と辺境伯領を簒奪していった。


これまではうまく行っていた。


アーヴィンに正体を見られた時も、冷静に対処した。彼を辺境伯領から遠ざけ、そして、王都であの少女に”色欲”の力を使用し間接的に始末しようとした。


しかし、この結果。エリザベータは殺されてしまった。


——もしあの時、アーヴィンに正体を見られた瞬間に消していれば。


——否。それでは足がつく。目撃者がいれば、貴族としての立場が危うい。 それに暗殺には失敗したが、アーヴィンから記憶を奪い、後継争いから排除できた。


ステファノを後継者に据えれば、全てが計画通りに進むはずだった。


辺境伯領を支配し、人族を“家畜”として支配する理想郷を築く—— それこそが、私の目的だった。


滅ぼすのではない。飼い慣らし、搾取する。過去の魔族支配体制の再来。


——だが、何かが狂った。


なぜエリザベータは、正体を明かしてまでアーヴィンを狙った?


そして、どうしてあのタイミングで冒険者が現れた?  偶然にしては、できすぎている。


もし、アーヴィンが記憶を失ったというのが、偽りだったとしたら?


——まさか、あの小僧が? エリザベータは騙されたのか?


——あり得るのか?


あの臆病で気弱な少年が。我々の正体を知った時も、ブルブル震えて何もできず、ただ泣き喚いていたあの無力な小僧が……


——いや。


1度だけ、刺傷後に顔を合わせたとき——彼の様子がおかしかった。


あれは恐怖でも従属でもなかった。 むしろ、挑むような……まるで、別人のような眼差し。


考えがそこまで至ったとき、部屋の扉が静かにノックされた。


「エルザ様、皆様お揃いです」


「……すぐ行くわ」


カサンドラは静かに立ち上がり、表情に再び“貴婦人の仮面”を貼りつけた。



客間に入ると、楕円形の大テーブルを囲むように、黒衣の女たちがすでに着席していた。


魔王軍幹部は全部で6人——カサンドラを含め、そのうちの5人が、この場に集まっている。


右奥には足をテーブルに乗せ、にらみつけるような目を光らせる〈憤怒〉のグアヴァ・ザハリア。 紅から橙へと燃え上がるようなグラデーションの髪を、ざくりと切りそろえたボブ。


その隣には、椅子を前後に揺らしながら菓子をつまむ〈暴食〉のザビア・ザハリア。 グアヴァと瓜二つの双子だが、ゆるくまとめたサイドテール、夢中で目の前の菓子をつまんでいる。


左手には、紅茶を優雅に口へ運ぶ〈強欲〉のノエル・メルクロフ。 白い肌に輝くプラチナブロンド、碧の瞳。大聖女の名を持ちながら、今は魔族に肩入れしている美貌の人族。


そして正面最奥には、フードで顔を隠したまま微動だにしない〈嫉妬〉のレヴィア・アスフォーデル。 場の空気を制するように、圧倒的な存在感を放っている。この場の調停役であり、魔王軍最古参の一人。




カサンドラが腰をかけると、最初に口を開いたのはグアヴァだった。


「随分、待たせるじゃねぇか」


彼女はテーブルを叩きながら言った。


「てめえの不始末のせいで、わざわざ集まらされる羽目になったんだ。どう落とし前つけてくれる?」


カサンドラは視線を一瞬グアヴァに流したが、無表情のまま。 代わりに、最奥のレヴィアへと頭を下げる。


「王都での騒動については、私の落ち度です。申し訳ありません」


その言葉に、レヴィアは低く頷いた。


「私は責任を問うつもりはないわ。事実を整理したいだけよ」


「ねえねえ、そんなことよりさ。なんか食べ物少なくない?」


ザビアがビスケットをもぐもぐと食べながら言う。


「わたし、おなかすいて機嫌悪いんだよねぇ~。これって食べ応えないんだよね」


カサンドラは返事もせずに無言で手元のベルを鳴らす。使用人たちがすぐにやってきて、、即座に小皿と軽食を運び込んだ。


「今、王都では魔族が街中に出現したって大騒ぎになっているわ」


ノエルが優雅に口を開く。


「門を閉ざしているのに、どうして王都の中に突然現れたんだってね。ましてや、1等地にあるカーティス邸で大暴れしたんだから、王族や貴族たちは原因追及で目を血走らせているわ」


カサンドラの顔が少し険しくなる。


その反応を見て、グアヴァが吐き捨てるように言い放つ。


「なぁ、カサンドラ。お前の飼い犬が王都で暴れて、俺たちの工作まで台無しになるところだったんだ。テメェのペット一匹死んだだけじゃあ、落とし前つかないんだよ」


「嫌味を言いたいだけなら、会議に来る必要なんてないんじゃなくて。何か対策できるように、少しは頭を働かせてはいかがかしら」


カサンドラの皮肉は珍しく感情がこもっていた。


口調は穏やかでも、その声音に宿る冷気は空間を一気に凍らせた。


だが、それを破ったのは——今度はノエルだった。


「まあまあ、グアヴァさんもカサンドラさんも冷静に冷静に」


グアヴァが今度はノエルに噛み付いた。


「なんでてめえがこの場で大きな顔して座っている。人族のくせしやがって」


「あら、脳みそがスカスカのあなたよりは、お役に立てると思いますわ。ねえ、レヴィア様」


ノエルが奥の人物に微笑みかける。


「だいたい、過去に勇者パーティにいたやつなんて信用できるか! 裏切る前に今すぐぶっ殺してやる」


「あらあら、前回の大戦で、あなた参加していましたっけ? こちらにはあなたの噂はまるで耳に入ってきませんでしたが…… それともあまり活躍できなかったのですか? それなら納得です」


「なんだとテメェ」


グアヴァが立ち上がった。


「やめなさい」


レヴィアの静かな声が、場の空気を一変させた。


「この場は争いのためにあるのではありません。ノエル、グアヴァ」


「こいつは魔族の仇じゃないのかよ。レヴィア!」


「私がやめなさいと言っている」


レヴィアの声は、拒絶できない強制力を帯びていた。


「仲良くしましょうね。グアヴァさん」


ノエルがにっこりと微笑むと、


「ちっ」


グアヴァは渋々座り直す。


「ねえ、ねえ、それよりさ」


ザビアが肉まんのような塊をちぎりながら言う。


「テスタは? ずるいんだけど、来てないの」


「研究が佳境とのこと。出席は見送りたいと連絡があったわ」


レヴィアが淡々と答えると、ノエルが小さく鼻で笑った。


「〈怠惰〉なくせに勤勉よね。どんなおぞましい実験をしているのかしら…… 楽しみだわ」


カサンドラは、そのやりとりを聞きながら黙していた。


だが、レヴィアが改めて問いかける。


「それで——どこまで気づかれていると思うの?」


カサンドラは一拍置いてから、唇を開いた。


「今のところは“王都に紛れ込んだ吸血鬼の騒乱”として処理されています。カーティス家も表向きは被害者。エリザベータがヴァンピールだったという情報は出ていません」


「とりあえず、あなたまで追求の手が及ぶってことはなさそうね」


レヴィアはしばらく考えていたが口を開いた。


「あなたの義理の息子がいたわよね。暗殺するのはやめたって聞いていたけど。どうしてこんな大騒動になったの?」


「それは…… エリザベータには関わらないように釘を刺していたのですが……」


「ダメだったわけね。それで、本当に息子くん…… アーヴィン君だっけ…… 今いくつなの?」


「10歳です」


「なぜ騒ぎを起こさずに仕留められなかったの? 年端もいかない子供、スキルもまだ覚えていないでしょうに」


「それは…… おそらく、冒険者たちが邪魔をして……」


「いくら邪魔されたって、子供1人くらいは簡単に始末してもらわないと困るわ」


「いずれ、彼は始末します。まずは後継者争い脱落させ、ほとぼりが覚めたら、”事故”か”自殺”でもしてもらいます」


「頼むわね。この領地を手放すと、魔王様復活の計画が遅れてしまうから」


「承知しています」


「それにしても、アーヴィン君はあなたの正体を本当に忘れているのかしら…… それとも、知っていて、対抗手段をとってきたのかしら…… 気になるわ。とっても気になるわ」


レヴィアは独り言のように呟いた。


「情報が不足しているわね。私が探りを入れにいきましょうか」


そう言ったのはノエルだった。


「私は大聖女ですから、王都にいますし会いに行くのは簡単です。口実などなんとでも作れますしね」


「そう。頼んだわノエル」


レヴィアがそう言うと、ノエルが紅茶のカップをそっと置き、立ち上がった。


「では、そろそろお暇いたしますわ。良い報告ができるといいのだけど」


「わたしも帰る。もう食べるものないし」ザビアは口を拭いながら椅子から立ち上がる。


「次やらかしたら、ただじゃおかねえからな」グアヴァは舌打ちしながら出て行った。


最後に残ったのはレヴィアだけ。


レヴィアはそっとカサンドラの肩に手を置く。


「あなたのことを一番信頼しているわ。だから、気に病まないことよ」


それだけを告げて、レヴィアは静かに立ち去った。


部屋には、カサンドラだけが取り残される。


彼女はその場に一人取り残されたまま、唇をかみしめた。


(時が来れば必ず——始末してやるアーヴィン・カーティス)


沈黙の中、蝋燭の灯が、じり……と音を立てていた。

お読みいただいてありがとうございます。


評価⭐️やブックマークしていただけると大変励みになります。


よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ