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第17話 決着

エリザベータは、立ち尽くしたまま動かない。白目をむき、口元はかすかに動いている。


俺は激しい疲労に襲われ、眩暈を覚えた。これが——魔力切れか……?


それでも立ち上がろうした瞬間——エリザベータの目がカッと見開かれ、俺の首を両手で締め上げてきた。


「コロス……コロス……コロス……!」


呼吸ができない。声も出ない。視界が揺れ、意識が遠のいていく。


確かに心臓を貫いたはずだ。だが、なぜ——動ける?


凄まじい力で締めつけられ、剣を握る指先にも力が入らない。


「コレデ……トドメダ」


赤く光る瞳が目の前に迫る。


あの目は…… 鮮紅鞭(ブラッディ ウィップ)を使う気だ。




……まだ、終われるかよ。

死んでたまるか——!




その瞬間、俺の身体は数メートル先に”転移”していた。


……スキルが作動した? この土壇場で——?


”転移”の余波で俺はそのまま地面に転がった。剣は握れない。足も動かない。


エリザベータはどこだ?


数メートル先に彼女の姿があった。彼女は俺の方へゆっくりと振り向くと、胸に剣が刺さったままこっちに歩いてきた。


まだ戦えるのか……いや、違う。何かが違うぞ——


急激に皮膚が干からびはじめ、頬がこけ、眼窩が沈む。骨が浮き上がり、肉が崩れていく。


「……カサンドラ……サマ……」


囁きが風に消えた瞬間、エリザベータは音もなく崩れ落ち、砕けた骨と灰になって散っていった。



ヴァンピール一体で、ここまでの戦いになるとは……。まだまだ、俺は——弱い。


「おーい、大丈夫かー!」


「マジかよ……あのガキ、吸血鬼(ヴァンピール)を倒しやがったぞ……!」


「こら、“アーヴィン様”だろうが!」


聞き覚えのある声が響く。駆け寄ってきたのは、以前俺を攫おうとした三人組の冒険者だった。


「矢を撃ってくれたおかげで隙ができた。助かったよ」


「えっ、ああ……へへ、やっぱ俺、やる時はやるでしょ?」


とぼけた声で答えるのは、弓を使ったちびの男。


「おい、それは俺たち三人の手柄だろ!」


モヒカンの巨漢が腕を組みながら言うと、ひょろながい男が得意げに補足する。


「そうそう! 三人でひとつだ!」


「本当に、ありがとう。で、どうしてここに?」


俺が尋ねると、ちびの男が答えた。


「実は、ギルドから家に帰っても寝られなくて、ぶらぶらしてたんすよ。もしかしたら吸血鬼(ヴァンパイア)を見つけられるかもしれないって。そしたら、執事の人が走ってきて、助けてくれって」


そこへ声が響いた。


「アーヴィン様!」


ドミニク、アレン、そしてシアが駆け寄ってきた。


「よく……ご無事で……!」


「アーヴィン様!」


シアが俺に抱きつき、わっと泣き出す。


「大丈夫だよ。言ったろ、後で行くって」


「だけど……怖かった……!」


俺はシアの頭を撫でた。


「よく耐えたな、シア。アレン、お前も逃げなかったのか?」


アレンは照れくさそうに笑う。


「シアが『待ってる』って聞かなくて……。馬車は準備できてたんですがね」


「腕は?」


「痛みはありますが、大丈夫です。……もう剣は握れませんけど」


「それでもお前は、立派な兄だ」


アレンは少し目を潤ませながら、深く頭を下げた。


「ドミニクも、本当にありがとう。お前がいなければ、助からなかった」


「アーヴィン様……お願いがあります」


「なんだ?」


「どうか、これからは……ご無理をなさらぬよう」


「……すまん。これからはしっかり準備してから行動するさ。長い戦いになるだろうからな」



冒険者三人組が、もじもじと立っているのに気づく。


「どうした?」


「へい……あの……その……」


「じれったいな!」モヒカンが割って入る。「つまり、俺たち報酬もらえるんすかねって話ですよ、旦那」


「“坊ちゃん”だろ!」とひょろながの男が突っ込む。


「……もういい。それで? お前たちの名前は?」


「トムです」


「サムスだ」


「ドナルドっす!」


「分かった。三人とも、確かに役に立った。報酬は払おう。いいな、ドミニク」


「はい、アーヴィン様」


「三人に1000ゴールドを出そう」


「ま、マジすか!?」


「やったああ!」


「俺たち、一晩で成り上がったぞ!」


「……ただし条件がある。ヴァンピールを倒したのは“お前たち”ということにしてくれ」


「ええええー!」


「俺らが!?」


「いいんですかい」


「それから、絶対に俺のことは口外するな。それが報酬の条件だ。でないとおかしいだろう。倒した奴が1000ゴールドもらえることになっているんだからな」


三人は顔を見合わせたのち、力強く頷いた。


「了解です、アーヴィン様!」



翌朝——


アレンとシアは、馬車に乗り、出立の準備を整えていた。


アレンには、いまだ“殺人未遂”の嫌疑がかかったままだ。このまま王都にいれば、いつか捕まる。エルザ——いや、カサンドラが放っておくはずがなかった。


だからこそ、ドミニクに頼み、しばらく匿ってもらえる場所を用意してもらった。


「……本当に、ありがとうございました」


「アーヴィン様には……言葉もありません」


二人は深く頭を下げる。


「心配するな。必ず自由を取り戻させる。……俺が、エルザの正体を暴くから」


「ですが……どうか、ご無理はなさらぬよう。真祖の力は絶大です。エリザベータなど、足元にも及ばないほど」


「それでも、俺は強くなる。もっと……何倍にも」


そう言って、アレンと握手をした後、俺は一つの袋を手渡した。中身を覗いた兄妹は、言葉を失っていた。


「こんなにも……もらえません、アーヴィン様」


「アーヴィン様に大変良くしていただいたのに……これ以上は」


「……いいんだ。きっと彼も、そうしてほしいと願ってる」


俺は、アーヴィン・カーティスのことを考えていた。


この兄妹、とくにシアには、彼は随分と救われていた。だからこそ、彼の代わりに返したかった。俺から感謝の気持ちを伝えたかったのだ。


アレンとシアは、目を見合わせて困った顔をしている。


「その代わりと言ってはなんだけど……」


俺は、日記帳を取り出し、シアに手渡した。


「アーヴィン様……これって」


「思い出にとっておいてほしい。記憶を失う前、君と過ごした日々が、どれほどの救いだったか…… その時のことを忘れないでいてくれないか」


日記に書いてあったのは、苦悩や恐れだけではなかった。シアと過ごした日々の喜びも書いてあったのだ。その時間は、確かに彼にとって救いだったのだろう。ほんのわずかな、安らぎの光だった。


だからこそ——


シアの中で忘れられてしまったら、アーヴィン・カーティスという人間が、本当にこの世界から消えてしまいそうで……切なかった。


シアは日記を胸に抱きしめ、ふわりと微笑んだ。


「もちろんです。忘れられるわけ、ないじゃないですか」


その笑顔に、俺は小さく頷く。


それでいい。それだけで、十分だった。


御者が静かに声をかける。


「……そろそろ、出発のお時間です」


車輪がゆっくりと軋み、馬車が動き出す。


「じゃあな、アレン。シア。……どこかで、また会おう」


「アーヴィン様、無理だけは、なさらないでください」


「落ち着いたら、手紙を書きますね。絶対に」


シアの声が、だんだんと遠ざかっていく。


俺は、手を振り続けた。彼らも手を振り続けていた。


姿が見えなくなっても、声が聞こえなくなっても、ずっと——


まるで、それが最後のつながりであるかのように。




風が吹いた。


冷たいけれど、どこか優しい風だった。


俺はひとつ、深く息をついた。




アーヴィン・カーティスは、確かにこの世界に生きていた。


その証が、いまもシアの記憶のなかに残っている。




どうか願わくば、その記憶のなかで——


彼が、ちゃんと笑って、生きていたことを、


忘れずにいてくれますように。




……それだけを、俺は静かに祈っていた。

お読みいただいてありがとうございます。


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