第14話 咆哮
俺は、ギルドの女性職員に連れられて、ギルド本部の奥にある応接室に通された。
重厚な扉が閉まると、外の喧騒が嘘のように遠のき、静寂が部屋を満たす。
彼女は向かいの椅子に座り、落ち着いた口調で切り出した。
「じっくりお話を聞かせてもらうわ。私はサラ。あなたは?」
栗色のショートカットが肩先で揺れ、眼鏡の奥で藍の瞳がじっとこちらを見つめる。観察と警戒、両方の色が宿っていた。
「アーヴィン・カーティス。辺境伯家の嫡男だ。証明が必要なら──」
俺は内ポケットから懐中時計を取り出す。銀の蓋を開けると、そこにはカーティス家の紋章が彫られていた。
サラは無言でそれを受け取り、細部を確かめるように眺めた後、そっと閉じる。
「……本物のようですね。盗品でなければ、ですが」
「用心深いのは結構だ。なんなら、別邸に問い合わせてもらっても構わない」
彼女は小さく頷き、姿勢を正した。
「それには及びません。カーティス家の嫡男が、こんな時間にギルドに来るとは思いませんでしたが……。では、依頼内容を」
俺は頷いて言った。
「吸血族が王都に潜伏している。討伐を依頼したい」
彼女の表情が引き締まる。
「魔王が倒れて十年。王都周辺での魔族の目撃例は皆無です。にわかには信じられませんね。その情報、どこから?」
まさか、辺境伯の妻やその侍女が吸血鬼だなんて言えるはずがないな。俺はしばし考えた。
「辺境伯領には、魔族との戦いに特化した諜報網がある。それ以上は立場上、明かせない」
サラは羽ペンをくるくると回しながら沈黙し、やがて再び口を開いた。
「もしそれが事実なら、王宮に報告すべきでは? 相手が魔族幹部の残党……あのカサンドラなら、S級冒険者でも手に余ります」
「討伐が目的じゃない。民間人の被害を抑えるのが第一だ」
彼女は疑わしそうな顔をしたので、さらに、説明を追加した。
「それに、対象は真祖ではない。その眷属——“ヴァンピール”だ」
「それでも脅威には違いないわ」
「だから、報酬を出す。討伐成功者には千ゴールド、遭遇報告や被害防止への貢献者にも、別途支払いを考えている」
そう言って、俺は白金硬貨を取り出し、机の上に置いた。
彼女の目がわずかに見開かれた。硬貨を手に取り確認する。
「……本物ですね」
彼女は静かに頷き、書類を差し出す。
「では、こちらに依頼内容とサインを」
◇
応接室を出ると、待ち構えていたように冒険者たちの視線が集まった。
「報酬が千ゴールドって……マジか?」「依頼が果たされればな」「金を踏み倒したらただじゃおかねぇからな」
鬱陶しくなり手を振って無言で彼らを追い払うと、奥から歓声が上がった。俺の依頼が掲示板に貼り出されたらしい。
それを見て、まとわりついていた冒険者たちも掲示板に向かって走って行った。
群がる冒険者を見て俺は思った。
……一攫千金を夢見るのが冒険者の習性ってやつか、相手は化け物だが。
俺はギルドを出た。
夜はすっかり更け、王都の通りは静寂に包まれていた。
見上げると、二つの月——赤い月と青い月が幻想のように輝いている。
赤い月の輪郭が、どこか不気味に揺らめいていた。
まるで、7大罪スキルが発動したときの“眼”のように。
しばらく歩いていると、後ろからの気配が消えないことに気づく。
「いつまで、ついてくるつもりだ」
声に応えて、影が二つ、俺の前に現れる。1人はギルドで絡んできたモヒカンだった。もう1人は知らない背のひょろ長い男だった。
奴らは黙って俺を挟み込むように近づいてきた。
「依頼内容は吸血鬼相手だったはずだが……」
「ケッ、吸血鬼討伐? そんなもん知ったこっちゃねえよ」
モヒカンが吠えるように言った。
「世間知らずの坊ちゃんを捕まえりゃ、それで一攫千金ってわけだ」
ひょろ長い男はニヤニヤしながらナイフを背中から取り出す。
さらに、遠くからもう一つの視線を感じる——狙撃手か。
いいだろう。ここでどのくらいやれるようになったか試してやる。どのみち、こんな奴らに負けるようなら、エリザベータには到底勝てない。
「手加減はまだ覚えていないんだ。こっちの世界に来たばかりだからな」
「調子に乗ってんじゃねえぞ、貴族のクソガキが!」
モヒカンとひょろながい男が一斉に飛びかかってきた。
(本当の“戦闘”がどういうものか、教えてもらおうか)
◇
先に動いたのは——ひょろ長い男だった。
一瞬で間合いを詰め、ナイフを閃かせる。その鋭さに、俺は魔力を両足に込めて跳躍し避ける。
続けてモヒカンの剣が迫る。長刀を抜く暇がなく、鞘のまま柄で受けた。
衝撃が腕に走る。
——ばか力だけはあるな。
さらに背後から再びナイフの気配。ひょろ長い男がすぐに間合いを詰めてきた。
俺は思いきり横へ跳び退く。
同時に、スキルを発動。
「空間転移」
モヒカンの足元の地面を”転移”させると、彼は「うおっ!」と情けない声をあげて穴に落ちていった。
「スキルを使いやがったな……。このガキ、その歳でもうスキルが使えるのか!」
ひょろ長い男はそう叫び、ナイフを俺に向かって投げつけてきた。
俺は軽く体をひねって避ける。だが、ナイフは空中で軌道を変え、こちらに向かって再び飛んできた。
「……追尾スキルか」
俺は即座に、足元の石壁をスキルで”転移”させ、目の前に壁を作ってナイフを防ぐ。
ギィィン、と硬い金属音が響き、ナイフが弾かれた。
しかし、ひょろ長男は隙を突いて、俺の背後に回り込み、羽交い締めにしてきた。
「今だ、やれ!」
——その瞬間、暗闇の奥から風を切る音。
「……っ!」
咄嗟に魔力を込め、身体能力を一気に引き上げる。
ひょろ長い男の体ごと位置を変え、盾にする。
「……がはっ!」
鋭い音とともに、男の背中に矢が突き刺さった。
力が抜けた男を俺はその場に投げ捨てる。
狙撃してきた方向を即座に見極め、魔力を込め跳躍。
空中に飛んでいる間、屋根の上に目をやると、そこにはフードを被った狙撃手の姿。俺の顔を見て、驚愕の表情を浮かべている。
「逃がすか」
俺は男の足元の屋根にスキルを放つ——空間転移。
「うわっ!?」
狙撃手は驚きの声を上げながら、足元に空いた穴へ真っ逆さまに落ちていった。
◇
冒険者と言っても、この程度か。
静まり返った街路には、もう敵の気配はなかった。
夜の王都が、再び沈黙を取り戻す。
初の対人戦——手のひらの汗、鉄の匂い。鼓動が速い。
だが、それが嫌ではなかった。むしろ、その高揚感に心地よさを感じていた。
「ふう……」
息を吐き、ふと見上げると、城壁が闇にそびえていた。
「……飛び越えられるか?」
魔力を両足に集中させる。
膝に力がみなぎる。
「……いける」
地を蹴った瞬間、身体が宙を舞う。
風が髪を撫で、地面が遠ざかる。
永遠の一秒が体を包み込む。
やがて、城壁の縁に足が触れ、俺はそのまま軽く着地した。
「……はっ」
膝を軽く折り、バランスを整える。
風の音だけが耳を満たす。
眼下に広がる王都——
点在する街灯の灯り。まばらになった中心街の光。
さらに北、岩山を背にして、黒くそびえ立つ王城。
そして背後には、城壁の外に広がる漆黒の森。
夜の帳に沈んだ王都を見下ろして、俺は思わず笑い声を上げていた。
「ハハハハハ……!」
胸の奥から噴き出す、抑えきれない衝動。
「このクソッタレの世界を——ぶっ潰してやる!」
その叫びは、夜空の彼方へと消えていった。
これは、この歪んだ世界……ダークファンタジーRPG『Throne of the Abyss』への——
俺からの宣戦布告だった。
お読みいただいてありがとうございます。
評価⭐️やブックマークしていただけると大変励みになります。
よろしくお願いいたします。