第13話 王都視察
王都ロンダリア——
直径4kmほどの城壁による円環に、15万の民を呑み込む巨大な城塞都市である。
南北東西の四門をつなぐ放射状の大街路。その間を幾重にも走る同心円の区画。高い石壁が外敵を拒み、城郭都市そのものがひとつの要塞を成していた。
その中心から北寄り——上級貴族が静かに暮らす高台に、カーティス家の別邸はあった。
この界隈には、三大公爵家や王族に連なる名家の邸宅が立ち並んでいる。夜ともなれば通りは静まり、屋敷ごとに屈強な門番が控えていた。
北へ坂を登れば、王都の最奥、岩山を削って築かれた王城がそびえる。
普段は立ち入りが禁じられた封鎖区画で、さらに魔法障壁により北門は厳重に封印されている。
北門が開いたのは、かつて魔王と激突した大戦の折——それ以来、1度たりとも開かれていない。
カーティス邸を出る頃には、空は深い群青に染まっていた。
春の夜風が頬を撫で、涼やかな気配が肌をすり抜けていく。
……そういえば、この世界で夜の街に出るのは、初めてかもしれない。
異世界独特の空気の匂い。夜空に浮かぶ二つの月も、どこか幻想的に見えた。
不意に右手に目をやると、ひときわ豪奢な邸宅が目に入った。
王都三大公爵家の一つ、デミエス家の屋敷。
金箔を施した門扉、常夜灯に照らされる絢爛たる庭園。その煌びやかさは、カーティス邸すら質素に感じさせるほどだった。
この屋敷には、アーヴィンの婚約者——王都屈指の美貌を誇る令嬢がいる。
だが、RPG《Throne of the Abyss》では、彼女はやがてアーヴィンに見切りをつけ、勇者パーティへと加わることになる。
(……いずれ会うこともあるかもしれないな)
肩の剣帯を軽く直し、俺は歩き出した。
◇
中央広場を目指して、坂を下りながら南へ向かう。
道沿いの屋敷は、上級貴族から中級貴族へと、次第に規模と装飾を控えた建築へと変わっていく。
石畳を挟んだ両側に、整然と配置された街灯の魔晶灯が灯っており、ほどよい明るさと陰影をつくっていた。
中央広場は、王都の心臓ともいえる場所だ。
噴水の水音だけが響く真夜中の広場。
高級食材を揃えたレストランや、貴族専用の書斎堂、宝飾店などが並び、今の時間はほとんどの店が灯りを落としている。
だが、広場から東に延びる街路を進めば、そこには庶民向けの商店街が続いている。
昼間は人の波であふれ返る雑多な通りだが、今はひっそりと眠っている。
西に進むと王国軍の兵舎があり、その周囲には兵士と家族が暮らす住居区、そして王都の闘技場も建てられている。
中央広場から南へ進めば、一般市民が暮らす広大な住宅街が広がっていた。
夜になっても明かりの絶えない居酒屋や食堂が点在し、王都の喧騒と現実を象徴するような活気を放っている。
そして、俺はついに王都の南端、南門についた。
城壁の南端、鋼鉄の格子門がそびえる南門。
南門の近くには、冒険者ギルドが構えている。
その建物の前を通り過ぎながら、ふと足を止める。
登録すれば、魔物退治やダンジョン探索などのクエストを受けることができる場所。
だが、俺はカーティス家の当主。資金に困っているわけでもない。
俺はすぐに通り過ぎようと思ったが、ふと考えが閃いた。
——いや、これは意外と助けになるかもしれない。
うまく利用すれば、アレンやシアの脱出に成功するだけではなく、あのエリザベータにいっぱい食わせてやることもできるかもしれないぞ。
俺はその建物を、もう一度見上げた。
漆黒の屋根に赤銅の紋章が映える、頑強な石造りのギルド本部。
俺はギルド本部に入ることにした。
◇
中に入った瞬間、強烈な煙と臭気が鼻を突いた。
タバコ、酒、汗、獣肉、香水……様々な匂いが混ざり合い、空気はもはや別の何かに変質していた。
カウンターの奥には、無遠慮な声が飛び交い、テーブルごとに冒険者たちが酒と肉に舌鼓を打っている。
商売女を抱いて下品な笑いを浮かべる男、物騒な武装のまま卓を囲む若者たち。まさに混沌。
ゲームで見た風景ではあるが、現実は想像以上だった。
俺は目立たぬよう受付へと向かったが——すぐに、全員の視線を浴びてしまった。
まあ、俺の容姿は10歳の少年なので、この場所にはそぐわないのは間違いない。
「おう、このクソガキ。ここはお前の母ちゃんはいないぜ」
「ママのおっぱいが恋しいのか? おい、お前、おっぱい見せてやれよ」
「いやーよ。何すんの」
……やれやれ。
俺が無言で足を進めていると、テーブルの下から太い足がにゅっと出てきた。
「邪魔なんですけど」
俺がその汚い足の主に声をかけた。目つきの悪いモヒカンの大男で、まるで、どこかの漫画に出てくる悪役みたいなやつだった。
「ん、ああ、聞こえねえなぁ。やい、クソガキ。ここはお前みたいな奴が来るところじゃねえ」
「足を退けてもらえませんかね」
「おい、聞いたか。こいつびびっているぞ」「よしなよアンタ。まだ、子供じゃないの」
「ウルセェ。俺はガキが嫌いなんだよ、特に貴族のガキはな」
野次と冷笑が飛び交う。
俺は小さく溜息を吐き、スキルを発動。
空間転移により、そいつの椅子を別の場所へと飛ばす。
「うおっ!?」
椅子だけが瞬間的に移動したので、男は尻餅をついて盛大に転げ落ちた。
ガシャーン!
「てめぇ、何しやがる!」
「いや、酔って勝手に転んだんじゃないか?」
「舐めやがって……このガキッ!」
目の前に、モヒカンの大男が立ちはだかる。
筋骨隆々、全身が戦いのために鍛え上げられている。
あっという間に周囲は騒然となり、冒険者たちが取り囲む。
俺は長刀を握りしめた。
その時——
「そこまでです」
凛とした声が場の空気を断ち切った。
ギルドの女性職員が、護衛二人を連れて現れる。
「ギルド内での私闘は厳禁です」
冒険者たちは舌打ちしながら散っていき、モヒカンも渋々その場を離れた。
「どこから来たのかしら? 貴族様がこんなところに来てはいけないわ」
彼女は少し屈んで、優しく声をかけてくる。どうやら、見た目の格好で貴族だと分かったみたいだ。
「あなたが受付の人ですか?」
「……え? はい、そうですけど」
「依頼を出したいんだけどいいかな」
「依頼? あなたが?」
「そう。吸血鬼の討伐。成功者には、1000ゴールドを払おう」
その一言で、再びギルド内が大騒ぎとなった。
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