第12話 反撃の準備
俺は、不思議と気分が高揚しているのを感じていた。
以前の俺なら、もっと冷めていたはずだ。
攻略のために、感情に流されず最適解を追い求める。
ゲームでも、現実でも、それが俺のやり方だった。
人との関係は、なるべく波風を立てず、必要最低限にとどめる。
感情が絡めば判断は鈍る。職場でも、誰とも深く関わらないようにしていた。
——けれど、この世界で、俺はあまりに多くのものを見てしまった。
アーヴィン。アレン。シア。
そして、執事のドミニク。アーヴィンの母・イレーナ。
彼らは運命に翻弄され、理不尽に傷つき、それでも懸命に生きていた。
……もう、見て見ぬふりはできない。
知ってしまった以上、背を向けることはできなかった。
それに、カサンドラ、エリザベータ……あの女たちに対する怒りが、俺の中で、確実に膨れ上がっている。
カサンドラに勝つ術は、正直いまの俺にはない。
おそらく眷属になっているエリザベータですら、手に余る相手だ。
昔の俺なら、無理せず強敵を避けつつレベルを上げ、装備を整え、すべてが万全になってから挑んでいただろう。
けれど、それでは遅い。アレンが処刑されてしまう。
彼らを見殺しにするという選択肢は、すでに俺の中から消えていた。
——どうする?
俺は、自分自身に問いかけた。
◇
執事のドミニクを部屋に呼ぶと、俺はまず訊ねた。
「シアはどうしている?」
「先ほどお休みになられました。相当、疲れていたようです」
ドミニクは痛ましげな表情を浮かべた。
「ドミニク、お前はどう思う? シアは本当に俺を刺したと思うか?」
「……断定はできません。ただ、不可解な点がいくつかございます」
「聞かせてくれ」
「アレンと同じく、シアもアーヴィン様に強い恨みは抱いていないはずです。それなのに、気づけばナイフを手にして刺していた。しかも、当人にその記憶がない——。にわかには信じがたい話です」
「同感だ。これを見てくれ」
俺はシアが持ってきた古びた日記の1ページを開き、彼に見せた。
「これは……?」
「俺が記憶を失う前に書いた日記だ」
ドミニクは黙って読み進め、やがて目を見開いた。
「これは……本当なのですか? 奥様が……吸血鬼……」
日記には震える文字で、こう綴られていた。
✳︎✳︎✳︎
『継母が、父の首筋に牙を立てていた。そばでエリザベータが薄ら笑いを浮かべている。父は目を見開いたまま呻き声を上げていた。あれは……血を吸っていたんだ。僕は……逃げた。』
✳︎✳︎✳︎
ドミニクは呆然と宙を見つめ、かすかに手が震えていた。
「もし、これが事実なら……辺境伯領はすでに魔族に取り込まれている……。奥様が来られてから、確かに奇妙な点はありましたが……まさか……」
「エルザの正体は魔王軍幹部、7大罪のうちの1人……『色欲』のカサンドラだ」
「『色欲』の能力……まさか、人の精神を操る……?」
「その力があれば、シアを操って俺を闇に葬ることもできる」
「エリザベータも共犯、というわけですか」
「十中八九、奴はカサンドラの眷属だろう」
ドミニクは顔を青ざめさせた。
「……王国に報告すべきです。旦那様が危ない」
「すでに血を吸われて、なお生きているのなら、父はすでにカサンドラの支配下…… ヴァンパイアの眷属、ヴァンピールに成り果てているはずだ」
「ならば、なおのこと急がねば!」
「だが、辺境伯領の軍事力は王国の三分の一。『王国の盾』と称されるほどの地だ。父はすでにカサンドラの支配下だ。辺境伯を捕らえようとしたら、最悪全面戦争になる。証拠もなしに王国は動けない」
「……それでは、どうすれば?」
「時が来るまで俺たちが気づいていることを悟られないようにする。まず、アレンを助け出す。協力してくれ」
「承知しました。しかし、逃がしたことが彼らに露見すれば……」
「だからこそ、計画が要る。こうしてほしい」
俺は、アレンとシアを逃がすための策を伝えた。ドミニクは真剣な面持ちで頷いた。
「……分かりました。なんとかいたします」
「俺は作戦の準備のため、王都を視察に行く。母の遺品——あの剣を持っていくぞ」
「蔵から出しておきましょう。ただ、1人で大丈夫ですか? 今は時刻も遅く……」
「この時間がいい。それより、エリザベータは、いつアレンを処刑すると言っていた?」
「辺境伯の許可を得しだい、と。早馬で往復三日はかかるでしょう」
「……時間との勝負だな」
俺は、ドミニクから母の長刀を受け取った。
そして——夜の王都へと飛び出した。
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