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第10話 アレン捕まる

「アレン、お前……」


「違います。僕じゃありません、アーヴィン様」


アレンは身を捩りながら、必死に訴えてきた。真剣な瞳に、嘘をついているような色はない。しかし──エリザベータが連れてきたということは、彼女たちに操られていた可能性は否定できない。本人に記憶がないだけかもしれないのだ。


このままでは、アレンは確実に絞首刑にされる。


……こんな茶番に乗れるか。


「エリザベータ、お前は知らないのか。アレンにはアリバイがある。庭仕事を、庭師のリカルドと一緒にしていたはずだ」


「あら、リカルドは証言してくれたわ。いなくなって戻ってくるまで、実はずいぶん時間がかかってたって。それに、温室の中なんて草木が生い茂って、中の様子なんて誰にもわからないもの。なんとでも工作できるわ」


「違う。あの時は、別の用事で寄り道してたんだ。アーヴィン様を見つけたのは、その後で……」


「温室の中に誰がいたか誰にも分からないっていうのなら、どうしてアレンだけを疑う? お前たちは、初めから彼を犯人に仕立てるつもりだったんじゃないのか? エリザベータ、確実な証拠を出せ。騒ぎを起こしておいて、証拠なしってのは通らないぞ」


「あらあら、そんなに息巻いて。証拠はないけど──証人はいるわ。ここにね」


「証人? 誰だ」


俺は周囲を見渡した。アレンを取り囲む使用人たちは、皆一様に目を合わせないよう顔を伏せている。


「これ以上、確かな証人はいないわ」


そう言うと、エリザベータはアレンの耳元に何かを囁いた。


アレンの顔色がみるみる青ざめていく。


「どうした、アレン」


俯いていたアレンが、ゆっくりと顔を上げた。


「……僕がやりました。アーヴィン様。申し訳ありません」



到底納得できない。


アレンは確かに否定していた。真剣に、必死に。


それが、あの囁きひとつで豹変した。


自白しながらも、あいつは何かを必死に飲み込んでいた。


アレンがエリザベータに連れ去られた後、俺はドミニクと二人きりで、自室で話し合っていた。


「ドミニク。どう思う?」


「あり得ません。彼は真面目で誠実でしたし、アーヴィン様に恨みなど抱いていなかった。彼があなたを殺して得られるものなど何もありません。それに、彼には幼い妹がいます。命を賭けてまで、こんなことをするとは到底思えません」


少し考え込み、俺は言った。


「アレンに会えないか?」


「そうですね…… たぶんアレンは地下室に閉じ込められているでしょう。人を拘束できる場所はあそこしかないです」


ドミニクと俺はすぐに地下室に向かった。しかし、交渉は決裂し、面会は拒否された。


エリザベータが地下室の入り口で監視しており、誰も通すことを許さなかった。地下室への入り口は1つなので、そこを押さえられたら会うことはできない。


「情に訴えられて、脱走されては困りますからね」


エリザベータは意地の悪い表情でそう言った。


「……ここは俺の屋敷だぞ。なぜ、お前の指図を受けねばならん」


「私はエルザ様の命を受けています。辺境伯様も同意なさっています。よって、あなたには面会を許可できません」


「……クソが。自分の屋敷で、誰かに会うことすらできないとはな」


俺が舌打ちし、踵を返そうとしたその時──


「これでまた、あなたは一人ね」


背後から、エリザベータの冷たい声が聞こえた。


「……なんだと?」


「せいぜい親しくなった人間が、一人、また一人と死んでいくのを見届けるのね。何もできないまま、ただ見ていればいいわ」


——俺と親しくなった人間を、こうやって排除して行くつもりか……


言い返す言葉も思いつかず、俺は、黙ってその場を立ち去った。



何にせよ、直接会うしかない。


あれだけ警戒しているということは、エリザベータはアレンには“誰かに会わせたくない理由”でも抱えているのかもしれない。


深夜になるのを待ち、俺は地下室の位置を確認したうえで、ちょうどその真上にある一階の応接間に入った。


この時間なら、使用人たちが来ることはない。


俺はテーブルを脇に寄せ、敷かれていた絨毯をめくった。


「——空間転移ディメンショナル・フォールド


スキルを唱えると、床の一部がまるで蓋のように外れた。


空いた穴の下——地下室の床に、アレンが横たわっていた。


「アレン、聞こえるか」


声を抑えて呼びかけると、アレンがビクリと身体を震わせ、こちらを見た。その顔には、驚きと困惑が浮かんでいる。


俺は気にせず穴から飛び降りた。


「本当に、お前が俺を刺したのか?」


アレンは顔を歪め、何かを言いたげにしながらも、黙っている。


「誰かに操られていたんじゃないのか? それとも、脅されてるのか?」


アレンの顔が一瞬、強張った。


「本当のことを言ってくれ。俺の力は大したことないが、逃がしてやるくらいはできる。逃走資金も用意する。妹さんと一緒に、王都を出て逃げたらどうだ」


沈黙。しばらくの後、アレンは小さく首を振った。


「誰かが……責任を取らないといけないんです。アーヴィン様には、ご迷惑をおかけしました。どうか、この場はお引き取りください」


「なぜだ、どうして……」


「……やっぱり。本当に覚えてないんですね、この一年のことを」


「ああ」


「……僕は、あなたを誤解していました。


ただの貴族の坊ちゃんで、わがままで傲慢で、それでいて寂しがり屋。正直、最初は距離を取っていたんです。けれど、違った。あなたは——本当に、いい方だった」


「そんなことはどうでもいい。今すぐ逃げよう。妹さんはどこにいる?」


アレンは躊躇した後、震える手でポケットから一枚の紙を取り出し、何かを走り書きした。紙はくしゃくしゃで、握り締めた跡が残っている。


「妹のことを……どうか、お願いします。この住所にいます。あの子だけは、守ってやりたいんです」


「……お前、本当にいいのか?」


「これで……すべてに決着がつくのなら、後悔はありません」



俺は天井の穴を元に戻し、部屋を後にした。


胸の奥に、釈然としない思いが残っていた。


だが、アレンの意思を変えることはできそうになかった。


たとえ自分の意志でやっていなかったとしても、責任は自分が取る——彼はそう決めているようだった。


アレンは何かを隠している。そして、このままでは、処刑される。


王都には裁判所があるにはあるが、庶民同士の争いを裁くもので、貴族の内情に口を挟める場所ではない。


貴族の不祥事は、貴族の判断で処分される。


つまり、エルザの裁量でアレンは確実に殺される。


……何か、手を考えなくては。


そんなことを思いながら、いつの間にか眠ってしまっていた。



「アーヴィン様。お客様がお見えです」


早朝。執事ドミニクの声で目が覚めた。


「誰だ?」


「アレンの妹、シアです」


「……なんだって?」


俺は跳ね起き、急いで身支度を整えた。


少し待たせたあと、彼女を部屋に通した。


扉が小さな音を立てて開いた。


「失礼します」


その声は、鈴の音のように透き通っていた。


現れたのは、まだ幼さの残る少女だった。


栗色の髪は肩にかかるほどの長さで、柔らかな光を帯びて揺れている。瞳は、不思議な薄紫。年齢に似合わぬ静けさを湛えていた。


藍色のワンピースはほつれを丁寧に繕われており、白い襟元には細いリボンが結ばれている。裕福ではないが、その身なりにはどこか慎ましい品格が漂っていた。


少女は一礼すると、静かに部屋を見渡し、俺と目を合わせて、小さく微笑んだ。


その所作は、十歳の少女とは思えぬほど節度と落ち着きに満ちていた。


「お久しぶりです、アーヴィン様」


「……え?」


会ったことがあるのか、アーヴィンは。俺は一瞬混乱した。


シアは、ほんの一瞬だけ悲しげな顔を見せた。だがすぐに、それを笑顔で包み隠した。


「兄からお話は聞いています。記憶喪失だそうですね……大丈夫です」


「そうか。すまない」


「いえ、謝らねばならないのはこの私です。大変申し訳ありませんでした。どんなに謝っても許してはもらえないかも知れません。どのような罰も受けます。ですから……」


「いったい、どうしたんだ。少し落ち着いて話をしてみてはどうだ」


俺は彼女を宥めながら、ドミニクにコップ一杯の水を持ってきてもらって、それを飲んでもらった。


飲み終えると彼女は少し落ち着きを取り戻した様子で、話を始めた。


「アーヴィン様に、お伝えしなければならないことがあります」


シアはゴクリと唾を飲み込んだ後、かすかに震える声で続けた。




「……アーヴィン様を刺したのは、この私なのです」





お読みいただいてありがとうございます。


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