第8話:特級Cランクと『測定不能』の二つ名
静まり返った訓練場。全ての視線が俺に突き刺さる中、ギルドマスターが震える声で問いかけた。
「き、君は……一体、何者なんだ…?」
俺は内心で「しまったな」と舌を出しつつ、表面上はあくまで平静を装った。肩をすくめ、できるだけ無害そうに見えるように答える。
「見ての通り、ただの冒険者だ。カードを失くしたから、再登録に来ただけなんだが……少し、力を入れすぎたみたいだ。水晶の弁償はする」
「べ、弁償などいい!」
ギルドマスター――恰幅のいいドワーフの老人、マードックは、俺の言葉を遮るように手を振った。その目は、年季の入った商人が極上の宝石を見つけた時のように、爛々と輝いている。
「話がある。すまんが、執務室まで来てくれんか。おい、お前たち! 見世物じゃないぞ、さっさと持ち場に戻れ!」
マードックは周囲の野次馬たちを一喝すると、俺を手招きしてギルドの奥へと案内した。
残された冒険者たちが「おい、ギルマス直々に呼ばれたぞ…」「一体何が始まるんだ…」と、興奮した様子で囁き合っているのが背後から聞こえてきた。
重厚な扉の執務室で、マードックは革張りの椅子にどっかりと腰を下ろし、俺に向き直った。
「さて……単刀直入に言おう。君、本当は何者だ? どこの国の騎士団長か? それとも、どこぞの塔に篭っていた賢者か? 君ほどの男が、ただの『冒険者』であるはずがない」
「だから、ただの冒険者だと…」
「嘘をつけ。わしのこの目は誤魔化せんぞ」
マードックがそう言うと、彼の瞳が淡い光を帯びた。ドワーフ族の中でも希少な、相手の実力や物の価値を見抜く鑑定眼――『真贋の瞳』だ。彼は俺の規格外のステータスを、その輪郭だけでも捉えているに違いない。
観念した俺が黙り込むと、マードックは満足げに頷いた。
「君ほどの逸材を、ルール通りFランクから始めさせるなど、ギルドの損失でしかない。特例だ。Aランクの冒険者として登録しよう。いや、君の実力ならSランクの推薦状を書いてもいい」
「いや、それは断る」
俺は即答した。
Aランク? Sランク? そんなものになれば、目立って仕方がない。俺が望むのは、平穏に、しかし自由に生きることだ。面倒な貴族の依頼や、国家間のいざこざに巻き込まれるのはごめんだった。
「俺は、Cランクでいい」
「……は?」
今度はマードックが呆気に取られる番だった。
「し、Cランクだと!? 正気か、君! 君の力なら、古竜さえ一人で狩れるかもしれんのだぞ!」
「だから、目立ちたくないんだ。静かに暮らしたい。Cランクなら、厄介な依頼も回ってこないだろ?」
俺の真意を測りかねるように、マードックはドワーフ髭をしごきながら唸っていたが、やがて何かを決心したように顔を上げた。
「……面白い! よかろう、君の好きにしろ。ただし、条件がある」
「条件?」
「ランクはC。だが、ギルド内での扱いは『特級冒険者』として登録させてもらう。これは、君の安全を守るためでもある。そして、ギルドが君にふさわしいと判断した依頼を、直接斡旋する権利をギルドが持つ。これならどうだ?」
つまり、普段はCランクとして自由に活動できるが、いざという時にはギルドが頼ってくる、というわけか。悪くない妥協案だ。
「わかった。それで頼む」
こうして俺は、前代未聞の『特級Cランク冒険者』として、ギルドに再登録されることになった。
話し合いを終え、再びギルドのホールに戻ると、空気が一変していた。
あれほど騒がしかった酒場が静まり返り、誰もが俺の顔を盗み見ている。先ほどの嘲笑の色はどこにもなく、そこにあるのは畏怖と、抑えきれない好奇心。
「おい、あいつが『測定不能』の…」
「ギルマスと一時間も何を話してたんだ…?」
「指一本で水晶を壊したってのは本当らしいぞ…」
かつて俺を馬鹿にしていた冒険者の一人と、ふと目が合った。
彼は、ビクッと雷に打たれたように肩を震わせると、慌ててビールジョッキに顔を隠した。その滑稽な様子に、俺は思わず口元が緩むのを感じた。
受付で真新しいCランクのギルドカードを受け取ると、俺は騒然とするギルドを後にした。
さて、ランクの問題は片付いた。
「力は手に入れたが、さすがにいつも素手というわけにもいかないか。次は、まともな武器が欲しいな」
俺は、街の噂を思い出す。
このアークライトには、国一番と名高い腕利きだが、人間嫌いで有名な偏屈な鍛冶師がいるという。
「面白そうだ。行ってみるか」
新たな目的を見つけ、俺は鍛冶師たちが集まる職人街へと足を向けた。
その背中を、ギルドの窓からマードックが見送っていることにも、『測定不能』という二つ名が、瞬く間に街中の冒険者に広まっていくことにも、まだ俺は気づいていなかった。