表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/30

第8話:特級Cランクと『測定不能』の二つ名

静まり返った訓練場。全ての視線が俺に突き刺さる中、ギルドマスターが震える声で問いかけた。

「き、君は……一体、何者なんだ…?」


俺は内心で「しまったな」と舌を出しつつ、表面上はあくまで平静を装った。肩をすくめ、できるだけ無害そうに見えるように答える。


「見ての通り、ただの冒険者だ。カードを失くしたから、再登録に来ただけなんだが……少し、力を入れすぎたみたいだ。水晶の弁償はする」

「べ、弁償などいい!」


ギルドマスター――恰幅のいいドワーフの老人、マードックは、俺の言葉を遮るように手を振った。その目は、年季の入った商人が極上の宝石を見つけた時のように、爛々と輝いている。


「話がある。すまんが、執務室まで来てくれんか。おい、お前たち! 見世物じゃないぞ、さっさと持ち場に戻れ!」


マードックは周囲の野次馬たちを一喝すると、俺を手招きしてギルドの奥へと案内した。

残された冒険者たちが「おい、ギルマス直々に呼ばれたぞ…」「一体何が始まるんだ…」と、興奮した様子で囁き合っているのが背後から聞こえてきた。


重厚な扉の執務室で、マードックは革張りの椅子にどっかりと腰を下ろし、俺に向き直った。


「さて……単刀直入に言おう。君、本当は何者だ? どこの国の騎士団長か? それとも、どこぞの塔に篭っていた賢者か? 君ほどの男が、ただの『冒険者』であるはずがない」

「だから、ただの冒険者だと…」

「嘘をつけ。わしのこの・・は誤魔化せんぞ」


マードックがそう言うと、彼の瞳が淡い光を帯びた。ドワーフ族の中でも希少な、相手の実力や物の価値を見抜く鑑定眼――『真贋の瞳』だ。彼は俺の規格外のステータスを、その輪郭だけでも捉えているに違いない。


観念した俺が黙り込むと、マードックは満足げに頷いた。


「君ほどの逸材を、ルール通りFランクから始めさせるなど、ギルドの損失でしかない。特例だ。Aランクの冒険者として登録しよう。いや、君の実力ならSランクの推薦状を書いてもいい」

「いや、それは断る」


俺は即答した。

Aランク? Sランク? そんなものになれば、目立って仕方がない。俺が望むのは、平穏に、しかし自由に生きることだ。面倒な貴族の依頼や、国家間のいざこざに巻き込まれるのはごめんだった。


「俺は、Cランクでいい」

「……は?」


今度はマードックが呆気に取られる番だった。

「し、Cランクだと!? 正気か、君! 君の力なら、古竜エンシェントドラゴンさえ一人で狩れるかもしれんのだぞ!」

「だから、目立ちたくないんだ。静かに暮らしたい。Cランクなら、厄介な依頼も回ってこないだろ?」


俺の真意を測りかねるように、マードックはドワーフ髭をしごきながら唸っていたが、やがて何かを決心したように顔を上げた。


「……面白い! よかろう、君の好きにしろ。ただし、条件がある」

「条件?」

「ランクはC。だが、ギルド内での扱いは『特級冒険者』として登録させてもらう。これは、君の安全を守るためでもある。そして、ギルドが君にふさわしいと判断した依頼を、直接斡旋する権利をギルドが持つ。これならどうだ?」


つまり、普段はCランクとして自由に活動できるが、いざという時にはギルドが頼ってくる、というわけか。悪くない妥協案だ。


「わかった。それで頼む」


こうして俺は、前代未聞の『特級Cランク冒険者』として、ギルドに再登録されることになった。


話し合いを終え、再びギルドのホールに戻ると、空気が一変していた。

あれほど騒がしかった酒場が静まり返り、誰もが俺の顔を盗み見ている。先ほどの嘲笑の色はどこにもなく、そこにあるのは畏怖と、抑えきれない好奇心。


「おい、あいつが『測定不能エラー』の…」

「ギルマスと一時間も何を話してたんだ…?」

「指一本で水晶を壊したってのは本当らしいぞ…」


かつて俺を馬鹿にしていた冒険者の一人と、ふと目が合った。

彼は、ビクッと雷に打たれたように肩を震わせると、慌ててビールジョッキに顔を隠した。その滑稽な様子に、俺は思わず口元が緩むのを感じた。


受付で真新しいCランクのギルドカードを受け取ると、俺は騒然とするギルドを後にした。


さて、ランクの問題は片付いた。

「力は手に入れたが、さすがにいつも素手というわけにもいかないか。次は、まともな武器が欲しいな」


俺は、街の噂を思い出す。

このアークライトには、国一番と名高い腕利きだが、人間嫌いで有名な偏屈な鍛冶師がいるという。


「面白そうだ。行ってみるか」


新たな目的を見つけ、俺は鍛冶師たちが集まる職人街へと足を向けた。

その背中を、ギルドの窓からマードックが見送っていることにも、『測定不能』という二つ名が、瞬く間に街中の冒険者に広まっていくことにも、まだ俺は気づいていなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ