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第7話:測定不能の新人、ギルドを震撼させる

冒険者ギルドの重厚な樫の扉を、俺はゆっくりと押し開けた。

途端に、むわりとした熱気と共に、酒と汗、そして微かな血の匂いが混じり合った、懐かしい喧騒が俺を包み込む。


酒場でバカ騒ぎする者、依頼ボードの前で仲間と唸る者、武具の手入れに余念がない者。5年間、俺がその隅で息を潜めていた光景が、そこにはあった。

何人かの冒険者が、新顔である俺に値踏みするような視線を向ける。その中には、かつて俺を「深紅の爪の寄生虫」と嘲笑った顔もあった。


以前の俺なら、その視線に耐えきれず、萎縮していただろう。

だが、今の俺には、彼らの視線など春のそよ風ほどにも感じなかった。むしろ、その誰もがひどく弱く、ちっぽけに見える。


俺は、そんな視線を意にも介さず、まっすぐに受付カウンターへと向かった。

対応してくれたのは、そばかすが印象的な、人の良さそうな若い女性職員だった。


「ご、ご用件はなんでしょうか?」

「冒険者の再登録をしたい。カードを失くしてしまった」

俺がそう簡潔に告げると、彼女は「わかりました」と頷き、手続きを進めようとして、ふと俺の顔を見て動きを止めた。

「……あれ? どこかでお会いしましたっけ…?」

「さあな。気のせいじゃないか」


俺は素っ気なく返す。Dランク時代の俺を知っているのかもしれないが、今それを掘り返されるのは面倒だ。彼女もそれ以上は追及せず、マニュアル通りに説明を続けた。


「再登録の場合でも、改めて実力測定をさせていただいております。訓練場へどうぞ」


案内された先は、ギルドの裏手にあるだだっ広い訓練場だった。

中央には、人の背丈ほどもある巨大な黒水晶――魔力を込めて攻撃することで、その威力を数値化する『測定水晶』が鎮座している。


俺が訓練場に入ると、暇を持て余していた冒険者たちが「お、新人の実力見物か?」と、ぞろぞろと集まってきた。


「おいおい、あの兄ちゃん、ずいぶん落ち着いてるじゃねえか」

「どうせ見かけ倒しだろ。Fランクからやり直しが関の山だぜ、ひゃはは!」


下品な嘲笑が飛び交う。その声に、俺はただ静かに微笑んだ。

やがて、測定官らしき、熊のように大柄で顔に傷のあるベテラン冒険者がやってきた。


「俺が測定官のボルグだ。新入りか。ルールは一つ、手加減はするな。全力で水晶をぶん殴れ。それでてめぇのランクが決まる」


ぶっきらぼうだが、実直そうな男だ。俺は「わかった」と短く返事をした。

ボルグは少し意外そうな顔をしたが、すぐに「威勢がいいな。じゃあ、始めろ」と告げた。


俺は、騒がしい野次馬たちを背に、ゆっくりと水晶の前に立つ。

全力、か。

そんなことをすれば、この水晶どころか、ギルドごと跡形もなく消し飛んでしまうだろう。


(加減が難しいな……)


Dランク冒管者の平均的な筋力は20前後だったか。今の俺のステータスはその数千倍。

力を極限まで抑え込まなければならない。

拳で殴るのは危険すぎる。指一本、それも軽く触れるくらいでいいだろう。


俺は、周囲の失笑を浴びながら、まるでやる気なさげに人差し指を一本、すっと立てた。


「おい、何してんだあいつ?」

「指で突く気か? 赤ん坊の遊びじゃねえんだぞ!」


嘲笑が最高潮に達する中、俺は静かに息を吐き、その指先で、水晶の表面を「ツン」と、本当に軽く、突いた。


――その瞬間。


世界から、音が消えた。


次の刹那、測定水晶が、今まで誰も見たことのない、太陽を直視したかのような凄まじい閃光を放った。

訓練場全体が真昼のように照らし出され、冒険者たちはあまりの眩しさに目を覆う。


『ギィイイイイイインッ!!』


耳をつんざくような、けたたましい警告音がギルド中に鳴り響く。

そして、閃光の中心にある水晶には、真っ赤な文字が激しく明滅していた。


【測定不能 - ERROR: OVER CAPACITY】

【測定不能 - ERROR: OVER CAPACITY】


そして、極めつけに。


ピシッ……!


黒水晶の硬質な表面に、一本の亀裂が走った。

高ランク冒険者の全力の一撃にもびくともしないはずの、特級品の測定水晶が、たった指一本の接触で、壊れた。


警告音が鳴りやむと、訓練場は水を打ったように静まり返っていた。

失笑していた冒険者たちは、口をあんぐりと開けたまま、石像のように固まっている。測定官のボルグも、その傷だらけの顔から血の気を失い、わなわなと震えていた。


「な……なんだ、今のは…?」

「水晶が……壊れた…?」


バタバタと慌ただしい足音が響き、ギルドの奥から、恰幅のいい初老の男性――このギルドのマスターが、血相を変えて飛び出してきた。


「何事だ! この警報は…!?」


ギルドマスターは、ヒビの入った水晶と、その前に涼しい顔で立つ俺を交互に見比べ、ゴクリと唾を飲み込んだ。

ギルド中の視線が、ただ一人、俺に突き刺さる。


俺は内心で、「うーん、やっぱり加減を間違えたか。次はもっと弱くしないとな」などと呑気な反省をしていた。


騒然とするギルドの中心で、ギルドマスターが、震える声で俺に問いかけた。


「き、君は……一体、何者なんだ…?」

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