第5話:規格外のステータスと、ゴブリンをデコピンで葬る力
どれほどの時間が経ったのだろうか。
全身を包んでいた眩い光の奔流が、まるで幻だったかのようにすっと収まった時、森には再び静寂が戻っていた。
俺は、ゆっくりと目を開ける。
世界が、違って見えた。
闇夜の中でも、木々の葉脈一本一本までくっきりと見える視力。
遠くで流れる小川のせせらぎや、虫の羽音まで拾う聴力。
そして何より、身体の奥底から尽きることなく湧き上がってくる、全能感にも似た凄まじい力。
「……これが、今の俺…?」
恐る恐る、再び目の前にステータスウィンドウを呼び出す。
そこに表示された数値を見て、俺は今度こそ完全に言葉を失った。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
名前: アルト
称号: 【努力家】【不屈の魂】【限界突破者】
レベル: 99,999
HP: 3,456,789 / 3,456,789
MP: 2,890,123 / 2,890,123
筋力: 123,456
体力: 156,789
敏捷: 119,876
魔力: 98,765
器用: 101,234
スキル:
【無限成長】
【身体強化(極)】
【魔力操作(極)】
【五感鋭敏(極)】
【アイテム収納(大)】
【鑑定(真)】
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
レベル、99,999。
聞いたこともない。高ランクの冒険者でも、レベル100に到達すれば英雄と呼ばれる世界だ。
他のステータスに至っては、もはや現実味がなさすぎて笑えてくる。ガレスの自慢の筋力が、確か200にも満たなかったはずだ。俺の数値は、その何百倍だ?
スキルも、かつての見る影もなかった【アイテム収納】や【鑑定】が、それぞれ(大)と(真)というとんでもないレベルに進化している。
「……信じられない…」
自分の力がどれほどのものか、確かめてみたくなった。
俺は、足元に転がっていた頭ほどの大きさの石を拾い上げる。そして、ほんの少しだけ、指先に力を込めてみた。
――フシュッ…
石は、音もなく砂になった。
指の間から、さらさらと零れ落ちていく。まるで、乾いた土を握りつぶしたかのように。
「……まじか」
次は、すぐそばに生えていた大木。直径が1メートルはありそうな、立派な樫の木だ。
俺は、その幹に人差し指の先で、軽く「トン」と触れてみた。
次の瞬間、轟音と共に、樫の木は根元から先端までが一瞬にして木屑と化し、 爆散した。
衝撃波が周囲の木々をざわめかせ、地面がわずかに揺れる。
「……………」
やりすぎた。
自分の想像を遥かに超えた力に、俺自身がドン引きする。
もはや、これは人間の力ではない。歩く災害、戦略級の魔物と言っても過言ではなかった。
と、その時。
ガサガサと茂みを揺らし、数体の影が姿を現した。
緑色の醜い肌、ぎらつく目、手には粗末な棍棒。ゴブリンだ。
以前の俺なら、3体もいれば命がけで逃げるしかなかった相手。
ゴブリンたちは、目の前に立つ俺(と、先ほどまで木だったものの残骸)を見つけ、ニヤリと汚い歯を見せて笑った。下着同然の格好の俺を、格好の獲物だと思ったのだろう。
「ギギッ、ギギャ!」
一斉に襲いかかってくるゴブリンたち。その動きが、今の俺にはひどくゆっくりと見えた。
俺は、武器も持たず、構えもせず、ただ静かにそれを見据える。
そして、一番先頭を走ってきたゴブリンの額に向かって、人差し指を伸ばした。
デコピンでもするかのような、ごく軽い、ふざけたような動作で。
――コツン。
指先が、ゴブリンの額に触れた。ただ、それだけ。
直後、ゴブリンの身体は「く」の字に折れ曲がり、ソニックブームを思わせる衝撃波を発生させながら、砲弾のような勢いで後方へ吹き飛んだ。
背後にあった木々を数本、ドミノ倒しのようにへし折りながら、森の闇の奥へと消えていく。おそらく、原形は留めていないだろう。
「「……ギ…?」」
残された2体のゴブリンは、目の前で起きたことが理解できず、動きを止めて固まっていた。
そして、ゆっくりと俺に視線を向けると、その目に恐怖と絶望の色が浮かぶ。
「ギ……ギィイイイイイイッ!?」
悲鳴を上げて逃げ出そうとするが、もう遅い。
俺は一瞬でその背後に回り込み、2体の首筋をそれぞれ指先で軽く突いた。
「ギ……」
ゴブリンたちは、声もなくその場に崩れ落ち、動かなくなる。
《ゴブリンを討伐。経験値を10獲得しました》
《ゴブリンを討伐。経験値を10獲得しました》
脳内に響く無機質な声を聞きながら、俺は自分の指先を見つめた。
たったこれだけのことで、強くなれる。
そして、今の俺は、もう誰にも虐げられることのない、圧倒的な力を持っている。
「……ははっ」
笑いが込み上げてきた。
「はははっ、はははははははははは!」
5年ぶりに、心の底から笑った。
理不尽に耐え続けた日々の終わり。そして、新しい人生の始まりだ。
俺は、泥だらけでボロボロになった服を脱ぎ捨てた。もう、こんな惨めな俺の象徴は必要ない。
まずやるべきことは決まっている。
「まともな服と、温かい飯。それから……この力をどう使うか、だな」
夜の森を、俺は街に向かって歩き出す。
その足取りは、以前とは比べ物にならないほど軽く、力強く、そして何より、その顔には絶望の色など微塵もない、自信に満ちた不敵な笑みが浮かんでいた。