第4話:ユニークスキル【無限成長】、そのとんでもない効果とは
目の前に浮かぶ半透明のウィンドウ。
死の間際に見る夢か、あるいは幻か。俺は泥だらけの手で、力いっぱい自分の頬をつねった。
「いっ…つぅ!」
鈍い痛みが、これが紛れもない現実であることを告げていた。
俺はもう一度、信じられない思いで目の前の光の板――ステータスウィンドウに視線を戻す。
HPは1、MPも1。まさに風前の灯火。
だが、経験値の項目は、どう見ても異常だった。レベルアップに必要な「10」という数値に対して、蓄積されているのは、その百万倍近い途方もない数字。
そして、スキル欄に輝く【無限成長】の文字。
俺は、震える意識をそのスキル名に集中させた。祈るような気持ちで。
すると、ウィンドウの表示が切り替わり、スキルの詳細説明が目の前に現れた。
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【無限成長】 - ユニークスキル
効果①: あらゆる行動が経験値に変換され、ステータスやスキルレベルが際限なく上昇します。
効果②: レベルアップに必要な経験値は、いかなるレベルにおいても増加しません。
効果③: 獲得経験値は、行動の負荷や難易度に比例して増加します。 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
「……あらゆる、行動が…経験値に…?」
言葉の意味を、ゆっくりと反芻する。
レベルアップに必要な経験値が増えない? 行動の負荷に応じて経験値が増える?
――だとしたら。
俺の脳裏に、この5年間の地獄のような日々が駆け巡った。
他の冒険者の何倍も重い荷物を背負い、来る日も来る日も歩き続けた日々。
強敵の囮にされ、死の恐怖と戦いながら逃げ惑った日々。
罠を警戒し、五感を極限まですり減らした日々。
武具の手入れで、来る日も来る日もタコができるほど手を動かした日々。
無駄だと思っていた。
搾取されるだけの、意味のない時間だと思っていた。
だが、もしこのスキルが本物なら――?
「あの5年間が……全部、この経験値になったっていうのか…?」
だとしたら、それはもはや地獄ではない。
世界で俺だけが行うことができた、最高の『レベル上げ』だったということになる。
絶望が、稲妻に打たれたような衝撃と共に、希望へと反転した。
身体の奥底から、熱い何かが込み上げてくる。
「……う、ぉぉ…」
俺は、震える腕に力を込めた。
生きるために。この奇跡を確かめるために。
泥水の中から、ただ身体を起こす。それだけの、単純な動作。
その瞬間だった。
《経験値を1獲得しました》
脳内に響く、あの無機質な声。
そして、ステータスウィンドウの経験値が 9,999,999 から 10,000,000 になったかと思うと、続けざまに高らかなファンファーレのような音が鳴り響いた。
《レベルが2に上がりました!》
ズクン、と身体の中心が熱くなる。
次の瞬間、信じられないことが起きた。
温かい光が俺の全身を包み込み、あれほど苦しめられていた寒さや空腹、疲労感が、まるで嘘のように消え去っていく。HPとMPが、瞬時に全快したのだ。
「すげぇ……力が、みなぎってくる…!」
だが、驚きはそれで終わりではなかった。
ファンファーレは、鳴りやまない。
《レベルが3に上がりました!》
《レベルが4に上がりました!》
《レベルが5に上がりました!》
ステータスウィンドウのレベル表示が、凄まじい勢いで上昇していく。
それもそのはずだ。俺の蓄積経験値は、1レベル上げるのに必要な量の、実に百万倍。
レベルアップに必要な経験値が「10」で固定されているため、俺は今、百万回近いレベルアップの権利を一度に手に入れたのだ!
「うわっ、うわわわわっ!?」
《レベルが10に到達。称号【努力家】を獲得しました》
《レベルが50に到達。称号【不屈の魂】を獲得しました》
《レベルが100に到達。スキル【身体強化】を獲得しました》
もはや、何が起きているのか理解が追いつかない。
俺の身体は眩い光の奔流に包まれ、内側から細胞の一つ一つが作り変えられていくような、熱く、そして心地よい感覚に満たされる。
雨はいつの間にか止み、雲の切れ間から差し込んだ月光が、光の柱と化した俺を照らし出していた。
「俺の身体に……一体、何が起きてるんだ……っ!?」
森の獣たちが、ありえない光景に恐れをなして遠ざかっていく。
レベル表示のカウンターは、まだ止まる気配を見せない。
5年間の絶望が、今、百万回の祝福となって俺に降り注ぐ。
万年Dランクと蔑まれた冒険者の、誰も見たことのない伝説が、今この瞬間、静かな森の奥で産声を上げたのだった。