#4 魔法、或いは世界の理
一ヶ月以上も間の空いた投稿になってしまいすみません。設定をかなり練ったので、これから更新速度をあげたいところ
──眩しい。扉を開けた雫さんに続き、外に出た僕が一番最初に思ったことが、それだった。どこまでも蒼く澄んでいる空、肌を撫でる爽やかな風。そして、太陽。人工照明とは違う、唯一無二の光が僕達を照らしている。「僕」が外に出るのはこれが初めてのことで、そんな当たり前ながら美しい風景に目を奪われていた。
「どうしたの──あぁ、そっか。よく考えてみれば、星夜くんは目が覚めてからずっと家の中にいたもんね」
そんな僕の状況を理解してか、雫さんは僕の隣に並んで立ち、言う。
「あたしね、この風景が好きなんだ。なんてことない、平和な日常……」
その雫さんの顔はとても誇らしげで、嬉しげで。
「だからあたしは、この日常を守りたい。勿論、君の事も一緒に」
首飾りを握り、自らの決意を再確認するように。
「……じゃあ、そろそろ行きましょう。雫さんの好きな風景を、僕にも見せて欲しいです」
雫さんが言った言葉──お世辞のようなものかもしれないけど、それでも僕を見てくれているということが嬉しくて、そして、少し……いや、かなり恥ずかしかった。きっと、僕の顔は夕焼けよりも紅く染まっていることだろう。そんな顔を雫さん見られるのは精神的に良くない。そう思って、僕は雫さんに背を向けて、ゆっくり歩き出した。
「そうだね。行こっか」
あまりにも不自然な行動に、察したのだろうか。雫さんが優しい声色でそう言ったあと、僕のものともうひとつ、足跡が聞こえる。それはだんだんと僕に近付いてきて、そして。僕の隣を、同じ歩幅で、雫さんが歩いている。
☆
「そういえば、聞きたいことがあるんでした」
郷を巡る道すがら、僕は雫さんに話しかける。
「ん、どうしたの?」
「シャワーについてなんですけど、使い方がよく分からなくて……」
あのときは何とかなったけれど、結局使い方はわからないままだ。
「……」
「そうだよね。あたし達からしたら当たり前のことでも、星夜くんは初めて見る技術だもんね」
雫さんは、はっとしたような表情で、僕のほうを向いた。
「昨日、魔想機構については話したよね。あれがそう。魔想機構は、今じゃ至る所にあって、これだって魔想機構なんだ」
そう言う雫さんの手には、雫さんがいつも着けている首飾り。そして──
どこからともなく、拳大の水球が現れた。
「……!?」
驚いた。こんなの、まるで──……
「魔法みたいだ、って思ったでしょ。だから、魔想機構」
「あたしも仕組みは理解してないけど、使い方はとても単純。想像する。それが、魔想機構を起動するためのトリガーになるんだ」
そう言われて、僕は思い出した。あのとき、どうやって水を出すのかを考えていた。だから、水が出た。なるほど──確かに単純だ。
「この世で起きる全ての現象は、魔想機構で再現出来る──らしいよ」
「勿論、制限はあるけどね。普通の魔想機構じゃ再現率は低いし、できることも少ない」
雫さんのその言葉は、[普通]じゃない魔想機構があるということを示しているように思えた。
「普通の魔想機構は、広く普及している家庭用の魔想機構の事を言うんだけど……あたしのは特別性。戦闘用に調整された魔想機構なんだ」
戦闘用。そんな物が存在するということは──。
どうやら、この世界は僕が思っていたよりハードなのかもしれない。
「さ、シリアスな話はこれでおしまい!着いてきて。郷は広いからね!」
確かに、こんな話は今するべきことではない。そう思い直して、僕は一旦、この話題を忘れることにした。
☆
少し歩いて、僕たちがたどり着いたのは活気に満ちた商店街。様々な店が並び、人々が行き交っている。
「ここが今日の目的地……月見商店街だよ!」
月見郷は山に囲まれた集落というから、もっと規模が小さいものだと思っていたけれど……
「どうかな?君が思っていたより郷は大きかったんじゃない?」
「ええ。実際に歩いてみると、意外と違うものですね」
「でしょ?」
商店街を歩き、見回しながらながら、雫さんと会話する。すると、色々とわかることがあった。例えば──
「人が多いですね。気を抜くとはぐれてしまいそうです」
そう。この郷は山奥の、所謂都市とは遠く離れた場所に位置するはずだ。それに、都市と交流があるとも聞いたことはない。
「今は星神祭の直前だからね。一年の中でも特に活気がある時期なんだ」
そうか、その理由もあるのか……でも。
「いえ、僕が言いたかったのは……」
「人口の話?そうだね……確か、千人くらいはいたかな?なんでそんなに、って思うでしょ。この郷の人間は──特に大人は、戦争孤児だった人が多いんだ」
「……」
雫さんは、あっけらかんと。そう言った。僕は、何も言えなかった。
「そんなに深刻な顔をしないでよ。今は平和だから、大丈夫だって。あたしも戦闘用魔想機構なんて持ってるけど、実際に戦ったことなんてないからさ」
雫さんはそう言うけれど、僕は嫌でも思ってしまう。なるべく考えないようにしていたけれど、この世界にはやはり、闇が巣食っているのだろうと。なにせ、人類は魔想機構なんて手に入れたのだ。それが与えるのは、決して光だけでは無いはずだ。だって──発展の歴史とは同時に、争いの歴史でもあるのだろうから。
☆
「あ、あそこの店に入ろうよ」
さっきの話など無かったかのように、雫さんは商店街のある店へ僕を連れていった。
「ここは……?」
「服屋だよ。ちゃんとした服を何着か買おうと思って」
そう言って、雫さんは店内にある服を選び始めた。正直、僕はお洒落なんて分からないからその方が助かる。
「ねえ、これなんていいんじゃない?」
しばらくして、雫さんはいくつかの洋服を手に持って僕の前に現れた。
「そうですね。ありがとうございます」
特段変な服という訳でもないし、僕は服なんて着れればいいと思っている人間なので、断る理由もない。雫さんに礼を言って、会計に向かう。
「おばさん、会計お願い!」
雫さんはそう言って、手に持っている服を店主らしき四十代くらいの女性に手渡した。
「雫ちゃん、久しぶりだねぇ。ん……?」
その女性は、僕を見て、表情を変えた。子供時代の褪せた記憶を思い返す、そんな哀愁を纏った表情。そして、彼女が口を開いた。
「やっぱり、いつまで経っても変わらないね」
彼女が言った言葉は、やけにはっきりと僕の耳に残った。だけど、その言葉の意味を僕が理解することは出来なかった。
「それは……どういう意味ですか?」
思わず聞き返す──おそらく、はっきりとした答えは得られないだろうけれど、それでも。
「気にしないでおくれ。ただの、独り言だから」
予想通り、彼女ははぐらかした。先程の表情から、店主が客に見せる、取り繕うような──所謂営業スマイルを顔に貼り付けて。
……彼女のあの言葉が、僕に関係あることなのか、僕にはわからなかった。
☆
「少しは楽しめたかな?二人とも」
商店街を出て、僕たちはこの郷の中でいちばん大きい建物、つまりは郷長である星奈さんの家に向かった。そして、星奈さんがいる執務室に入った。そこで僕たちを迎え入れた星奈さんの第一声がこれだ。
「知っていたんですね、星奈さん」
僕の言葉に、星奈さんはにっこり笑って、
「もちろん、可愛い愛弟子といとこのことだからね。それとも──私の読みは外れていて、他に大事なことがあって私を尋ねて来たのかしら?」
と。相変わらず、飄々としているなと思う。それが郷長という立場ゆえのものなのか、彼女の元来の気質ゆえなのかは分からないけど、どうにも胡散臭い。星奈さんの笑みは、例えるなら薔薇のように──美しい外見とは裏腹に、外敵を排除せんとする刺々しさを孕んでいる、ように見える。だけど、雫さんは星奈さんのことを信頼しているようだし、悪い人ではないのだろう。少なくとも、星奈さんの庇護下にある郷の住人にとっては。尤も、僕がその中に入っているかは分からないけど。
「あら、星夜。考え事かしら?」
そんな僕の思考は、星奈さんのその言葉により、遮られた。
「そう、ですね。すみません」
「あら。星夜が謝る理由なんて一分足りとも存在しないのに。あなたはお利口さんね」
星奈さんは、依然としてニコニコとしている。その裏に隠された真意を、僕は読み取れそうにない。
「もう。星奈さん、星夜くんをからかいすぎですよ」
「あはは!ごめんなさいね。つい、可愛くて」
──どうやら、僕はからかわれていたようだ。星奈さんは大きく声をあげて、ひとしきり笑った後、表情から胡散臭さが霧散し、ある意味相応の笑顔を見せた。
「あ、そうだ。私からも、星夜にプレゼントがあるのだけれど、もちろん受け取ってくれるわよね?」
かと思えば、星奈さんは身体をグッと近付け、僕の両肩に手を置いて──囁くように、告げる。
「賢くて、お利口さんな星夜なら……きっと気付いているでしょう?」
本当に、どこまで見透かしているんだ、この人は。
「うん、いいじゃない」
星奈さんが離れ、そう言われて漸く──僕は、自分の右手首に付けられた腕輪の存在に気がついた。
やっぱり、星奈さんは食えない人だ。星奈さんに翻弄されっぱなしの僕は、そう思わずにはいられなかった。