#3 褪せ色の虚夢
金曜日に投稿したいと言っておきながら、二話連続ですっぽかした愚か者は私です
安定するまでしばらくは不定期投稿になると思います
☆
ここは、とある孤児院の一室。優しげな笑みを浮かべた女性が、数人の子供達に囲まれている。
「▉▉さん、今日の夕飯は何だ!?」
その中の一人、白髪の少年が目を輝かせて言った。
「そうだねえ、みんなで何が食べたいか決めて欲しいな」
女性のその言葉に、子供達は歓声をあげた。絶対にこれだ!と、譲らない者。何が良いか迷う者。反応はそれぞれ違うが、一つ、全員に共通していることがある。彼らは皆、とても晴れやかな表情をしている。きっとこれは、なんて事ない日常の風景なのだろう。しかし、それはかけがえのない、幸せな日常なのだろう。
「───ッ!」
突然、風景が切り替わった。紅蓮に包まれ、焼けただれ、崩壊していく孤児院を、白髪の少年は目撃した。この残酷な世界では、幸せなんてものはいとも容易く、そして呆気なく壊されるものなのだと。白髪の少年は知った。
「───。」
思考も、後悔も、そして幸せも。余分なものは全て放棄して。ただ、絶望だけを背負い、白髪の少年はひたすらに走った。
「「~'~”’^"~”^’^~’~~~’”^~!」」
不意に、重なった声が聞こえた。何を言っているかなんて、分かるはずもない。不快な雑音など無視し、白髪の少年は走り続ける。
「~~'’”~|^”'恨’~”'^”め」
やけに鮮明に聞こえた、その言葉に従って。奪われた分だけの憎悪を抱いて、白髪の少年は炎に触れた。
☆
「うわあぁぁぁぁっ!」 「えっ?うわっ!」
そんな絶叫と共に、僕の意識は覚醒した。視界に映るのは、見覚えのある天井と、必要最低限の物だけが置かれた殺風景な部屋。そして、雫さん。
「なかなか起きてこないから起こしに来たんだけど……凄くうなされてたし、汗もびっしょり。大丈夫?」
雫さんにそう言われて、僕は自身の現状を把握した。身体中の水分を放出したんじゃないかと思いそうになるほど、汗をかいている。百km走ったところでこうはならないだろう。
「大丈夫……とは言いきれませんね。なんでこうなったかは僕にも分かりませんけど……」
とは言ったものの、原因に心当たりはある。あの、不吉な夢。夢の内容は忘れてしまったが、とても不吉な夢だったということだけは覚えている。
「とりあえず、シャワー浴びて来るといいよ。そのままじゃ気持ち悪いでしょ?」
僕があの夢について考えていると、雫さんがそんな提案をしてくれた。ありがたい。ここは雫さんの言葉に甘えるとしよう。
「星夜くんがシャワー浴びてる間に洗っておくから、ゆっくり入ってくるといいよ」
壁を一枚隔てた所から、雫さんの声が聞こえてきた。頼れる人がいるということに安心を覚えながら、汗を吸って重くなった服を脱ぐ。
「よく見てみれば、これ女物だ……」
まあ、この家には雫さんしかいないんだし、当然といえば当然かも。そんなことを思いながら、脱いだ服をカゴに入れて、僕は浴室の扉を開けた。
「……困ったな」
浴室に入ったはいいものの、肝心のシャワーの使い方が分からない。レバーらしきものは見当たらず、石鹸と何の使い道もなさそうな突起があるだけだ。
「雫さんに聞いておけば良かったな……」
ただ立っていても何もならないので、とりあえず手を動かしてみよう。
「どうやって使うんだろ」
目に付いた突起に手を起きながら、呟く。すると──
「うわっ」
突然、勢いよく水が出てきた。しかも、何もない空中から。
「……まぁ、おかしくはない……のかも?」
僕は記憶喪失なわけだし、僕が知らない技術があってもおかしくはないだろう。そう納得して、シャンプーを手に取り、髪を洗い始める。
「あの夢……やっぱり、何かあるよなぁ」
夢の内容はまったく覚えていないのに、夢を見たということをはっきりと認識している。しかも、比較的涼しい時期にも関わらずあんなに汗をかくなんて、異常でしかない。きっと、ろくでもない夢を見たんだろう。
「夢は記憶を整理するためにあるとはよく聞くけど……」
今の僕は記憶喪失であり、衝撃的な体験をした覚えなんてない。つまり──
「以前の僕の、記憶?」
その問いは、浴室に反響する水の音にかき消された。勿論、返答なんて返ってくる訳もなく。僕は、髪を洗っていることも忘れて立ち尽くした。
「いたっ」
呆然としていた僕の目に、泡が入った。そうだった。髪を洗っている最中だった。
「どうかしたの?」
すると、浴室の外から、雫さんの声が聞こえてきた。そういえば、洗濯をしておくと言っていたけっな。
「何もないです。ただ、泡が目に入っただけなので」
泡を流してから、そう雫さんに返答した。
「そう?それならいいけど」
と、雫さんから言葉が返ってきたタイミングで、僕は気づいた。
「あれ?そういえば止め方も分からないな……」
すぐそこにいるみたいだし、雫さんに聞いてみよう。
「雫さん、少し聞きたいことがあるんですけど……」
「…………」
返事がない。どうやら雫さんは、既に洗濯を終えて出ていってしまったらしい。
☆
あれから僕は、試行錯誤を繰り返して、何とかシャワーを止めることに成功した。無駄に水を使ってしまって申し訳ないな……
「雫さん、ただいま上がりました」
髪をタオルで拭きながら、雫さんが待っているであろうリビングに行く。
「お、星夜くん。朝食できてるよ。早速食べようよ」
雫さんのその言葉を受け、テーブルの上に目を向ける。
「おぉ……」
テーブルの上の光景を見て、僕は思わず感嘆の声をあげた。朝食のメニュー自体は簡素なもので、焼いたトーストと目玉焼き。それでも、僕にとっては初めての朝食で、しかも雫さんと二人で。こんなに嬉しいことはない!
「うんうん、嬉しそうで何よりだね!」
僕はきっといま、感動で顔を染めているだろう。
「さあ、座って!」
雫さんに促されて、僕達は席に着いた。
「「いただきます」」
二人揃って手を合わせてから、目玉焼きを切り取って口に運ぶ。
「美味しい……!」
なんというか、安心する。上手く言葉に出来ないけど、僕がいて、雫さんがいて。こうやって、二人で朝食を食べる。その事実に、安心している。
「そう言ってくれてよかったよ」
雫さんは、そう言って僕に微笑みかけてきた。
──あぁ、わかった。僕は、繋がりに飢えているんだ。全てをリセットされた僕にとって、人との繋がりは何よりも重要だ。だから、僕は今、安心しているんだ。雫さんとの確かな繋がりを、実感できるから。
☆
「「ご馳走様でした」」
僕達は揃って手を合わせ、朝食の時間を終えた。
「雫さん、これからどうするつもりなんですか?」
僕の質問に、雫さんは首飾りに手を当てて、考えている様子だった。
「そうだね……郷を歩いて、買い物しようか!」
「ずっとあたしのお古を着せているのも申し訳ないし、服や日用品を買いに行こう」
僕がこの郷に来たのは昨日のことなので、まだ郷の事を何も知らない。これからここで暮らしていくなら、早いうちに郷のことを知っておきたい。
「そうですね。ぜひ、お願いします」
なので、断る理由は特になく、僕は頷いた。
「じゃあ、準備して出かけよう。でも、きみは特に準備することは無いし──そうだね、申し訳ないけど、ここで待ってて欲しいな。すぐ準備してくるからさ!」
雫さんはそう言って、リビングを去っていった。
「月見郷か……どんなものがあるかな?」
僕はソファに腰掛け、郷に思いを馳せる。
──あの不吉な夢のことが、僕の記憶から薄れ、褪せていることには、気づきようもなかった。
それから十分後。雫さんが、リビングに戻ってきた。
「どうかな?」
雫さんは、先程までの部屋着から着替えたようだ。薄い水色のシンプルなワンピースを身にまとい、両手でスカートの裾を、少し持ち上げて。僕にそう尋ねてきた。
「……綺麗です。とても」
心の底からの感想を、雫さんに述べた。
「ふふっ。ありがと♪」
その瞬間、僕が見たのは雫さんの最大級の笑顔。僕が見た中で──もっとも、まだ二日目だけれど──。一番の、笑顔。本当に、笑顔が眩しい人だと、僕は思った。
「それじゃあ……行こっか?」
「はい。雫さん」
思えば、まだ外に出たことはなかったな。この扉の先には、どんな世界が広がっているんだろうか?
「準備はいい?」
雫さんが、扉に手をかけて、言った。
「勿論!」
言うまでもなく、準備は万端だ。高鳴る鼓動が、それを証明している。