#2 その始原の名は
金曜日に投稿すると言ったな、あれは嘘だ
意外と早く書けたので投稿します。
「知らない天井だ……?」
知らない天井、知らない部屋で、僕は目を覚ました……ベットに横たわった体を、ゆっくりと起こし、部屋を見渡してみる。
「ここ、どこだろ?」
やっぱり、僕の知ってる場所じゃない。どうしてこんなところにいるんだ……
「うーん、何も思い出せない…」
目を覚ます以前のことを思い出そうとしても、何も思い出すことができない。忘れている記憶があることはわかるのに、どうしてもそれが何なのかがわからない。脳が思い出すことを拒否しているような、開けちゃいけないパンドラの箱のような。
「やるな、と言われたらやりたくなるのが人間の性……!」
そうやってなんとか記憶を取り戻そうとすること数分。
「良かった、起きたんだね!」
長く、整った茶髪に、特徴的な首飾りを身につけた女性が、勢いよくドアを開けて部屋に入ってきた。綺麗な人だ、と思った。所謂一目惚れというやつなのかもしれない。
「えっと、どうかした?」
「あぁ、いえ、何ともない……です」
しまった。見惚れていて惚けてしまっていた。
「それならいいんだけど……」
「起きてすぐのところに悪いんだけど、いくつか質問させてもらっても良いかな?」
質問かぁ。どうやら僕は記憶喪失のようだし、答えられることがあるとは思えないけど。
「構いませんよ」
それでも一応、そう答えた。
「じゃあ一つ目。君は昨日の夜、森……いや、あれを森と言っていいものか……うん、便宜上森と言わせてもらうね。森の中、全裸で倒れていたんだ。何でそんなことになっていたか、わかるかな?」
妙に歯切れが悪かったのが気になるけど、それよりも。
「え、僕全裸で倒れてたんですか!?」
なんてことだ。見損なったぞ、昨日の僕。
「うん。しかも、さっきは森って言ったけど、本当は隕石でも落ちてきたみたいになってたんだ。君はその中心に倒れていたんだよ。全裸で」
もっとわかんなくなった。なんだよ、その状況。怖すぎるだろ。
「そんなことになってたんですね……すみません。僕、覚えてないんです。以前のことが、全くといっていいほど…….」
僕のその言葉に、彼女はほんの少しだけ、落胆の表情を見せた。
「そっか……じゃあ、もし何か覚えていることがあるなら教えてほしいな」
そう言われて、僕は記憶を探ってみる……一つだけ、覚えていることがあった。それは、それだけは。僕の根源に、しっかりと刻まれている。
「一つだけ……」
そうだ、僕の名前は……
「僕の名前は、星夜です。月里星夜。」
それは、僕の存在を定義するための署名であり、証明だ。
☆
首飾りの少女は、全裸の少年を背負い郷に帰還した。郷には普通では気付かないような仕掛けが幾重にも張り巡らされている。だが、彼女は慣れた様子で仕掛けを通過していく。
「お帰りなさい」
首飾りの少女が警備を空けていた分の補填だろうか。門のそばで立っている長身の女性が、そう言った。
「あ、星奈さん。ちょうどよかった。聞きたいことがあるんです」
星奈と呼ばれた女性───月里星奈は、首飾りの少女に背負われた全裸の少年を一瞥して言った。
「言わなくてもわかるわ──」
「その人について知りたいのでしょう?貴女はあの写真を見たことがあったものね?」
星奈は妖艶に微笑み、
「だけど、それは今じゃない。その人が起きたら、また三人で話しましょう。私はやることがあるから、その人を介抱してあげて頂戴」
と言いながら、郷の内部に消えて行った。
「……とりあえず、家に戻ろう」
首飾りの少女は知っている。星奈が怪しい笑みを見せる時は大抵、面倒ごとに巻き込まれるのだ。首飾りの少女は、これから起きるであろうことを予想しながら、門を潜り──闇夜に溶けるように、消えた。
☆
僕が名乗った途端、目の前の女性は大きく驚愕の表情を作った。驚きのあまり声すら出ないといった様子だ。
「僕の名前に、おかしなところでもありましたか?」
僕がそう言うと、女性はハッと我に帰ったようだった。
「ごめんね、君の名前におかしなところなんて無いよ。ただ、知り合いと同じ名前だったから驚いただけ。失礼だったね」
今度は申し訳なさそうな顔。この人、かなり表情豊かだな?
「いえ、気にしてないので大丈夫ですよ」
そうは言ったものの、知り合いと名前が同じというだけでそんなに驚くものだろうか……?
「そういえば、まだあたしの自己紹介をしてなかったね。あたしの名前は和泉雫。気軽に雫って呼んでね!」
和泉雫。それが、僕の初めての記憶。
「雫さん」
何となくそれが嬉しくて、何かようがあるわけでもないのに、僕はその名前を呼んだ。
「何かな、星夜くん?」
「雫さん、ありがとうございます」
僕のその言葉は、雫さんからすれば突然のものだったようで、キョトンとしている。
「あたしは別に感謝されるようなことはしてないと思うけど……?」
「いえ。雫さんは、僕を助けてくれたんですよね?そして、僕の初めての記憶です。だから、ありがとうございます」
そう。記憶喪失の僕にとって、雫さんは真っ白なキャンパスを彩る初めての絵の具のような特別感があるのだ。初対面の女性にそんなことを思うのは気持ち悪いかもしれないけど。
「……そっか。じゃあ、その言葉は受け取っておくよ」
それから、雫さんと色々なことを話した──。ここが月見郷という集落であること、この世界には
魔想機構と呼ばれる技術があること等。それら全てが新鮮で、気付けば窓の外の空はオレンジ色になっていた。
「そうだ、星夜くんに紹介したい人がいるんだ。連れてくるから、待っててね」
雫さんが立ち上がり、ドアノブに手をかけた。そのとき。
「その必要は無いわ。だってもうここにいるもの」
もう一人の女性の声と共に扉が開き、その声の主が部屋に入ってきた。
「びっくりした、星奈さん、いつからいたんですか」
「ついさっきよ。」
その女性は、肩にかかるくらいの黒髪で長身、とてもお洒落な服を纏い。そして、よく目立つ耳飾りをつけていた。
「ハロー、星夜。私は月里星奈。君のいとこで、この月見郷の長をしてるわ」
なるほど。どうやら僕にはいとこがいたらしい。
「!?」
雫さんがまた驚いている。今日で何回目だろうか。
「星奈さんっていとこいたんですね……」
「あれ?言ってなかったかしら?」
「聞いてないですよ……」
なとなくだが、この二人の関係性がわかったかもしれない。雫さん、普段から星奈さんに振り回されているんだろうな……
「なにはともあれ、歓迎するわ。星夜はもう私たち月見郷の仲間よ」
でも、星奈さんも、もちろん雫さんも。いい人だということはわかる。
「ということで、雫は警備をクビね」
なにがということで、なんだ?星奈さんは愉快な人だな。
「流石に急すぎません!?理由を説明してくださいよ!」
「アハハ、やっぱり君はいい反応してくれるわね。からかい甲斐があるわ。」
「単純に、星夜の世話を頼みたいだけよ。星夜はまだ子供なんだし、ここに来たばかりだから。」
「はぁ、そういう事ですか。それなら、あたしもそのつもりですよ。」
雫さんは溜息をついてから、僕の方を向いた。
「星夜くん。この部屋は星夜くんの自由に使っていいから、ここを自分の家だと思って寛いでね」
そう言って、とびきりの笑顔。……やっぱり、綺麗だ。
「いいんですか?こんなに広い部屋を頂いて」
「……うん。元々、使ってない部屋だったから」
雫さんは、変わらず笑顔だ。だけど、その笑顔はどこか切なさを感じさせるものだった。
☆
その後。星夜、星奈、雫の三人は夕食を食べ、星夜は自室に戻って行った。
「──星奈さん。単刀直入に聞きます。貴女は、何を隠そうとしているんですか?」
雫は、ある程度の事情を知っている為、先程までの星奈の発言に嘘が混じっている事に気付いていた。
「私、君が星夜を見つけた場所に行ってみたの。そして、わかった事がある。あれは、間違いなく星夜が原因よ。なにが起こるかわからない以上、星夜の記憶が戻るのはまだ避けたいの」
星奈は聡明で、ずっとこの郷を導いてきた。雫は星奈のことを尊敬しているし、彼女の人となりもよく知っている。だからこそ、星奈の発言に僅かながら憤りを感じた。
「……それでは、星夜くんが可哀想です。」
「わかって貰えるかしら。これは、君の為で、郷の為で、そして星夜の為なの」
二人の間には、ピリついた空気が流れている。
「何から話そうかしら……そうね、この写真は覚えてるわよね?」
星奈が取り出したのは、赤子が、少年に抱き抱えられている写真。
「この赤子が私で、この少年が星夜」
写真の星夜は、つい先程まで一緒に食卓を囲んだときと酷似している。二十数年も昔の写真なのにも関わらず、だ。ただ、一つ違いがある。写真の星夜は黒髪だが、いまの星夜は白髪だ。
「いとこというのは間違いで、本当は彼は私の叔父」
「彼は私が産まれたすぐ後に亡くなったわ。だけど、彼の父親……私にとっての祖父によって蘇生された。その身に始原の魔想機構を宿してね」
「だから、彼の時は進まない。二十数年たった今も、彼は少年のまま」
わかってくれたかしら?と言わんばかりの顔を雫に向ける星奈。
「……」
雫は何も言えなかった。まだ十数年しか生きていない少女が知るには重すぎる真実を、なんとか消化しようとしているのだ。
「……そんなの、──」
掠れる声で、漸く絞り出したと思った言葉は、言葉にならなかった。
まだ、夜は明ける兆しを見せない。未だに、眠ったままである。
登場人物紹介コーナー
・月里星夜
本作の主人公。白髪の少年。見かけは十二歳程に見えるが、実際は四十年ほど生きている。しかし、一度死んでいるため、成長もしなければ、彼が時の流れを知覚する事も難しい。その身に宿す魔想機構は、試作機故に問題があり、彼の記憶領域に多大な影響を与えている。
・和泉雫
本作ヒロイン。長い茶髪で星夜曰く綺麗な人。星夜を見つけた少女。歳は十七歳。とくに深い意味はない。広い家に一人暮らし。首飾りは大事なもので、四六時中肌身離さず持っている。
・月里星奈
月見郷の長。肩にかかる黒髪で長身。多分180cmくらいある。歳は二十代後半。聡明で、郷の人々から尊敬されている。いつも耳飾りをつけている。星夜の姪だがいとこを自称している。
実は雫の首飾りと星奈の耳飾りは魔想機構。




