#1 星夜の標
初投稿。趣味で小説を書いていきます。あくまで趣味なので更新頻度は遅いと思います。一応毎週金曜日に投稿したいと思っています(守れるとはいっていない)。それでも著作を暖かい目で読んでいただけたら、私が飛び跳ねて喜びます。
「クソッ!なんでったって俺がこんな目に…!!」
鬱蒼とした葉が繁り、心許ない僅かな月光が降る森の中。一人の少年が、星夜の標を頼りに、北へ、北へと走っている。齢は12ほどに見えるその少年の表情はとても疲れたように見える。
「ハァ、ハァ……」
何故なら、少年は、かれこれ30分以上走り続けているからだ。息は絶え絶えで、足も棒のように硬い。それでも、少年は走り続けねばならない理由があった。
「追え!なんとしてもあのガキを逃すんじゃねえぞ!」
後方から、怒号が響く。少年は、もはや雑音でしかないその音が聞こえるたびに、精神が侵蝕されていく感触を自覚した。
「逃げねえと…!!少しでも、遠くへ…」
既に限界を迎えている身体にムチを打ち、必死に、足を動かそうとする。文字通り、命が掛かっているのだから──
「どこ行きやがった!」
追手の声が次第に大きくなっていく。それは、少年を絶望させるのに十分すぎる事実で。
(あぁ…俺、ここで死ぬんだろうな……短い人生だった…)
気付けば少年は、足を止めて立ち尽くしていた。
「ったく、手間かけさせやがって」
ついに、追っ手達が少年を発見した。してしまった。つまりそれは、少年の人生におけるバッドエンドが確定したのと同義だ。
「焼却!」
追っ手達のリーダーらしき男が、見慣れないデバイスを掲げてそう叫んだ。瞬間、少年の世界を炎が塗り潰す。
(怖い、怖い怖い怖い怖い怖い……!)
いっそ死を受け入れ、悟ったように諦めれば楽だっただろう。だが、少年は生への執着を諦めることができなかった。だから、恐怖を生む。
「死ぬのが怖いなら、悔しいなら、そうさせた世界を怨むんだな」
そのせいだろうか。リーダーらしき男が言ったその言葉が、やけに強く残ったのは。
迫り来る炎、炎、炎。ほんの一瞬、少年の身体が炎に触れる。
「……ッ!」
ドクン!と心臓が一際大きく跳ね、身体中に重低音が巡るような感覚。それは、少年の終わりを告げる音。拭えない絶望の呪いが深く、不可逆的に少年に刻み込まれた。そして──幸か不幸か、少年は終わりを知覚する寸前に、意識を手放した。
死ぬ間際に見るという、走馬灯。少年がそれを見ることは無かった。
☆
ことの発端は、およそ一時間前。少年は、一週間後に控えた星神祭の準備のために、街に買い出しに出向いていた。少年が暮らしている月里孤児院は山奥にあり、街の中心部へ行くには片道一時間以上かかる。故に、少年が月里孤児院への帰路を辿る頃には既に空は橙に染まっていた。
「分かっていたけど、遅くなっちっまったな」
少年は月里孤児院の中では最年長であり、こういった仕事を任されることも少なくない。もう慣れたもので、山は彼の庭であり、迷うことなど無いはずだった。しかし、その日は少し違った。
「山の様子がいつもと違う…?」
山をよく知っている少年だからこそ気付けた、小さな違和感。一度それに気付いてしまえば、それは肌を指すような強烈な感触を少年に与えた。
「この山に、何が起こっているんだ…?」
少年は、脳裏にチラつく嫌な予感をなるべく意識しないように、急いで、されど慎重に、少年の家たる月里孤児院を目指す。
山を奥に進むにつれて、違和感はより大きくなっていく。山にできた獣道が、何者かに踏み荒らされているのだ。月里孤児院の人々は山を下る用事はないはずだし、月里孤児院で暮らす子供達は危険だからと、普段は大人に禁止されている。危険な動物は今まで見たことはない。となると、この山に人が来たということだろうか。しかも、おそらく複数人でだ。
「いったい誰が?この山に来たところで何もないってのに……」
こんな辺境の山奥に偶然来ることはあり得ない。つまり、確固たる意思に基づいてこの行動を起こしたわけだ。
「………」
思わず、少年は天を見上げた。その瞬間、少年は、何か恐ろしいものを見たような感覚を覚えた。発見してしまったのだ。孤児院がある方向から登る煙と、夕焼け空の色とは別の、紅色を。あれは──炎。なんせ忙しい時期だ。火の不始末で火事が起こることもあるかもしれない。しかし、不審な人物がいるであろうことと、この火事が無関係であるはずもない。少年は、初めて純粋な害意を目の当たりにして、冷静でいることなどできなかった。
「嘘、だろ……」
ドサリ、と。少年は手に抱えていた荷物を地面に落とし、たっぷり十数秒間呆けていた。理解が、追いつかないのだ。視野狭窄であることは否めないが、月里孤児院の中では最年長とはいえ、彼はまだ年端のいかない少年であり、起こりうる全ての出来事に冷静に対処することなど不可能なのだ。
「……行かねえと」
そして、少年は決断した。その決断が少年の人生を、運命を大きく歪ませる、最大の分岐点であることなど露知らず、最も愚かで、最悪な決断を。
───或いは、誰かにとっての最良の選択を。
「もう少し…あと少しだ…!」
なりふり構わず、全速前進。少年が出せる最速で山を登っていく。孤児院まであと五百メートル、四百メートル、三百メートル……百メートル。五十メートル。
「え……?」
少年が、いつもであれば孤児院が見えてくる地点まで進んで、視認したものは、地獄のような風景。木々の隙間からでも容易にわかるほど、無惨に、灰すら残らない火力で燃やされている月里孤児院だった。
「ーーーッ!」
声にならない悲鳴。しかし、それが不幸中の幸いだった。孤児院のそばには複数の男がいたのだ。それも、賊の類ではない。全員で統一された服装に、統率の取れた動き。もし叫んでいたら、確実に見つかっていただろう。ここで音を立てればどうなるか、少年は理解した。そして、今すぐすべきことも。
「みんな…ごめん!」
少年は、月里孤児院の仲間に懺悔した。助けられないことを、見捨てることを、謝罪した。少年は踵を返し、来た道を戻る。しかし、そう簡単に逃げられるほど、少年は運が良くなかった。
「!なんだお前!」
月里孤児院に炎を放っている者たちと同じ背格好の男が、目の前から歩いてきたのだ。男が発した声によって、少年の存在が全員にバレてしまった。
「まずい、ガキに見られてるぞ!」
「あ!?まだ生き残りがいたのかよ!」
「どうでもいい、さっさと追え!」
「や、やべぇ!」
少年は、脱兎の如く駆け出した──
山の悪路などとは比較にもならない、荊の道へ。
もう、戻ることはできない。振り返ることすら、許されない。少年はもう、ただひたすらに進むことしかできない。
☆
そして、時は現在。轟!と、耳をつんざく爆音が響き、森羅万象を消滅させんとする極炎が爆せた。月里孤児院が燃やされていたときのそれとは根本から別物の衝撃。月里孤児院のそれが燃焼ならば、こちらは爆発といったところだろうか。爆風が吹き荒れ、粉塵が舞い上がった。
………………………
数分ほど経って漸く、粉塵が消え、正常な視界が回復した。そこに居たのは──いや、在ったものは、ほとんど全てが消滅していた。ただ、少年と、クレーターのように抉られた地面だけが、遮蔽物が無くなった星の光に照らされながら、そこに存在するだけである。
☆
爆発の音はよく響いた。爆発の音を聞いたのは、何もその場に居た少年だけでは無い。
「何の音……?」
首飾りを身につけたとある少女もまた、爆発音を捉えていた。
「確かめに行った方がいいかな…?」
少女は、彼女が所属する郷において、警備の役割を担っている。つまり、不審な出来事に対応する必要がある。その点では、先の爆発は少女が動く要因足りうる。しかし、爆発があったのは遠くはないがさほど近くもないといったところ。確認に行っている間、郷の警備が手薄になってしまうのだ。その事実が、少女を悩ませた。
「よし、悩んでも仕方ないよね!行こう!」
一瞬の逡巡のあと、少女はそう結論付け、爆発音がした方向に駆けていった。
「うわぁ、凄いことになってる…」
少女が爆発の現場に到着し、最初に感じたことは、驚愕の一言だった。なにせ、ある一点を中心に地面が抉られ、周囲の木々は薙ぎ倒されている。
「山の地形を変えちゃうって、どんな爆発よ……」
少女は、爆発の原因を探ろうとクレーターの中心へ、光源で照らしながら歩いていく。
そして──露出した岩肌に、全裸で横たわっている少年を発見した。
「えっ?」
少女の思考は、疑問符で埋め尽くされた。
「これ、どういう状況!?この子が原因?どっちにしろ、とりあえずこの子を保護しなくちやしなくちゃ…!」
困惑は抜けないが、それでも行動を起こそうと、少女は光源を少年に近付けた。
「あれ?この子って……」
少女は、少年のことを知っていた。実際に見るのは初めてだが、彼女の郷の長がこの少年の古い写真を持っていたのだ。
「帰ったら星奈さんに聞いてみようかな」
少女はそう呟き、少年を背負う。そして、辿る───彼女が住む、月見郷への帰路を。星の輝きの下、北へ、北へ。まっすぐ進んでいく。
作品のジャンルとか諸々これでいいのか凄い迷ったが悩んでいてもしょうがない。というわけで見切り発車のゴーサイン。