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Relife  作者: 橋本 海里
8/19

三生目  デート?(1)

「……て……起きてー……託ー、起ーきーてー」

 翌朝、託は聞き慣れた声によって目が覚める。

 布団を剥がして上体を起こすと、窓から強い冷気が肌を突いてくる。声がするのもその方向からだった。

「託、おはよー」

「……おはよう」

 カーテンを開けると、隣の部屋の蓮音がやけに笑顔で待っていたので、託は眠い目を擦って朝の挨拶を交わす。

「んで、こんな朝っぱらからどうしたんだ?」

 まだ陽が低く、別に寝過ぎた訳でもあるまいと尋ねる託。それに対し、蓮音は目を輝かせて窓から身を乗り出す。

「ねえねえ、遊びに行かない?行きたい所があるの」

「うん、分かった。すぐ準備する」

 託はやや食い気味に快諾して、カーテンを閉め、外用の服に着替えて顔を洗いに部屋を出ようとする。

「託ー、十五分後に外でねー」

(あ、そういや時間聞いてなかったな。了解っと……)

 反応した時にはもう部屋を出ていたので、返事はメールで送り、階段を降りる。

(こんな事一回目にも無かった。やっぱり俺の行動一つで全部変わるんだな。だから前回は……)

 階段の途中、託はそこまで考えてそれ以上は辞めた。当の蓮音と遊びに行くのにそんな事考えて気分を暗くしてはいけないから。

 切り替えて、寝癖を直しに洗面所に向かう。

 やや癖っ毛な託だが今日は運良く殆ど寝癖が見当たらないので、洗面所で要する時間を大幅に削減出来た。

 とはいえ十五分というタイムリミットが存在するため、悠長にしている余裕は無く、矢継ぎ早に準備を進めていく。

「あ、飯食えないな……三十分にしてもらえば良かった」

 外出の準備が完了して腕時計を確認した時、特に考えずに送信した事を軽く後悔する。

 しかし後悔先に立たずという事で、託は諦めて玄関に向かう。

(仕方ない、どっかで買うか)

 普段なら朝食を抜いても大して問題無いのだが、それは我が家では深夜帯に食事をしていたから。昨晩は橘花家で八時に夜食を頂いたため、珍しく朝から空腹だった。

 靴を履いてドアを開けると、ひんやりという表現では生ぬるい空気が全身を包む。

(そういや、これってデート……だよな?いや、それを言ったら普段のもお家デートか。蓮音にそんなつもりはないだろうし、考える事自体失礼か)

 浮かれ過ぎてはいけないと思いつつやはり楽しみなのか、託の足取りは少し軽く見える。

 そしてちゃんと鍵を掛けて道路に出た瞬間、すぐ隣で蓮音が神風家の塀にもたれ掛かって待っていた。

「うおっと……待ったか?」

「ううん、待ってないよ。それより、そんなに驚いた?」

 デートの常套会話よりも、託が反射的にバックステップを踏んだ事が気に入ったのか、蓮音は悪戯な笑みを浮かべて託の顔を覗く。

「そりゃあ、振り向いて真横に人がいたらびっくりするだろ」

 というのは嘘で本当は別の事を考えていたからなのだが、それを蓮音が知る事は無いだろう。

「それもそっか。ごめんね?」

 言葉では謝っているが、その表情は状況を楽しんでいるそれだった。別に託も怒っている訳でもなければ、揶揄われたのも冗談だと理解しているので蓮音の言動にも疑問はないだろう。

「んで、行きたい場所ってどこなんだ?いつまでもここで駄弁る訳にもいかないだろ」

「あ、そうだった。えっとね……電車で行く距離の複合商業施設って言ったら分かるかな?」

 本来の目的を失念しているのではと感じた託は、最初から気付いていたような言い方でそっちの話を振る。

 すると蓮音は思い出したかのように手を前で合わせ、問題形式で場所を教えた。

「……あそこか」

「えー、本当に分かってるー?」

「分かってる分かってる。映画館がある所」

 ニマニマと煽る蓮音に躊躇いなく具体的な答えを出すと、「大正解!」と満面の笑みで返ってくる。やり返したつもりが全部見透かされているような感覚を覚え、託は軽く頬を引き攣らせた。

「見たい映画があるから、託も連れてこうかなって」

「そりゃありがたいけど……別に一人でも良かったんじゃ?」

 託が率直な疑問を放ると、蓮音は頬を膨らませて不満を露わにする。

「私が理由も無く誘うと思う?」

「え……いや、そうは思わないけど……」

 言葉の意味を理解しかねた託はたじろぎ、曖昧な答えを返す。

 しばらく気まずい沈黙が流れた後、蓮音が上目遣い気味に託と目を合わせて口を開く。

「……二人ならもっと楽しいかなって、思ったんだけど……子供っぽい?」

 ほんのり頬を染めながら呟くように放たれた言葉に、託の脳が一瞬停止する。

「あ……いや、えっとだな……」

 何か答えようとして口を開くが、余計しどろもどろになって時間を浪費する。

「あー……うん、俺も……そう、思います……」

 顔を逸らして、咄嗟に敬語になりながらも、結局託は蓮音の言葉を肯定する。その顔色は言うまでもないだろう。

(二人の方が楽しいからって……)

 可愛い理由だなと、託は心の中で悶える。

 そして反応が意外だったのか、蓮音は惚けたようにぼーっと託の顔を眺める。

「……さっさと出発しよう。あまり遅いと混むだろうし!」

「そ、そうだね。行こっか」

 数秒の居た堪れない沈黙の後、託はわざと声を張り上げてその均衡を破り一人で歩き出す。それを追うように動き出した蓮音は最初ことどこか戸惑っていたものの、託の横に並んでからは嬉しそうに口元を緩めていた。

 託はそれに気付いても何も言わず、幸せそうな彼女の表情を横目で眺めるに留めた。それだけで、十分なくらい託も幸福だった。

 しかし横ばかり見ていられる訳もなく、駅に近付けば人も増えるので自然と視線が前に向くようになって会話も無くなる。

 だが話す事が無いのは毎日一緒にいれば当たり前で、その時間を気まずく思うような事はない。

 目的地はそれなりに行き慣れた場所で、迷う要素がないので足は動き続ける。その間よそ見をしている暇は当然無い。

 ようやく蓮音の顔を窺えたのは電車で隣に座ったタイミング。その頃には既に普段通り少し微笑んでいる程度で、託は気付かれないよう静かに肩を落とした。

「そういえば、長い付き合いの割に数回目だね。託と二人でお出掛けするのって」

「まあ、小学生までは親が同伴してたし、中学でも三年生の頃までは家で一人ゲームするか二人勉強するかだったもんな」

 一応運動部に所属していたので至って健康ではあったが、託には基本自室で引き籠っていた記憶しかない。それと、床にプリントやら荷物やらを散乱させて毎度蓮音に怒られていた事くらいだろうか。

「……懐かしいけど、思い出したくなかったな。あの頃って滅茶苦茶怠惰な性格してたから迷惑かけていたような気しかしない」

「違うよ。あれは私が結構厄介な性格していて、余計な口出ししてただけ」

 懐かしみながらもかなり酷かった昔の自分へ苦笑いを送る託に、蓮音は首を振って表情に微かな影を落とす。

「なんて言うかね、託に嫉妬してたんだ。部屋は散らかってて勉強も大してやっていなかったのに、私より成績良かったから……それが許せなくって、些細な事で怒ったり色んな事強制させたりしてたんだ」

「……そうだったのか」

 一年と数ヶ月越しの事実に託はどう返せば良いのか分からず、相槌を打ち話に続きがある事を願って待つ。

「ほんと、今でもなんで嫌われていないのか分かんないんだ。ねぇ託、どうしてあの時私を嫌いにならなかったの?」

 託の方を見る事はなく、蓮音は独り言だったかのような雰囲気を醸し出す。まるで、答えなくていいと言っているようだった。

「そりゃあ、怒られる内容は蓮音が圧倒的に正しかったし、あの時間はなんだかんだいって楽しかったからな」

 託は顎をなぞり、脳の引き出しを開いてまるで良い思い出を話すかのように答えた。

 蓮音は驚いたように顔を上げ、軽く微笑む託の表情に目を見張る。

「俺って別に仲良い奴がいた訳じゃないし、親も放任主義だから、言ってしまえば本当にとんでもない事しないと誰からも見られない状態だったんだ」

 勿論、そんな事はしていないのだが。

 黙って聞き入っている蓮音を一瞥して、託は話を続ける。

「だからまあ……何しようが勝手だと思っててさ、その結果部屋は散らかって家でゲームばっかり。そう考えると、部活が義務だったのはありがたかったな。それに、蓮音にも……」

「え、私……?」

 託が蓮音の名を呼ぶと、彼女は困惑しながら自分を指差す。

「うん、すごい感謝している。定期的に……っていうか毎日俺に構ってきたからさ、ここまで腐らずに生きてこれたんだと思う」

 それが大量の誕生日プレゼントの理由だなんて、託は言えなかった。その二つを繋げてしまえばがっかりされそうな気がして。

「だからそんなに気にしなくていい。自分で思っているよりずっと、蓮音は立派だから」

 断言と同時に、託は自然な動作で蓮音の頭をぽんぽんと軽く叩く。

 あまりに突然の事だったからか、蓮音は託が手を離したずっと後になってから頬を赤くして叩かれた所に手を添えた。

「あ、あんまり揶揄わないでよ。本当に立派なら、こんな子供みたいな扱いしないじゃん」

「ごめん、嫌だった?」

 蓮音が居た堪れなさそうに託を見上げながら抗議するが、託は見透かしているように微笑みながら謝罪と共に意地の悪い質問をする。

「やじゃ……ない。嫌じゃない。けど……」

「けど?」

「えっと……ううぅ~……」

 何か言えない言葉でも出てきそうになったのか、蓮音は楽しそうに尋ねてくる託から顔を逸らして、見られないよう更に両手で表情を覆って唸った。

「託の意地悪……まだ朝で人が少なくて良かったけど、昼間に同じ事されたら大変だったよ……」

「朝で人が少なかったからしたんだけどな。七時に叩き起こした甲斐はあったか?」

「~~っ!別にこんな事のためじゃない!」

 不満を呟かれた託は次こそ、明らかな口調で蓮音を揶揄う。

 流石に怒った蓮音は羞恥で真っ赤な顔を俯いて隠しながら、託に自身の手提げ鞄を思い切り押し付けた。

「反省出来るまで私の荷物も持ってて!」

「それは罰じゃなくても言われたらやるけど、スマホだけは蓮音が持っといた方がいいんじゃないか?」

 これは本心からの、託の善意の提案だった。

 それが分かっているのかどうかは分からないが、蓮音は一瞬硬直した後に黙ってスマホだけ取り出し、黙って席に座り直した。

(さて、どれくらい続くのやら……)

 鞄を預ける時点で嫌われていない事を確認した託は更にその先の予想を立て始める。

(ま、長くても電車移動の間までだな。落ち着きないし、さっきからこっちをチラチラ見ているのバレバレだし)

 視線にも気付いた託の目から見た蓮音は尚更可笑しく、可愛らしく健気で、つい更に悪戯を実行しそうになる。

 だが際限無くそういう事をすると、本当に口をきかなくなるだろう。託も流石にラインを見極めて思い留まった。

 脳内で結論を出している間にも蓮音は幾度となく視線を送り、何か言いたげに頬を少し膨らませる。

 託はその全てに気付いていながら、この状況を楽しんでもう少し泳がせてみる。

 すると予想通りと言うべきか、限界に達した蓮音が託の太腿をペチペチ叩く。

「ねぇ託……謝ってくれたらちゃんと許すよ?荷物も自分で持つし……」

 託が目を合わせると蓮音はむしろ早く謝ってくれと懇願するかのように、次は託の着ているパーカーの袖を摘んで催促する。

「いや、それで謝っても誠意がないだろ。それに荷物はどちらにせよ俺が持つから」

「で、でも……大変でしょ?」

「全然。ていうか分かってるよ。何か話したい事でもあるんだろ?」

 会話したいがために、さっさと謝らせようとしていると、予想外の反応にたじろいでいる蓮音に指摘する。

「うっ……ち、ちが……わない、けど……」

「やっぱり」

 どうやら図星だったらしく、蓮音は俯いて呟くように白状した。

 そこへ最初から分かっていたと強調するような言葉を微笑みながら投げると、彼女は不満そうな視線を返してくる。

「あー、まあ……俺も調子に乗りました。すみません」

 じっと睨まれて託も流石にまずいと思ったのか、ばつが悪そうに謝罪する。

「……本当に?」

「本当。というか最初から調子に乗っていた自覚はあった」

 ここまでの行いが祟って信用されず、託は目を泳がし誤魔化すように笑みを引き出して更なる弁明を行う。

 ただこれはこれで別の燃料となって投下され、蓮音がジト目で託の目を凝視する。

「どうして最初で辞めなかったの?ちゃんと私の目を見て、答えて?」

 人間は嘘を吐く時に目を逸らす。蓮音はその法則を使って、託の誤魔化して逃げる道を完全に塞いだ。

 こうなると言い訳は通用しない。託もそれを悟って諦めたように蓮音と目を合わせ口を開く。

「……蓮音の色んな表情が見れるのが楽しいからだよ」

 託は言い切ってから自分が中々に鼻持ちならない台詞を吐いたと自覚して、徐々に羞恥心がこみ上げてくる。

(あーあ、黒歴史だな。どう弁解すればいいのやら……)

 表面上では蓮音の瞳を真っ直ぐ見つめている託だったが、その反面で心は天を仰いで意識は自分の事に持ってかれていた。

「……そ、そっか。じゃあ、仕方ない……かな?」

 蓮音が喋りだした結果意識が現実に現実に引き戻され、ぼやけた視界のピントが合った瞬間、託は自身の目を疑った。

 あのクサい台詞が刺さったのか、蓮音は恥ずかしそうに縮こまって視線を右往左往させている。

 予想外の反応だったため何と返すのが正解なのか分からず、思考をフル回転させる託。そして一つの話題に辿り着く。

「そ、そういえば、俺が謝ったら荷物自分で持つって言ってたよな?」

「ふぇ?言ったけど……それがどうかしたの?」

 突然話を振られて驚きながらも、蓮音は託を見上げて尋ね返す。

「あ、いや、俺はどっちでもいいんだけど……持つか?」

 誤解を生みそうな言い方だと気付いて、強制するつもりはないのを強調しながら膝の上にある彼女の鞄を指差す。

「……もう少し持ってて」

 僅かに逡巡した後、また目を逸らしながらそう言われ、託は「分かった」とだけ答えて自身の鞄も一緒に落とさないよう大事に抱えておく。

「…………ふわぁ……ちょっと眠くなってきちゃった」

 しばらく電車に揺られて、蓮音が欠伸を隠しながらポツリと呟く。

「まだまだ掛かるし、寝ててもいいぞ」

「うん……おやすみ……」

 たどたどしい返事が途切れたかと思うと、託の肩に柔らかい温もりが着地する。

 振り向けば蓮音が頭を預けて心地良さそうな寝息を立てているので、託はやれやれと小さな溜息を吐きながらも微笑みながらそっと眺めるだけの時間を過ごした。


  ◇


 大体三十分程経って、社内アナウンスに目的の駅名が流れる。若干ウトウトしていた託も目を擦って意識をはっきりさせる。

「意外と早いものだな。取り敢えず……蓮音、もうすぐ着くぞ」

 片腕は寝ている蓮音に塞がれているため、遠い方の手を伸ばして託は彼女の肩を軽く揺する。

 電車はよく寝れるとはいえ横になれない時点で眠りは浅く、蓮音は一瞬眉間に皺を寄せたかと思うとおもむろにまぶたを持ち上げる。

「……う~ん……よく寝たぁ……」

「そりゃ良かった。んで、もう着くぞ」

 固まった体を伸ばす蓮音に横から声を掛けると、彼女はまだ眠気を含んだ少し幼い笑みを手向けてくる。

「うん、ありがと……意外とどんな状況でも人って寝れるんだね」

「?……まあ人間の三大欲求の一つだしな?」

 突然呟かれた言葉に託は疑問を持ちながら、それっぽい答えを返す。

 その姿を横目に蓮音は一足先に立ち上がり、託に手を差し出す。

 目の前の手は自分を立ち上がらせるために出されたものだと、託は理解した上でそこに彼女の鞄を掛ける。

「む……そういう事じゃないんだけど……」

「分かってる。けど別になくても大丈夫だから」

「やっぱりそういう事じゃない」

 吐露された不満を託が微笑みながら軽く躱すと、蓮音は更に不満そうな表情で託の服の袖を摘まむ。

「私がそうしたかったの。偶には私が託を手助けしたかったから」

「あ、そうだったんだ……。なんか……ごめん」

「べ、別に謝ってほしいわけじゃ……」

 あまりに純粋だった動機に託は申し訳無くなり、素直に謝罪の言葉を口にする。

 その様子を見た蓮音は責める気などさらさら無かったのか、困惑の表情を浮かべながら掌を前に出して制止を掛けようとする。

「そう言われても、申し訳無いものは申し訳無いから」

「だからってそんなに真面目に謝られても…………あーもうっ!じゃあこうする!」

 逆に居た堪れなくなった蓮音はやけくそ気味に託の手を取って強く握る。

「今日は必要な時以外ずっとこの状態!それで帳消し!」

 頬を赤くしながらそう言うと、託の目を睨みつける。そんな蓮音に気圧されて託は反論しようとする口を閉じる。

「……いい、かな?」

「お、おう」

 強気な目の割に緊張が乗って震えた声で尋ねる蓮音に、託は戸惑いながらも頷く。

 蓮音はそれで安心したのか、緊張も解け目を細めて優しい笑みを浮かべた。

「あ、丁度着いたみたい。降りよっか」

「……うん」

 一悶着も収まって、託は普段通りに戻った蓮音に引っ張られるように歩き出す。

(いや、あの顔はずるいだろ……)

 後ろで気付かれないように、託はだらしなく解ける口元を隠して俯いた。


  ◇


 駅から徒歩数分で目的の複合商業施設に着くと、蓮音はまず入口の案内板に向かう。

「うーん……まだ結構時間あるからどうにか時間を使いたいんだけど……託は何かある?」

 話題を振られ、託は案内板に近付いて施設にあるものを隅から隅まで確認する。そして一つの答えを出すために口を開く。

「……取り敢えず、朝飯食べてもいいか?」

「うん……うん?朝ご飯?」

 予想外の言葉に、蓮音は流れで承諾した後に一度聞き直す。

「そういや食べてないなって。蓮音に起こされて十五分で外出た訳だし」

「十五分……あっ……」

 託の言葉を復唱して、蓮音はしまったと言わんばかりの声を上げて口を両手で抑える。どうやら忘れていたらしい。

「……いいか?」

「も、勿論!その……ごめんね。すっかり忘れてた」

 託が再度確認すると食い気味に頷き、その後に俯いて弱々しく謝る蓮音。託は別に責めるような言葉を口にした訳でもないが、逆に申し訳無くなってくる。

 とはいえ目先の目的が決まったので、託は蓮音の手を自分から握って次は自ら先導する。

「託?……いいんだよ?離しても……」

「今日一日これで帳消しなんだろ?ちゃんと一日中こうしてるよ。まあ、食事中は流石に離すけど」

「え?でも……うぅん……」

 困惑しながら尋ねる蓮音に即答すると、彼女はより困惑して言葉の途中で口を噤む。恐らく流動的に反論しようとしたのだろう。

 だが前を向いていた託は言葉が途切れた事に反応して振り返り、目線を横に逸らす蓮音を目に映す。

 そして一度小さく溜息を吐いてから口を開く。

「あのな蓮音。罰を帳消しにする事は罰と言わないと思うぞ?だから俺はちゃんと一日手を繋ぐ」

「……じゃあ戒めとして、私がそうしたいから……離していいよ」

「んじゃ俺からの罰はこれな」

 ああ言えばこう言う蓮音に、託は即答と共に彼女の手をしっかり握る。

 すると案の定、蓮音は驚きと困惑が混ざった表情で託と目を合わせる。

「言っておくけど、本当に嫌ならとっくに振り払ってるからな?」

 託は揶揄いを含んだ笑みで蓮音にそう伝えると、また足を動かし始めた。

「……ありがとう」

「……手繋いでるなら横歩いた方がいいんじゃないか?」

 後ろで蓮音が呟いた言葉に対しては聞こえていないふりをして、別の話題を持ち出す。

「確かに、じゃあ失礼します」

 蓮音はわざとらしく畏まって、託の横に並んだ。

「ようやく腕が楽になった」

「さっきまでは託が後ろにいたけどね」

「いや、引っ張るのも引っ張られるのもどっちも疲れるだろ」

 なんて軽口を叩きながら、フードコートに向かった。

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