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Relife  作者: 橋本 海里
17/19

四生目  

「…………てー……託ー、起きてー」

 聞き慣れた声と共に体を揺さぶられ、託は重いまぶたを持ち上げて目を覚ます。

 部屋は薄暗く、まだ早朝だと思われる。ならばもう少し寝ようと布団を引き寄せるが、逆方向に引っ張る力が抵抗そのまま託のパジャマ姿を晒した。

 寒……くはなかったが、そこまでされては託も起きざるを得なかった。

「やっと起きた」

 ゆっくりと上体を持ち上げる託に、掛け布団を持った蓮音が呆れたような笑みを浮かべる。

「蓮音……今何時?」

「七時だよ」

「そっか、じゃあもう少し寝てても……」

「だーめ」

 まだ眠い託が緩慢な動作で掛け布団に手を伸ばすと、蓮音がそれを正面から握り笑顔で断わってきた。

「朝ご飯食べよ。私の部屋でいいかな?」

「まあいいけど……なんで部屋?」

「仮にも同棲のつもりなら、お母さんは見えない方が良いかな〜って」

 間食でもないし然るべき場所で摂るものだろうと尋ねると、蓮音はカーテンを開きながら少し浮かれた声で理由を話す。

「そういえば……そんな話もしたな」

「そういえばって、もしかして忘れてたの?」

「……ごめん」

 蓮音は独り言のように呟かれた言葉を拾うと、振り向き頬を膨らませて追及する。申し訳無いとしか思いようがない託は正直に認めて頭を下げた。

「まったくもう……久しぶりに料理したのに」

「え、作ったのか?」

 思ったより素直に謝罪されてこれ以上に攻めれなくなった蓮音は困ったように息を吐くと、独り言のふりをして聞こえるようにカミングアウトして、託はそれに食いついた。

「うん、五ヶ月ぶりくらい。……食べたくない?」

「そんな事はないけど……」

「じゃあ大丈夫。そういう事だから、早く来てね」

 不安そうに表情を覗き込まれすぐに否定すると、蓮音は演技だと言わんばかりに笑みを浮かべて、自室に戻っていった。

「え、ちょっ、待っ……」

 託が静止を掛けようにも間に合わず、向こうの窓が閉められて静寂が取り戻された。

(あー、いつ言えばいいのやら)

 治せるかもしれないと伝えるとして、昨日話した時の印象から考えれば少なくともマイナスだろうと予想できる。だからなるべく早めに言おうと思っていた託だったが、朝から完全に蓮音のペースに持ってかれて上手くいかなかった。そして彼女の笑う姿を見て、僅かでも負の感情を負わせる事に罪悪感を覚える。言うだけでも思った以上に難しいなと、寝起きからあまり良くない心模様だった。

「……取り敢えず、行くか」

 ベッドの上でグダグダしていても意味が無いのは分かりきっている。託は若干躊躇いつつも、他に選択肢が無いがために窓の先の窓を開いた。

「お邪魔しまーす」

 蓮音の部屋に移ると同時に普通の声量で言葉を発するが、蓮音は朝食を取りに行ってるのか返事は無く、テーブルにお茶とコップ二つが用意されていた。

 妙な居心地の悪さを感じながら、ベッドに腰を下ろして彼女を待つ。

(……なんか、違うんだよなぁ。いや、今までも違ってはいたけど……引っ掛かる)

 それは蓮音の態度。特に今朝の彼女についてだった。

(前回の最初の方は少し揶揄うだけでも恥ずかしがってたと思うんだけど……やけに落ち着いてるよな……)

 昨晩に同棲の話を持ち掛けてきた時も、今日ここまでの一連の流れも、ずっと蓮音にペースを握られていた。最初は自身の感情のバイアスが掛かっていただけだと思っていたが、冷静になっても違い過ぎて違和感が拭いきれない。

(前回と違って最初から暴露して吹っ切れたとか?それとも単純にそういうつもりじゃない?)

 蓮音はこの一ヶ月で託を好きだったと気付くらしいが、そのタイミングは前回までの全てで違った。つまりは託の行動次第だという事になる。そう考えると今回の託はまだそんな行動を取っていないため、彼女がその感情に気付いていない可能性が高い。となると、後者の方が有力に思える。

(うーん……勝手に勘違いしてただけだと思うと耳が痛いな)

 可能性を考えて普通に恥ずかしくなり、顔を手で覆いながら天井を仰ぐ。

 と、そんな事をしていれば廊下の方から人が歩く音が聞こえてくる。託がすぐさま切り替えて平然を装うと、数秒後にドアから蓮音が顔を覗かせた。

「よかった、ちゃんと来てる。座ってるのがベッドの上なのは残念ポイントだけどね」

 安堵の表情を浮かべたと思うと、悪戯に笑って託の座っている場所を指差して指摘してくる。

「あ、すまん。じゃあどっちに座ればいい?」

「どっちでもいいよ。何か変わるわけでもないし」

「そっか」

 短く返事をして蓮音の邪魔にならないよう、二つのコップでドアから遠い方に正座する。蓮音はそんな些細な気遣いに気付く素振りは見せず、白米と味噌汁をテーブルに置いてから託の対岸に腰を下ろした。

「それじゃあ、いただきます」

「いただきます」

 蓮音に続いて手を合わせてから、箸を取って食事を始める。

「……どう?」

 どう、というのは普段と比べてだろう。

「……美味しいよ」

「ご飯しか食べてないのに?」

「ずるいぞ。どうと聞かれて分からないとは言えない良心に付け込んだな」

「あはは、大正解」

 いきなり揶揄われて不満の意を込めた目線を送るが、上機嫌な蓮音は笑って受け流し自身も箸を持った。

「まあ分からないとか美味しくないって言われたらショックだったけどね」

「最初から俺に選択肢なんて無いじゃねえか」

「そういう事」

「……」

 蓮音はまた悪戯な笑みを浮かべる。今日は朝からやけに何度も煽られ揶揄われる。まるで何かから遠ざけようとしているようだった。

 それは託も薄々感じていたらしく、ならば完全に遠くになる前にと食事の手を止めた。

「……どうしたの?本当に口に合わなかった?」

「違うよ」

 真っ先に味を心配して問い掛ける蓮音だったが、託は真っ直ぐ否定してそのまま口を動かす。

「有耶無耶になる前に言おうと思ったんだ。……治せるかもしれない」

 瞳の奥まで見える程に愚直に彼女と目を合わせて、変な捻りも加えず正直に伝える。

「……そう、なんだ」

 蓮音は時間を掛けてその言葉を噛み砕き、俯き表情に影を落としながらも飲み込んだ。

「……一応聞くけど、私は家に帰ってこれる?」

「その点は大丈夫だから、安心してほしい」

 託がそう言うと、蓮音は黙って頷いた。

「俺からも、一ついいか?」

「……うん」

「どうしてそんなに嫌なんだ?生きていたいとは……」

「思うよ」

 言い切る前に即答された。それだけ、本心で強く願っているという事だろう。

「……遠慮が無さ過ぎた。ごめん」

 死にたいと思っている筈が無い事、しかし道が無いから諦めている事、それらは前回で分かりきっていた。そのため今の発言は彼女の感情を逆撫でするものだったと気付き、託は頭を深く下げる。

「んーん、特に気にしてないからいいよ。それに本題は私が嫌がっている理由でしょ?」

「そうだったな。……蓮音さえ良かったら、教えてほしい」

「……うん、分かった」

 蓮音は少し間を置いて、躊躇いがちに頷いた。そして一度深呼吸をしてから、口を開く。

「私が嫌なのは治療云々の事じゃなくてね……託についての事」

「俺に……ついて?」

「そう。例えば、この病気を本気で治そうってなったら、多分私は入院しないといけない。ちょっとした風邪だと思って検査した病院でもそう言われた。それでもし入院したとするよね?託はどうする?」

「そりゃ、会いに行ったりするだろうけど……」

「まあそうなるよね。でも学校はあるし、夜には家に帰んないといけない。だから一緒にいれる時間は必然と限られてくる。託の話では今は入院しなくてもいいって言われても、後々する必要が出来るかもしれない」

 蓮音が寂し気に見つめてきて、何も言えない託は静かに頷く。

「その一緒にいない時間、私は託が何をしているのかなんて分からない。私の知らない託がいるかもしれない。もしかしたら一緒にいる事で繋ぎ留めていたものが崩れるかもしれない。……もしかしたら嫌われるかもしれない」

「それは考え過ぎだよ。ここまで誰よりも長く一緒にいた人をそんな一瞬で嫌える訳がない」

「分かんないよ。実際、嫌われる心当たりなんて沢山あるもん」

「いや、そうだとしても……」

「私ね、託が思っているよりずっとずるいし、重い女だよ。実感は無いと思うけど、いつも一緒にいて監視しているんだよ?」

 蓮音は自虐的な言葉で託の否定を妨げる。託は蓮音ではないため監視云々がどこまで本気か分からないが、具体的な心当たりを挙げられて頭ごなしに否定する訳にはいかずに押し黙った。

「……病気を治そうとするのは大切。でも私が今ほしいのは平穏。残り短い命だから、その後は嫌われてもいい。けど生きている間は……少なくとも今のままでいたい。これが私の気持ち。結構我儘だよね」

「……我儘かどうかはいいとして、つまりは俺に嫌われたくないって解釈でいいか?」

 託の質問に蓮音は静かにはっきりと頷いた。

「そっか。それなら…………まず、病気を治すつもりはあるか?」

「……ないよ。さっき言った通り」

「じゃあ俺は蓮音を嫌いになる。ここからもすぐに出ていく。もう一度聞くけど、治すつもりは?」

 託は心臓をバクバク鳴らしながらも、不敵な笑みを浮かべて蓮音の目を見据える。

「……本気で言ってるの?」

「勿論」

「考え直そ?今の託の選択だとどっちを選んでも絶対に嫌いになるよ?」

「それはどうだろうな」

「お願い、もう一回よく考えて……!」

 段々と蓮音にも焦燥の色が出始め、隣に来ると縋るように託の肩に手を伸ばす。

 しかし、託は無言で首を横に振った。こんな一世一代の賭けに出て、やっぱり辞めるという選択は無かった、

「なんで……どっちも幸せにならないんだよ!?」

「それは蓮音の選択次第だな。これ以上は質問されても答えない」

 託はそう宣言して肩に掛かる蓮音の手を退かし、視界を閉ざした。

 しばらくするとすぐ横で、上擦った声で嗚咽を漏らしながら涙を流す音が聞こえてくる。呼吸も上手く出来ていないように聞こえる。

「おね……がい、だからぁ……うぅ、ねぇぇ……」

 弱々しい声も徹底的に無視する。

 もうしばらくすると、床に転がる音が聞こえた。少しだけ目を開いて音の方を覗けば、限界に達した蓮音が倒れている。過呼吸だろう。

「……落ち着いて、大きく吸って、ゆっくり吐いて」

 蓮音の背中をさすりながら、託はようやく言葉を発した。そしてそのまま背中に手を置いて、口を動かす。

「聞くだけでいいから聞いてほしい。多分、かなり絶望したと思う。本当にごめん。でも知ってほしい。何もせず蓮音を失った時、俺も多分同じくらい絶望すると思う」

 託の言葉に、聞くだけでいいと言われたにも関わらず蓮音は横になったまま頷いた。

「同じ思いをさせた訳だから、もう蓮音がどんな選択をしてもそれに従うよ。嫌いになろうとかはしない。でも一つだけ、出来れば、前を向いてほしい」

 次は頷かなかったが、確かに聞こえただろう。

 蓮音の状態が落ち着くまでは、もう少し掛かる。


  ◇


「……そろそろ落ち着いた?」

「……うん」

 およそ三十分後、目元を赤くした蓮音が同じような体勢のまま託に頭を撫でられていた。と言っても彼女の要望なのだが。

「じゃあ聞くけど、今の蓮音はどうしたい?」

「……ちょっとだけ、頑張ろうと思う」

「頑張るってのは?」

「生きる努力って事。絶対分かってるくせに……」

「あはは」

 蓮音が口を尖らせるが、託は優しく笑って受け流す。

「……病院行くんだよね?予約とか取らないとじゃない?」

「ああ、そういえばまだ言ってなかったな。実は協力してくれるのは医者じゃなくて、ウイルス研究者なんだ。それで、一刻も早くって事だから、今日の十二時に面会しないかって」

「なんで今言うの……」

「ここまで蓮音が誤魔化してきたからだな」

「うっ」

 図星だった蓮音はぐうの音程度の言葉しか出てこなかった。

「そういう事だからまだ時間あるけど、準備しといてな」

「……はーい」

 不貞腐れたような言い方だが冗談と分かっているので、託は微笑ましく思いながら頭を撫で続ける。

「……ごめんね、託。死んだ後なんてずっと、考えてなかった」

「仕方ないよ。多分、俺も蓮音と同じようにしたと思う。余生を楽しく生きていたいってのも、分かるしね」

 謝る蓮音に、託は首を横に振る。

 今は希望が見えたからこの行動を取れるが、もし進展を持ち越せなかったら託も蓮音と同じようにしただろう。そして実際にその世界線も通ってきたのだから、託は蓮音の気持ちを理解出来た。

「それでも、私は……」

「……私は?」

「んーん、何でもない。朝ご飯食べよ。温め直してくるね」

 蓮音は何かを言いかけるが、強引に話を変えて立ち上がった。

「大丈夫か?過呼吸まで起こしたんだから、もうしばらく動かない方が……」

「そこまで弱くないから大丈夫!行ってくるね!」

 そう言って快活な足取りで蓮音が出て行った後、託は一人自分の手を見る。

「……いつの間にあんな事出来るようになったんだな」

 あんな事とは、今に至るまでの一連。彼女を絶望させ、立ち直らせたここまでの自身の行動。飴と鞭なんて言い方をすれば聞こえは良いが、託は自分の事ながら恐ろしいと思った。

(洗脳してるみたいだな……。これで本当に良いのかな……)

 蓮音に前を向かせる事自体は間違っていないと思うものの、やり方に疑問と不安を抱く。

(……でも、これで良い結果に着地するならそれで良いよな。それって蓮音はもう死なないって事だし)

 完全に納得出来た訳ではないが、今はその結論で納得した。

 足音が聞こえ、蓮音が帰ってくる。取り敢えず、この後出掛けるまでは彼女の事以外考えないようにしようと決めた。

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