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Relife  作者: 橋本 海里
15/19

四生目  再出発

「…………っはぁ……はぁ」

 飛んだ意識が回復し、目を覚ます。寝起きの気だるさは無く、息を止めていたかのような荒い呼吸と共に上体を起こす。

(あれはどこに……)

 焦燥を滲ませた表情で周囲を見渡しつつ、布団の中を探る。

 するとプラスチックのような感触が指先に当たり、託は邪魔な布団をゆっくりとめくる。

 そこにあったのは一枚の紙を挟んだクリアファイル。そしてその紙を確認すれば、一度目にした記憶のある内容が記されていた。

(良かった、これがあればチャンスがある)

 たかが一週間、しかし一ヶ月という短い猶予を前に希望を見出すのには十分だった。

(今日一日、蓮音から会いには来ない。遠出するには良い日だな)

 託はそう考えると簡単に荷物をまとめて、スマホを片手に早足で外に出た。

(番号は覚えている。後は出てくれるかどうか……)

 僅かに不安を覚えながらも、記憶を辿って十一桁の番号を入力、発信する。

『…………もしもし』

「……鳥谷……朝日さんのお電話で、間違いないですか……?」

『……はい、間違いありませんが』

 聞き覚えのある声で正解を告げられると、託は変な事を口走らないよう慎重に言葉を選びながら、続けて口を動かす。

「大体四時間後くらいに、駅前に来て下さい。鳥谷さんにお願いしたい事があります」

『?……内容が見えてこないのですが……』

「詳しい事は会ってからじゃないと言えません。簡単に言うと、人助けをお願いしたいんです」

 説明するには、秘密をいくつか打ち明ける必要がある。だが電話越しで鳥谷側に人がいるかどうか分からない中でそれを言うのは、この後対面する事も考えれば不必要なリスクだろう。

 勿論、託は最低限の言葉で答えた。残すはあちら側が信じるかどうかだ。

『人助け……ですか。私の職業を知った上で、私に依頼するんですか?』

「はい。お願いします」

 電話越しだろうと関係なく、本気である事を出来る限り言葉に乗せてあちらに送る。

『……取り敢えず、話を聞きましょう。四時間後に駅前にいればいいんですね?』

「ありがとうございます……!」

『いえ、それでは失礼します』

 そこで通話は終了した。託は疲れたように溜息を吐いてから、控えめに拳を握る。

(なんとか最初の関門は突破出来そうだな。次はどうやって蓮音の目を搔い潜るか……いや、見抜いて協力してもらうか?けど大した症状がある訳じゃないし……)

 今のところは、二度目で上手くいった部分を再現しているに過ぎない。大事なのは、上手くいかなかった次をどうするのか。

(もし見抜いたって事にするならどうする?蓮音に直接質問して言わせる?けど隠し通されたらむしろこっちが怪しまれる。秘密がバレたとしたら……もし来月があったとしても、普通には戻れないだろうな)

 そう考えると、託は真剣な表情の中に影を落とした。それすなわちそれ程に、自身の秘密を重要視している事の表れだった。

 しかしその理由は利己的なものではない。更に言えば、その秘密を抱えている自分はもう普通ではないと託自身が認識している。

(俺は何度も同じ時を繰り返している。けど蓮音はそうじゃないし、この事実も知らない。出来る事ならそのまま知らないままで、"普通の俺"と接し続けてほしい。それなら……蓮音は普通でいられる)

 託の意識にある世界。そこには同じ時を生きた違う世界があり、その先に十六年を生きた最初の世界がある。最初の世界と、託が今立っているここは違う。この世界での昨日までの託は、今ここにいる託ではない。しかしこの世界の蓮音は、昨日の彼女と、十六年前に生まれた彼女と一貫して同じである。

 秘密を知って、今まで接してきた託とは違う託だと認識されれば、それまでと同じ関係でいる事は不可能に近い。表面上は変わらなくとも、意識の中で違う人と区別されるだろう。それがどれ程のストレスになるのか、変わった側である託には測り知れない。

(つらい思いをするかもしれない。蓮音に罪はないんだから、それだけは避けたい)

 どんな背景があれど、理由にすればそれだけだった。

 そんな事を考えている内に、改札を通って電車に乗る。ここから二時間、乗り換えて更に二時間掛けて鳥谷の待つ駅に向かう。

(少し、眠いな。頭の回転も良くないし、少し寝るべきだな)

 電車に揺られて、段々と睡魔が思考を侵食してくる。抗うだけ無駄なそれに、託は本能の赴くままにまぶたを閉じた。

(そういえば、普通に生きていたらもう二年生になっているのか。でも俺はまだ冬を生きている。これは喜ぶべきなのか、はたまた恨むべきなのか……)

 喜びは蓮音を助けるチャンスがある事に対して。恨みは蓮音に悲惨な運命を背負わせたまだ見ぬ元凶に対して。

(まあ、最終的に良い未来があればオーライだな。そのためにも……頑張らないとな)

 そんな事を考えながら、託はゆっくりと眠りに就いた。


  ◇


「……ねぇ託、私をちゃんと見て」

「見てるよ」

「嘘。見てるふりをしてるだけ」

「……」

「ちゃんと見てないから、私は何度も死んでる」

「それは……いや、そうかもな……」

「託のせいだよ。ちゃんと見て、正解を引いていれば、一度も死ななかったかもしれないのに」

「流石にそんな事は……」

「逃げるの?自分の失敗から」

「違う、ちゃんと見極めるんだ。正しい事と、間違ってる事」

「……そうやってる間に、また私が死ぬ」

「え?」

「もういいよ。託なんて…………」

 ……突然、託は息を荒くして俯いた顔を上げる。寝ていた筈が目は完全に覚めて、汗を滲ませている。冬というより、夏にいるようにすら見える。

(……あれ、何か夢を見ていたと思うんだけどな……)

 つい先程までの記憶が思い出せない。その代わりに、妙な気持ち悪さだけが体に残った。

 丁度、電車が止まる。ここから乗り換えてまた二時間、電車に揺られる。やけに重い足を動かして、元いた電車を降りた。

(空いてる席は……って、全然乗ってないな)

 閑散とした乗り換え先の電車内、託はその中の一席に座る。

(……一応、確認しておくか)

 横に置いた鞄が目に入り、ふとそう考える。家を出る前も忘れ物が無いようチェックしたが念には念をと、託は鞄の中に手を突っ込んだ。

(資料はある。スマホも当然持ってる。家の鍵も財布も……ちゃんとある)

 クリアファイルもあってやはり、忘れ物は無かった。

(でも何か……足りない気がするんだよな……)

 必要な物は全てあった。だが、大事な何かを失っているような気がして、更に鞄の奥を探る。

(……ん?何かある?)

 しばらくして、ティッシュやらハンカチやらとは全く違う、比較的に硬めな何かに触れた。勿論、取り出してみるしか選択肢はない。

「……蓮音の……手帳……」

 見覚えのある少し汚れた革の表紙、赤い付箋。それを認識した時、先程までの違和感がスッと体から抜け落ちた。同時に、挟まれた一枚の付箋に強く惹かれた。

(……これには前回の蓮音の記録も書かれているだろうから、俺の対応が正しかったのか確認するためにも……)

 そんな言い訳を聞かせながら、託の指が付箋のページを開いた。

『珍しく、託の方から遊びに来てくれた。泣いてるとこを見られちゃったのは誤算だったけど、それ以上に、託と会えたその事実が嬉しかった』

『託を無理矢理起こして、映画鑑賞をしに行った。道中で昔の事だったりを話して、からかわれたのは少しむっときたけど、それも含めて楽しかった。勿論映画も。まさか自分がそのヒロインみたいになるとは思わなかったけど、勇気を出して観たおかげで残りどれくらいか分からない人生を楽しもうと思えた』

『昨日の夜、託と付き合う事になった。一秒も長く一緒にいたいって言われた時はすごく嬉しかった。勢いでキスしちゃって、夜に眠れない日が続いていたのもあってそのまま寝ちゃったのは失敗だったけど、幸せな夢を見れたような気がする』

『託と泊まりで旅行に行った。色んな場所を見て回ったけど、詳しい事はここに書かなくていい。もう期間は短いから、書く必要もない。記憶に焼き付けて、偶に写真でも見て、そうやって残りは過ごそうと思う』

『託にはすごく感謝している。今までで一番今が幸せ。このまま目を覚まさなくても、もう十分。でも叶う事ならもう少し、託と恋人していたかった』

 書かれていたのは、そこまでだった。確実に、託は蓮音を幸せに出来ていた。だが託は苦虫を噛み潰したように顔をしかめ、手帳を持つ指圧を強くした。

(後悔を書かせるようなら、正しかったとは言えない)

 蓮音が最大限幸せであれば、最後の一言は書かれなかっただろう。だが、結果は先述の通りだった。

(次こそは……もっと長くいれるように……)

 まだ願望でしかないそんな言葉は胸に、手帳は鞄の奥に仕舞い、託は前を向く。

 電車は既に動いて、前に進んでいた。


  ◇


 約二時間後、託は電車を降りて久しぶりのプラットフォームを踏んだ。

「すぅ~……ふぅ……よし」

 深呼吸で緊張をほぐし、改札に向かって階段を降りる。後は探している人を見つけて、説得するだけだ。

(以前は話してすぐに協力してもらった。今回もそうだといいけど……)

 世界は違えど同一人物なのだから大丈夫だとは思っているが、それでも万が一を考えて託は僅かながらも不安を抱える。

(うーんと……あ、いた)

 ある程度の人はいたものの困る程ではない。そのため少し全体を見渡すとすぐに一人の男を見つけて、託は改札を通るとその人の目の前まで真っ直ぐ進んで止まった。

「……初めまして。鳥谷朝日さんで、間違いないですね?」

「初めまして……君が私に電話してきた人なのか?」

 託が目を合わせてから彼の名前を呼ぶ。すると驚いたように目を見張りながら、鳥谷は質問を返した。

「神風託と申します。鳥谷さんに、人助けを依頼した者です」

 託は鳥谷の目から視線をずらす事なく、本気だという事を訴えつつ自己紹介する。

「……分かった。話を聞くから、そこのカフェにでも入ろう」

 数秒程見つめ合ってから、鳥谷は頷くと先導するように歩き出した。

 向かったのは駅構内のカフェテリア。そこで鳥谷はトーストとコーヒーを、託はコーヒーだけを注文して、トーストを待つ必要のない託が適当な席を取って待つ。

「それじゃあ、詳しく聞かせてくれるかな?」

 割とすぐに追い付いた鳥谷が、コーヒー片手に発言を促す。その表情は微かに柔和だが、細めた目からは託を推し量ろうとする鋭い視線が感じ取れる。

 刹那に、ピリッとした空気が漂う。

「……これを」

 しかし託は臆せず、持ってきたクリアファイルと資料を差し出した。

「……読んでくれという事かな?」

「出来る限り、他言無用でお願いします」

 受け取った鳥谷から確認のために尋ねられると、捕捉しつつ頭を下げて答えとする託。鳥谷はそこまでしなくてもと言わんばかりの困った表情でその頭を一瞥してから、何も言わずに資料を読み始めた。

「…………神風君、君は一体何者なんだ?」

「……どういう意味でしょうか?」

 鳥谷の言葉で顔を上げると、彼は警戒のような、畏怖のような眼差しでこちらを睨んでいた。託からすれば意味が分からず、毅然とした態度を演じながら質問で返す。

「この資料には私だけが重要な書類だけに使う言葉が印字されている」

「そうなんですか」

「そうなんですかって……私は君と会った記憶が無い。それ以前に、重要な書類を人に渡した事もない。それなのになぜ君は……」

「やっぱり、隠せないですか」

 身構えながら話す鳥谷とは対照的に、託は一度余裕のある受け答えをした後で諦めたように呟いた。

「……もう一度聞く。君は何者なんだ?」

「……その質問に答える形なら多分、別世界か未来から来た人間……だと思います」

 意図してそうなっている訳ではないので、それが適切な表現なのかは託にとっても疑問だが、少なくとも別の時間空間から来たのなら間違いないだろう。

「まあ、信じてもらえるとは思ってないです。でも、助けたい人がいるのは本当です。その資料も真実です。そこに書かれているウイルスのサンプルがどこにあるのかも、知っています。他にも……」

 これだけ警戒されている時点で、そう簡単に頷いてはくれないのは分かっている。それでも託は気を緩める事なく、出せる限りの嘘偽りない情報と、誠意だけが裏付けの証言を並べる。

「……本気で、助けたいと思っているんだね?」

「勿論です。手段を選ぶつもりもありません」

「……そうかい」

 不意を突いて放たれた問いにも、託は迷いなく答えた。すると鳥谷は僅かに笑みを零して、感嘆に近い溜息を吐く。

「まだ信じきれた訳じゃないけど、取り敢えずは君の願いを叶えられるよう尽力してみるよ」

 鳥谷はそう言いながら託から受け取った資料を自身の鞄に入れ、片手を差し出す。

「……ありがとうございます……!」

 託はただただ感謝して、頭を下げながらその手を両手で握った。

「でも、手段は選んでもらわないと。変に暴走されても困るからね」

「うっ……はい、自発的な危険行為は控えます」

「それでいい」

 苦笑しながらの鳥谷の指摘に、愛想笑いを浮かべながら反省の意を示すと、満足したように腕を組んで頷かれた。混乱させられた分の、鳥谷なりの仕返しだったのかもしれない。

 何はともあれ、これで確実な協力関係は得られたと託は確信した。第一関門は突破したと言って差し支えないだろう。ならばここからは戦略的な、これからの話をする時間となる。

 だがその話に移行する前に、託はコーヒーを、鳥谷はそれに加えてトーストをいただく事にした。

「ちなみに託君は、死んでこの世界に来たのかな?それとも生きた状態で?」

「……多分、前の世界で死んでから次の世界に行っていると思います。一回は階段から落ちて致命傷を負いましたし、いきなり体調が悪くなって気を失ったりもしましたから」

「ん?複数回に渡って死んで別世界を繰り返しているのかい?」

「一応、三回繰り返してますね。今日という日を過ごしたのは四回目です」

 意外と繰り返しているなと、懐かしみながら悔いながら過去を振り返って答える託。一方で鳥谷は、その答えに首を傾げて口を開いた。

「何回も繰り返せるというのなら、別に治さなくても良いんじゃないのかな?そうすれば君は永遠の命を得れる訳だし、君の助けたいという人ともずっといれる筈なんだけど」

「……まあ、確かにそうですね。何度も同じように続くのなら、老いもなくずっと高校生を続けられる。けど、それじゃ駄目なんです」

 見る角度を変えれば人類の夢とも言われる能力を手に入れていると指摘され、少なからず間違いではないと託は強く肯定する。だが同時に、否定もした。

「普通に高校生して、いずれ大人になって、年を取って、いつか死ぬ。漠然としているのは理解していますけど、そういう人生が送りたいんです。少なくとも俺は、不老だとか不死だとかが理想だとは思えないです」

 願わくばその隣に一人の大切な人がいてほしい。とまでは語らなかったが、託は最低限自分が強く望んでいる事を吐き出した。

「……なるほどね。それじゃあ最後に一ついいかな?」

「何でしょうか?」

「君は……自分のために闘っているのか?それとも誰か特定の個人のためかい?」

「それは……」

 託は答えようとして、途中で言葉を詰まらせた。

(あれ?蓮音のためだよな?)

 頭の中で確認するが、答えは変わらなかった。不思議に思いながらも、もう一度口を動かす。

「それは……特定の個人のため……です」

「そっか」

 最後まで歯切れが悪くなった事に疑問を持つ託を置いて、鳥谷は一人納得したように頷いた。

「それじゃあ、そろそろお開きとしよう。私もまだ仕事があるからね」

「あ……そうですよね。今日はお時間ありがとうございました」

 鳥谷も一介の社会人である事を失念していた自分に呆れながら、立ち上がる彼に向けて深く頭を下げる。

「何かあったらいつでも連絡してほしい。こっちも進展があったら連絡するよ。それと……」

 後はこの場を去るだけかと思わせた鳥谷が、託の耳元に顔を近付ける。

「君は普通である事を望んでいる。そのために誰かを助ける必要があるだけだ。この言葉の上で本当に誰かを助けたいのが本心を言うなら、もう普通に戻れない事を自覚した方が良い。君は秘密を他人に言った時点で、少なくともこの世界ではもう普通じゃない。それじゃあ、また連絡するよ」

 忠告とも受け取れる言葉を残して、鳥谷は空の皿とコップを持って託から離れていった。

「……よく考えておきます」

 託は曖昧な答えを呟いて、しばらく一人でコーヒーを飲んでから帰路に就いた。

 この日、再び時計の針が動いた。一ヶ月の停止を経て、再出発となった。

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