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Relife  作者: 橋本 海里
14/19

三生目  最期

 あれからまた数日が経過して、一月三十日。今夜から明朝にかけて、蓮音が命を落とす。

 蓮音はそんな事を知る由もなさそうに、普段通り託と登校して普段通り託と下校する。放課後は家で遊ぶ約束もしている。

 命日を悟られないよう、託もなるべく感情を抑えて、いつも通りの学校生活を彼女に送らせた。

「そういえば、一月も明日で終わりだね。なんて言うか……色々あったね」

「そうだな、でもどうして突然?」

 帰り道、特に話す事も無く歩いていると、蓮音が哀愁漂う表情で今日までの日々を振り返り始める。

「最初、託と付き合うってなった日……本当に嬉しくて中々寝れなかったんだ」

「夢になりそうだったから?」

「うん、それもあるよ。でもそれより、少しでも長い時間を過ごしたかったのが大きいかな。寝てる時間は意識が無いから」

 無意識下の記憶は微塵も残らない。その時間を除くと、寿命は一ヶ月もないだろう。だから少しでも寿命を伸ばしたいがために、睡眠時間を削ろうとしたという事だろう。

 そんな蓮音の理屈は理解出来る。が、簡単に共感できるものではなかった。彼女と違い、託は終わりが近付いてくる感覚を知らない。だから、なんと返せば良いのか分からなかった。

「……そんな顔しないで。最高の思い出が台無しになっちゃう」

 悲哀に染まった託の顔を見て、蓮音は困ったような笑顔で頬に触れる。

「蓮音は……幸せだったか?」

「勿論、すごい幸せだったよ」

 託が恐る恐る尋ねると、満面の笑顔と共に即答で肯定の言葉が返ってくる。演技を疑う余地はまったくない。

「……もし、死なない方法があるとしたら……どんな条件でも呑むか?」

「……託がいてくれるなら」

 変に希望を持たせるのは嫌だが、それでも託にとってはどうしても聞かなければならない事だった。

 結果として、蓮音は呑まなかった。託の聞き方が自己犠牲を匂わせたのだろう。それだけは拒絶する姿勢を見せた。

「そっか……ごめん、忘れてほしい」

「うん……託、私の事……好き?」

「勿論」

「ありがと、嬉しい……えへへ……」

 無かった事にしようとする託に、蓮音は頷くついでに分かりきった事を確認する。返ってくるのは当たり前の答えだが、蓮音にとって幸せを認識するにはこれ以上無い方法でもあった。

「帰ったら遊ぶ訳だけど、託は何したい?」

「ん、俺?そうだな……」

 上機嫌な蓮音が体一つ前に立って、託の顔を覗き込みながら尋ねる。

「……テレビゲームでもするか?それだけで色々あるし」

 しばらく考えてから、託は提案する。最後の遊びとしては、二度目の選択である。

(忘れないためにも……最後くらい、最初と同じ事しないとな)

 初めて蓮音が死んだ前日は、二人でテレビゲームをしていた。そして今回も、色褪せてきた絵を修復するように、同じ選択をした。

「テレビゲーム……うん、そうしよっか。決まったなら早く帰ろ!」

 意外だったのか蓮音は一瞬目を丸くしたものの、すぐに快活な笑みを浮かべて託の手を引いた。

「はいはい、こけるから歩こうな」

「子供じゃないんだけど?」

「子供だろ未成年なんだから」

「そうだけどそうじゃない」

「分かってる……ふふっ」

「やっぱり馬鹿にしてる!」

 我慢できずに託が声を漏らすと、蓮音はすぐさま頬を膨らませて反応する。しかしその風船は意外にも早くしぼみ、次は優しく、思い出を探るような少し懐かしそうな笑顔を託に向ける。

「……帰ろっか」

「……そうだな。帰ろう」

 蓮音の言葉に、託は同じく優しい表情で返事をした。

(いつも通り振舞って元気でも、なんだかんだ言ってやっぱりつらいんだろうな)

 そう思っても、託はもう彼女と違う顔はしなかった。きっとそれが一番だろうと、願いながら。

 以降は帰宅して一度別れるまで、互いに何も言葉を発さずとも隣を歩いた。色々言いつつ言われつつ考えつつも、結局はいつも通りを生きる事が一番なのだから。


  ◇


 一月三十一日朝七時、目を覚ました託は軽く身を整えてからいつも通り学校に行こうとせんばかりの制服姿で、橘花家のインターフォンを鳴らす。

 すると扉が開き、蓮音ではなく彼女の母が姿を現した。

「おはようございます」

「あら、託君の方から来るなんて珍しいわね」

「そりゃ、いつもは蓮音の方が早く起きて俺を起こしに来てますから。今日は俺の方が早く起きたっぽいので起こしに行こうかなって」

 嘘だ。昨晩蓮音と別れて、託は一睡もしなかった。冷たい窓に耳を当てて、やっぱり最後にもう一度声が聞こえないかと待っていた。

 結局聞こえる事はなく朝が来て、予定通り最初と同じ轍を踏みに彼女の家を訪れたのだ。

「けど蓮音も見せたくないものはあると思うので、先に見に行ってくれると嬉しいんですけど……」

「そうね。じゃあ一度確認しにいくから、寒いだろうし取り敢えず入っちゃって」

「ありがとうございます」

 託が申し訳なさそうに話すと、蓮音母は快く承って背を向け階段を上がっていった。

 完全に二階へと姿が消えてから、託は靴を脱いでゆっくりと後を追って階段を一歩一歩上に進む。そして開きっぱなしの蓮音の部屋のドアの前で、一度深呼吸してから口を開く。

「どうですか?蓮音は起きてま……」

 託はまるでまだ何も知らないかの如く呑気に顔を覗かせ、目を覚まさない蓮音と、その横に突っ伏す彼女の母の姿を目にした瞬間に、喋るのを辞めた。

「……託君、よく聞いて……蓮音は……蓮音は……」

「今日、だったんですね」

 言葉を詰まらせる母に、託は精一杯つらそうな口調で応える。すると堰を切ったように声を上げて泣き出したのを横目に、託は救急車を呼んだ。


  ◇


 恐ろしい程に、冷静だった。分かっていた、経験していたにしても、託は恐怖を覚える程に動揺せず蓮音の死を受け入れた。

 病院からの帰り道、河川敷は昼時とは言え寒く、風が肌に突き刺さる。その中で、託は次回の計画を練っていた。

(次こそ蓮音を助けたい、生きていてほしい。けど……どうすれば良いんだ?前回、一ヶ月以内での特効薬はほぼ不可能、ワクチンで抗体をつけた人との心臓移植を繰り返してなんとか延命だったっけ?けど危険すぎる。どうにか研究だとかの手順を飛ばせれば良いんだけど……)

 そう考えていると、ある所で突然足がもつれる。

「うお……っと。ここは……」

 託はどうにかバランスを取り戻し、顔を上げる。すると目に映った景色が脳に送られ、脳から視界に一つの映像が送られる。

 大雨の中、砂利に寝そべって、血が流れるのをただ眺める。そんな誰かの一人称視点が目に映って、託は反射的に口を抑えた。

「…………っぷ、っはぁ……はぁ……今のは……」

 その場にしゃがみ込みながら、前に続く土手を見る。すぐ目の前、五歩も行けばの距離に、見覚えのある石階段があった。

(……何か、あるのか?)

 不意に漠然とした可能性を感じて、託は慎重にそこから土手の下へと向かう。

 一番下、砂利の地面を踏むと、その足元から鮮血が一面の砂利に広がる幻覚を見る。心なしか土砂降りの雨の音が聞こえ、動悸が激しくなってくる中で周囲を見渡す。

 緑の薄い、草の生え際、その内の一ヶ所で目線が留まった。

 ゆっくり、慎重に、託はそこに向かって歩いた。そして、クリアファイルとそれに挟まった一枚の紙が見つかった。

「これは……前回の……」

 見つけたのは、一人の男に協力してもらった時の資料一枚。実に、一週間分に匹敵する記録。

(……これなら、いずれ薬を作れるんじゃないか?)

 そう思ったのも束の間、突然の激しい眩暈が託に襲いかかる。

(ぐっ……なん……で、いきなり……)

 そこで託の意識は途切れた。

語学研修で九日くらい(?)触っていませんでした。

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