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Relife  作者: 橋本 海里
10/19

三生目  求めている関係

「……んー、ふあぁ……朝か」

 翌々日、託はスマホのアラーム音で朝を迎える。

 昨日は昼間に軽く遊ぶ程度で、三学期の始まりに備えて早く寝た。そのおかげか、託の体は冬の布団から簡単に抜け出せるくらいには元気が有り余っている。

 寝起きの割には軽快な動作で部屋を出ると朝のルーティーンをこなしていく。インターフォンが鳴ったのは丁度歯磨きを終えた時だった。

 託はリビングでカメラに映る人物を確認してから玄関に向かい、何も尋ねる事無くドアを開く。そこにいたのは見慣れた少女だった。

「託、おはよう」

「ああ、おはよ……って、寒いな」

 一月の寒さに加え今しがた強めの風が吹き、部屋着の託が半ば反射的に腕を組みながら素直な感想を述べる。

「今日はマフラーとかあった方が良いと思うけど……持ってたよね?」

「一応あるにはあると思うけど……着けたくないな」

 蓮音の質問には頷いたものの何か理由でもあるのか、託は頭を抱えて悩まし気な表情を浮かべる。

「まあとにかく寒いし俺も準備があるから、取り敢えず上がって」

「……はーい」

 蓮音が物申したさそうに頬に空気を入れたのを見てもっともな理由で誤魔化すと、不満気な返事だったが彼女は「お邪魔しまーす」と軽やかなステップで神風宅に入っていった。

 元が分譲住宅で間取りが橘花宅と鏡写しなため、蓮音はほとんど来ない一階でも迷わずリビングへ飛び込んだ。

「俺は着替えてくるから、ちょっと待ってて」

「マフラーもちゃんと持ってきてね」

「はいはい」

 背後から釘を刺され、託は渋々ながらも承諾して二階の自室に向かった。

(そういえば……今日はやけに早かったな。まだ時間には余裕がある筈なんだけど……)

 今日の託はいつもより早起きだった。その託が身支度を終える前に訪問してきたという事は、蓮音はかなり早く起きたのだろう。

(まあ、蓮音が俺より早起きなのはいつもの事だし、昨日は早く寝たと仮定すれば別に普通か)

 大した問題ではないだろうと結論付けた託は、待たせないようやや急ぎ目に着替え始める。五分もすれば着替え以外の支度も終わらせ、通学用の鞄とマフラーも持ってリビングに戻った。

「蓮音ー、戻った……ん?」

 ソファに座っている蓮音を見つけた託は声を掛けるが、違和感に気付いて言葉を途中で切り、無言で静かに顔を覗き込む。

(……寝てる、な。時間はあるし、このままにするか)

 託は優しく微笑みながらソファの上にあったブランケットを彼女の上半身に被せ、自身も隣に座って平和な時間を過ごす。

 蓮音は良い夢でも見ているのか、心地良さそうな寝息を立てながら口元を綻ばせている。隣に座る託も安心しきった彼女の顔を見て、つい笑みを浮かべてしまっていた。

 しかしそんな時間は短いもので、二十分程度でスマホの画面が登校時刻を映し出した。

「……蓮音、そろそろ起きよう」

 託は耳元で呼びかけながら彼女の肩を揺する。

「……ん……んむぅ…………あぇ、託?」

「そうだよ。そろそろ登校しないとだから、起きような」

「とう……こう…………ふぁっ!?私、いつの間に寝て……」

 寝ぼけた蓮音と会話すると、段々と目が覚めた彼女は何かの拍子に完全に目が覚めて頓狂な声を上げた。

「寝たのはうちに来て五分以内だな。んで二十分程安眠していた」

「ず、ずっと見てたの?」

「さあ?取り敢えず今は登校するべきだと思うぞ?」

 別に見ていたところで、今までも同じ部屋で昼寝なんて何度もあったのだから今更ではある。がしかし悪戯心がくすぐられた託はわざと曖昧にして先にリビングを出て行こうとする。

「ま、待って!先に答えて!」

「追いついたらな」

 制止を掛けた蓮音に分かりやすい挑発をして、そのまま逃げるように玄関に向かった。

 そして靴を履くと、ドアを開いてその場で蓮音を待つ。

「もう許さないからね!絶対捕まえて白状してもらうから……って、どうして逃げないの?」

 間もなくしてリビングから飛び出てきた蓮音だったが、一切動こうとしない託に驚いて足が止まった。

「そりゃあ、戸締りはちゃんとしないとだからな?」

「……あっ」

 託がキーケースでお手玉をしながら揶揄うと、蓮音はようやく気付いて呆けたような声を出した。

「そういう事なので、捕まるのは確定だね」

「ずる、詐欺師、さいてー」

「……んぐっ」

 蓮音が頬を膨らませて罵倒するが、圧が無いのでむしろ可愛い負け惜しみにしか聞こえなかったため、託は思わず吹き出してしまった。

 別に蓮音も怒っている訳でもなかったので本気にされるよりマシなのだが、この反応もそれはそれで気に食わずジト目で託に半分諦めたような視線を送る。

「……そういえばマフラー、結局持ってこなかったんだ」

「ん?ああ、そんな話もしてたな」

 託が思い出したように答えると、蓮音は呆れたように溜息を吐いて口を開く。

「今日結構寒いよ?風邪引きたくなかったら着けないと」

「いやでもなぁ……これだから……」

 託は苦笑いを浮かべて、鞄からほつれだらけのマフラーを取り出した。

「えぇ……」

 蓮音はある程度のボロであればまだ使えると押し通そうと思っていたが、予想以上に状態が悪いマフラーを見て絶句する。

「いつの間にかこんなになってたからさ、首が痒くなるし使いたくないんだよな」

「……はあぁ~」

 託が具体的な理由を補足すると、蓮音はもう一度大きな溜息を吐いた。

「明日はゴミ出しの日だし、その時捨てよっか」

「なんか……すまん」

 困り笑いを浮かべた蓮音に若干の申し訳無さを覚えた託は謝罪の言葉を口にして、素早くマフラーを鞄に引っ込めた。

「大分時間使っちゃったし、そろそろ行かないとね」

「まあ、言うて余裕あるけどな」

「それでも新学期一日目だし、ね?」

「……そうだな。さっさと行くか」

 のんびりした登校でもと考えた託だったが、もう歩き始めた蓮音が振り返って微笑むと、水を差すような事は言えずに肯定した。

「あ、風邪引かれるのは困るし、これあげる」

「うん?カイロ?流石にそれは悪いから……」

「予備持ってるから大丈夫。断るなら無理矢理ポケットに押し込むから」

「……じゃあ、お言葉に甘えて」

 託が差し出されたカイロをポケットに放り込むのを確認すると、蓮音は満足そうな笑顔を手向けた。

 他にも歩きながら他愛ない会話を広げ、登校中のネタに困る事は無かった。


  ◇


「久しぶりだねー。憂鬱なだけでもあるんだけど」

 久しぶりの学校という事で多くの生徒が早い時間に登校した結果、まだ余裕がある時間にも関わらず騒がしい教室に到着して、蓮音が開口一番に愚痴を呟く。

 成績は良いのだが、だからと言って勉強が好きな訳でもなく、託は彼女が筆記用具を持つ姿を授業中と託に促された時以外で見た事がない。

「帰ったら遊べるんだから、我慢するんだな」

「今日は始業式だけだから早く帰れるね。帰ったら何する?」

「いつも通りその時考えればいいだろ。それより今は友達に挨拶しに行くべきだと思うが?」

 余計なお世話は無視して、早くも放課後の話を持ち掛ける蓮音。託としては無視されるのは癪なので、軽く受け流して更にお節介を重ねて対抗する。

 すると蓮音はムッとした表情で不満を露わにして、託に至近距離まで近寄り耳元で口を開く。

「私、託以外に仲良い人いないんだけど」

「え?そんな事ないだろ。体育の時とかよく話して……」

「それは……託と付き合っているのかとか、そういう事聞かれてるだけ」

 まさかと驚いて否定する託に、蓮音はほんのり頬を赤くして事実を呟く。

「……本当に?」

「うん。ちなみに付き合ってるって事になってるから」

「……はい?今なんて?」

 最初、疑ってかかった時は隠せていたが、新たに爆弾が投下され、託は動揺を隠さず聞き直す。

「付き合ってる事にしてるから、それっぽく振る舞ってほしいな」

「……いつからそうなってた?」

「入学したその日から」

「よし、一回こっちに来なさい」

 予想外の連続でパンク寸前に追い詰められた託は蓮音の手を引き、逃げるように教室を出る。

 男子からの刺すような視線と女子からの好奇の視線。付き合っていると認識されてる事を知った今、託は自身と蓮音に注がれる数多の視線に初めて気が付き居た堪れない気持ちになった。

 足早に屋上へ続く階段の踊り場に逃げ込むと、託は蓮音を段差に座らせる。

「さて……まずどうして付き合ってる事になったんだ?」

「え、えっと……付き合ってるのかって聞かれて、その場の勢いで……」

 今考えれば教室を二人で出ていく先程の行動はそれこそ付き合っているように見えるのではと思い、託は若干の居心地悪さを抱えながら蓮音に質問した。

 気まずそうな態度の託に対し、蓮音は居心地こそ悪そうにしながらも、僅かに口元を綻ばせながら答える。

「そうか……じゃあ、どうして付き合っている事にしたんだ?」

「そ、それは……ううぅ……」

 文字に起こすと似ているが非なる質問、経緯ではなく理由を質問する託。そしてその質問は答えづらいらしく、言葉を詰まらせ顔を手で覆う蓮音。

 少しばかりの静寂の後、埒が明かないと感じた託は自ら視界を奪っている蓮音に静かに近付く。

「……なあ、蓮音」

「は、はいっ!」

「手、どけて。もしくは答えて」

 食い気味に返事をした蓮音に、託は難しい二択を迫る。

「う……断る選択肢は……」

「無理矢理手を剥がす」

「そ、それだけは駄目!」

「じゃあ答えて。どうして付き合っている事にしたんだ?別に怒っている訳じゃないから、教えてくれ」

 最後にダメ押しの一言も入れて、掌を隔てた先にある蓮音の目を見据える。それだけ真剣である事を伝えるために。

「……うん、答える。その代わり、先に一つ聞いていい?」

「それで答えてくれるなら」

「ありがと。質問するならこの手はどかした方が良いよね」

 そう言って蓮音は自ら手を膝まで降ろし、目の前に映る託の瞳を見て躊躇いながらも口を開く。

「た、託にとって私って……どういう存在?」

「っ!……待って、それって……」

「正直な気持ちを答えて。お願い」

 縋るような声で願う蓮音の指が、いつの間にか託の制服の袖を摘まんでいた。その気になれば振りほどけるような弱い力だったが、託の逃げる姿勢を咎めるにはこれ以上ない強力なものだった。

「そうだな……家族みたいなものだと思ってるよ」

「……兄弟姉妹みたいなものって事?」

 尋ねる蓮音の声は震え、袖を摘まむ力が強くなる。答えに対する不安が鮮明に託へと伝わる。

 託は明確な答えを口にする覚悟を決める。

「そんな関係じゃない。もっと深くて、心からの関係……。いや、これは俺の願望だな。元々どういう存在っていう質問だったし。まあ、これから先も、絶対に必要な存在だよ」

 一周回って恥ずかしさが消えた託は暖かく微笑みながら、優しい声音で本音を伝えた。直接的な言葉は口にしていないものの、蓮音が汲み取るには十分だった。

 蓮音はじんわりと目に涙を浮かべ、口より先に体を動かして託の首の後ろに腕を回した。

「大好き。いつからそうだったかは分からないけど、私も託が大好きだよ」

 はにかみながら呟く蓮音の声を聞いて、託は優しく彼女の背中をさする。

「そう言ってくれて嬉しいよ。でも残念、浸っている時間はないな」

「……あ、始業式があるんだったね。でも、その前に一つ……二つだった。言いたい事があるんだけど、良い?」

 冷静に時間を心配する託が夢のような空間に現実を引き込むと、蓮音も現実を見て最後に言いたい事を絞って託に許可を請う。

 託がスマホで時間を確認して頷くと、蓮音はハンカチで涙を拭ってから張り付けたような笑みで口を開く。

「まず一つ目。どうして付き合っている事にしたのかだけど、託を他の女子に取られるのが嫌だったから。言ってしまえば、託が好きだったからだよ」

「だったら、これからは事実として胸を張れるな」

 互いの想いを共有して、もう嘘である必要が無くなった。託はにこやかにそう返して、袖を摘まんでいる蓮音の手を握った。

 だが蓮音は次が本題だと言わんばかりに俯き、ゆっくりと口を開く。

「二つ目。私は託が好き、愛してる。けどね……私は託と付き合えない」

「……そっか」

(ああ、やっぱりな)

 普通に考えれば驚愕の言葉だが、託はその答えを予想していたのかという程冷静だった。

 そしてその冷静さの通り、託は最初から簡単に付き合えると思っていなかった。理由は単純で、託も蓮音も()()()()()()から。

「……思ったより落ち着いているのはびっくりしたけど、理解を示してくれているって事かな?それならこの話は……」

「いや、理解は示しているけど納得していない」

 蓮音が話を終わらせて教室に戻ろうとするタイミング、託は彼女の言葉を遮って自分の心情を伝える。

 勿論蓮音が驚かない訳無く、立ち上がって背中を向けていた彼女は階段を降りる足を止める。そしてまたも張り付けた笑みを浮かべて、無言で託の方を向く。

「理由、あるんだろ?まずそれを教えてくれ。話し合ってからでも遅くない」

「……放課後にね」

 託の言葉を聞いた蓮音はすぐに顔を戻し、一言だけ置いて階段を降りて行った。

「……ああ、放課後に、な」

 託はその瞳の奥に希望を灯して、蓮音の言葉を一度復唱する。

(あの時、本当の表情が見れたな。一瞬だけど)

 最後の顔を逸らされる一瞬、蓮音の目に光が戻った。それは感情を取り繕っている時のものではなく、彼女の素直な感情を映す時のもの。その目の中に嬉しさと、期待の籠った光が見られた。託はそれだけで十分な勝機を感じ取った。

 少し時間を置いてから、託も階段を降りて教室に戻った。

 ギリギリの狙って戻ったため、蓮音と会話する間もなく始業式へ向かう事になった。


  ◇


「託、帰ろ」

「ああ、帰るか」

 終学活後、蓮音はいつもの調子で託に声を掛ける。託も普段と変わらぬ態度で接して、二人で学校を出る。

「ちなみに、歩きながら話すか?それとも家に帰ってから?」

「……家に帰ってからにしよ」

 託が笑みを浮かべながら尋ねる。主語が無い問いだったが、何の事かは当然理解している蓮音は張り付けた笑みで答える。

「分かった。じゃあ今は普通に喋るか」

「……うん」

 託はあくまで優しい声音で、柔らかく微笑みながら話す。

 そのおかげで蓮音の緊張も少しばかり緩んだのか、気恥ずかしそうに俯いて嬉しそうな笑顔を浮かべる。

 会話のペースは登校時よりもぎこちなかったが、それでもごく普通な会話内容で話を弾ませ、帰宅まで途切れさせなかった。

 一度互いの部屋に帰るが、託は荷物を降ろすと早々に蓮音の部屋の窓をノックする。

「……いいよ」

「お邪魔します」

 僅かに時間を置いて蓮音が顔を出したため、許可が下りてから託は蓮音の部屋に入る。

 そして託が部屋の真ん中で正座すると、蓮音もそこに向かい合うように正座した。

「……それじゃあ、理由、聞いてもいいか?」

 少し間を置いてから託が尋ねると、蓮音は覚悟を決めて頷くと口を開き話し始めた。

「この前、託が私の部屋に入って来た時、泣いてたでしょ?私」

「そうだな。三日前だったっけ」

「実はね、もう長くないんだって。余命一ヶ月くらい。新種の、既存のどれとも全く異なる、未知のウイルスに感染したんだって」

(……やっぱり、それが理由だよな)

 託の予想通りだった。その後の蓮音の話も、もう長くないから、付き合ったらもっと悲しませるからという、託の思っていた通りのものだった。

「……だからね。私は託と付き合えない。せめて、今まで通りの平穏な日常だけでも……」

「なあ蓮音、俺の事、愛してる?」

 表情に影を落とした蓮音が締めくくろうとした瞬間、託はそれに被せて蓮音に尋ねる。

「勿論、大好きだよ」

 蓮音ははにかみながら答える。その言葉に嘘はない。

「そっか。それじゃあ少しくらい、良いよな?」

「え?ふえっ?」

 託は呟くと蓮音の返事を待たず近付いて、優しく彼女の背に腕を回して抱きしめる。

 蓮音も最初こそ驚いて上ずった声を上げたものの、ゆっくりと託を抱き返す。

 学校の時より密着度を高くして、ブレザーを脱いでいるのもあってより力強く互いの熱を交換する。

「ね、ねぇ託……ずっとこのままいるつもり?」

「……他にしたい事でもあるのか?」

 互いに顔を見る事は出来ないが、託は蓮音の己より早い鼓動を感じ取って彼女に答えさせるように誘導する。

「ほ、他にも、ハグ以外にも色々あるでしょ」

「色々あるな」

「だ、だから他の事も……」

「うん、他のって?」

「……いじわる」

「どれの事か分からないな」

 短く切られた会話の応酬の中で、蓮音の心拍が段々と上がる。もう少しで我慢の限界だと推測して、託は自ら口を開く。

「したい事って?蓮音が言った方が早いよ?」

「うぅ……」

 託の予想通り我慢も限界に達したのか、蓮音は託の後ろに回していた手を離し、支えにしながら託の胸に顔を埋める。

「き、きす……とか……」

 躊躇いがちに呟かれた言葉を、託もしっかりと認識した。

「キス……ね」

「……うん」

「する?付き合ってないけど」

「い、一回だけ……ダメ?」

「一回なら良いって理屈は分からないな」

 酷い事、最低な事を言っているのは託も理解している。胸の中で蓮音が泣き出した事が、何よりも自分の行いを示していて胸が本当に苦しい。

 それでもきっと必要な事だと信じて、逃げようとする蓮音を抱きしめる腕を固く固定する。

「ひ、酷いよ。言わせておいて、付き合わないとダメみたいな言い方して」

「……そうだな」

「私だって、本当は付き合いたい。これからも託とずっと一緒にいたい。でも絶対に叶わないから……だから少しでも託が傷付かないようにって思っているのに」

「キスしたいって言ったのに?」

「……そうだよ。キスだってそれ以外だって、本当は託と恋人らしい事全部してみたい。でも、託に傷付いてほしくない!矛盾してるって分かってる。だから……もう離して……」

「やだ」

 蓮音の弱々しい願いを、託は短い言葉で切り捨てた。

「お願い、傷付けたくないだけなの……」

「俺は傷付かないよ」

「そんな事……」

「でも蓮音は自分の望みを捨てて、自分から傷付こうとしている」

 蓮音の言葉を無視して続きを語ると、図星だったのか僅かに蓮音の体が揺れた。

「さっき、もう長くないって言ったよな?」

「……うん」

「だったらさ、その残り少ない時間を一緒に過ごさせてほしい。一秒でも長く」

「……別にそれくらいなら友達のままでも……」

「それじゃ蓮音は満たされないんじゃないのか?」

 もう一度、蓮音の体が揺れた。言い返しが無いのか答えもない。

「……ちなみに俺は満たされない」

「……え?」

「俺も蓮音と恋人らしいことしたいよ。むしろ、付き合えない方が後で後悔する」

 言葉と一緒に腕の力を緩めると、蓮音が涙を滲ませた目で託を見上げる。託は優しく微笑み返すと、蓮音の長い黒髪を優しく撫でて口を開く。

「これは正真正銘、俺の我儘だから。蓮音、付き合ってほしい。これからの蓮音の人生、今までよりもっと近くで支えさせてほしい」

 託が告白と共に蓮音を優しく胸に収めると、蓮音は今まで抑えていた壁が決壊したように涙を流す。

「うぅっ……うん、うん……私も託と付き合いたい……!」

 泣きじゃくりながらも、蓮音は確かにそう口にした。託は安堵して蓮音の背中をさすりつつ、一つ大事な話を思い出す。

「そういえば蓮音、その前の話なんだけど……んん……!?」

 一つ前の話、すなわちキス云々の話なのだが、託がそれを持ち掛けたタイミングで蓮音の方から飛び付くように唇を重ねた。

「………………ぷはぁ」

 十数秒程の長いキスを終えると、蓮音はもう一度託の胸に収まり、そのままゆっくりと力が抜けてやがて心地良さそうな寝息を立て始めた。

 キスが終わって蓮音が胸に入ってきてから、安らかな呼吸をするまで、託は無言でただ優しく背中をさすり続けた。

「……そろそろおばさん呼んで、一回帰らないとな」

 まだ制服という事もあり、託は一度帰って蓮音が目を覚ましていれば夜にまた会いに行く事にした。

 とは言いつつ、その日の間に蓮音が起きる事はなかったのだが。

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