新章 「さっそく」
不死身じゃないけど不老・不死!
それから数週間が過ぎ…そろそろ初夏の匂いが漂いはじめた、ある日の晩。
「カリカリ・カリカリ…」
遠くに・海浜工業地帯の夜景が見える、起居する部屋の机にむかって、ペンを走らせ・受験勉強に励んでいると…
『ブルブルッ! ブルブルッ!』
バイブにして・左脇に置いてあったスマホが、デスクの上で震え出す。
『ン?』
画面には…左手でVサインをして微笑むオッちゃんと、サエない表情を見せた僕が写っている。
(もちろんオッちゃんは、僕の左側だ)。
まだまだ寒い春先の、薄曇りの合格発表の日。二人で結果を確認しに行った後、構内のかの有名な講堂の前で撮った物だ。
(『戒め』と『糧』のために、あえて「待ち受け」画像に貼ってある)。
発信者を見れば…
『オッちゃんだ!』
僕は、いったんスマホを手に取り…
「どうしたの?」
そこで、やっていた問題集の解答が大詰めだったので、外部・音声通話に切り替えると…
「た! たいへんよ、タケルくん!」
あわてた調子のオッちゃんの声が響く。
「あのね!」
と、そこで・しばらく言葉が途切れてから…
「電話じゃなくて…今から会えないかな?」
時計を見れば、けして「早い」とは言えない時間だったけど…「無謀で無理な、文句やワガママ」を言うようなオッちゃんじゃない。
『きっと、それなりの理由があるんだろ』
僕は、そう思い…
「わかったよ」
ワケも聞かずに即答し、待ち合わせの場所を確認してから部屋を出ると…
「どうした?」
各室への扉がある、隣りの広間には…
(南向きに・大きな窓があり…高層ビルなので、ベランダなどの類いは無い…その両側に各四室・合計八室。ちなみに、ここで暮らしている僕は「特別待遇」。男性用の・東の並びの、一番南。窓がある個室。西のむかいは来客用で、北面の奥がバス&台所だ)。
中央に据えられた・大きなテーブルの上に、分解した愛用の「カービン銃」の部品を広げ、手入れをしている和男さん。
(ここに寝泊まりする事もある、和男さんやケーコさん。それに、「男女の黒服さん」たちが使っている部屋もあるし…『宿直』でなくとも、徹夜になることだってあるから、浴室には洗濯機と乾燥機・コンロにレンジに冷蔵庫完備のキッチンもある。それに、ここだけの話、数カ月の「籠城戦」ができるくらいの発電設備などや、武器・弾薬、その他、食料なども備蓄しているし…だいたい、高層ビルの上層階の、ワン・フロアーを占めるこの場所には、通常稼働のエレベーターも非常階段も無い。上の階の博士の部屋か、下に位置する教授の部屋を経由しなくては、ここにはたどり着けない構造になっている。早い話、この「フロアーNW」は、名目上、この建物には存在しないワケだ)。
「チョット、外の風に当たってきます」
特に「門限」も「行動規制」もされていなかったけど…
(今夜は、和男さんが『当直』というワケだが…盛夏をむかえる頃には、「パパ」になっているはずだ)。
「そうか」
取り外された銃身の銃口を、天井にある電灯にむけ・片眼で中をのぞきながら、気の無い返事。
(いつも通りの配置に、キチンと並べられた部品の数々。前にも述べたけど、「こんなバラバラの状態からだって、『いざ出陣』となれば、たとえ闇の中だろうと、わずか数分で組み立てられる」のは…普段の態度とは裏腹に…細心の注意をはらって、用心しているからだ)。
「さて!」
そうは言ったものの…これからオッちゃんの家の近辺まで行くとなると、帰りは「チョット」では済まない時刻になるだろう。
(ただ「行って・帰ってくる」だけなら、正味1時間半もあれば充分だろうけど…『また何か、事件でも起こったら?』。そんな事を考えると、ちょっと心配になる距離だ)。
地下鉄を乗り継いで、大きな幹線道路沿いの…こっちに来た時に、オッちゃんと二人でよく行く…いつもの・個人経営のファミレスに入ると…
『!』
窓際のボックス席に、こちらを向いて座っているオッちゃん。
『ハッ!』
僕の姿を認めると、困惑した顔つきから、ホッとしたような表情に変わるけど、むかいには…
『?』
後ろ姿見せて座る…
『女の子?』
僕が黙って、二人の脇に立つと…
「エヘッ! きちゃった!」
そう言って、顔を上げた女子が…
「高校三年生・諸川新菜! ヨロシクね!」
「ヘ・ヘッ!」って顔して、自己紹介してくるけど…
『こ・高三って…』
髪も少し伸びて…
(って…『髪、伸びるの?』なんて、この時点では、思いも及ばなかったけど)。
服装は、「女子大生」っぽい身なりにはなっていたけど、ひと目でわかる…
「しゃ、しゃちょ〜!」
あの無口な僕が…人目も忘れて…上ずった奇声を上げてしまう。
『なんてこったい!』
さっそく…新たな「章」のはじまりだった!
〈了〉