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第四章「そして」

第四章 「そして」


 1・The Bonin Island

 2・What’s next?

 3・最後の舞台


1・The Bonin Island



「うう〜ん!」


 なんだかビミョーに、気持ち悪い。


(まだ海外に行った事のない僕なので、「時差ボケ(ジェット・ラグ)」の経験は無かったけれど…慢性的な、軽い「船酔い(シー・シック)」状態)。


「ふ〜!」


 僕は、大都会の港湾地帯の一角から出航した、南の離島に向かう船に揺られていたのだけど…


『過ぎ行く夏を追いかけて、南の島でバカンス?』


 そんなワケないでしょ!


(先の一連の事件は、総合病院の時と同じく、自然終息にむかっていたけど…いったん衆目(しゅうもく)にさらされてしまった以上、何らかの対策は必要だろう。ただ船や島は…いったん・その中で、何かが発生してしまえば、アッという間に手も足も出ない状況に(おちい)ることになるだろうけど…外部との接触が完全に断たれていれば、一番安全だ。それに、何かほかにも目的があるようだ)。


「きれ〜だね!」


 オッちゃんと二人。上甲板(じょうかんぱん)に上がり、沈み行く夕陽を眺めていると、あんな事があったなんて、信じられない気分だったけど…湾から外洋に出ると、波が出てきた。


「ふ〜!」


 その後の船内の船室では…


「だいたいアナタはね…」


 オッちゃんも、グッタリ気味だったけど…


「〜なのよ!」


 アッチの二人は、ぜんぜん元気だ。


(いろいろな意味で…万が一の時の事を考えて、両側に二段ベッドのある四人部屋に同室だ)。


「船酔いする前に、酔っぱらっちゃえばいいの!」


 オッちゃんの下のベッドに陣取ったケーコさんは、そう言って、船が離岸するのと同時に、ビールのフタを開ける。


(客船で・いったん海に出ちゃえば、後は大してする事もない。だから、あの「007=ジェームス・ボンド」だって、旅客機のフライト中は任務から開放され、飲み過ぎるくらいに飲んで、くつろいでいるみたいだ)。


「アタシは非番なの!」


 ただし、交代勤務。それで、僕の下にいる素面(シラフ)の和男さんは、そんなケーコさんに、またまた絡まれてるワケだ。


『きっと大人って、いろいろと大変な事もあるんだろうな』


(経済的には自立してしない、「半成人」の男女二人。「間違い」が起こらないように? 二人の大人の男女の「世話役」…と言うか、「見張り」がつけられたワケだけど…この二人で、大丈夫なの?)。


 それから、外洋のうねりに揺られて丸一日。大きな船が接岸できる港に着いたけど…


『まだ着かないの?』


 ここから・さらに、約3時間。この諸島の中で、もうひとつ人が住んでいる島へ向かうのだけど…


『雨まで降ってきたよ』


 さきほどまでの大型船でも、軽い「船酔い」になるほどの荒れた海。中型の客船では…


『もう限界!』


 外甲板に出て、表の空気を吸ってみたけど…効果なし。一緒に外に出たオッちゃんと二人、雨や飛沫(しぶき)のかかる船外から戻って、階段の一番下にうずくまっていると…揺れで足を滑らせたオジサンが、ノシ掛かってくる。でも…


『それどころじゃないよ』


 気持ち悪い方が先にたって、痛みも感じない。


『踏んだり・蹴ったりだ』


 それでも、夕方の「通り雨(スコール)」が上がる頃、小さな入り江に入ると海は()ぎ…


「見て・見て! オッちゃん」


「ミ〜ン」と、昆虫みたいな羽音をさせて飛ぶ『飛び魚』。


「スッゲ〜!」


 僕は、トビウオとは「跳ぶ」程度のものだと思っていたけど…なかなかの飛距離と滞空時間だ。


(元船乗りさんの話によると…夜間。船の灯りに誘われて、貨物船の上にまで飛び乗ってくる事があるそうだ。船室の上の甲板で「ポトン!」と音がしたら、みんな一斉に奪取(ダッシュ)! 筋肉が発達しているせいか、旨いんだそうだ)。


 やがて、小さな港に降り立つけど…


((オカ)に上がると、つい・さっきまでの「船酔い」が、ケロッと治ってしまうから不思議だ)。


 もう暗くなっていたけど、でも・そこから…


「こっからの移動は、夜間の方が人目につかなくて、好都合さ」


 和男さんは、支度をしながら・そう語り…


「二人とも、用意はいい?」


 ケーコさんも、すっかり酒酔いから覚め、準備は万端のようだ。


「ブロロロロロ〜」


 今度は、二(そう)のエンジン付きゴム・ボートに分乗して、星明りの(もと)、目的地の島影を目指す。


(島伝いなので、波もそれほどではないし…特殊な訓練を受けているのであろう二人は、「サスガ」な動きを見せる)。


『やっと着いた〜!』


 とりあえず・その晩は、上陸した浜で野営する。


『こんな時は、キャンプ・ファイヤーじゃないの?』


 僕たちは闇の中で、「戦闘糧食(りょうしょく)」と呼ばれる缶詰やレトルト・パウチで、遅い晩飯を()っていた。


『まあ時間も遅いし、仕方ないか』


 僕が、そんな事を考えていると…缶ビール一本で、ひとしきり・クダを巻いていたケーコさんが立ち上がる。


「さて! わたしは・あした早番だから、先に寝るわ」


 そう言って、その場を立ち去る。


「早番って?」


 不思議に思った僕が、そう口にすると…


哨戒(しょうかい)任務…ようするに見張りさ」


 和男さんが、そう教えてくれる。


「これでも俺たちは、任務遂行中なんだよ」


『なるヘソ!』


 それで航海中、昼間っから飲んでいた和男さんも、今宵は禁酒していたわけだ。


(まあ・こんな「離れ小島」に、火を嫌う猛獣はいないだろうけど…だいたい、こんな所で焚き火なんかしたら、目立ってしまう)。


「アイツも、酒飲まなきゃ、まあまあなんだけどな」


 ケーコさんが、寝袋(シュラフ)に入ったのを見届けたところで…


「禁酒の国の生まれだから、酒の免疫ないのかな?」


 小声でこちらに向かって、そうコボす。


「どちらの・お生まれなんですか?」


 国際人(コスモポリタン)を目指すオッちゃんが、そう問うと…


「あの子は…日本人の親父(オヤジ)さんと、北アフリカの紛争地帯の出のお袋(オフクロ)さんとの間に生まれたんだ」


『あの子?』


 和男さんは、ポツリと、そんな表現を使ったけど…


『かりに10才年上だとすれば…』


 僕とかなえチャンほどの、年の差となるわけだけど…


『十年後?』


 いったい僕は、どうなっているのだろう?


『家庭があって、子供がいる?』


 そんなこと…今・現在の僕には、とても想像できない。


「幼い頃に、戦闘に巻き込まれた経験がある」


 和男さんにしては珍しく、シリアス口調だ。


「そうなんですか…」


 友人を失くしたばかりのオッちゃんも、感じるところがあるのだろう。


(感染防止措置のため、葬儀にも出席できなかった)。


 でも僕は…


『オヤジやオフクロなんて、ずいぶん古めかしい表現だ』


 不謹慎にも、そんな事を考えていた。


(いまだに、自分の奥さんを「(カー)ちゃん」・自分の亭主を「旦那(ダンナ)」、あるいは、自分の両親を「とうちゃん・かあちゃん」と呼ぶ人たちに出会った時は、『ジェネレーション・ギャップ』と言うより、『カルチャー・ショック』を受けたものだ。「世代の違い」ではなく、「環境の違い」なのだろう。だから僕の言動を見て、僕が感じたのと似たような驚きを受けている人だって、いるはずだ)。


 なんでも、詳しく聞けば…お父さんは、日本から来ていたプラント技師。現地で知り合い、「恋に落ちた」らしいけど…テロに遭い、両親を亡くしたそうだ。


「いま・この時にも、戦争している国がある」


 オッちゃんも、ジッと・黙って聞いている。


(父方の祖父母に引き取られ、日本に来たらしいが…『今でも、あのマシンガンの響きが忘れられない』と、語っていたそうだ)。


「俺たち、平和の純粋培養とは、生まれも育ちの境遇も違うんだ」


 いつの時代に生まれるか?


「ま、親は選べない」


 どこの国の・誰の子供に生まれるか?


『たしかに、親は選べないけど…』


 でも、「どんな人間になるか」は、自分しだいでは?


「そんなに気に病むことじゃないさ」


 最後に和男さんは、自分に言い聞かせるように、そう締めくくる。


「ふ〜!」


 横になって見上げる星空が、とっても綺麗だけど…左を向けば、シュラフに入ったオッちゃんも、こちらに目線をくれる。


「おやすみ」


 速攻で眠りに落ちた僕は、数か月ぶりで、良く眠れた気がする。


     ※     ※


「おはようございます」


 東の空が白みはじめた、夜明け前。早くに目の覚めてしまった僕は、コーヒー・カップを両手に持って、あたり一帯を見渡せる岩礁の岩陰にいるケーコさんの所にむかう。


「寝られた?」


「ありがと」と、カップを受け取りながら、ケーコさんが訊いてくる。


「ふぁい!」


 アクビが出るけど、でも久しぶりで、たっぷり寝た気がする。


「あの人は、代々の武家の家系。先祖の多くは、軍人だったらしいわ」


 そう言って、和男さんの経歴を語り始めた。


「幼い頃から、真剣を使って立ち会いさせられてたらしいの」


『へえ〜』


「ある時、『皮を()らせて・骨を断つ』じゃないけど、自分の腕の皮が切られた音が聴こえたんですって」


『マジ?』


「それで『免許皆伝(めんきょかいでん)』になったんだって…バッカみたい!」


 そう言ってクスクス笑う姿は、なんだか・とっても楽しそうだ。


「彼は、純粋な平和主義者。それで逆に、国防の道に進んだんでしょうね。でも…」


『でも?』


「除隊直後に、あの人が所属していた部隊の仲間が、移動中の交通事故で全滅」


『?』


「どうやら・そこにも、奴らがかんでいるみたいなの」


 真顔に戻ったケーコさんに…


「どうしてですか?」


 問いかけると…


「あいつらの摘発にかかわったからよ」


 そう説明してくれる。


「だから、『天下泰平(てんかたいへい)』の世の中を騒がす連中と、戦う気になったんでしょうね」


『なるヘソ!』


「でも、あの人の表現によれば、『御家断絶(おいえだんぜつ)』になっちゃって、今は『天涯孤独(てんがいこどく)』の身のようよ」


『ふ〜ん』


(要は…「ほかに親族が残っていない」という意味のようだ)。


「そうなんですか…」


 みんな・それぞれに、いろんな人生があるんだな。


「でも、お酒を飲むとクドくって」


『え?』


「禁酒の国」の出身者は、そうおっしゃるけど…


『あなたの方が、よっぽど酒癖が悪いんじゃ?』


「いろいろと説教じみたこと、言ってくるし…」


『まあ・それだけ、気にかけてるって事では?』


「部下や後輩なんてものは、上司や先輩に面倒をかけるくらいで、調度いいのよ」


 そう言い終わる頃には、すっかり太陽が顔を出していた。


「さて!」


 今朝は日の出と共に、全員、行動開始!


ワンダーフォーゲル(ワンゲル)みたいだな」


 そう言うのは、一人では立ち上がる事もできないほどの、大きく・重たい荷物を背負った和男さん。


「男なんかに、負けてらんないわよ!」


 そう言いながら、ガケをよじ登るのはケーコさん。


『なにも、そんなところで(きそ)わなくても』と思うのは僕。


(オッちゃんも、それなりの荷物をかついで、僕の前を行く)。


 でも、絶対的腕力は、通常、男の方が上だ。


(たとえば、スキーの「モーグル」。女性の上位選手は、綺麗には滑るけど…その後で男子の競技を見ると、スピード感や力強さ、迫力がまるで違う。持久的体力にしたって…たしかに「女子マラソン」のトップ・ランナーは、男子に交じってもトップ・クラスだが、トップには立てないだろうし…だいたい、「男子」「女子」なんて区別がある段階で、すでに『格差』や『差別』が発生しているワケだ)。


 あくまで一般論だけど、「男は生まれながらに男」で、「女も生まれながらに女」。男の子は、物心つく以前から、長い物を持たせれば振り回し・動く物に興味を示す。一方で、年の近い兄と一緒に棒きれを振り回している女の子だって、着物を着せれば「しゃなり」となり、(べに)でも塗れば「(シナ)」を作る。そんな男女差というものは、『厳然と存在する』と思う。


(いとこの子たちの成長を見ていて、そんなふうに思い・感じたものだ)。


 もちろん・いろいろな点で、個人差や違いはあるものだけど…「あらがえないもの」があるのも、確かだ。


(要は、「適材適所」。『男女同権』は当然としても、無闇に『男女平等』を唱えるのは、遠慮することにしている僕だった)。


「ふう!」


 道なき道を乗り越え、やっとの思いで崖の上に立つ。


『いい眺めだ!』


 眼下に広がる一面の海と、ポッカリ浮かんだ島々。太平洋を真っすぐ南下したここは、海底のプレート運動による火山活動でできあがった島だ。日本列島から南西の方向に伸びる「隆起サンゴ」の諸島と違って、地質学的には・ずっと新しいものなのだろう。「珊瑚礁」と呼べるほどではないけど…


(サンゴが動物に分類されるなんて、驚きだ!)。


 そのかわり…


「サメだ!」


 今朝の、出発前の朝メシどき。ガレ場の浜のすぐ先に、背びれを海面に突き出して泳ぐ鮫。


(もちろん、浅瀬の入江に入ってくるくらいだから、小型の物だけど)。


 パニック映画の定番メニューみたいなものを、生で目撃できたりする。


(46億年まえに地球が誕生した時は、酸素がなかった。27億年まえに、「光合成」を行なう生物が登場し、数十億年かけて「酸素」と「窒素」を主成分とする大気組成になり、現在の姿・形になったわけだけど…サンゴも、長大な年月・膨大な量の「二酸化炭素」を吸収する事で、その一翼(いちよく)(にな)ってくれた)。


 そこで「ひと休み」している間、ケーコさんから…


「本土を離れて、しばらく、ここにいてもらう事になるけど…」


 そう言われて、僕は…


「ここは無人島なんですか?」


 そんな質問をすると…


「いえ。一人だけ、住んでる人がいるの」


 そんな返事が返ってくる。


『一人だけ?』


 この一帯の島々は、日本で一番の大都市がある自治体に属しているのに、他方、日本で一番の秘境でもあった。衛星放送が開設されるまでは、電話はもちろん、公共放送も入らなかったそうだ。


(二番目に訪れた・人が暮らす島では、「漁協に無線があるだけ」だったらしい)。


 このあたりは、「国立公園」になっているそうだけど…かつて・この島は、頓挫してしまった飛行場建設計画の、予定地だったみたいだ。


『でも二人とも、ここに来たことがあるみたいだし…』


 案外、飛行場建設を名目に、特殊部隊の極秘訓練でも、やっていたんじゃない?


(と(かん)ぐってみたりする僕だった)。


『どんな人なんだろ?』


 こんな所で「独り暮らし」いているなんて…僕には、想像もつかない。


(大都会で、メソメソと孤独を感じていた僕なんかじゃ、とても耐えられるそうにない)。


「ヨシ! ここに天幕を張るぞ!」


 さらに少し進んだ地点で、和男さんの号令がかかるけど…


『天幕ってなに?』


 僕とオッちゃんは、顔を見合わせて…「?」。


「あのバカ! テントのことよ」


 ケーコさんが、耳打ちしてくれる。


『ああ、なるヘソ!』


 そこで、海を見下ろす高台の森手前で、キャンプ地の設営に取りかかる。


(ここなら、海からの侵入者の監視にも、最適だろう)。


 僕とオッちゃんは、慣れない作業に手こずりながら…プロフェッショナルな二人は手際よく、日没前には、おおかた完成する。


「ふい〜、終わった!」


 今夜からは…布張りだけど…雨・風を気にせず、寝られるわけだ。


(もっとも、満天の星空の下で寝るのも、捨てがたい行為ではあるけど)。


 その後、夕食前に、ここの住人に挨拶するため、四人揃って内陸の奥地にむかう。


(ここは、絶海の孤島。猛獣はもとより、毒性のヘビなんかも、いないんだそうだ)。


 途中・途中には、洞穴から海へと向かうレールの残骸。


『魚雷でも運んだの?』


『太平洋戦争』の頃の、要塞化された時の名残りらしい。


「実はこのあたりの洞窟には、自衛隊でもいまだに処理しきれない量の武器・弾薬が残っているんだ」


 歩きながら、和男さんが、そう言っていたけど…


『もしかして…それが、飛行場を建設しない理由なんじゃない?』


 僕には、そんな気がした。やがて…


「着いたぞ」


 和男さんが振り向くけど…


『どこ?』


 あたりを見回すが、ジャングルしか目に映らない。もしカモフラージュが施してあるなら、たいしたものだけど…


「上だよ」


 和男さんの・その言葉で、頭上を見上げると…


『ロビンソン・クルーソー?』

『トム・ソーヤー?』

『ハックルベリー・フィン?』

 それとも『ターザン?』

 いや、『鬼太郎かな?』

 太い木の幹に、巻きつくように造られた小屋。


『?』


 僕は、穴居(けっきょ)生活をしている、原始人みたいな「暮らしぶり」を想像していたのだけれど…


『猛獣がいないなら、樹上生活なんて必要ないんじゃない』


 そう思うのだけど…


(「類人猿」以前の段階の「猿」が、木登りが得意なのは…そんな理由からだ)。


『何か、こだわりでもあるんだろう』


 そう納得して、深くは詮索しないことにした。


「先生!」


 和男さんが、上に向けて声をかける。


『先生?』


 教授に博士。そして…


『今度は「先生」か』


 呼ばれて樹上に姿を現わしたのは…白いボサボサの髪に、伸び放題の白いヒゲ。額に深い(シワ)が刻み込まれた、日焼けした黒い肌。骨と皮だけの細い腕の、痩せた…でも身軽そうな、まるでヨーガの行者(ぎょうじゃ)か、いわゆる仙人のような老人。


『!』


 ハシゴもロープも使わずに、スルスルと降りてくる。


(たしかに・これなら、地上からの侵入防止にはなりそうだ)。


 全体の身なりは、自衛官みたいな「オリーブ・ドラブ(OD)色」と呼ばれる暗緑色の着衣。


(略して「オーディーしょく」と読み、なかには「国防色」なんて言う人もいる)。


 上から下に目を移せば…帽子の全面には、小さなツバ。後ろには、(カブト)の背面にある(しころ)のように、布切れが数枚・()れている。


(夏に、草刈りをしているオジサンの「麦わら帽」の後ろや、バイザーの背後に日よけ用のタオルを下げた自転車のオバチャンを、見たことがあるだろう。あんな物だ)。


 半ソデ・前ボタンの、軍服みたいな上下に…足首には、包帯みたいな「ゲートル」(仏語だ)を巻いて…使い込まれて・何色だったのかもわからないような、網ヒモ式の編み上げブーツ。


(まるで…映画で観たことのある、旧「日本軍」兵士のようなナリだ)。


「お久しぶりです、先生!」


 そう言って、和男さんとケーコさんは敬礼をする。


『エッ・ト』


 つられて僕とオッちゃんも、頭を下げるけど…


『敬礼したところを見ると、ヤッパ、そっち方面の人?』


 でも「先生」は、敬礼を返すわけでもなく…


「よく来たな、さぶ、わっく」


 しわがれた声で、和男さんのことを「さぶ」、ケーコさんのことを「わっく」、そう呼ぶ。


『さぶ? それともサブ?』


 本名の一部? それとも、アダ名か何か?


『わっく? それともワック?』


 アラビア語か何か?


「こちらの二人が…」


 和男さんが、僕とオッちゃんを示すけど…


「うん。聞いとるよ」


「先生」は、うなずいて…


「お若いの。大変だったそうじゃな」


 そう言って…


「まあしばらく、ここでユックリしていくことじゃ」


 (ねぎら)ってくれるけど…


『じゃ…って?』


 (ナマ)で、そんな言い方をする人に会ったのは、初めてだ。


「そろそろ陽が沈む。今日のところは、このへんにしとこう」


 先生は、クルリと僕たちに背をむける。


『もしかして「太平洋戦争」に従軍した兵隊さんの、生き残り?』


 以前、見たことのある記録映画ドキュメンタリー・フィルムの映像が浮かんでくる。


「南方のジャンルで、戦後、何十年もたってから出てきた日本兵」


 そんな内容だったはずだけど…


『あの人たちが・あのまま歳をとったら、こんなふうになるんじゃない』みたいな雰囲気があったからだけど…


『な〜んて。そんな人、生きてるワケないよね』


 もうすでに、終戦後、一世紀もたつっていうのに…あの当時の人が、こんなにピンピンとして生きているとは思えない。


(曾祖父母の中で、一番年上だった父方のヒイじいちゃんだって、ギリ入隊してないのに)。


『でも・もし、そうなら…』


 おそらく世界の最長寿で…もしかしたら、今まで存在した人類の中では記録保持者(レコード・ホルダー)として、『ギネス』にも載る年齢かもしれない。


「どんな人なんですか?」


 帰りの道すがら、前を行く和男さんに訊いてみるけど…


「この島の、管理人みたいなものだよ」


『管理人?』


「なに食べてるのかしら?」


 オッちゃんも、不思議そうだ。


「魚でも捕ってるんでしょ」


 ケーコさんは、アッサリと言うけど…


「実のところ、詳しい事を知っている人間はいないんだ」


 前を向いたままの和男さんから、返事が返ってくる。


「俺だって、年齢はおろか、名前だってしらない」


 付け加えて和男さんは…


「ただみんなには、『先生』と呼ばれてるってだけさ」


『ふ〜ん』


 でも、今どき語尾に「じゃ」なんて…もし本当に、最高齢のタイトル・ホルダー並の長寿だったとしても、その当時だって、そんな言い回しをする人はいなかっただろうに…


『自分の外見に説得力を持たせ、相手を(けむ)に巻いて正体を悟られないように、ワザと・そんな言葉遣いしてない?』


 僕には、そんなふうに思えた。


     ※     ※


「これじゃよ」


 翌日。先生に案内されて、オッちゃんと三人で入った洞窟の奥。


(月の地下にも、「死の星」になる以前、まだ火山活動があった頃にでき上がった『溶岩洞』がある。流れ出た「溶岩流」は、冷えた表面から固まって屋根になり、溶岩流が減ることで、トンネルのような空洞が造られる)。


松明(たいまつ)」でも使うのかと思っていたけど…鏡をたくみに組み合わせて、外光を()り込んでいた。


(夜だって、最初の一枚に充分な光りを当てれば、使えるのかもしれない。エジプトのピラミッドの内部も、(スス)の跡が残っていないので、「こういった方法がとられたのではないか?」という説がある)。


 その洞窟の、奥深く。見せられたのは、鈍く黒光りする拳銃二丁。


(本格的な地上戦のなかったここには、そのとき備蓄した物なのだろう…その他、武器・弾薬が、ドッサリあった)。


「これは『南部(ナンブ)十四年式』。将校用の物じゃ」


 僕に示されたのは、銃把(じゅうは)だけ・茶色の木製グリップが付いた、大きめの自動拳銃。


『!』


 手にしてみると…見かけによらず?…ズッシリとした手応えがある。


「お嬢さんには、こちらの方」


 オッちゃんには、ひと回り小型のオートマチック。


「通称ベビー・ナンブじゃ」


 年代物だけど、どちらもシッカリ手入れが行き届いていて、新品同様の・ツヤのある輝きを放っていた。


(「ナンブ」の名前は、戦後の警察官が携行した輪動式銃(リボルバー)「ニュー・ナンブ」として、後々まで残ることになったみたいだ)。


 さらに、薬莢(やっきょう)への火薬の装填・弾頭との接続なども教わった。


(ここまでは、道具も材料も市販されている)。


 ただし…


『金の(タマ)なんて、高そうだ』


(ゴールド)」は、重たいけど柔らかい非鉄金属。


(「24金」とは「純金」の事だけど…たとえば、それで楽器のフルートを作れないことはないけど、柔らかすぎて実用にたえないそうだ。ゆえに最高で「18金」らしい)。


 だから頭部に命中させれば、頭蓋骨の中で脳ミソだけをコナゴナ・ズタズタにはするけど、外には飛び出さない。


(感染のおそれのある、危険な体液をバラ撒かなくて済む事になる)。


「ヘイ! ヤング!」


 先生は、そう声を掛けて来るけど…


『やんぐ?』


 なに? それ?


『英語のYOUNG?』


 そう言えば曾祖父に、「若者」を指す言葉に「ヤング」って表現があったという話を、聞いた記憶があるけど…


(文化の『ドーナツ現象』というものが、有るんだそうだ。「文化」というものは、その中心地から同心円状に、その外側にむかって広まっていくわけだけど…その文化の中心を取り巻くように、その対極の地点に、同じ(いにしえ)の文化が残っている。そんな状態を表わす表現らしい。たとえば、英語の本家・英国で「Don't Have」が「Haven't」に変化していた頃、後進の米国では、いまだに「ドント ハブ」が使われていたみたいに)。


『やっぱりここは、ガラパゴス?』


(そうそう、旧式になった携帯電話のことを、『取り残された携帯』という意味で「ガラパゴス・ケータイ」、略して「ガラケー」と呼んでいた時代があったそうだけど…きっと、「ガラパゴス諸島」で『進化論』のアイデアを思いついたと云う「ダーウィン」先生も、「草葉の陰」から見守ってくれていることだろう)。


「護身用に持っとれ」


 そう言って、手渡してくれたけど…


「もしかしたら先生って、見かけより、ずっと若いんじゃないですか?」


(もちろん僕たちよりは、かなり年上だろうけど)。


 和男さんは、右手をアゴに当て、しばらく考え込んでから…


「なるほどな。それは思いつかなかったよ」


 それを聞いていたケーコさんも…


「いい推理かもね」


 二人とも、先生の所から帰ってきた僕の推論に、同意してくれる。


「バキューン!」


 それは、まあ置いといて…


「ドキューン!」


 銃を手にした翌日からは…


「ここなら、実弾ブッ放しても平気だしな」


 そう言う和男さんは、生き生きと眼を輝かせている。


(否応なしに、いきなり「戦いの場」に引きずり込まれた僕たち…僕とオッちゃんは…最低限の護身の(すべ)くらい、身に付けておかなくてはならない)。


 毎朝・一限目は、射撃の特訓。


(練習には主に、武器として持ってきた銃器を使ったけど)。


 射撃や、銃の分解・整備の講師は、もちろん和男さん。でも、見かけによらず…失礼!…数学の知識などは凄かった。「弾道計算」の知識がなければ、精確に(マト)を射抜く狙撃(スナイピング)なんて不可能だから、当然の事なのだろう。


(片やケーコさんは…数カ国語に精通しているそうで…英会話の教師が勤まるくらいの語学力があった)。


 男性は「空間認識能力」に(すぐ)れた「右脳型」と言われる一方で、女性は「言語中枢」が(ひい)でた「左脳型」と言われるけど…その見本みたいな二人。しかし僕は、肉体的には「空間移動系」のスポーツが好きなものの、頭脳的には・どちらかと言えば「文系」の左脳型? でもオッちゃんは…


「パーン!」


 最初は、おっかなビックリだったオッちゃんだけど…


「当たった!」


 射撃の腕前は…


『チェッ!』


 彼女の方が上みたいだ。


(タマ)を扱うのに慣れてるから?』


 さっきの「右脳・左脳」の話なんて、アテにならない? まあ何にでも、例外はあるものだろうけど…


「当たる人間は、最初から当たるものさ」


 和男さんは、そう言うけど…そういえば、小学校にも上がらない頃だったか? 曾祖父より年上の年代の・戦中派のオジイチャンが語るところによると…「目と鼻の先から撃っても、ぜんぜん当たらん」そうだ。だから『拳銃なんて、そんな物』と思っていたのだけど…。


(きっと、あのオジイチャンは、まったく適正が無かったのだろう)。


「フィ〜!」


 さらに、「護身術」や「戦いの心得(こころえ)」などなど。


「いい汗かいた!」


 勉強の合間の運動は、良い息抜きにもなったけど…僕たち二人の本業は勉学。


(なんたって・これは、「秋期集中ゼミ」なのだ)。


『欲しがりません・合格するまでは!』


 当然、学業が本分。


(ここのところ、事件や出来事の連続だったし…僕の学力は、超低空飛行を続けていた)。


 そんな訳で、家事的な事柄は、ケーコさんと和男さんが、役目をこなしてくれていた。ただ予想に反して…


(でも案外、思っていた通り?)。


「メシの時間だぞ!」


 食事の準備などは、和男さんがメイン・シェフ。


(もっとも、テレビの料理番組に登場する「料理家」には、女性も多いけど…有名とまではいかなくても、それを生業(なりわい)としている「料理人」は男性ばかり。「世の中そんなモン」なんだろう)。


 片や…


「食料を調達する時に、手紙くらいなら、出してきてあげるわよ」


 ボートを使っての輸送業務(ロジスティック)などが、ケーコさんの主な仕事。


(それにしても…「拝啓・前略・中略・後略・敬具」。手紙なんて…小学校の国語の授業以来?…書いたことなんて無いから、「拝啓って何?」「敬具って、どういうこと?」。そんな感じだ。まあメール世代の方が、ある意味、よっぽど「筆まめ」ではあるだろう。もちろん、電波の届かないここでは、スマホなんて持っていても、何の役にも立たないけど)。


 しかし僕って、意外と強心臓なのだろうか?


『なんだか、とっても充実してる!』


 オッちゃんがいて…

 青い空と海があって…

 勉強にも・訓練にも、身が入る。


『それとも案外、ただノン気なだけ?』


 大都会にいた、夏の終わりの数々の出来事は、あまりに非現実的すぎて、かえって現実感が無い。「遠い昔」と言うより…


『本当にあった事なの?』


 日が経つにつれ、アッと言う間に記憶が薄れて行き…


『もう、帰りたくないよ』


 そんな満足した・平和な毎日を送っていたのだけど…


「どうしたの?」


 オッちゃんは、ここのところ元気がない。


「ううん、なんでもない」


 そうは言っていたけど…


「ホーム・シックなんじゃない?」


 ケーコさんが、忠告してくれる。


「なんとかしてあげなさい。あなたの任務よ」


 同じテントに寝泊まりしている女同士。ケーコさんも、気になっていたみたいだけど…


『任務って…そんな事務的な』


 でも・たしかに、僕の役割だ。


『う〜ん』


 僕は、アタマをひねった。そして達した結論は…


『息抜きには、自分の好きなことをするのが一番だよ』


 よくある、「無人島に持っていく物」の問い。ふたつ許してもらえるなら、僕は迷わず「本とジョギング・シューズ」だ。


(逆に・かさばらないように、あえてブ厚い本二冊と…クロス・カントリー用のシューズを、新調してきた)。


 そんな僕の島内探検に、いつも付き合ってくれていたオッちゃん。僕はいいけど、オッちゃんの方は、どうだったんだろう?


『そうだ!』


 ヒラメいた!


「なんとかしてあげなさいって言うんなら、なんとかして下さいよ」


 僕はケーコさんに、そう無理を言ってお願いする。


(それでケーコさんは、大きな船が着いた本島まで行って、手配してくれたのだ)。


『ヨシ! 今がチャンス!』


 夕暮れどきの浜辺で、ひとりポツンと膝を抱えて海を見ていたオッちゃんに、ソッと後ろから近づいた僕は、両手にしていた物で…「ポンッ」と、オッちゃんの後頭部を小突く。


「イタッ!」


 小さな悲鳴を上げて振り向いたオッちゃんに…


「バスケ教えてよ」


 僕は、バスケット・ボールを示す。


「やったな〜!」


 ボールを目にしたオッちゃんは、お尻の砂を払いながら立ち上がる。


「ファウル! ファウル!」

 怒鳴る僕。


「そんなの反則よ!」

 叫ぶオッちゃん。


『キャッチ・ボールが親子の(キズナ)』なら、『バスケット・ボールは恋人たちの(あかし)』…「?」。

 まあ砂浜じゃ、ドリブルなんてできないから、パスしたボールの「ボール取りゲーム」みたいなもんだったけど…


「ウワッ!」


 球技の苦手な僕は、オッちゃんのディフェンスに遭い、砂に足を取られて倒れ込む。


「キャッ!」


 そこに絡み合ったオッちゃんが、のしかかってくる。


「ハア・ハア・ハア…」


 息を切らして・砂にまみれた僕たちは、二人並んで「大の字」になって、オレンジ色に染まった空をあおぐ。


「こんなに長いこと、家族と離れていたことなんて、なかったから…」


 左に寝そべったオッちゃんには、おばあちゃんに・両親と弟がいる。


(同居していたおじいちゃんは、高校生の時に亡くなったそうだ)。


「でも・こんなんじゃ、海外になんて出て行けないよね」


 満足そうに、そう語る。


『少しは気が晴れてくれたかな?』


 それに…


『?』


 遠くで和男さんとケーコさんが、こちらを見ている事に、僕は気づいていたけど…


「オッちゃん! オッちゃん!」


 その深夜。僕が女性用天幕に、外からソッと声をかけると…


「なに?」


 間を置いて、オッちゃんが顔を出す。


「チョット・チョット」


 僕は少し前に、ケーコさんが、テントを抜け出す気配に気づいていた。


「コッチ・コッチ」


 今夜は、和男さんが夜警の番の晩だった。コソコソと、浜辺が見える(ヤブ)の所までくると…


「いた・いた」


 月あかりに照らされた波打ちぎわ。そこに、寄り添うように、並んで座る二つの影。


「やってる・やってる」


「のぞき見」なんて、趣味が悪いけど…むこうの二人の「成り行き」を見届けるのだって、僕の大切な「任務(ミッション)」だ。


「イイ感じみたいだね。ま、だいじょぶそうだから、かえろ…」


 と言いながら、僕が引き返そうとすると…左側にいたオッちゃんが、僕の左腕をグイと引っ張る。


『?』


 ふたたび浜の方に目をむけると…


『!』


 見つめ合う二つの影が接近し、やがて…重なり合うシルエット。


『?』


 その時、僕の左腕をつかんだままになっていたオッちゃんの手に、力が入る。左を向けば…ジッと、こちらを見上げるオッちゃん。


『ゴクリ!』


『ゼノンの逆説(パラドックス)』というのを、聞いたことがある。二点間の距離を半分に縮めて・さらに半分にして・また半分にして…と繰り返していくので、けっきょく目的地には、永遠に辿り着けないというものだけど…


(このパラドックスは、間違っている事が証明されているらしい)。


『もうひと息』


 いっそ飛び越えちゃえば…でも、そのときオッちゃんは、フイに顔を伏せる。


「まだ…合格するまでは…まだ」


 そう言って、身を退()く。


「そ・そうだね」


 でも、オッちゃんの・その言葉を聞いた僕は…もう「目の前にニンジンをブラ下げられたロバ」状態。


『合格するまでは…という事は、合格した(あかつき)には?』


 鼻息の荒くなった僕は、俄然ヤル気が出てきたのだけど…


     ※     ※


「風が出てきたな」


 空一面、灰色の雲でおおわれた翌朝。朝メシの準備をしていた和男さんがつぶやくと…


「バタ・バタ・バタ…」


 タープが、はためき始めた。台風が近づいているみたいだ。


「七時のニュースです」


 僕の背後にある・衛星放送を受信できるタブレットからは、天気予報に続いて、定時のニュースが始まる。普段は・まったくテレビを見ない僕なので、画面に背を向けていたのだけれど…


「今朝方・未明、○○県✕✕市の民家から出火した火災は、現在も延焼中で…」


 男性アナウンサーの、そんな乾いた声が、耳に入る。


『…○○県✕✕市?』


 振り返ると…激しい炎と・大量の黒煙を上げ、二階建ての民家が燃え上がる映像が映っている。


『?』


 ジッと目を凝らす。


「この家に暮らす三人の安否は、今のところ、わかっていません」


 アナウンサーは淡々とした口調で、そう続けている。


「…」


 三人は、楽しそうに食事を続けているけど…


「次のニュースです」


 画面が切り替わったところで、振り返りながら僕は…


「今のは…僕の家だ」


 ほとんど無意識状態で、そう口に出すと…


「エッ?」


 一同唖然!


「ピピピピッ! ピピピピッ…」


 即座に、迷彩色に塗られた箱型の無線機の、エマージェンシー・コールが鳴る。


「はい! こちら『無人島(ボニン・アイランド)』!」


 和男さんが、呼出符号(コール・サイン)を告げて応答に出ると…


「衛星放送で、ニュースを見てくれ!」


 スピーカーから教授の声で、そう言ってるのが聞こえてくる。


「ちょうど見てました」


 和男さんは、そう応えているけど…


『実家が火事で全焼?』


 まさか、こんな事になるなんて…


「クラッ…」


 眼は見開いているけど、なんにも見ていない。


「キ〜ン」


 みんなは何か話しかけてくるけど、なんにも聴こえない。


「グラッ!」


 気を失いそうだ。


「ドスン!」


 力が抜けて、チェアーに座っている事もできない僕は、後ろに倒れ込むように、砂の上にヘタリ込む。


「ハア…」


 息が止まりそう…いや・さっきから、呼吸するのを忘れていたみたいだ。


「グワ〜ン」


 目が回って、倒れそうだ。後ろ手に、両手を砂の上に突いて、身体を支える。


「大丈夫?」


 後ろから、オッちゃんが支えてくれるけど…


『自分のカラダが、こんな状態になるなんて』


 今まで無かった。きっと・こんな精神的極限状態なんて、戦争や災害・事故や遭難など、マジで自分の生命の危機に直面した時でもなければ、経験できないんだろう。


(ゾンビどもと遭遇した時は、あまりに突然の出来事に無我夢中で、「恐怖」すら感じているヒマが無かっただけだし…即座に、助けの手が入った。それに今回は…遠く距離を隔てた・この状況では、何もする事ができない)。


『おとうさんや、おかあさんや…弟は?』


 どうして、こんな目に遭わなきゃいけないんだよ?


「即刻きょうの船をとるから、至急・撤収してくれ。そこも危ないかもしれない」


 教授の声が叫んでいる。


「了解しました!」


 通信を終えた和男さんは…


「即時・撤退だ」


 ケーコさんに声をかける。


「わかったわ」


 ケーコさんは、僕の両肩をつかんで…


「しっかりして! 退却よ」


 そう言いながら、僕の肩をゆする。


「はい…」


 僕は力無く返答し、オッちゃんに支えられながら立ち上がる。


「急げ!」


「非常呼集」が掛かった時の、こういった人たちの動きは早い。


(普段から、訓練や実戦で慣れているからだろう)。


 でも確かに、こうなったら、行動は早い方が良い。何しろ今日の船を逃したら、島を出るのは三日後になってしまう。


(向こうの港に着くまでだって、丸一日かかる。この航路を運航している船は一隻しかないから、帰ってこなくては乗船できない。つまり、三日に一便になるのは、当然の道理だ)。


 何としても、きょうの午前中に出航する船に乗らなくてはならない。


「気をつけてな」


 そう言う先生に、和男さんは…


「先生も、お気をつけて」


 そう返す。


「先生は行かないんですか?』


 オッちゃんは、そう問うけど…


「ワシは、ここに残らなくてはならん」


 それで後の事は先生に託し、僕たちは武器と必要最低限の物だけを手にする。


「ご無事を祈ります」


 和男さんが最後にそう言い残して…後片づけももどかしく…僕たちは、島を出たけど…


『…』


 僕はボ〜ッと、海と空しか見えない窓から、外に目をむけていた。


(帰りの便は、窓のある・個室の特等客室だった)。


『アタマん中が真っ白っていうのは、こういう事なんだな』


 頭の中はカラッポで、目には何も映ってはいなかった。


(船室はきっと、「お通夜」みたいな空気だったことだろう)。


「今のところは、異常なさそうだな」


 (フトコロ)に拳銃を忍ばせた和男さんが、戻ってくると…


「ハラが減っては、(いくさ)ができぬ。まあメシでも食え」


 ちょうど昼食どき。


「戦闘の時は、食える時に食っとかなきゃいかん」


 そう言って、パンなどの食料を広げる。


「黙っていたら、ヤラレるだけよ」


 ケーコさんは、食事をしながら、そう忠告してくれたけど…


「わかってます」


 僕は、そう応えて立ち上がり…


「少し、ほっといてください」


 ベッドの上に、あおむけになる。


「ふう」


 お腹が一杯になると、少し冷静になって、考える余裕が出てきたけど…


『いなくなればいいのに』


 そんな考えも、本心からじゃなかった。


『何だ・かんだ言っても、親に守られていたワケだ』


 思い出してみれば僕は、両親から、「親にむかって」とか「産んでやった」「育ててやった」なんて言われた事は、一度もなかった。


『きっと僕は、望まれて生まれてきた子供なんだ』


 そんな事に気づくと、一気に感情が(たか)ぶって、胸の奥底からこみ上げてくるものがあふれ出て…


「ヒック! ヒック! ヒック!」


 息が詰まった。


『なのに、親孝行のひとつもできなくて…』


 流れる涙が止まらない。


『僕たちには、何の落ち度も・非も無いのに』


 突然、理不尽に訪れた災難や不幸。


『ちっくしょう!』


 フトンをかぶって、横をむくけど…


「間一髪だったな」


 そんな和男さんの声で、フッと目が覚める。


『アレ?』


 どうやら僕は、泣き疲れて、いつの間にか、浅い眠りに落ちていたようだ。


『夢ならいいのに…』


 誰だって、何か失敗した時には…


『何で、自分は自分なの?』


 そう思うものだろうけど…


「読者や視聴者を、バカにするな!」


 僕は、ストーリー的には破綻している「夢落ち(オチ)」や「タイム・ループ」モノが、大嫌いだった。


『?』


 近づく台風のせいで、海もだいぶ荒れてきたようだけど…ずいぶん慣れたみたいで、「船酔い」の気配も無い。でも…


『と、いうことは』


 つまるところ…


『やっぱり、これが…』


「現実」のようだ。おまけに…


「本日・正午ごろ、南・海上1000キロにある✕✕島で、爆発があったことが確認され…」


 三人は、テレビの前のソファに腰掛けて、夕方のニュースを見ているところだった。


「火山噴火のおそれもあるため、ただいま調査中とのことです」


 時計の針は、夕方の「6時」を回ったところだ。


「山ひとつブッ飛ばすくらいの火薬、残ってたんでしょ」


 しんみりとした雰囲気で勢揃いしていた三人が、一斉にこちらに目をむける。


「この島の、管理人みたいなものだよ」


 最初に「先生」に面会した後で、和男さんが口にした言葉が思い出される。つまり…


「ここの武器を、奴らに渡すわけにはいかない」


 先生は…


『たぶん…覚悟の自決』


(これで先生の正体は不明のまま、永遠の謎になってしまったのだろうか?)。


 僕は目が覚めた。


『自分の事だけで、メソメソなんてしてらんない!』


 今は、そんな状況なんだ。


「そろそろこの船も、マズイんじゃない?」


 ケーコさんは、腰の後ろに差した自動拳銃(オートマチック)を取り出し…


「ジャキン!」


 銃身をスライドさせて、(タマ)装填(リロード)する。


「ああ、みんな用心しろよ」


 和男さんは、ベッドの下に押し込んであったバッグを引っ張り出しながら…


「部屋から出るんじゃない」


 そう言って、自動小銃(マシン・ガン)を組み立てはじめる。僕もオッちゃんの隣りに行き、一緒に「ナンブ」を取り出し…僕は・ななめ下向きに引き抜けるホルスターを左胸に、オッちゃんは・真横に引き出せるガン・ベルトで左腰に、それぞれの銃の安全装置(セーフティー・ロック)を解除して差す。


『?』


 と、その時…


「グラッ!」


 船が大きく揺れる。


「ヘンな動きしてるな」


 和男さんは、あたりを見回す。なんだかフラフラと、波をかぶるような軌跡を描いている。


「ちょっと見てくるか」


 一日分くらいの食糧はあったけど…誰が操舵しているのかわからないような船に、黙って乗っているわけにはいかない。


「僕も行きます!」


 そう言うと和男さんは、一瞬とまどった表情を見せるけど、僕の目を見てから…


「ヨシ!」


 銃身(バレル)の短い近接戦闘用のマシン・ガンを、手渡してくれる。


「キイッ…」


 和男さんがドアを開けて、船内の様子を探るけど…


『?』


 妙に静かだ。


「ギシ…ギシ」


 乗船した時の喧騒は・すっかり消えて、船が揺れる音しか聴こえない。


「ゴクリ!」


 僕たちは、目元の高さに銃を構えて、部屋を出る。


「…」


 和男さんに着いて廊下を進み、吹き抜けのホールに出るが…


『?』


 人っこ一人、誰の姿も見えない。


「ヤバイな。戻ろう」


 和男さんが、そう言った瞬間だった。


「ボンッ!」


 船尾の方から、激しい爆発音が響き、続いてまっ黒い煙りが吹き出してきた。


「マズイッ!」


 和男さんに従って、引き返そうと振り返るが…


「ゲッ!」


 爆発を合図にしたかのように…通路には、あふれんばかりの「あいつら」の群れ!


『ゾクッ!』


 初めて明るい所で目にする、奴らの不気味な姿。どいつも・こいつも、背中を丸めて・かがむような姿勢になって…ゴリラの「ナックル・ウォーク」みたいに、両の手の甲を地面に着いて…迫ってくる。


『もう、かまっちゃらんないよ!』


 まだ成りたてのゾンビなので、腐敗は始まっていなかったけど…


「うわ〜!!!」


 それを目前にした僕は、たぶん「恐怖心」を打ち消すために、大声で叫びながら…


「バババババン!」


 力を込めて引き金を引き、闇雲に撃ちまくった。


ブシュ!

 ビチャ!

  バチャ!


 飛び散る肉片や肉塊。


「ハア! ハア!」


 一気に弾倉(マガジン)一本ぶんを、すべて撃ちつくす。すると和男さんが…


「貸せ!」


 握った指が固まって・銃が離せない僕から、はぎ取るようにガンを取り上げ…


「ほら!」


 自分が持っていたマシン・ガンを握らせてくれる。そしてマガジンを差し替えた和男さん。でも…


「チッ!」


 四方から・このホール目がけて、ゾンビの群れがゾロゾロとやって来る。


「後ろを頼む!」


 僕にむかって、そう叫んだ和男さん。


「ズバババババ…」


 和男さんが切り開いてくれた道を、さっきまで人間であったろう物体を踏み越えて進み…


「開けてくれっ!」


 やっとの思いで、通路の右の並びの・部屋の前までたどり着く。


(ドアの前にも、物体が散乱していたけど…宿泊施設というものは、廊下の通行人と接触しないようにだろう、どこも・たいてい内開き)。


「入って!」


 銃を手にしたケーコさんが顔を出し…


「入れ!」


 前方の敵どもを撃ち倒していた和男さんが叫ぶけど…


『?』


 後方から一体。髪を振り乱した・太った男のゾンビが迫ってくる。


『コイツを討ち取らなくちゃ』


 部屋に飛び込まれる。でも…


「カチン!」


 え?


『タマ切れ?』


 ドアの正面で、ソイツにマシン・ガンを投げつけた僕は、とっさに左胸に手を伸ばし、「ナンブ」 を抜こうとするけど…


『?』


 (カカト)死人(ゾンビ)の死体を引っかけて、あおむけに・のけぞる。


『しまった!』


 つかみかかろうと・両手を伸ばした巨漢の男が、目前に迫る。


『もうダメだ!』


 僕が、そう覚悟した刹那(せつな)


「パ〜ン!」


 そんな響きと共に動きを止めた(オトコ)は…右の側頭部に弾痕を残し…膝を折って倒れ込む。


『オッちゃん…』


 立ち上がって見れば…僕を引っ張り込もうとしていたケーコさんの右肩越しに、両手で「ベビー・ナンブ」を構えたオッちゃんの姿。


『…?』


 硝煙(しょうえん)の臭いが漂ってくる。


「いいわよ!」


 ケーコさんの呼びかけで…最後に和男さんが中に滑り込んで、ロックを掛ける。


(ゾンビ化したからといって、この扉を打ち破ることはできないだろう)。


「大丈夫だった?」


 オッちゃんが拳銃を投げ出して、走り寄ってくる。


「ハア! ハア…うん、だいじょぶ」


 僕は息を切らしながら返事する。


「それより…ナイス・ショット! アリガト」


「ホッとした」という表情を見せるオッちゃんを見つめて、お礼を述べるけど…


「何があったの?」


 ケーコさんの問いには、和男さんが答える。


「機関室をヤラれたみたいだな」


 動きを止めた船体は、波に翻弄(ほんろう)されるままに漂いだした。


(オッちゃんと、感動や感激にひたっているヒマは無さそうだ)。


「それに…たぶん、火も着いただろう」


 それを聞いたケーコさんは…


「グズグズしてられないわね」


 そう言いながら、やはりベッドの下から、何かを引き出してくる。


『船舶火災?』


 チョット想像して欲しい。フツーは「大空や大海原」と言えば、広々とした自由な空間を思い浮かべるかもしれないけど…たとえば、航空機や艦船などの「閉鎖空間」…ようするに、戦闘中の、戦闘機や爆撃機・戦艦や潜水艦。陸上戦とちがい、飛行機や船から一歩外に出れば、何も無い空や海といった空間が、えんえんと続いている状況。人間が生存できる場所は、実はほんのわずか。その限られたスペースに…今まさに…火が迫ってきている!


(どうだろう? 僕の言わんとしている事が、わかってくれただろうか?)。


「どうするんですか?」


 僕のそんな質問に答えて和男さんは…


「こういう時のために、窓のある部屋を取ったのさ」


「バババババン!」


 窓ガラスにむけて発砲する。


「ガシャ・ガッシャ〜ン!」


 ガラスが砕け散ると、銃床で、残ったガラス片をたたき落としながら…


「飛び込め!」


 そう叫ぶ。


『って言ったって…』


 客船・上部の窓からでは、かなりの落差だ。おまけに海は、台風の波で荒れ狂っている。


(まあ真っ暗だったので、高さや波は見えなかったけど…こんな闇の中に飛び込むなんて、何だか・とっても気が退()ける)。


「二人とも、よく聞いて!」


 両手で抱えるほどのビニール袋みたいな物をかついで、僕とオッちゃんの所にやってきたケーコさん。


「いい。これから救命ボートを落とすわ」


 ワン・タッチで開く物だろう。


「海は荒れているから、無理に泳いで、体力を使わないで」


 ケーコさんは、靴を脱ぎながら・そう言って…


「あなたたちは、浮いていてくれればいいから」


 僕たちに、救命胴衣を渡してくれる。


「わたしたちで回収するから」


 そう言い終わると、抱えていた物を投げ落とす。


『回収って…そんな粗大ゴミみたいな』


 そして・すかさずケーコさんが、まず手本を見せるかのように、飛び出して行く。続いて…


『オッちゃんと僕?』


 でも、ためらっている僕に気づき…


「早く!」


 僕の右手を引く。


(いざ・こんな状況になると、あんがい女性の方が、思い切りが良いのだろう)。


「グズグズするな! サッサと行け! ハグレちまうだろ!」


 いつもはオチャラケた感じの人がマジになっている姿って、妙に迫力がある。それに…


『ゾンビになるくらいなら、いっそ溺れ死んだ方がマシ』


 そう思って僕は、オッちゃんと一緒に、闇の中に踏み出す。


「ザップ〜ン!」


 幼い頃から「スイミング・スクール」に通わされていた僕なので、人並み程度には泳げたけど…


「ウップ! ウオップ!」


 荒れた海にかき回されて、アップ・アップ!


『オッちゃん!』


 僕は、離ればなれになってしまったオッちゃんに、近づこうとしたけど…寄せる波で、「船体にぶつかるんじゃないか」という勢いで押されては、返す波で散りぢりに。


『チックショ〜!』


 オッちゃんから等間隔で、離れないようにしているだけで精一杯だったけど…


『?』


 燃え上がった船の炎に照らされて、ふくらんだ救命ボートが見える。


「オッちゃん、あそこだ!」


 そう叫んで、そちらを目指すけど…渦巻く潮流にはばまれて、なかなか近づけない。その時…


「ドボン!」


 ボートに乗っていたケーコさんが、腰に命綱のような物を巻きつけて、海に飛び込むのが見えた。


「つかまって!」


 まずは、近くにいたオッちゃんから。


『ヨシ!』


 ケーコさんに抱きかかえられるようにして、ボートに乗り込んだ姿を見届けた・その時…


「来い!」


 後ろから、グイと首スジをつかまれる。


『?』


 潮の流れを上手く読んだのだろう、和男さんだ。


『サスガ!』


 ボートに近づくと、ケーコさんが、先端に・小さな浮き輪のような物が付いたロープを投げてくれる。


「つかまれ!」


 僕はロープをたぐりながら、やっとの思いでたどり着き…オッちゃんとケーコさんの手も借りて、はい上がる。


「ゼエ・ゼエ…」


 乗り移ったのは、ドーム型のゴム・ボート。その中で、まんじりともせずに一夜を明かす事になるけど…


『ひっくり返るんじゃないの?』


 和男さんとケーコさんは、平然としていたけど…オッちゃんと、お互いの身体を支えあっていた僕は、不安のままに・一睡もできずに、朝をむかえたものの…


『「海は広いな・大きいな」なんて、誰が言ったんだ?』


 なにしろ、大きなうねりの中では、うねりの頂上に持ち上げられた時くらいしか、遠くを見通せない。


(それだって、下りはじめるまでの一瞬のこと。気が気じゃなくて、「船酔い」しているヒマも無かったのは、幸いだけど)。


 それから、台風(タイフーン)が残したウネリ(スウェル)に揺られて、ほぼ一昼夜(いっちゅうや)


「ふう〜!」


 やがて「台風一過(いっか)」。海は()いできたけど…今度は、島影ひとつ見えない、広大な空間。空があって・雲があって…足(もと)には、膨大な量の水があるだけ。


『なんだか・とっても…心細い』


 だだっ広い・海原や砂漠のドまん中に、ポツンと一人、置き去りにされたら…


『「空間恐怖症」っていうのは、こういう事なんだな』


 一人きりだったら・きっと、一日だって耐えられなかったかもしれないけど…オッちゃんがいて、ケーコさんがいて、そして和男さんがいる。


『それに…』


 黒色迷彩のゴム・ボートだけど、屋根(フード)付き。雨・風や、直射日光も防いでくれるし…


「節約すれば、三日はもつ」


 わずかばかりだけど、非常食も完備している。


『でも…発見してもらえるんだろうか?』


 僕の左肩にもたれるオッちゃんも、疲れ切っているようだ。


「潜水艦の潜望鏡だって発見できる、高性能探知機がある現代だ」


 和男さんは、そう言って元気づけてくれるけど…


(救難信号用の信号発信機(ビーコン)もあったのだけど…ふつうの海難事故とは、状況が違う。電波なんて発信したら、逆に、敵に居所を悟られてしまうかもしれないので…それは「最後の手段」)。


『大丈夫なのかな?』


 不安はぬぐえなかったものの…


『こんな状況でジタバタしても、仕方ないよ』


 和男さんの言葉を信じて、体力温存。


『オッちゃんの寝顔でも眺めながら…』


 と、腹をきめて、ジッと待つことにする。やがて…


『ん?』


 四人揃って、ウトウトしている時だった。


(こんな状況下では、「体力を浪費しないようにすること」が、『極意』なんだそうだ)。


「ブロロロロ…」


 奥にいた僕の後方から、プロペラ機の羽音が迫ってくる。


『!』


 いそいで顔を出すと…機体の上に・大きなお皿のような円盤型のレーダー・ドーム(レドーム)を載せた哨戒機(しょうかいき)が、頭上をかすめる。


「お〜い!」


 僕が大きく手を振ると、二〜三度・上空を旋回してから、北の方に飛び去った。


『助かった!』


 それから、待つ事しばし。


「そろそろだな」


 和男さんの・その言葉に、救難ヘリが来るものだとばかり思っていた僕は、空ばかりを眺めていたのだけど…


『え?』


 海面が、大きく盛り上がる。


『クジラ?』


 次の瞬間。


『!』


 頭から飛び出すように、水中から巨大な物体が顔を出す。


「ザッパ〜ン!」


 僕の意に反して、大きな水飛沫(しぶき)を上げて現われたのは…海底から浮上した潜水艦だった。



2・What’s next?



 浮上してきた潜水艦に、無事に収容された僕たち。


『せ・狭い!』


 全員が、(まる)くて・肩がつかえるくらい狭いハッチから、梯子(ラダー)を伝って艦内に降り立つと…


「ゴゴゴゴゴ…」


 さっそく潜航を開始したようだ。そして…


「ようこそ」


 出迎えてくれたのは、この船の艦長さん。


(名前は「匿名」らしい)。


「大変だったみたいですね。まあチョット狭いけど、このフネにいる間は、くつろいでいって下さい」


 丁寧に、そう言ってくれるけど…


「おや?」


 殿(しんがり)に控える和男さんに気づくと艦長(キャプテン)は…


(ナゼか僕たちは、先頭に僕。続いてオッちゃん・ケーコさん・和男さんという、中に入った順番で、縦一列に並んでいた。まあ狭い通路なので、いたし方ない)。


「よお! ナンバー・ワン! ひさしぶりだな、こんな所で」


 そう声を掛ける。どうやら二人は、知り合いらしい。でも…


『ナンバー・ワン?』


 何それ?


「やめてくださいよ、艦長。自分はもう、そちらの人間じゃないんですから」


 そう謙遜するが、あらためて背筋を正しながら…


「一等海佐! お久しぶりです!」


 そう言って、キャプテンにむかって海軍式の敬礼をする。


(陸上と違って、空間(スペース)の限られた艦内。横幅を取らないように、肩ヒジを張らないんだそうだ)。


『一等海佐?』


 戦いが無くなって、平和な世の中になった戦後の日本。こういった組織では、戦時中を彷彿させる表現を嫌って、階級を示す官職名などに、あえて軍隊式の呼称を使わないのだけど…「一等海佐」とは、「海軍大佐」相当だ。


(一般企業にたとえるなら、部長クラスにでもなるのだろうか? とにかく上級役職者だ)。


貴様(きさま)だって、あのまま続けていたら、今ごろは一等海佐だったろう」


 そう言う艦長さんは、満面の笑みを浮かべているけど…


『貴様?…ケンカ売ってるの?』


(じつのところ「貴様」とは、近世の頃は敬称で…戦時中には、『貴様と俺は』なんて軍歌があったように、同期の人間を呼ぶ時などに使われていたらしい。「ののしる」ときの用語になったのは、それ以降の事だ)。


 まあ、それはいいとして…


『と言うことは…和男さんは、二等海佐だったの?』


 つまり…元「中佐」?


『ジェームス・ボンドみたいだ』


 いまだに続編が制作され続けている「(ゼロ)(ゼロ)セブン()」シリーズ。


(残念ながら…少なくとも・今のところ、黄色人種が「ボンド」役になるのは、『日本国皇帝』の座に()くこと以上に難しいけど)。


「イアン・フレミング」氏・原作の、架空の主人公(ヒーロー)007(ダブル・オー・セブン)」が所属するのは、実在する組織「MI6(エム・アイ・シックス)」。


(「MI」とは「ミリタリー・インテリジェンス」の略。「軍情報部」のことで、「セクション(ファイブ)」は国内防諜、「(シックス)」は対外諜報担当だ)。


 つまり、ボンドは軍人。階級は…作品によって、多少の違いはあるようだけど…「中佐」。


『和男さんって、もしかして…』


 そこで僕は、ピ〜ンときた。


『スパイか何か? 諜報機関の諜報部員シークレット・エージェント・マンなんじゃない?』


 そんな想像を廻らしていると…


(たしかに僕は…物心がついた幼い頃から、大いに「妄想癖」があるみたいだ)。


「実は特殊部隊が一個…」


 艦長はそこで、(僕たちの存在も忘れて)思わず・そこまで(しゃべ)ってしまうが…


「ちょっと失礼」


「ハッ」と気づいて、和男さんを引き連れて奥に向かう。


「え! 全滅! ほんとうですか?」


 和男さんは、声を荒げる。


「シッ!」


 キャプテンは、「トーンを下げるように」という仕草をして、こちらの様子をうかがいながら…何やら深刻そうに、話を続けている。


「どうぞ、こちらへ」


 と・そこで、残された僕たちは、別の隊員さんに案内されて、艦首寄りの船室に通される。


「士官用の部屋みたいね」


 中に入るなり、ケーコさんがそう言う。両側に、二段ベッドのある部屋だ。


(ケーコさんは、右列の下段の(ハシ)に腰を降ろす)。


「狭いんですね」


 まん中の通路なんて、身体を横にして、やっとスレ違えるほどだ。


(僕とオッちゃんは、並んで・その対面に座る。もちろん彼女が、僕の左側にくるように)。


「スペースの限られた潜水艦だから、仕方ないわ。個室なんて、艦長くらいのものよ」


『へえ〜!』


「下っ()なんて、お(カイコ)みたいな三段ベッドの一つを、二人で使ったりするそうよ、交代勤務だから」


 またまた『へえ〜』。


「ま、到着までに一日もかからないでしょうから、ガマンなさい」


 別に、そういう意味じゃなかったんだけど…


「これも任務ですから」


 僕が、そうオチャラけると…


「あら? 元気が出てきたみたいじゃない」


 そう言いながら、両手を後ろに突いて反り返り、少しくつろいだ様子を見せる。


「でも潜水艦って、静かなんですね。映画みたいに、ピコーンって音がするのかと思っていたけど」


 僕が、あたりを見回しながら・そんな第一印象を述べると、ケーコさんは…


「ああ、音響探査装置のことね。あれは音波を発信して、相手の位置を探るものよ」


 さらに続けて、くわしく解説してくれる。


「レーダーもそうだけど、探知機にはアクティブ・タイプ…つまり、能動的に音波や電波をだして探査するものと、パッシブ・タイプと言って、相手が出す音や電波をキャッチする、受動式があるの」


『ふう〜ん』


 水中では電波が届かないから、「魚群探知機」みたいに、超音波を発信する水中音響機器(ソナー)を使い、反射が戻ってくる時間から距離・方向から方位を割り出すんだそうだ。


『な〜るほど!』


 おもわず(うなず)く。


「でも、やたらとあんなモノ出し続けたら、コッチの存在もバレちゃうわよ」


「ピコーン!」なんて音波をだすのは、魚雷を発射する寸前に、敵の位置を特定する時だけくらいのものらしい。


「作戦や戦闘がはじまったら、私語も厳禁よ。機密事項が多すぎて、わたしも全部は知らないけど…おそらく音や振動を消す技術は、人類最先端でしょうね」


 そう教えてくれる。


『へ〜!』


 僕には世の中、まだまだ知らない事がいっぱいだ。ついでに…


「ところで、『ナンバー・ワン』って、どういう意味なんですか?」


 もうひとつ、訊いてみる。


「海軍用語で、軍艦の副官のことよ」


『?』


 海軍? 副官?


「和男さんって、陸自じゃなかったんですか?」


 僕の予想は、ハズレたみたいだ。


「実は、わたしも良く知らないの」


『?』


「イスラエルの有名な諜報機関『モサド』なんかも、エージェント同士の横のつながりは、ほとんど無いらしいわ」


『どうして?』


「捕まった時に、余計な情報が漏れないようによ。たとえ『自白剤』を使ったって、知らない事は言えないでしょ」


『なるヘソ!』


 催眠術をかけられて、外国人になったつもりになったからといって、外国語がしゃべれるわけじゃないらしい。


(まあ、もっともな話だ)。


「でも、クロス・ドメイン化…つまり「領域横断政策」が、進んでるからね。予算も厳しいし…どっちみち少子・高齢化が進行して、もう何十年も定員割れしてるしね」


「陸上自衛隊」は元もと、『太平洋戦争』終結後に勃発した『朝鮮戦争』で、米国の日本占領政策や・治安維持が手薄にならないよう、『警察予備隊』の名で創設された警察機構だ。


(その後の『米ソ冷戦』体制下、特に、北方防備に力が入れられていた)。


「日本軍」に、独立した空軍は無かったので、「航空自衛隊」は独自に立ち上げられたもので…


(『第二次世界大戦』の頃から「空軍」種のあったイギリスやドイツと同様、国土の狭い日本。「敵の上陸を、未然に防ぐ事こそ大切」との、もっともな意見もある)。


 そして「海上自衛隊」は…はじめは、「機雷」除去などの掃海任務や、沿岸警備隊的なものだったけど…アメリカ合衆国の強い後押しもあり、旧「日本海軍」の血を受け継いだ。


(当時の「対ソ連」、後の「対中国」という事情がある)。


 特に、ソビエト連邦が『鉄のカーテン』と呼ばれた時代の頃から…米国の強い要望もあって…「潜水艦戦闘」戦術を磨いてきたニッポン。その対潜技術は、本家の米軍も舌を巻くほどらしい。でも…


「そのうち、三軍統合されるんじゃない」


 それが、ケーコさんさんの予測みたいだ。


(たとえば…『大東亜戦争』当時。「日本軍」と一言で言っても、「陸軍」と「海軍」は、かならずしも一致団結していたわけではないそうだ。戦後の自衛隊も…もともと出自からして違うのだから…「予算の取り合い」などがあったみたいだ。現在は入隊以来、「働き方改革」じゃないけど、意識を変えるような新人教育を施し…長い年月をかけて…変革に取り組んでいるようだ)。


「和男さんって、出身はどこなんです?」


 訊いても無駄かもしれないけど…


「北海道に、お姉さんがいたみたいな話は聞いたことがあるけど…天下泰平になったから、軍人やめて、漁師でもしてたんじゃない」


 そこで、「先生」の言葉を思い出す。


「和男さんのこと、『さぶ』って呼んでましたけど…」


 副官の「サブ・リーダー」か何かの意味?


「潜水艦の『サブマリン』を略して『サブ』って呼んだりするけど…それかしらね?」


 そして…


「ケーコさんは、わっく…」


 僕が、そう付け足すと…


「あら? 記憶力いいのね。なのに…どうして大学受からないのかしら?」


 そう皮肉を言ってきたので…


「どうでもいいコトは、すぐ憶えちゃうんです」


 皮肉で返してやったのだけど…


「あら、言うわね。でも、そんなふうに切り返してくるなんて…口は重いけど、頭の回転は速いみたいね」


 でも、向こうの方が、一枚上手(うわて)みたいだ。


「なのに、もったいないわ〜」


 そんな感じで、本題の方は、見事にはぐらかされた。そこに…


「でも、何で潜水艦なんですか? 飛行機やヘリコプターの方が、速いんじゃないですか?」


 オッちゃんが、割り込んでくる。きっと家族の事が心配なのだろう。早く家に帰りたいようだ。


「相手の目をくらますためじゃない」


 飛行機も船も、自動応答機(トランスポンダー)を搭載し、衛星を使った運行システムで管理された現代。実のところ現在の軍事レベルは、最新のレーダーを使えば、潜水艦の潜望鏡を探知できるほどだし、何百キロ先を飛ぶ極超音速ミサイルだって捕捉可能だ。


(捜索に少々時間がかかったのは、大きく航路をはずれていたかららしいけど…何十年か前。僕らが遭難したあたりで、海底火山の大噴火があった時。北方の関東・東海沿岸に、軽石などが漂着すると予想されたのに…それを大きく(くつがえ)して、南西の沖縄方面に、大量の漂着物が流れ着いたらしい。まあ・それでも、発見してくれたのは確かだ)。


 救命ボートをキャッチするくらい、わけのない事なのだろうけど…


(もしかしたら、今では日本でも保有・運用している、軍用の「情報(インテリジェンス)監視(サーベイランス)偵察(リコネイサンス)」衛星を使ったのかもしれない)。


 でも、そのレーダーでも探知できない潜水艦。


(おまけに、目的地も告げられずに出航して、「水中に潜航してから命令書を開く」と言われてるくらいだ。それに、海中は電波が届かないから、次に浮上して定時連絡をするまでは、完全な孤立状態(スタンド・アローン)。しかも今の潜水艦は…正確なところは公表されていないけど…「原子力なら半永久」、通常動力型でも、最低3週間くらいは、平気で潜ったままだ)。


「わたしたちが…いえ、あなたたちが、どこにいるか…隠すのには最適でしょ」


 なるほど、秘匿(ひとく)性が高い潜水艦は、秘密を作るのにも最適に違いない。


「でも今さら、わたしたちが隠れてる必要なんて、あるんですか?」


 オッちゃんは、苦言を(てい)する。


『たしかに、そうだ』


 でも…


「何か…目的があるんじゃない」


 ケーコさんは、少し考えてから、そう返答してきた。


『まだ何か、秘密があるの?』


 そうは思ったものの、とりあえず・まずは…


「だいたい僕たちは、どこに向かってるんですか?」


 その事に関しては、何も告げられていなかった。


「さあ…着けばわかるんじゃない」


『なに、それ?』


 でも、機密保持段階(レベル)が、現代の最高位にあるサブマリン。


『まあ、こんなことでもなけりゃ、潜水艦に乗ることなんてできなかったよな』


 その点に関しては、そう思って納得することにしたけど…大海原で「空間恐怖症」を味わった直後。今度は狭い潜水艦の中で、「閉所恐怖症」にガマンする番だった。でも海上を漂流していた時と、同じ顔ぶれが揃っている。僕は「大船(おおぶね)に乗った」気分でいた。


(この艦の中では「貴賓室」レベルなのだろうけど、「カプセル・ホテル」以上「ビジネス・ホテル」未満の相部屋。早い話が、なかば監禁状態だけど…ただし食事は、なかなか豪華だった。なにしろ、ほかに楽しみの無い船内生活。「食」をお座なり・なおざりにしたら、「帝政ロシア」時代に起こった『戦艦ポチョムキンの反乱』みたいな事件が、発生しかねない)。


 そんな艦内で過ごすあいだ。僕とオッちゃんは、びしょ濡れになってしまった『ナンブ』を「全バラ」(全分解=全部バラバラにするという隠語)にして、手入れをして過ごした。でも…


『いま何時?』


 高い水圧に耐えなければならないのだから、当然のことだけど…窓ひとつ無い潜水艦の中にいると、時間の観念が失われていく。やがて…


『ここは、どこ?』


 少し遠回りしたみたいで、それから一泊二日弱。無事に日本(?)に帰ってきた。


「ふう〜!」


 船体から上部に立ち上がった艦橋の上に出て、大きく深呼吸。


「ここは、どこなんですか?」


 左前方の遠くに、綺麗な街の夜景が見える。


「南の方さ」


 和男さんは、そう言ってから…


「ヒントは、あれだ」


 右後方を示す。


「火山島?」


 そこには、黒煙を上げる火山が、うっすらと見えている。


「もともとは島だったんだけど、大正の頃の噴火で、今は陸続きさ」


 関係者の皆さんは、あえて日本列島の南の果てを選んだのだろうか?


「どうして、ここなんですか?」


 オッちゃんは、ちょっと残念そうだ。


(新幹線が、ここの終着駅まで到達する以前は、寝台列車が走っていたほどだ。最初に客船に乗った所みたいに、「ちょっと電車で」なんて距離じゃない)。


「ここは、潜水艦で湾の中まで入ってこられるからでしょ」


 たしかに、湾の中にいる。


「下船するには、ちょうどいい場所なんだよ」


 そんな話をしているところに、ライトを消した迎えの船が来たみたいだ。


『いよいよ上陸だ』


 でも…街の方に向かうものだとばかり思っていたのに、逆方向の活火山の方角へ。


「用心のためさ」


 そう言う和男さんに着いて、山を見上げるガレ場の浜に降り立つ。


『どうやら僕は、船乗りにはなれそうもないよ』


 久しぶり(?)の地面の感触が、懐かしい。


「ブウ〜ン!」


 そこからは…防弾仕様ではないだろうが…目立たない・地味な黒いセダンに乗り込んで、左回りに湾を廻る道を走る。


『?』


 やがて、海沿いの道路に面した・右手の(オカ)側にある、庭園のような場所に入る。


(敷地は、道に沿って・延々と続く塀に囲まれている)。


「キッ!」


 乗りつけたのは、古民家風の建物。


(中も、純和式だ)。


「こんな所で、大丈夫なんですか?」


 僕は、そんなふうに感じたけど…


「今じゃ、この程度だけど…ここは・その昔は、要塞なみの規模だったらしい」


 和男さんが解説してくれる。


(たとえば、「織田信長」公が(たお)れた「本能寺」。寺とは言っても、「地下・脱出口まで備えた施設だった」との説がある)。


 ここは、かつての領主が造った屋敷。


(実は今でも、地下の抜け道が残っているんだそうだ)。


『忍者みたいだ』


 床の間の掛け軸の裏が、「秘密の抜け穴」への入口になっている。


「もう遅いから、寝たほうがいい」


 和男さんのひと言で、高級老舗旅館の「岩風呂」みたいな広々とした浴場で一人…


(現代の潜水艦は、シャワー完備だった。もちろん狭いけど)。


 熱い湯船につかってから…


(岩山の上から、お湯は流れ落ちてなかったけど…)。


 畳の上に敷かれた布団に入る。


((フスマ)一枚へだてた隣りの部屋には、オッちゃんとケーコさんが寝ている)。


『フトンに入るのも、久しぶりな気がするな〜』


 でも…


『現実は厳然として、そこにある』


 あまりに慌ただしくて、思い返す間もなかったけど…


『そうなんだよな』


 事実に気づくとポロポロと、急に涙があふれてきた。


「クッ・クッ・クッ…」


『悲しいから? それとも「悔し涙」?』


 右側で・妙に静かに横になっている和男さんに気づかれないように、僕は嗚咽(おえつ)を噛み殺す。


『残念だけど、もう戻ることはできない』


 そう思うと、徐々に怒りが込み上げてくる。


『ヤツらが憎い!』


 ギリギリと奥歯をかみしめ…


『ヤツらが憎い! ヤツらが憎い! ヤツらが憎い…』


 頭の中で呪文のように、何度も復唱していた僕は…いつしか眠りに落ちていた。


     ※     ※


「ふあ〜!」


 翌朝。障子を通して、雨戸のスキマから差し込む陽射しで目覚めた僕は、大きくノビをするけど…泣き明かした(まぶた)は赤くはれあがり、充血した(まなこ)は、血走っていたに違いない。


(和男さんの寝床は、すでに「もぬけの(から)」だ)。


 鴨居(かもい)に掛けられた、古めかしい柱時計の針に目を走らすと…


『八時か』


 起き出して、僕が(ふすま)を開けると…


「おはよう!」


 一斉に声がかかる。


『?』


 正面に「教授」。その左に「博士」。それに続いて「かなえチャン」に「シロ」と「クロ」もいる。


「お・おはようございます!」


 座布団を敷いて車座になった右側には、「和男さん」がいて、「ケーコさん」に「オッちゃん」。


『な・なにごと?』


 無言のまま僕が、オッちゃんの左隣りになる・一番手前に敷かれた座布団に正座すると、いきなり左から…


『ペロン!』


 あのクールなクロが、僕の顔をなめてくれる。


『わかってるんだろうか?』


 それっきりクロは、正面に向き直っているけど…


「フフン!」


 なんだか僕は、一気に気が晴れた。


「まあ、足を崩して」


 教授が・そう言ってくれたので、僕は座り直して胡座(あぐら)をかく。


「スマナイ! こんな事になってしまって…」


 まずは教授が…


「ゴメンナサイ…もっと早く、手を打っとくべきだったわ」


 続けて博士が…そう言って、「()び」を入れてくる。


「…」


 黙ってこちらを見ている二人には、「二の句」が継げないようだけど…


「教授や博士のせいじゃありませんよ」


 ヤツらが憎い!


「でも、どんな状況なのか、どうして・こんな事になったのかだけは、きちんと説明して欲しいんです」


 それを聞いた教授は…


「わかった」


 即答してくれるけど、でも、そこで僕は…


「その前に…」


 すかさず教授の言葉をさえぎって…


「オッちゃんは…いえ、橘内(きつない)さんは、関係ないんじゃないですか?」


 オッちゃんの方を見ると…こちらをジッと見つめるオッちゃんと、目が合う。


「もうこれ以上、彼女を巻き込まないでもらいたいんです!」


 僕はキッパリと、自分の意見を述べる。


『オッちゃんは、どんなふうに感じているんだろう?』


 気にはなったけど、それを受けて博士が…


「そうでもないわ。もしもアナタたちが、子孫を残して、それが男の子だったら…」


『って、なに言ってんだよ! まだ正式には、手も握った事がないのに…』


 なんか話の内容が、変な方向にむかってない?


「その子にも、関わることなの」


 でも、それを聞いたオッちゃんは…


「わかりました。わたしにも、聞かせてください」


 正面を見据えて、そう返事する。


『チョット待ってよ! 結婚式の「誓いの言葉」じゃないんだから』


 とは思いつつも、僕は内心、とっても嬉しかった。


「今わかっている事だけを話そう」


 そこで教授は、語り始める。


「まず、焼死体は二体」


『ふたつ?』


 もうひとつは?


「どうやら、君のご両親のようだ」


『クッ!』


 お父さんとお母さんが…。


「ただ…君の弟さんは、見つかっていない」


『?』


 どういうこと?


「消息は不明なんだ」


『じゃあ弟は…』


 生きてるかもしれない?


「今は生存の可能性も含めて、捜索中なんだが…」


『?』


 それで?


「こういった状況なので…嫌疑がかけられている」


『!』


 そ・そんな…


「ヤツらの仕業(しわざ)に、決まってるわ」


 ケーコさんが、小声でブツブツ言っている。


「次に君の事だが…」


『僕のこと?』


 いきなり何? 僕が、どうしたっていうの?


「実は君は、きわめてマレな遺伝子を持っている事が判明したんだ」


 教授が、そこまで言うと…


「それは、私から話すわ」


 専門家の登場だ。


「持っているんじゃなくて、持っていないの」


『?』


 言ってるコトが、逆じゃん。


「生物は、死後・発動して、カラダを腐らせる酵素を持っているという事は、前に聞いたわね?」


『はあ…』


 確か、教授から聞いたような…


「でもアナタには、それを発動させる遺伝子が無いの」


『?』


 どういう事?


(そういえば…なんでも、「お酒を飲めない人」というのは、「アルコールを分解する酵素を持っていないから」という話を聞いた事がある。それで、『新入生歓迎コンパで、急性アル中で死んでしまう人もいるのだろう』と思ったものだけど…基本、『白色人種(コーカソイド)』と『黒色人種(ネグロイド)』は「飲める体質」で、この酵素を持たない人間が存在するのは『黄色人種(モンゴロイド)』だけなんだそうだ)。


「火葬の国の日本じゃ、わかりずらいんだけど…」


 奇跡として、亡くなった時の姿のままに(まつ)られている、若い修道女の遺体。

()(にえ)」として(ささ)げられながら、朽ち果てる事なく発見された少女の遺体。


(わずかではあるけど…そんな実例があるんだそうだ)。


「情報量が少なすぎて、分析するのがむずかしいんだけど…」


 熱の入ってきた博士は、さらに続けて…


「判明している、ほんの少しの例をシミュレーションして…解析ソフトでデーター化して…統計学的見地からコンピューターがはじき出した数値によると…」


 難しい単語を、早口でまくし立てられても…僕の(オツム)では、ついていけないんだけど。


「確率的に、一億分の一。つまり、一億人に一人の割合」


『という事は?』


 今の人口が80億だから…


(21世紀の22年に、地球の人口は80億人を突破。その後も、漸増(ぜんぞう)を続けていたものの…どこの地域も、社会の成熟とともに「少子・高齢化」が進み…人口の増加も、80数億で「高止まり」。結局、約80億前後で「頭打ち」状態となり、落ち着いているようだ。それに…『出生率』は下がったけど、『平均寿命』が伸び…世界中の人々が、かつては「老人」と呼ばれた年齢を過ぎても働き続けるようになったので、それで「労働力」全体のバランスが取れているみたいだ)。


「80億分の1億で…世界に、たったの80人」


 博士は、そう言ってから…


「ただし…過去にも同様なケースで、いまだに生存し続けている者がいるかもしれないけど…」


『生存し続けてるって…』


「先生」みたいな、年齢不詳の人のこと?


『サンジェルマン伯爵みたいだ』


 僕は思った。「サンジェルマン伯爵」とは…超常現象界では、その名を知られた人物。18世紀に実在したとされる人で、その後も、時を越えて目撃談があることから…「不老不死なのではないか?」とか「タイム・トラベラーではないか?」とか、言われている。


(いろんな時代に姿を現わしたことから…もし、それが本当なら…伯爵も、そんな人間の一人なのかもしれない)。


「それにしたって…」


『100人に達するか・どうか?』


 博士は、憶測はしなかったけど…


「だからアナタは、貴重な存在ということになるの」


『そんな…絶滅危惧種みたいな表現、使わなくても』


 まあ確かに、(かず)的には「超少数派(マイノリティー)」には違いないけど…


「アナタは、『選ばれた一人』と言ってもいいでしょうね」


『選ばれし(たみ)の一人?』


 そんなライト・ノベルみたいなこと、言われたって…


「たとえ乗っている飛行機が堕ちても、自分だけは助かる。ナゼなら俺は、選ばれし人間だからな」くらいに思い込んで・そう語る奴も、一人や二人じゃないけど…


『アニメの観すぎじゃないの?』


 たとえ、そうだとしても…僕は・その他に、特別なものなんて、何ひとつ持ってない。


『だいたい、それだけなら…』


「死んだら火葬にしてもらえばいいんでしょ」という事になる。しかし…


「問題は、ここからなんだよ」


 そこからは、教授が話を受け継ぐ。


「次は、あの『ニンガイ』についてなんだが…」


人外(ニンガイ)?』


 つまり、「Out of Human」。ようするに、「人の外」という意味らしいけど…内部では、あのゾンビたちを、そう呼んでいるらしい。


(センスのある命名だとは、思えなかったけど)。


「とある高校生が名づけてくれたのよ、その昔」


『高校生? その昔?』


 ひと言、博士の解説が入る。


「ある種のウイルスに、感染したものなんだ」


『?』


 新種の?


「それも、もともと地球にあったモノじゃない」


『?』


 地球外生命体?


「宇宙からの外来種なんだ」


『?』


 マジ?


「『パンスペルミア説』というのを知ってるかな?」


『パ・パンスペルミ…?』


 なに、それ?


「『生命汎宇宙起源説』とでも訳すんだが…」


『はあ?』


 今度は、生命の起源ですか?


「ちっぽけな存在である人間から見れば、宇宙は広大無辺だ。自分たちが住んでいる太陽系の事だって、まだ充分にはわかっていない」


『たしかに、そうですけど…』


 現状、月面には、再び人間が降り立ち、火星にだって、僕が生きている間には到達できそうだけど…


「そんな人類の微視的視点からしてみれば、生命は特殊な存在かもしれないが…しかし、宇宙規模の巨視的観点から眺めれば、生命というものは、ごく・ありふれた存在なのかもしれないという考え方なんだ」


『ありふれてる?』


 そんな事が、あるんだろうか?


「最新の観測結果から見積もると、銀河の数は二兆個にものぼる」


『星の数ほども星々がある銀河が、二兆個もある?』


 驚きだ!


「それが、知的生命体まで進化を遂げているか・どうかは別として…」


 たしかに…


『生命が存在しない方が、不思議なくらいだ』


 だから頭の良い人ほど、「地球外生命体」の存在に肯定的なんだそうだ。


「だいたい、この地球にはびこる生物だって、(もと)いをただせば、そうやって誕生したのかもしれない」


『つまり…』


 僕たちの生命も、宇宙起源ってこと?


(「(たこ)は地球外起源」。宇宙から来た生き物と推察する人がいるようだ。それで「H・G・ウェルズ」氏・原作の『宇宙戦争ワー・オブ・ザ・ワールド』に登場する「火星人」は、タコ形なのだろうか?)。


「じつのところ過去の地球では、大量絶滅の後には大繁殖期というサイクルが、何度も繰り返されているんだよ」


『それなら…』


 聞いたことがある。


「その原因は…もちろん、隕石の衝突などによるものもあっただろうけど…新しい種によって、駆逐された結果かもしれないだろ」


『なるヘソ!』


 でも…


「どうやって・そんな物が、地球に入ってきたんですか?」


『信じられない!』


 海だけだって、気の遠くなるような空間だったのに…「宇宙人がUFO(ユーフォー)で運んできた」とでも言うの?


「この地上には、隕石なども含め、年間1万トンほどの宇宙からの飛来物があるんだ」


『そんなに!』


 僕は、そう感じたのだけど…


「地球全体からみれば、大した量ではないんだが…」


『そうなんですか?』


 教授はアッサリ言う。


「30年近く前に、地球の近傍(きんぼう)で、彗星が消滅したことがあるんだが…」


『はあ?』


 まだ生まれてないや。


「彗星とは、(チリ)と氷の(カタマリ)みたいな物で…」


『知ってる!』


 彗星の(シッポ)は、太陽に接近し、温められて()け出した結果、生じるんだそうだ。


(その彗星(コメット)が消えたのは、太陽に近すぎる軌道だったため、溶けてしまったみたいだ)。


「そのチリや氷の中に、生命の(タネ)が閉じ込められているんじゃないか…それが、命の(もと)があるか・ないか以前に、『パンスペルミア説』が寄って立つ仮定なんだが…」


『ふう〜ん』


 そんな事が、あるんだろうか?


「その消滅した彗星の軌道を量子コンピューターで計算し、AIでシミュレートしてみると…」


QCクァンタム・コンピューティングに人工知能?』


 そんな物まで使える組織なんですか?


「どうやら地球上の、その通過経路上にあった地点に、構成物が降り注いだらしいという結果が出たんだよ」


『最接近した時に、最短距離にあったであろう場所?』


 それは…


「どこなんです?」


 そんな僕の問いに教授は、しばし考え込んでいる。


『話すか? 話すまいか?』


 そんな雰囲気が漂っていたけど…


「中部日本の、とある小さな盆地なんだよ」


『ニホンの?』


 ポツリ・ポツリと教授は、重くなった口を開く。


「君が生まれる前だけど…聞いた事くらいあるだろう? 奇病が発生して…街ひとつが潰滅(かいめつ)したというハナシを?」


『!』


 じゃあ…


「街がひとつ滅んだっていう・あの噂は、本当にあった出来事なんですか?」


『仰天!』


 驚きのあまり、声が上ずってしまったけど…


「う…ん」


 教授も博士も、肯定とも否定ともつかない態度を見せるけど…


『ビックリだ!』


 和男さんとケーコさんは知っていたのだろうけど、目を丸くして・黙って話に聞き入っていたオッちゃんが…


「その中に、『ニンガイ』を発症する原因になるウイルスかバクテリアが含まれてた?」


 そう問い詰めると…


「その通り」


 教授は、コクリとうなずく。


「しかも…今でも、その堆積物が残っているかもしれない」


『今でも?』


 本当に?


「だから完全に封鎖されて、国有地として、地図上からも抹消されている」


『今どき…』


 この日本に、そんな所があるの?


(そう言えば…「刑務所や薬物更生施設などは、地図に記載が無い」という話を耳にしたことがある)。


 それに…


『もし…』


 それを軍事利用されたら?


(下手な「大量破壊兵器」なんかより、よっぽど甚大(じんだい)な被害…『人類滅亡』なんていう事態だって、ありえない話じゃない…が出るかもしれない)。


 だから…この「事実」を知っているのは、世界中でも、ごくごく限られた人だけなんだそうだ。


(それで…そんな処置も可能だったのだろう)。


『なるヘソ!』


 たとえば…「最先端の軍事技術」や「非人道的な人体実験」。その過程で起きた事件や事故の真相を隠すために、流布された・有りもしなかった『UFO墜落事件』等々(などなど)


(『東西冷戦』の最盛期。当時の軍事研究は、3〜40年先の時代を先取りしていたと云う)。


(公的機関が極秘に公認した)(フェイク)で固められ・ハッタリ(ブラフ)を塗りまくった隠蔽(いんぺい)工作で、「都市伝説化」させてしまえば…本気で信じるのは、「狂信者(カルト)」や「異常者(サイコ)」のみ。


(あやふやで荒唐無稽(こうとうむけい)な話をデッチ上げ、一般の目を「真実」からそらすのが目的だ)。


 それらとは、逆の意味で『ナットク!』だけど…


「感染すると、どうなるんです?」


『オッちゃんには、カッちゃんの事がある』


 気になるんだろう。


「人間を人間たらしめている『大脳』…特に表面をおおう『大脳新皮質』から破壊されていく」


 オッちゃんは、ジッと聞き入っている。


「即座に理性を失い、行動は原始の脳、『小脳』や『脳幹』に支配されて…」


『なるヘソ!』


「ピン!」と来た。


『それで…』


 カッちゃんが、突然・()つん()いになって飛びかかってきたように…原始の脳が(よみがえ)り、いきなり「四足歩行の四つ足動物」に退化してしまうのだろう。


「そして『三欲』の中でも…」


(食欲・睡眠欲・性欲だ)。


「特に『食欲』が顕著になる」


 教授が、そこまで語ると…


「それで手当たりしだいに、やたらとかみつくワケだよ」


 そこで、和男さんが発言する。


『おいおい止めてよ。ワニじゃないんだから』


 (ワニ)という獰猛な生き物は、とりあえず…あの裂けた口に当たった物は、何にでもかぶりつくんだそうだ。


「助からないんですか?」


 オッちゃんは続ける。


「生物学的には、すでに死亡した状態だからね」


 教授は、残念そうな表情で続けた。


「呼吸は停止しているし、鼓動を打ってないから、脈も無いし…体温は、外気温とほぼ同じ」


『以前・観た、映画のゾンビと一緒じゃん!』


 なのに、活動を続けている?


「生命反応が無くなっても、まだタンパク質や脂肪などのエネルギー源は残っているからね。だが、それが尽きる前に、肉体の腐敗が始まるんだが…」


『ふう〜ん』


 なるほど。


(もう「なるヘソ!」なんて、言ってる場合じゃない)。


「ワクチンとかは、つくれないんですか?」


 オッちゃんは、食い下がる。


「やってはいるんだけどね…」


 ポツリと博士も、残念そうに語る。


「もう20年近く。なにしろ強力すぎて…」


『20年?』


「この道ひと筋」なの?


「普通のワクチンは、毒性を抜いたり・弱めたりして接種するんだけど…抗体を作る前に、力を取り戻してしまうのよ」


 博士は肩を落とす。


「免疫系を、逆手に取る能力があるの。まるで知能があるみたいに」


『知能?』


 って、そんな病原体ってアリ?


「いま、遺伝子的な弱点をさがしているところなのよ」


『またまた遺伝子ですか』


「男子は、自分の遺伝子の優秀さをアピールするため、女子の前で張り切る」って語ってた奴がいたけど…


(一方で、『遺伝子優先説』というものがあるらしい。つまり遺伝子が、「自分が存在し・生き残るために、生物を作った」というものだ。その説を採用すれば、「自分の身を(てい)して仲間を救う」という英雄的行為の理由も、簡単に説明がつくそうだ)。


「今のところハッキリしているのは…『酸素』には弱いってことくらいなの」


 そこでオッちゃんは…


「なぜ『酸素』なんですか?」


『さすが体育会系!』


 今日は、気合が入ってる。


「構造は、いたって原始的な造りなんだけど…」


 なんでも…大気の組成が、現在とはまったく違った太古の地球では、「二酸化炭素」などが主な成分だった。初期・地球上で生まれた生物は、そんな環境に適応していたが…島にいた時に聞いたように…やがて誕生した植物やサンゴの『光合成』によって、「酸素」に取って代わられた。


(そんな、酸素を嫌う原始的なウイルスは、今でも残っている。それで「破傷風菌」などは、酸素の届かない地底や泥土のなかで生息しているわけだ)。


「ニンガイ・ウイルスも、そんな、酸素を嫌う物の一種なのよ」


 でも…


「それだけじゃないんだ!」


『まだあるの?』


 話は、まだまだ終わらない。


「腐らない死体は、アイツらには好都合だったんだ」


 教授は、そこまで言ってから、付け足して…


「アイツらというのは、ウイルスばかりでなく、あの連中という事だが…」


『たしかに…』


 ウイルスだって、宿主(やどぬし)が朽ち果ててしまったら…自分たちだって、生きていけない。


「困った事に、君のように、身体を腐敗させる酵素が無い人間があのウイルスに感染すると…」


『?』


 もしかして…


「この二つが組み合わさると、生物学的には…死んだまま、生き続ける事になる」


『どこが生物学的なんですか?』


「やっぱり」だったけど…


「これは・ある意味、『諸刃(もろは)の剣』とも言える」


『ん?』


 どういうこと?


「そのナゾを解明して、応用できれば…人類は、永遠の命を手にできるかもしれないからね」


『なるほど!』


 そんなこともアリか!


「でも、食べ物とか…必要ないんですか?」


『おっしゃる通り!』


 さすがオッちゃん!


「もちろん、栄養源は必要だろう」


 教授が、おっしゃるには…なんでも「ニンガイ・ウイルス」は、寄生的に神経系に強く作用するから、ニンガイの場合は、筋肉の中に蓄えられたエネルギー源だけで、強制的に動いているらしい。


「循環器は、活動を停止しているんだからね」


 だから、エネルギーが枯渇してしまえば、動きが止まってしまうんだそうだ。


「だがヤツラに関しての・そのあたりのメカニズムについては、まだ詳しくは、わかっていないんだよ。なにしろニンガイ以上に、症例が少ないからね」


『ふうん』


 大変そうだ。


「ただ…植物的なんじゃないかと、推測はしてるのよ」


 今度は博士が、そうおっしゃるけど…


『植物的?』


 どういうこと?


「たとえば…植物だって、酸素を吸って・二酸化炭素を排出する『呼吸』をしているって事を、知ってるかしら?」


『呼吸?』


 息してるの?


「酸素を造り出すのは、光に当たって光合成をしている時だけなのよ」


 そこで…


「そう言えば…」


 オッちゃんの述懐(じゅつかい)が入る。


「小学校の担任の先生が、話してました。植物だって呼吸をするから、病気のお見舞いに花を持って行くのは、本当は良くないって」


『へぇ~、そうなの!』


「皮膚呼吸はしてるだろうし…なにがしかの方法で、新陳代謝も必要だろうけど…」


 博士の話は、そこでひと段落。今度は…


「それにヤツらは、酸素と同様、光も苦手みたいなんだ」


 教授の話が始まる。


『ひかり?』


 太陽ってこと?


「特に太陽光線の中にある紫外線は、強い殺菌効果がある」


『たしかに!』


 菌には悪そうだ。


「だからと言って、行動できないわけじゃない」


『明るくても大丈夫なの?』


 吸血鬼とは違うんだ。


「昼間の屋外では、太陽光をさえぎるために、黒い服装をしているらしい」


『黒いフードにコート』


 たしかに、僕が遭遇した「あいつら」は、どちらも黒装束(しょうぞく)だった。


(白は熱は反射するけど、光は透過してしまう。だから「日焼け」を防ぐなら、日傘は黒じゃなきゃ、意味が無いんだそうだ)。


「それにヤツらだって、変温動物と同じで、ある程度の熱源は必要なんだろうしね」


『なるヘソ!』


 体温は気温と同じ。


(哺乳類などの恒温動物と違って、爬虫類などの変温動物は、太陽光などの熱によって温められないと、動きが鈍ってしまう)。


『でも…』


 植物的で、変温動物に近い?


「まあ、動く植物とでも表現すればいいのか…」


『動く植物?』


「死んでる状態で生きてる」の次は…


『今度は「歩く植物」ですか?』


 まあ「歩く死体(ウォーキング・デッド)」よりはマシだけど…


「食虫植物みたいなものじゃないかとは、予測してるんだが…」


『う〜ん?』


 きっとお次は、教授のコネクション(コネ)で、生物学者…たぶん「植物くん」が登場することになるんだろう。


「で、そうなると、どうなるんですか?」


 僕にとっては、切実な問題だ。


「本能や本性が、つよく(あら)われる」


『僕の本性って…』


 僕は、『役者になりたい』なんて思った事は、一度もない。自分の「()のまま」でいいのならともかく、「誰かを・何かを」演じるなんて…『自分は自分でありたい』と思っていたからだ。けど…人間社会の中で生きていくためには、ある意味・誰だって、多少なりとも「自分の役どころ」を演じているわけだ。それなのに…


『自分の本性があらわれる?』


 自分の本性が(あら)わになる事に、期待を持てる人が…いったい、どれくらいいるだろう? 怖い話だ。


「どうしてですか?」


 そんな僕の、素朴な疑問に対する教授の答えは…


「ニンガイほどではないにしろ、大脳に影響が出るんだろうね」


『理性の抑制(タガ)がはずれ…自分の欲望に対して、歯止めが効かなくなる』


 そんな生命体が出来上がってしまい、そういう新種の人たちが…


(ここで「人」という表現を使っていいのかは、「?」だけど…)。


 実社会の中で、実際に活動しているらしい。


「どんなふうに?」


 具体的には…「この世の楽園(シャングリラ)」の建設を掲げる政治結社・「理想郷(ユートピア)」の実現を(うた)う宗教団体などを『隠れ(ミノ)』に…「森林の破壊」や「サンゴの絶滅」。


「ヤツらは、酸素を嫌うからね」


 最終的には…自分たちに都合の良いように、地球の環境を作り変えようと、(くわだ)てているようだ。


(大規模な森林火災は、『地球温暖化』につながるし…温暖化による海水温度の上昇は、サンゴの死滅にもなる。しかし、そのくらいの気候のほうが、ヤツら=「変温・動植物」には快適らしい)。


『「地球温暖化」に、なかなか歯止めがかからないのも…そいつらが、一枚かんでいるからかもしれない?』


 それにしても…


『いったい、何年かかるの?』


 前にも考えたように、超・長期的な展望だ。


(人間の一生なんて、たかだか百年前後。いま強権の独裁者が世界を騒がしている国だって、あと50年もたてば、どうなっているか・わからない)。


 しかし教授が予想するに…


「なにしろ、上層部の指導者たちは、永遠に近い命を持っているかもしれないんだ」


 つまり、寿命が無いってことだ。


「あくせく生き急いでいる人間と違って、そのくらい待つ余裕があるんだろうね」


 そして僕の方を見ながら…


「感染すれば君だって、永遠の命が獲得できるのかもしれない」


 教授がそう言う横から…


「でも、死なないわけじゃないわ」

 と、ケーコさん。


「物理的に破壊するしかないけど…」


 ケーコさんは、そこで言い(よど)む。


「つまり…殺すって事ですね?」


 僕のそんな言葉に、全員が無言だった。


『不死身ではないけど、不老・不死』


 それが現在・直面している、僕の身の上だった。


(聞くところによると、『ベニクラゲ』というクラゲがいるらしい。なんでも、「老化」と「若返り」を繰り返し…一説によると、5億年も前から生き続けている個体がいるかもしれないそうだ。ただし、捕食されるなどすれば、それまでだけど)。


「共存することは…できないんですか?」


『?』


 いったん一同が静まりかえったところで、ふたたびオッちゃんが、もっともなアイデアを提案するけど…


「うむ…そういう考え方もあるが…お互い、求め・必要としているものが、まったく正反対だからね。今のところは…」


 教授は否定的だ。


『たしかに、そうかも』


「酸素」と「二酸化炭素」では、『水と油』。妥協点のハードルは・かなり高くて、合意に至るのは困難なレベルかもしれない。


『それに、もし…』


 全面戦争にでもなれば、相手を根絶やしにする殲滅(せんめつ)戦になることは必須だろう。


『なにしろ…』


 状況は、宗教戦争に似たようなものになるだろうから…。


(執政の側からすれば、『信仰の自由』は必要なものだろうけど…信者にしてみれば、相手の宗教を認めるなんて、ありえない。じゃなけりゃ、「自分の信仰は何なのだ」という事になる)。


『きのうの敵は、きょうの友』なんて言葉もあるけど…昨日までライバルとして戦っていたスポーツ選手同士が、たとえば引退後に、友達になるという意味じゃない。


(戦国時代を例に取れば、わかりやすい。昨日まで、領地をめぐって争っていた者同士。でも、より大きな脅威が迫れば、お互い「こんな事をやってる場合じゃない」となる。利害関係が一致すれば、状況は一変。『敵の敵は味方』となって、手を取る事だって有り得る。でも、信仰などが絡んでくると、話が違ってくる。『殉教すれば極楽に行ける』と信じている人に、「現世ご利益(りやく)」を示したところで、納得するかは「?」。だから覇王が成した、「(聖地の)焼き討ち」も「(老若男女を問わない)宗徒の虐殺」も、『天下獲り』を目指す側からすれば、当然の帰結だったのだろう)。


『ナルホド!』


 初めて教授のオフィスを訪れた時、「社会に及ぼす影響は無視できないから…(事実を公表しない)」と言われたけど…たしかに、「隣人がソイツらかもしれない?」としたら、大勢の人たちが『疑心暗鬼(ぎしんあんき)』を(しょう)じて、世の中は収拾(しゅうしゅう)がつかない状態に(おちい)ることだろう。


(もし、巷間(こうかん)語られている異星人に関する噂話が真実だとしたら、同じような理由で、事実を隠蔽(いんぺい)しているのだろう)。


「それに、最初に『男の子が』って、言ってましたけど…」


 さらに続けてオッちゃんは、いかにも女性なりの疑問を口にする。


「うん」


 教授がうなづく。


「それなんだけど…」


 それを受けて、博士が続ける。


「男の子は、容姿や運動神経・持病の持ち方などは、母親から遺伝するものが多いんだけど…」


『なるヘソ!』


 男である僕には、思いつく事が、いくつもある。


「でも中には、父から息子へ、ほとんどそのままの形で受け継がれていく遺伝子があるの。男系の遺伝子ね」


『?』


 僕はもちろん、たぶんオッちゃんも、初めて聞く話みたいだ。


(父系家族。そういった点においては、日本の皇族や、「父と子と聖霊」を重視するキリスト教も、当てはまるのかもしれない)。


「今あなたの、お父さんの系統を調べているところなのよ」


『父方の家系?』


「高貴な出自」なんて話は、まったく聞いた事もなかったし、実際そんなことは無いだろうけど…男系の皇統が続いている日本。


(過去には女帝も存在したけど、それは・あくまで「つなぎ」的なものだった。天皇が崩御(ほうぎょ)した際、まだ跡取りが幼かった時などに、成人するまでの間、皇后などが代行しただけだ)。


「ほかにも思い当たる(フシ)があるんだが…なにしろ・そちらは、(おそ)れ多くてね」


 教授は、そう言うけど…


『ほかに?』


 政府の某省庁が管轄している古墳には、いまだに発掘調査が許可されない物がある。


(古代ニッポンの天皇は、土葬ばかり。仏教が伝来し、その思想が浸透してきた中世になると、「在位中の崩御は土葬・譲位(じょうい)後なら火葬」がメインとなり…「江戸時代」初期から『昭和』までは、すべて土葬だったそうだ)。


 たしかに、「お墓を(あば)く」なんて行為自体、あまり感心できないけど…。


『他にも理由があるんじゃない?』


 たとえば中国『(しん)始皇帝(しこうてい)』の墳墓。いまだに発掘調査が行われないのは…


(盗掘されないよう、映画『インディアナ・ジョーンズ』なみの仕掛けがあるからだ…なんてウワサもある)。


『漢民族』ではなく、「アラブ系の人物だという事が、バレてしまうから」という俗説がある。


(『(とう)』の「玄宗(げんそう)」皇帝の(きさき)・「楊貴(ようき)()も、そうだと云われてるけど…)。


『教授の、あの態度は…』


 暗に『その存在』が、「男子直系」で存続してきた理由を意味しているのかもしれなかったけど…


(いまだに…「女性」というより…「女系」の皇位継承が認められないのは、案外そんなところが理由かもしれない)。


「でも、おかしいじゃないですか?」


『教会の聖女』

『生贄の少女』


 判明しているという実例は…


「どちらも女性なんでしょ?」


 僕が、そう反論すると教授は…


「うん? まあ・そちらの方は、単なる云い伝え的なもので…防腐剤が使われているかもしれないし、保存状態の・きわめて良好なミイラかもしれない」


 と、歯切れが悪いが…


「実は、信仰なども絡んでくるので…なかなか許可がおりなくてね」


 そこで、いったん言葉を濁すが…


「まだ、実物の検体を調査できたわけじゃないんだ」


 最後は、そう白状する。


「まったく違ったパターンの可能性も、捨て切れないが…すくなくとも現段階で実証されているのは、100パーセント男性のみなんだよ」


『う〜ん?』


 なんだか、納得がいかなかったけど…


「つまり…彼との間に生まれて来る子が男の子だったら、そうなる可能性があるって事ですね?」


 妙に「大人びた」顔つきになったオッちゃんは、キッパリと・そう言い切る。


十中八九(じゅっちゅうはっく)、間違いないわ」


 博士は断言する。


『祭り上げられた王侯貴族みたいになるんだろうか?』


 それを聞いて、そんな事を思った僕は…


『いったいオッちゃんは、どんなふうに感じてるんだろう?』


 彼女と顔を見合わせる。


『?』


 オッちゃんは、かすかに微笑んでくれたけど…


「君のお父さんや弟さんも、そういった存在の可能性がある。それも、かなり高い確率でね」


 そこで教授は、うつむき加減になって…


「君の弟さんが、ヤツらの手に落ちていなければいいんだが…」


 そこまで言って、考え込む。


『ヤツらに』


 (とら)われてる?


「これは・もはや、日本だけの問題じゃないんだ」


 そんなこと、言われたって…


『一億人に一人か』


 なんか、実感がわかないけど…


「人類の存亡がかかっている」


「人類の存亡」って…(そ)んな大げさな。


『どっちにしたって、そんな大役、僕には無理だよ』


 続けて教授は…


「しかし、これで一つ、はっきりした事がある」


 重々しく語り始める。


「おそらくヤツらは、君のお父さんや弟さんを通じて、君の存在にも気づいてたんじゃないかと思われるんだ」


『?』


 どういうこと?


「君がピン・ポイントで事件に巻き込まれるなんて、おかしいとは感じてたんだが…」


 たしかに…


『なんで僕が・僕だけが?』


 そんな気はしていたけど…


「最初の一件も、仕組まれた可能性がある」


(あの路地で・アイツらに導かれるように、ニンガイと遭遇した件だ)。


『まさか?』


 でも教授の言う通り、今回の火事といい…


『タイミングが良すぎる』


 そんな展開だ。そして最後に…


「しばらくのあいだ君は、ここに隠れていたほうが賢明だろう」


 そう提案してくれる。


「いいですよ。どうせ僕には、もう、帰るトコなんて無いし…」


 僕がそう言うとオッちゃんは、ジッと僕のことを見てから…


「わたしも残ります」


 そう言ってくれるけど…


「オッちゃんは、家に…おとうさんや、おかあさんの所に帰ったほうがいいよ」


 和男さんやケーコさんも、うなずいている。


「そうだね」


 教授も了解し…


「明日、送っていかせよう」


 そう言ってくれた後で…


「それじゃ、わたしたちは…」


『?』


「これから、行かなくちゃならない所があるんでね」


 そう言いながら、博士と共に立ち上がる。


「で、教授、どちらへ?」


 和男さんが、立ち上がった二人に声を掛けると…


神月山(かみつきやま)だよ」


『神月山?』


 和男さんとケーコさんは、顔を見合わせる。何かを知っているようだ。


「あそこに呼ばれてる」


『呼ばれてる?』


 誰に?


「どうやらむこうは、私たち…私と妻に、用があるようだ」


『用がある?』


 どんな?


「それも…たぶん、しごく個人的な理由で」


『個人的な理由?』


「どうも今回の件は、白鳥くんが言うように…むこうの組織の中でも、一部の連中が引き起こしたものかもしれないんだ」


 教授は、いつもの茶色のブレザー・スーツの襟元を正しながら…


「その一派が、単独で動いているようでね」


 そのあと博士が…


「かなえのことも、頼みます」


 そう言って教授と博士は、裏山へと通じている秘密の抜け道に入って行く。


「バラ・バラ・バラ…」


 まもなく裏山の方から、遠ざかるヘリの音が聴こえ…やがて消えていく。


「教授は『諸刃の剣』って言ってましたけど…」


 僕は空を見上げながら、右隣りの和男さんに、声をかける。


(僕たち二人は、古風な日本家屋の縁側(えんがわ)に並んで立って、その音を見送っていた)。


「つまり…最終的には、『男ばかりの永遠の世界』になるってことでしょ」


 要するに…


(異性との「そんな能力」が、あるのか・ないのかは「?」だったけど)。


 生殖行為ができないという事だ。


「シロやクロみたいな手段がない向こうの連中は、手っ取り早く、仲間を見つけ・増やそうとしてるんじゃないですか?」


 僕は、そんな気がしていたのだけど…


「なるほどな」


 和男さんも、肯定してくれる。


「でも、男ばかりの集団なんて…恋愛モノはみんな、『ボーイズ・ラブ(BL)』になっちゃいますね」


 僕が、そう言うと…


「俺には、その()はないからな」


 即座に、否定の言葉が入るけど…


「僕だって!」


 そこで和男さんは、大きく伸びをしてから…


「さて!」


 と、かけ声を掛け…


「朝メシだ!」


 そう言いながら、みんなの方を振り返る。


『こんな所で食べるなら、お膳に焼き魚の和食がいいな』


 まだまだノン()な、僕だった。


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