第一章 「ふたたび」「受験生だって、恋していい?」 素敵な彼女と出会った浪人の僕が遭遇したのは、ロリにマッチョに、そしてゾンビ!
第一章 「ふたたび」
1・What are you waiting for?
2・十九の夏
「何かを待っていた」
それは、『全地球的な大規模地震』かもしれないし、『超火山帯の一斉噴火』かもしれないけど…
「何かを待っていた」
それは、大洪水をともなう『同時多発的タイフーン・サイクロン&トルネードの発生』かもしれないし、『最終戦争的世界大戦』かもしれないけど…
「何かを待っていた」
もしかすると・それは、『巨大隕石の衝突』とか、『異星人の大侵略』なんてことだって、あり得ない話じゃない。とにかく…
「何かを待っていた」
そして、突然「その時」をむかえた人類は、どいつも・こいつも、あわてふためき・取り乱しているけれど…でも今となっては、もう手遅れだ。
「…!」
僕は無言で、逃げまどう奴らとは反対の方向にむかって、颯爽と歩き出す。
「ふん!」
僕には、どこに行けばいいのか、わかっているはずだった。
でも…
1・What are you waiting for?
「歳はいくつだ?」
なのに…これだ。
『?』
座り込んでやっていた、僕が生まれるずっと・ずっと以前に流行ったと云う「TV型ゲーム機の始祖」復刻版『インベーダー・ゲーム』のテーブルから、眼球の動きの分だけ、視線を上げると…
『爬虫類型人間?』
トカゲの皮膚か・脱皮したヘビの皮を連想させる、干からびた浅黒い肌の・細い腕が垂れ下がっている。
『?』
さらに目線を上げると…半袖Yシャツの・まぶしいばかりの「白」が、とっても目障りだ。
『!』
僕の前には、「いかにも」といった雰囲気の男が二人、立っている。
『いざとなたら、逃げまどう小市民のクセに!』
僕は、腹の中では、そう思いつつも…
「十八」
素直に・そう応えてから、視線を落とした先には…
『チェッ!』
テーブルの上には…さっき入った男子トイレ。故意なのか? 棚の上に置き去りにされていた、小ぶりな・濃い紫色のパッケージの電子タバコと、細長い・鈍い金色の加熱器。
(こういった遊戯施設や「敷地内全面禁煙」の公園の公衆便所などには、いかがわしい雑誌が放置されていたり、「隠れタバコ」の痕跡が残っていたりするものだ)。
チョットばかり興味もあったので…
(なにしろ今では、軒並み・一箱千円ほどもする、ちょっとした高級品。それでも、かつて「先進国」と呼ばれた国々の中では、一番安い部類だそうだ)。
失敬してきたのだけど…
(もちろん、「店内禁煙」。火は着けていなかった)。
『そういうことか』
なんだか「ハメられた」気分だ。
(こういった連中にバレないための、餓鬼どもの仕業なのだろう)。
『マズッたな〜』
フツーの園児・児童や生徒・学生なら、「夏休み」の真っ最中。
(「園児」は幼稚園や保育園に通う幼児、「児童」は小学生、「生徒」は中・高校生、「学生」は大学生などを指す)。
「学校はどこだ?」
『毎日が日曜日』みたいな、今の僕には関係ないことだったけど…「少年・少女が、一番非行に走りやすい時期」と言われる、真夏の補導員。
(実のところ「少年」とは、年端のいかない未成年という意味で、男女の区別は無いから、「少年・少女」という表現は、法的用法には不適切らしい)。
「予備校!」
ぶっきらぼうに、ひと言で返答する。
(名ばかりの「成人式」は、済ませてあったけど…僕の父母が、ちょうど・その年頃だった時、「明治時代」以来140年ぶりで『民法』の改正があり、「18歳」が『成人』となった。でも、いまでも「飲酒・喫煙」だけは、従来の「20歳」のままだった)。
「浪人か?」
神経質そうな、度の強い・黒ブチのメガネ。手前のオッサンは、『定年退職』後の再就職かボランティア? 元「教師」か・退官「警官」ふうの、エラぶった・おせっかいなオヤジ。
(後ろをかためる配下は…現役の、役所の担当課か・教育委員会の職員といった感じの、堅苦しそうな中年男)。
どちらにしろ・どちらも、融通のきかなそうな顔をしている。
「コクン!」
僕は無愛想に、無言でうなずく。ここで言い訳をしてもムダだろうけど…「予備校」なんかに通報したって、何も始まらない。学生証を確認したところで、あきらめたようだ。
(予備校生だって、学生証があれば「学割」がきく)。
説教師はひとしきり、こういった場合の小言めいた説教をした後で…
「ちゃんと勉強しなくちゃダメだぞ!」
「余計なお世話」だけど、『無罪放免』。特別なお咎めも無く・最後にそう言い残し、自転車に乗って去って行った。
『どいつも・こいつも、同じ事しか言わない』
高校の時も、そうだった。飲酒や喫煙に関して…自分たちのことを棚に上げて、「規則だから」とか、「法律で決まっているから」としか言えない無能な教師たち。
(ちょっと前に、「アメリカ合衆国でのアルコールの解禁は21歳から」という事を知らなかった・二十歳になったばかりの女性アイドルが、みずから某アメリカ領でビールを飲んでいる写真をアップして叩かれたけど、未成年の飲酒の弊害は…女子は中学生・男子は高校生で、身長の伸びは止まるし、「第二次性徴」もむかえるけど、内臓までの身体的成長が完了するのは22くらいなんだそうだ。しかしタバコやアルコールは、脳を酸欠状態にして成長を阻害する。たとえば「子犬に酒を飲ませると、成長が止まって・早死にする」という話がある。そういった意味では、「17から運転免許が取れるけど・飲酒は21から」のアメリカの法律の方が、理にかなっている…というのが、こういった場合の正しい説法だ。ゆえに、「飲酒・喫煙の年齢が18に引き下げられる」ことはないだろう)。
「べつにこんなモン、興味ないよ」
立ち上がりながら、煙草のパッケージをゴミ箱に放り込んで、ゲーセンを出る。
「チッ!」
エアコンの効いた店内から、一歩おもてに出ると…
「今年の夏も異常だな」
湿った熱気が、まとわりつくけど…
「とにかく!」
僕は…
「何かを待っていた」
※ ※
「フッ! フッ! フッ!」
そんな、「何かを待っている」日々を送っている僕だけど…
「ピッ!」
ランニング用のTシャツに、ランニング用のハーフ・タイツ。白と青を基調にしたジョギング・ウェアーに身を包んだ僕は、左腕に巻いた腕時計のストップ・ウォッチを押して、夜の街を走っていた。
「フッ! フッ! フッ!」
僕は、競技に参加しているわけじゃないし、観戦にも、まったく興味も関心も無いけど…自称「スポーツ中毒者」。
(僕個人の定義によれば…「健康のためにするのが運動で、身体を壊すためにやるのがスポーツ」だ。つまり、「体力の維持・増進」を図るために行うのが『運動』で、「身体を鍛える」以上に酷使して、「死期を早める」のが『スポーツ』。たとえば、屈強な「格闘家」などが、若年でアッサリ命を落としたりするように、一概に「プロ・スポーツ選手」は…特に、肉体的なものばかりでなく、『相撲』などの「特異体型」や、『レーサー』など「精神的にハード」であればあるほど…短命だという事実が、僕の説を証明していると思う)。
『だいたい…本気で競技に参加している奴なんて、「目立ちたがり屋」に決まってる。勝って、自分の能力や実力を誇示したいだけなんだ』
でも…あいにく僕は、あからさまな「自己顕示欲」があるタイプじゃなかったから、競技会に参加しようなんて、考えた事もなかった。
『だから今までの僕の人生、淡々と日々が過ぎているだけなんだろう』
べつに、「後悔」や「心残り」なんて無いけど…きっと僕は、かつて『日本人の美徳』と言われた、「礼儀正しく・控え目で・おくゆかしい」態度を尊重する、古風なジャパニーズ。
(『能ある鷹は爪を隠す』という諺を「座右の銘」にして、『羊の皮をかぶった狼』に憧れている人間だ)。
実のところ・ただ僕は、人に干渉されず、静かに生きていたいだけなのに…精神面まで、(悪い意味で)すっかり「欧米化」した現代では、生きていくのが厳しい気質なんだと思う。
(なにしろ『西欧式』とは・つまり、「できる・できない」以前に、「できなくても、見栄やハッタリをかます」ことが『肝心要』。じゃなけりゃ、端からナメられる。でも、今の日本・国内は…「右をむいても・左を見ても」…そんな連中ばっかりが、巾を効かせてる)。
『僕って、ただの「引っ込み思案」?』
どっちにしろ僕は、「図々しい奴が一番嫌い」だったけど…そういう連中に限って、一方的に・勝手に「約束」を成立させたりするものだ。
(こちらは、事を荒立てないよう、暗に断りを入れているのだけど…まったく気づいてくれない)。
『自分が横柄だって事がわかってないのが、まじムカつく!』
だから今までの僕の人生、嫌な思いも沢山してきた。
『気位の高い連中ばかり増えて、チョー迷惑だよ!』
中身のともなわない「誇り」や「自信」なんて、ただの「我ママ」「自己チュー」なだけ。
『気づかいの無い無神経な人間って、うらやましい限りだ!』
きっと、話をややこしくして、物事を複雑・面倒にすることが好きな人種もいるのだろう。
『本当なら、僕みたいな人間こそ・大会に参加して、その力を証明してみせる必要があったのだろうけど…』
「速い・遅い」とか、「強い・弱い」など、「できるか・できないか」で明確な序列がつくスポーツ界の方が、よっぽどスッキリしている。
(僕が思うに…学校や職場などでの「イジメ」問題。だいたい人間関係でもめるのは、「ヤル気」や「能力」が足りないからだと思っている。「気の合わない奴」は、どこにでもいるものだけど…「有無」を言わせない実績を示して存在を認めさせてやれば、向こうだって黙るしかないだろう)。
それに僕は、「集団行動」ができないワケじゃないけど、みずから好んでやろうとも思わなかった。
(早い話、ただの「ヘソ曲がり」?)。
だから、中・高一貫して、何かの部活動に所属した事もなかった、自称「人間嫌い」。
(たしかに、進んで「組織」や「集まり」に参画するタイプじゃなかったけど…「自己主張」ばかりが強くて、「協調性」が無く、「空気が読めない」人間と違い、「和」を重んじ・「輪」を尊重しているつもりだ)。
また、かたや群れの中で、自分の意見を押し通そうとする「権力欲」の塊みたいな・「俺々」タイプも、多数存在する。
『メンド臭いな〜』
まあ何とか、普通の学園生活を営んでいける程度の「人づきあい」くらいは、こなしていたけど…『卒業した後までも、付き合いを持とう』なんて思える奴も一人も無く、現在、旧友(?)の誰とも「音信不通」だ。
『やっぱり僕は、「霊長類ヒト科」の中で生きていくには、神経質すぎるのかも』
とは思うものの、「人間関係」にしろ「競技参加」にしろ…
『今からでも、遅くない?』
そんな思いがよぎる事も、度々だけど…やはり僕は、受験と同様、自分を変える事や・能力を証明する事には積極的になれず、『何かが起きる』その日に備えて、人知れず・黙々と、カラダを鍛えているわけで…
『青白い細い腕して、アーミー・ルックに身を包んでいる奴なんて、一番笑えるぜ!』
と、そろそろ調子が出てきた。
「フッ! フッ! フッ!」
途中経過が長くなったけど…ここで、さらに『閑話休題』。
僕のソレ…自虐的「ランニング」は、ただの「趣味」・たんなる「自己満足」。単純に、「ランナーズ・ハイ」を求めているだけの、「自然陶酔」常習者。
(毎日、最低6キロは走らなくてはガマンできない人間は、完全に「脳内麻薬中毒」なんだそうだ)。
「フッ! フッ! フッ!」
僕はもともと、まあまあ足の速い子供だった。でも、小学校の中学年の頃から太りだして…
(歳の近い弟と、「ゴハンを何杯食べたか?」で、毎日『大食い競争』。負けたくない一心で食べまくり、気がつけば「肥満児」一歩手前)。
そのせいか? 高学年になると、「駆けっこ」から「障害物競走」になっていた運動会の「短距離走」では、ビリから数えた方が早くなっていた。
『あれが、人生・最初の挫折?』
それまでは、毎回かならず出場していた、『子供会対抗リレー』の代表からもはずされていた。
「フッ! フッ! フッ!」
そんな、ある日。小学校の遠足で、県境の山に登っていた時だ。
『なんで?』
噴煙を上げる火山の火口へと続く、開けたガレ場の・まっすぐな登り坂。
『マジ?』
他の大人たちが…中には、ハイキング・コースなのに、「いかにも登山」みたいな格好で登っていく中・高年もいる脇を、まるで街中でジョギングでもしているかのような姿で、風のように走り抜けて行くお兄さん。
(「クロス・カントリー」という単語とか・「トレイル・ラン」という言葉とか・あるいは「アドベンチャー・ラン」なんて表現を知ったのは、それから数年後、中学校に上がってからだと思う)。
『カッコイイ〜!』
列の最後尾で「フウ・フウ」と息を切らしながら、登山道を登っていた僕は…
『?…!』
コース脇に茫然と立ち尽くして、そんな光景を眺めていた。そして・その後…
『ヨシ!』
『一念発起』なんて「四文字熟語」を知ったのは、やはり数年後、中学生になってからだと思うけど…それを目撃してからというもの僕は、休日などには「昼メシ抜き」で、校庭や公園などの未舗装路や芝生の上を走り回った。
(場所を選ばずに走る「フリー・ランニング」に近い)。
気がつけば、すっかり贅肉は削げ落ちていたし…
『何なの? この気分!』
その過程で僕は…
『カ・イ・カ・ン!』
『自分は、みずからのカラダに苦痛を与える事で、快感を覚えるタイプの人間だ』という事を自覚したワケだ。
「フッ! フッ! フッ!」
でも僕は、たしかに「陶酔」型ではあったけど…いわゆる「長距離走」体形じゃなかった。
(かと言って・どちらにしろ僕は、「興奮」型の「短距離走者」体質でもない…つまりは「陸上競技」的な造りの人間じゃなかった)。
あえて言うなら、「クロカン」や「トライアスロン」などに向いていそうな、自称「領域横断的ランナー」。
(いずれ挑戦してみたい気もするけど…「浪人中」を理由に回避しているのは、実のところ、現実を目の当たりにするのが恐いだけ?)。
「フッ! フッ! フッ!」
こちらに出てくる当日の朝まで、日々飽きずに、走り回っていたのは…実家から・ほど良い距離の街の中心部にある、小高い丘の上に・神社のある城山公園。そこから郊外に、一連の丘陵地帯が北にのびていて、一歩裏に回れば、恰好の自然があった。『立入禁止』の立看板を無視しては、森の斜面に入り込み…はって上がるような傾斜を攀じ登っては、滑り落ちるように下ったり。上り・下りばかりではなく、階段や段差の昇り・降り。雨上がりの水溜まりを跳び越しては、垣根や柵を飛び越えたり…ジャンプやサイド・ステップ。臨機応変な動きは、退屈しなくていい。
「フッ! フッ! フッ!」
そんな場所の少ないコッチに来てからは…公園や河川敷の遊歩道を、わざとそれては、木々をスリ抜け・茂みの間の地道を通ったり。横断陸橋があれば、わざわざ駆け登って・地下横断歩道があれば、わざわざ駆け降りて、道路の向こう側へ。
(最近の僕は、「クロスドメイン・ランナー」改め、「ストリート・ランナー」を自称している)。
そんな僕だったけど…特に暑い季節の・この時期には、暗くなってから走ることが多くなった。
「フッ! フッ! フッ!」
でも、それは・それで、悪くなかった。陽が落ちたとはいえ、街中だ。太陽が沈むと真っ暗になってしまう田舎なんかより、よっぽど明るくて安全だし…見え過ぎると速度感が無くなって、(たとえば、いっこうに景色の変化しない海岸沿いなど)かえって退屈だったりするものだから。それに…
「フッ! フッ! フッ!」
どこまでも、途切れることなく続く街並み。灯りがあれば、影がある。光と闇。そんな都会のコントラスト。
『イイ感じ!』
(そろそろ体内で、「エンドルフィン」が放出され始めたようだ。達人になると、「竹の切り口を見ただけで、『悟りの境地』に入り込める」と言うけれど…『解脱』なんて、大そうな表現が使われるけど、チョットしたキッカケで「幸福感」に満たされる・この感覚と、同種・同系統の類いのモノなのかもしれない)。
実のところ僕は、あんがい夜型・夜行性なのかもしれない。
(「早起き」してのランニングは、長く続いたことがなかった)。
知らない土地だから、なおさら好奇心が湧くのだろうけど…人工の物質があふれる都会。目にする物すべてが・妙に新鮮で、対象は無尽蔵に近い。
(もっとも今のところ、よく耳にする「都会の誘惑」的なモノには、まだ出会ってないけど)。
『おっと!』
そんな物思いにふけりながら、夜の街を走っていた僕の前に…スーパーの駐車場から、手前で一旦停止もしないで車道の直前まで・歩道をふさぐように、白いワン・ボックスの乗用車が走り出てきた。
『…ったく』
後ろに回り込んで、走り過ぎざま、リヤー・ワイパーを立ててやる。高齢者や子連れのお母さんは、このくらいで勘弁してやったけど…
『このヤロー!』
歩行者なんて眼中にない・自己チューな運転をするオッサンやオバサンのドアには、蹴りを入れ…
『ヨイショ…っと!』
生意気そうな若造や・根性の悪そうな男や女の運転する車には、ボンネットの上に飛び乗ってやることにしていた。
『ザマー見ろ!』
クラクションを鳴らして抗議してくる奴もいたけど…
『バ〜カ!』
ドライブ・レコーダーが義務化された今の時代なら…
「安全運転義務違反」
むしろ奴らの方が、一旦停止不履行や歩行者の通行を妨害したとして、罰則をくらうのがオチだ。
『低脳どもが!』
一度、ドア・ミラーを開く方向にたたいてやったら、簡単に弾け飛んだ事がある。
(ミラーという物は、歩行者などに接触した際に、ケガをさせないよう…それほど大きな荷重でなくとも…衝撃で取れるようになっている)。
僕は、そんな事をして、日々のウサを晴らしていたのだけど…
『いったい僕は、何が気に入らないというのだろう?』
この世に生を受けて、まだ・たかだか19年。「物心」がつく以前の年月を差し引いたら…たとえ『完全記憶』があったとしても…一年の巡りなんて、たったの15〜6回しか経験したことがないワケだ。
「過去は振り返らない」
この歳で、そんな生意気なセリフを吐くなんて、おこがましいし…
『なのに・いったい僕は、何が不満・何に不満なのだろう?』
今の時代にだって・きっと、僕なんかでは想像もつかないくらいの、つらい人生を送ってる人だって、いるんだろう。
『なんで、あんな事をしたんだろう?』
後で・冷静になって思い返してみると、自戒の念に苛まれる事も、しばしばだ。
『だったら最初から、そんな事、しなけりゃイイのに…』
そんな時は一目散で・逃げ帰るように、アパートに戻ってくるのが常だった。
※ ※
「カチャン!」
(トイレの水タンクの鏡面メッキのレバーを、『小』の表記の方向に引き上げる)。
「ジャ〜!」
そんな、「何かを待っている」日々を送っている僕だけど…実のところは、ただの・しがない予備校生。浪人しているからと言って、特に高い目標や志があるワケでもなく…ただ漫然と、毎日を過ごしているだけだった。
(身長も学力も「十人並」。これといって誇れる特技も特徴も無いし、ファッションなどには、あまり興味がない僕なので…髪形などの容姿は、勝手に想像してもらって結構)。
でも・もちろん、『衣・食・住』。飲んで・食べて・排泄して…
「ふう〜!」
『否が応』でも、現実世界での「日常」があるわけで…
「さてと!」
日没直後の・薄明かりの残る「一人暮し」の安アパートの個室に戻って、灯りも灯さず…
「パチン!」
ポータブル・ラジオのスイッチを入れれば…
「〜♪」
すでにチューニング済の、いつもの音楽メインの放送局。曲のあい間の・夕方の定時のニュース。
『?』
今では、毎年恒例。世界のどこかで・かならず一つは発生する、何がしかのインフルエンザや伝染病。
『またかよ!』
腕立て・腹筋をしながら、耳をかたむければ…今年は南半球の某国周辺で、現在・急速に、深刻な事態になっているようだ。
『ふ〜ん!』
こんな事が、当たり前になった世の中。なんでも、「地球温暖化」が叫ばれるようになった、21世紀・初頭の頃からの事らしいけど…
(気温の上昇にともない、「それまでは活動を停止していた細菌や病原体が、活性化するからだ」と言われている)。
でも、「気候の変動」も…
(通常、温暖化の原因は、人類が排出する「二酸化炭素」などの『温室効果ガス』と言われる。しかし一方で、太陽の「黒点活動」に、その原因を求める人たちもいるわけだけど…最近、年々上昇していた「最高気温更新」が少し落ち着いてきたのは、前者に言わせれば「0廃棄物活動の効果の賜物」と語り・後者にすれば「太陽の黒点活動周期が安定期に入った影響」という事になるようだ)。
また、「未知の微生物」の出現数も…
(たとえば、20世紀の前期。「世紀の発見」と言われた、エジプトの『ツタンカーメン王墓』の発掘。かかわった人たちの急死・変死・怪死が相次ぎ、「ツタンカーメンの呪い」などと騒がれたそうだけど…ひとつの説として、「(墳墓の中に残っていた)当時の未知の菌のせいではないか?」と言われているそうだ)。
どちらも・そろそろ「頭打ち」と、喧伝されている。しかし…
「偽な情報ばかりがあふれた現代だ!」
自分が直接・関与できない、調査・研究・統計などのデーターを示されても…いったい、何を信じたらいいのか?
(政府は実績を示す・政党は有権者受けのする…要するに、偽物ではないものの、自分に都合の良い情報しか流さない。メディアにいたっては…マスコミは、下手をすれば、数字の取れる捏造・デッチ上げまがいの、チューバーはカウント数の上がる、各人の空想や創造話で…「ごった煮」状態)。
「実のところ…」
今世紀の20年代に、世界的大流行となって猛威をふるった「新型ウィルス」は、歴史的事実として、教科書にも載っているほど有名だし…
(今では現代人のほぼ全員が、知らぬ間に・予防接種的要領で、その抗体を持っているんだそうだ。つまり、一度に致死量のウイルスを取り込んでしまうと、重篤な状態になってしまうけど…少量に感染して・軽く発症すれば、体内に抗体ができて、次からは罹患しなくなる。だから・もし、現代文明と没交渉の「未開の原住民」なんてものがいたとして、現代人と接触して発症したら…先に挙げた「ツタンカーメンの祟り」みたいに…一気に絶滅してしまう可能性だってあるのだろう。もちろん逆に、「コロンブス様 御一行」が、ヨーロッパに「たばこ」と「性病」を持ち帰ったような事だって、あり得ない話じゃない)。
「実質、『第一次世界大戦』を終結させた」と云われる、『スペイン風邪』みたいな流行性感冒もあるけど…
(つまり、ヨーロッパで蔓延した・その流感によって、「戦争なんて、やってる場合じゃない」となったワケだけど…『COVIE19』の発生以降に注目され、あらためて調査&研究され・再評価されるまでは、なかば「忘れられた存在」だったみたいだ)。
『なんだかな〜?』
情報過多の時代の・脳ミソ飽和状態で「あれこれ」言われても、そんな気分にしかなれないものの…
「世の中、ああ言えば・こう言う人がいるものだ」
でも、『双対原理』というものを持ち出せば、すべて片がつくみたいだ。つまり、この世の中は、(勝者がいるから、敗者が存在するように)物事は何事にも、正反対の物・対極に位置する物があり、「相対するもので、成り立っている」という事で…
「意見が対立する人がいるのは、仕方ないことなんだろう」
そう考えれば、そんなふうに納得できるものだし…
『またかよ!』
たしかに、頻繁に・いろんな新種が出現しては、世間を騒がしてるのも事実だった。けれど、中でも一番不気味なのは…
『ホントにあったの?』
なんでも、僕が生まれる少し前。日本のとある地方都市で、おかしな伝染病が発生したことがあるらしい。街全体が集団感染状態になり、住民の大半がゾンビ化して・共食いをはじめ、町がひとつ、消滅してしまったと云う。
『ウソでしょ?』
今では都市伝説化されて、さまざまな「派生話」が発生して語りつがれ、本当にあった事なのかどうかも怪しいけれど…
(どこかの研究機関から漏れ出した「幻覚作用のある病原菌が原因だ」とか、あれや・これやと色々なパターンがあるけど…最後にはかならず、「一般に真実が流布しないよう、報道管制が敷かれ、情報操作などの隠蔽工作が行われている」というオチがつく)。
『こわ〜い!』
小学校の低学年だったか? まだ幼稚園生だったのか? 幼い頃に、初めてその話を聞いた僕は、怖くて夜も眠れなくなった事を憶えてるけど…
『また、いつもの事さ』
「物ごころ」つく以前に、すでに・こんな世の中だった。今回の件も、まだ地球の反対側の遠い国で・起きたばかりの出来事だし…僕は気にもかけなかった。
「ふい〜!」
陽が落ちても、いっこうに気温が下がらない「熱帯夜」。今では毎夜のことだけど…でも、強い陽射しが無いだけ、まだマシだ。
(「地球史上はじめて」とまでは言わないけど、まるで「人類の歴史はじまって以来」のように語られる『地球温暖化』。でも・なんでも…「温暖化」直前の、20世紀の頃とくらべると…『奈良・平安時代』は、その頃より4〜5度、『縄文時代』まで下ると、10度近く「平均気温」が高かったそうだ。だから、標高の高い場所にある空中都市跡や、現在では・冬は雪で閉ざされてしまうような土地にある大遺跡を、現代の感覚で『よくこんな所で暮らせたものだ』と思うのは、大間違い。一方で、発見されるまで、赤道直下の密林のジャングルに埋もれていた巨大遺構などは、今より・ずっと寒かった時代に栄えたもので、たとえば…中国の「北方騎馬民族」や欧州の「民族大移動」に起因する軋轢も、気候の変動とからめて眺めると、あんがい簡単に理解できるらしい)。
「気温上昇」が進行している時期に、生まれ・育った僕たちの世代は、まあそれなりに順応しているけど…実のところ現代でも、『先見の明』のある企業やお金持ちは、(先を見越して)すでに北方や高地への移動や移住を進めているのが現状だ。
「バタン!」
僕は身支度を整え…ボディー・ソープにシャンプーの入った洗面器と、タオルに巻かれた着替えを抱え、ポケットには「組合加入店・一律料金」相当&「フロ上がりのコーヒー牛乳」分の小銭を入れて…二階長屋の二階の部屋を出る。
(僕の故郷には、まったく存在しない…逆説的に「大都市ならでは」の…昔ながらの・本来の意味での「(大衆)浴場」にむかうためだ)。
屋根が付いた半屋外の、廊下&階段。反対側の、東向きの部屋の窓の下には…大都会なのに大根畑。
(『宅地にでもした方が、よっぽどもうかる』と思うのだけど…この木造アパートの「大家さん」…経営者で所有者のおばあちゃん…が、一人で・かたくなに、セッセと耕している)。
まあ、そのせいか? 効きの悪い年代物のエアコンしかない・古いアパートだけど…風通しは良いし、さらに扇風機があれば、まあ何とか暮らしていける。
(もしかして、築数十年の『昭和の遺物』? それで、この好立地なのに、破格の家賃だ)。
「時の流れから、取り残されてしまったような空間」
なんでも、人間が意識しているような『時間』という概念は、存在しないそうだ。
(「光は『光子』でできている」とか「重力が発生するのは『重力子』があるからだ」なんかと同様に、まるで時間を構成する『時間子』でもあるかのように取り扱っているけど…)。
「無秩序が増加していく方向」。つまり、(「高い方から・低い方向へ」という一方通行の)熱エネルギー的に変化していくことを、「時が過ぎ去って行く」と感じるのは…実感できない事だけど…単なる思い込み。
(だいたい・この宇宙は、『無』から生まれたから…信じられない事だけど…エネルギー的には、波の山と谷が打ち消し合うように、『0』なんだそうだ。だとしたら、『たしかに生きてる』と思っている僕の「現実」って、いったい何なんだろう?)。
『でも、あしたになれば朝がくる』
とにかく死ぬまでは、生き続けなくちゃならないようだ。
「バリン! バチ・バチ…」
そんな事を考えながら、部屋に戻れば…どこかで、雷雲でも発生しているのだろうか? 部屋に戻って、バリバリと雑音の混じるラジオをつけると…先の南の某国への、迅速な渡航&入国規制が敷かれたようだ。
「ふぅ〜ん」
「何かを待っていた」僕にしてみれば、早く「何か」が始まってほしかったし・「何か」が起きてくれなくては、困ってしまう。
(この程度の「パンデミック」なんて、かつての「インフルエンザ」と同程度で、ぜんぜん・まったく不十分)。
たとえば…
『異常気象?』
たしかに、『地球温暖化』にともなう気候の変動は、たとえば「熱帯低気圧」の大型化をもたらしたけど…自然災害の規模拡大や・海面や水位の上昇などの、自然の猛威にさらされ続けた人類。それで今では、…「スーパー」ならぬ「ハイパー」な堤防や防波堤・防潮堤など…それなりの対策が講じられ、落ち着きを取り戻してきた。
あるいは…
『第三次世界大戦?』
「小競り合い」程度の紛争なら、つねに世界のどこかで起こっているけど…疫病の蔓延を経験した人類は、都市封鎖が続くと、経済活動がにっちも・さっちも行かなくなる事を学び、その大切さ・重要さが見直されるようになった。政治や軍事などの表面的なもの以上に、いま現在の地球は、経済で成り立っている。「裏では」と言うより「表立って」…基本的な生活基盤の基礎をなす経済で、世界各国は密接に結びついている。こんな世の中では、世界規模での戦争なんて、そう簡単に起こるはず、なかった。
『偶発的な何かが起これば?』
「何か」を期待している僕としては、大助かりだ。
(そんな出来事が発生すれば、僕にとっては、むしろ歓迎すべき事態なのだけど)。
もっとも、「何かが起こる」ことを…
『予期』=前もって待ち続けているワケでも…
『予想』=前もって見当をつけているワケでもなく…
「虫の知らせ」的な『予感』すら、あるワケでもない。もちろん…
『予知』=未来の出来事を事前に知っているはずも…
『予言』=未来の物事を言い当てられるはずもなく…
(『預言』とは、「天の啓示」…つまり「神のお告げ」や「神託」を意味する)。
その・どれにも当てはまらず、ただ空想的に期待しているだけなのだけど…
(天気予報の精度が、観測点の増加やシミュレーション技術の発達によって、飛躍的に向上しているように、量子力学的素粒子レベルで、すべての動きを把握できれば…ツマラナイことに…未来だって予測可能なんだそうだ)。
『何かが起きる?』
こんな時代に幼少期を送って・少年期を過ごして育った僕が、そんな妄想をいだくのも、無理のない事かもしれないけど…
(幼稚園生の頃には・すでに、『サンタクロースなんていない』ことを、うすうす感じ取っていたのと同様…)。
『あるわけないよ』
そんなこと、おこりっこないことも、わかっていた…はずだ。
(それにホントーは…実際にそんな事態になったら、一番アタフタしてしまうのは、案外この僕自身だってことも)。
『今日も一日、終わっちゃったな』
なんだか虚しいけど…明日は、僕の誕生日。
「Happy Birthday!」
翌朝一番で、母からお祝いのメールが届いた。
2・十九の夏
「受験勉強がんばってますか?」
メールの文面には、そう記してあったけど…
「ふん!」
今日で僕は「19歳」。でも…
『鬱陶しい』
僕の母は、子供にべったり。甘やかすことで…『グリム』の童話に登場する魔女みたいに…骨まで喰らいつくす、(高名な心理学者「ユング」先生の語るところによる)「グレート・マザー」。我が子を溺愛し、いつまでたっても、僕や弟を子供扱い。『子離れ』できない母親の典型だと、僕には思えた。
(それを良いことに・高二になる弟は、「我がまま」言い放題の、やりたい放題。まあ、外面の良い「内弁慶」なので、社会で問題を起こしてくる事は無かったけど)。
『三人とも、病気か何かで死んでくれれば』
けっして、両親や弟が嫌いなワケじゃないけど…
『三人そろって、交通事故にでも遭ってくれたら好都合』
本気で、そう思っていたワケじゃないけど…
『天涯孤独』
今の・こんな自分を打破するためには、そのくらいの試練・逆境が必要だ。
『そうでもしなけりゃ、何も変わらない』
そんな気がしていた。
(そんな・こんなで、こちらに出てきてからの僕は、家族と顔を合わせていないし…『お盆』に帰省するつもりも、さらさら無い)。
「ふん!」
返信は無用。僕はスマホやケータイ・インターネットなんて、ホントは大嫌いだった。
『いったい、なに様のつもりだよ?』
初っぱなから、高飛車・タメ口をきいてくる奴。流行りの単語や・斜に構えたようなセリフばかりを連発してくる奴…などなど、世の中には人知れず、「偉大なお方」がたくさんいらっしゃるようで、僕には肩の荷が重すぎる。それに…
「テレビなんか見なくても、死なないよ」
それが、特に独り暮らしを始めてから…ラジオや配信音楽は聴くけど…テレビもDVDも無い生活を送っている、最近の僕の口癖だった。
(まあ・たまには、先日・補導されかけた時のように、ゲームもやったけど…)。
「ヒマだな〜!」
そうつぶやき・嘆く奴は多いけど…テレビや映画、その他、ゲームやギャンブルなどなど。おそらく人類の99パーセント以上は、他人の想像力を借りなければ、「ヒマつぶし」もできない人間なんだ。
「何かイイことないかな〜?」
そんな奴に、イイことなんて…
『あるわけないよ!』
でも…
「何かおきないかな?」
毎日そんな事を願っている僕に、他の人たちと、いったい・どんな違いがあるというのだろう?
『ガッカリ…』
他人とくらべて…少なくとも、今のところ…何ひとつ、秀でた「成績」も出せてないし・「実績」も残せていない。そんな自分に気づき・落ち込むことも、しばしばだけど…
「さて!」
気を取り直して・とりあえず、満員の私鉄に揺られて、(父が卒業した)某有名私立大がある駅前の予備校へ。一年の1/4は長期休暇の大学生と違い、受験生に「夏休み」なんて、あるわけない。今日は校内模試。国語の「現代文」などの試験がある。
(自慢じゃないけど僕は…本だけは読んでいたせいか?…どういう訳か「現文」だけは、特別そのための勉強をしなくても、予備校の校内模試程度なら、成績上位者で名前が掲載されることもあった)。
「ふう〜!」
『お盆休み』直前だからか? 社会人は皆、連休前の仕事の追い込みなのだろう、一段と混雑する朝の通勤ラッシュ。駅から吐き出されるようにして、徒歩数分。年季の入ったコンクリート校舎に到着。進学の意思など、まったく無かった僕なので…父が選んだ予備校だった。
「ガラ・ガラ・ガラ…」
横開きの扉を開いて、ここで一番大きな・ガラガラの大教室へ。
『さて…と』
左右・中央と並びのある真ん中の、前から六番目の列。
(学校の授業と違って予備校では、先生に指されるなんてことは無かった。だから・いつも、比較的すいている、中列・前寄りに陣取る事にしていたのだけど…たぶん大学と同様・予備校だって、ヤル気のある人間は競って前に座り、人気のある講師の講義は「満員御礼!」になるものだ)。
各列・六人掛けの長イスの、いつもの右端に腰掛けると…
『?』
時間ギリギリにやって来たのは…光の加減で虹色に映える、艶のあるショート・カットの黒髪に、黒い瞳。琺瑯を塗った陶磁器のように、肌理の細かい白い肌。スラリと背が高くて、バレー・ボールでもやってそうな雰囲気の…気になる彼女。
(日焼けしていないところも、屋内スポーツの可能性大? もっとも受験生。ましてや浪人中なら、運動をやっているヒマなんて無いから、アテにはならないけど)。
淡い灰色のトレーナーに、薄手の白いズボンだったか? 夏っぽい、爽やかな着こなしだ。
(僕は意識して、あえて女性をジロジロ見ないように心がけていたし…ファッションには、まったく疎い僕なので、うろ憶えだけど)。
化粧っ気も・飾りっ気も無いけれど…男もそうだけど、短髪が似合うのは、美男・美女の証し。
『ドキッ!』
チラリと視線が合ってから、僕だけが座っている・一列ガラ空きの左ハシに席を取る。
「ゴホン!」
いくつか・同じ科目に出ている事は、知っていたし…時どき、(元同級生?)いかにも「女の子」然としたナリの娘とツルんでいたりするけど、今日は一人。どちらにしろ…
『間違いなく、スポーツ経験者』
いつだったかの休み時間。腰をひねったり、アキレス腱を伸ばしたり…
(まあ、僕の「人間観察」の結果は、現時点では・そんなところだ)。
いつも始業・直前にやって来ては、どういう訳か、決まって・いつも、席が近くなることが多いような気がするのだけど…
(単なる偶然か? はたまた気のせいか? 先にも述べたように、たまたま空いている確率の高い領域のせいだろう)。
でも僕は、ここのところ欠席気味だったから、しばらく顔を合わせていなかった。
『ちゃんと出席していたら…何かキッカケや・特別な展開が、あったかも?』
そう夢想すると、ちょっぴり『損をした』ような気分になったけど…
『まあ、いいさ!』
はっきり言って、「気になる存在」ではあったけど…今のところ、接点は皆無。それに…
『何事にも、「適齢期」というものがあるみたいだ』
たとえば、「生理が始まったから、結婚してもいい」といった短絡的な考えで、かつて女性は、十代なかばで嫁がせられていたわけだけど…前に(偉そうに)語った、「正しい成長と飲酒・喫煙の弊害」と同様…あまり早くからおぼえてしまうと、女性は生殖器系の病気にかかる率が高いらしい。一方で、「貧困」とか・「(戦争)孤児」だからという家庭や社会の事情で、本人の意思とは無関係に・なかば強制的に、無理やり修道院に入れられて・修道女になった女性など、「あちら方面」に関して生涯・未経験な人は…精神を病んだり・早逝する人が多いとも聞く。
『そのうち・やがては、僕にだって…』
とにかく・そう思っていたから、特別アセッても・特段ガッついてもいなかった。
『今しかできない事を、今やる!』
そう思って、いまだに「やせガマン」している僕だけど…特にできる事も・やりたい事も無い、いま現在の僕は…そんな意味では、「宙ブラリン」の状態だった。でも…
『今はまだ、その時期じゃないだけだ』
僕の自論であり・持論である『何事にも、適齢期というものがある』からすれば、そういう事になるわけで、だから時が熟せば…
『彼女くらい…』
そんなふうに、お気楽に考えていた。
(それに、そんな「お荷物」があったのでは、「これから起こる何か」が発生した時に、「足枷」になるだけだ)。
「カリ・カリ・カリ・カリ…」
スラスラと解答を記入し、最後に、答案用紙が回収されるのだけど…左から右に手渡されるので、あいだに誰もいない僕たちは、お互いで歩み寄る。
「オット!」
「気になるアノ娘」の解答用紙を受け取ろうとした瞬間…僕の方が風上になっていた・強いエアコンの空気が流れ、手渡してくれようとしていた彼女の用紙が、一瞬はためく。
「アッ!」
小声を漏らし、「ハッ!」とした表情を見せた上目遣いの彼女と、目線が合う。
『ドキッ!』
わずか百分の数秒、いや、千分の何秒だったけど…僕の記憶には、「永遠の時」のように刻まれた、彼女の漆黒の瞳。
『なあ〜んて表現、過剰かな?』
でも僕は、そういった・どうでもいいような・チョットした・何の役にも立たない出来事や情景を、いつまでも憶えている人間だった。とにかく…僕は受け取った紙切れに、チラリと眼を走らす。
「橘内 乙」
『何て読むんだろう?』
「外島ケ崎女学園」
『どこにあるんだろう?』
瞬時に読み取ったのは…名前と出身校。
(好きな子や・気になる人には、男女の別なく・誰だって…学校への行き・帰りなんかに、「偶然のスレ違い」を期待して、家の近くを通ってみたり…ストーカー的になるものだろ?)。
でも僕は、自称「人間嫌い」。
『女だって人間だよ!』
僕はこういった事例の場合、たいてい・いつも、それを口実に…そう自分に言い聞かせ、自身を納得させることにしていた。だから・その後、たっぷりの『後ろ髪ひかれる想い』を断ち切り…
『試験のデキが、良くなかったのかな?』
何か考え事でもするかのように、ゆっくりと荷物をまとめる彼女を「チラ見」しながら…
(つまり僕も、自分の考えとは裏腹に、ノンビリと構えていたワケだけど)。
エコ・バッグみたいな、白い布製の袋を右肩に掛け退室して行く彼女の…でも、その「後を追う」なんて行為には、思いいたらなかった。
※ ※
夜の駅前広場。
(足下には、巨大ターミナル駅と地下街が、「アリンコの巣」のように広がっているはずだ)。
『いったい僕は、何を待っているの?』
あれから…模試が済んでから僕は、私鉄でふたつ先。「不夜城」で名高い・この街の、とある地区にやってきた。
(と言っても、都会の中心部の駅なんて…ましてや私鉄ともなれば…「加速したと思ったら、即、減速」なんて近距離に駅があったりするものだ。ここもふた区間とはいえ、大した距離ではないので、試験の後、もちろん歩いた)。
待ち合わせ場所として名高い広場はゲキ混みで、その片隅で…もちろん、「待つ人」も「待ってくれてる人」もいないのに…独りで佇んでいた。
ーWhat are you waiting for? ー
『いったい僕は、何を待っているというのか?』
地球の裏側での伝染病の発生を受けてか、真夏だというのに、さっそくマスクを着けている人がチラホラ。でも…
『こんなに大勢の人間がいるのに、僕は誰も知らないし・僕のことを知っている人も一人もいない』
僕の存在なんて、泡沫みたいに儚いことに気づかされると、自分の「人格」が崩壊しそうだ。
『僕は、一人でも生きていける!』
失われそうになる「自我」を取り戻すため僕は、心の中で、そう豪語してみる。だいたい「友だちが」とか「知り合いが」とか、簡単に「友人」「知人」という言葉を口にする奴もいるけど…
『むこうも、そう思っているの?』
『友達って単語の意味、知ってる?』
「ヘソ曲がり」な僕は、そんな奴に出会うたびに、いつも・そう感じていたのだけど…
『それにしても、これだけの人がいるっていうのに…』
何日も・誰とも言葉を交わさない日々を送っていたりすると…
『こんなんで、いいのかな?』
そんな思いに、苛まれる晩だってある。
『だからだよ』
ようするに、「人恋しい」ってワケで、こんな所にいるのだろうけど…
『矛盾してるよな』
僕を含めたすべての存在が、無機質な・ただの物質と変わらない。
『これなら、イヌやネコを相手にしてるほうがマシだよ』
実際そうなのだろう。
『だからペット・ブームは、こんな不景気な世の中になっても去らないんだ』
そう心の中でグチっていた僕は、あれから…校内模試が済んでから、昼間の暑い時間は、最寄りの駅前にある、エアコンの効いたアミューズメント・ビルでやり過ごし…やがて陽が傾き始める時間を過ぎてから、ここに来た。
(このあと一週間ほど、短いけど予備校は「夏季休暇」。まあ『お盆休み』だ)。
「人間観察」を名目に、もう・かなり長い時間、ここに居る。でも、あまりに所在なさげでは、かえって変だし…
(もっとも、僕に関心のある人間なんて、いるわけないのだけど…)。
何かの勧誘みたいなのが近づいて来た時は、スマホを取り出しては、耳に当ててみる。
(もちろん、誰ともつながっているわけではないのだけど…)。
そんな時のスマホは、大助かりだ。
「ふう〜!」
いい加減、立ち続けている事に疲れてきたので…金網のフェンスを背にして、うつむき加減で・しゃがみ込む。
『小雨もパラついてきたし…』
ポツリ・ポツリと、アスファルトに滲む黒い点。
『さてと…』
まだ、そんなに遅い時間じゃない。終電までなら、まだまだ電車もあったけど…ここからなら、アパートまで徒歩一時間半。
『ボチボチ帰るか!』
おとなしく、家路に就くことにしたのだけれど…
『あれは、いくつの時だったんだろう?』
ふと、幼い頃の記憶が蘇る。
『たとえ毎日・毎日、一生歩き続けても、世界のすべての道を踏破できない』
窓ガラスに当たった雨粒が、滴り落ちて行くのを見ていた時だ。
『幼稚園生か、小学校・低学年のこと?』
ただ窓から、雨の景色を眺めていただけなのに…そんなことに気づき、絶対的な絶望感を覚えた事を思い出した。
『そんな僕って、やっぱり・どこか異常?』
でも・もし地獄に堕ちて、永遠の責め苦を味わうなら…ひたすら地球の地表を歩き続ける…そんな罰を課してほしいものだ。
(たとえば、現在「80億」と言われる地球の人口。その一人一人とハイ・タッチするとしたら…一回の所要時間を一秒としても「80億秒」…つまり、1億3333万3333分=222万2222時間=9万2592日=253年強が必要となり、現在の人類の平均的な寿命と言われる「75歳」で計算すると…最後の一人が終わるまでに三回以上、生まれ変わらなくてはならない事になる)。
『そろそろ買い換えだな』
うつむいたまま、しばらく自分のジョギング・シューズの靴先を見つめていた僕は…
『?』
何やら前方から、熱い視線のようなものを感じる。
『なにかの勧誘? それとも、いつかみたいな補導員?』
警戒しながら、目線だけを・少し上げると…
『!』
黒いビーズのような目玉をつけた、毛糸のぬいぐるみのような、まっ白い小犬。
(ネコどころか、ネズミにだってかないそうもない、超極小サイズ)。
『ハテ?』
少し右に小首を傾げ、円らな瞳で・こちらを見つめている。
『か・かあい〜!』
愛想が良さそうで・可愛らしいけど、その先には…
『…』
深い紫色っぽいラメの靴に、白いストッキングが眼に入り…
『ゴスロリ?』
さらに目線を上に向けていくと、青い水玉模様の入った、黒いワン・ピースが見えてきて…
『誰?』
あいにく僕は、「ゴシック・ロリータ」の嗜好は無いけど…見上げれば、長い漆黒の黒髪に、抜けるような白い肌。
(僕基準で言えば…先の『気になる彼女=乙さん』と同様…肌の綺麗な女性は、「三割増し」だ)。
リードを引いて、ジッとこちらを見下ろす少女。
(まあ子供なら、きれいに水を弾くくらい、肌がツヤツヤしていて当然だけど)。
『なに?』
「少女」とは言っても、歳は10才も違わないだろう…10歳くらいの、正真正銘の女の子供。
(僕区分で言い表わすなら…僕たち「子供とも大人ともつかない年代」には、「男子」「女子」という表現が『もっとも適切だ』と、思っている。が、それ以上なら「男性」「女性」で、さらに女性の場合、恋愛対象にならないくらい年上なら、「オバサン」という言葉を使うのだけど…「女子」以下なら、総じて「女の子」か「少女」か「子供」だろう)。
「お前の周りには、動物と子供しか寄ってこないな」
いつだったか同級生に言われた、そんな科白を思い出す。
「チェッ!」
ーLeave me alone!ー
『放っといてくれよ!』って感じだけど…基本もともと僕は、どういう理由か、自分が子供だった頃から、ナゼだか「子供好き」だった。
(もちろん、『ロリータ・コンプレックス』という意味でなく…もっとも、父親の娘に対する愛情には、「異性としての感情が働いている」というように、「潜在意識」下でならわからないけど)。
それと…鳥や魚は苦手だったけど…イヌやネコの類いも好きだった。
(きっと鳥や魚の、あの「ただ、ものを見るためだけについている」知性を感じさせない目が恐いのだ。ようするに、「感情が読めないのが苦手」なのだと思う。だから、むこうの姿が見えない…特に知らない相手との…電話が嫌いなのだろう)。
『いったい、いつから?』
昔は、男女を問わず…もう少しマシだったはずだ。
『僕の「人間嫌い」は、いったい・どこに端を発するのだろう?』
どこで道を踏みはずしたのか?
『受験に失敗したから?』
それは…僕の以前からの行状を考慮すれば…ほとんど影響していないだろう。
(特に、都会で独り暮らしを始めてから、急に・急激に、ひどくなった気はしていたけど)。
『単にハイティーンになって、ホルモンのバランスが崩れたから?』
それも一因ではあるかもしれないけど…
『きっと僕は、何かに…それが何なのか、わからないけど…こだわっているみたいだ』
でも僕たち…僕と・この小犬の、「テンション」というか「バイオリズム」というか…
(「クン・クン」と、僕の匂いをかぐような仕草を見せてから、脛にスリ寄ってくる)。
とにかく相性は、ピッタリのようで…
(初めて会ったのに、テレパシーみたいなもので感じ合えるような経験、誰にだって、一度くらいはあるだろう)。
ましてや、相手が言葉の通じないワンコなのだから仕方ないけど…そのぶん・いっそう、フィーリングが大切になる。
(もちろん、これとはまったく正反対の・否定的なものを感じる事だってあるけど)。
『ヨシ・ヨシ』
その頭を撫でてやると…
「こんにちは!」
一瞬ためらいながらも、気を取り直したような表情を見せた女の子は、明るく・そう挨拶してきた。
「…いえ、こんばんは…かな」
ハキハキとした・頭の良さそうな女の子。あらためて・よく見れば…
天使?
妖精?
それとも、いずれ女神か女王陛下になる王女様?
『こんな娘がいるんだ』
自分では気づいてないだろうけど…
「純真で天真爛漫」
ひとめ見ただけで、そんなふうに感じさせる、オーラみたいなものが出ている。
『いったい、どんな遺伝子を受け継いで・どんな家庭で育ったら、こんなふうになるの?』
マジで、「良性の魔法」でも使えそうだ。
『きっと、秀でた遺伝子を持つ両親の元で、大切に育てられたんだろうけど』
さすがに・この歳になると、「子供は真っ白な状態で生まれてくる・純情無垢な存在」なんて幻想は捨て去っていた。さらに…
「コ・コ…」
ここ数か月間。あらかじめ予想のつく買い物での会話など以外、まともに人と言葉を交わす機会がなかった僕は…いきなりの事に面食らって、とっさに声が出てこない。
(それに、僕が通っていた高等学校は、いっそうの少子化の影響で…廃校はまぬがれたものの…男子校が共学化された高校だった。でも…だいたい、郊外にポツンとある元男子校なんかに、興味を示す女子なんて、いるわけがない。実情は、ほとんど男子校みたいなもの。そんな三年間を過ごすうちに、僕は同年代の女の子との会話の仕方なんて、すっかり忘れてしまっていた)。
「コンバンハ」
やっとの思いで、なんとか声を絞り出す。
(すでに何度も語った通り、自称「人間嫌い」の僕だったけど…でも、子供が相手なら大丈夫。「仕切り直し」て気を取り直せば、何とかなる)。
「ダメな人には、ぜんぜんダメなのに…」
そう言いながら少女は、僕のヒザから小犬を引きはがす。
(小さいけど「子犬」ではなさそうだ)。
最初は、「警戒」の顔色を見せていたけど…自分の子供やペットがなつき・可愛がってくれる人には、悪い感情は抱かないものだ。
『アレ?』
しばらくの間、まったく気づかなかったけど、女の子が小犬を抱きかかえるために、しゃがみ込むと…その向こうに、ふたつの真っ白い双眸。
『!』
後方には、もう一匹。闇に溶け込むような、深い黒色の短毛の超大型犬。
(小学生くらいまでなら跨がっても、馬のように走り回ってくれそうな特大サイズ)。
「プイ!」
でも僕に一瞥をくれただけで、あさっての方を向いて佇んでいる。
『でっけ〜!』
彫像のような姿で、微動だにせず・遠くを視て・凛々しく起っている。でも…
『異質同体?』
黒い大きな犬、白い小さな犬。
(まさか、異なった生物を組み合わせるなんて、「空想科学」みたいな事はないだろうけど…どちらも、見た事も・聞いた事もないような犬種。さまざまな種類をかけ合わせた、混血種なのかもしれない)。
その小さい方が、僕の方をむいてシッポを振っている。
「ヨ〜シ・ヨシ…」
なでてやっていると、そのうちコロンとひっくり返って、あお向けになった。
(四ツ足動物がお腹を見せるのは、「服従」のポーズ。それだけリラックスしているという証拠だ)。
「こらシロ! こんなトコでダメだぞ!」
そう名前を呼びながら、抱き上げる。
『シロ?』
白いほうが「シロ」なら…
『黒いほうは「クロ」だろう』
僕が、そう予想していると…
「何していらっしゃるんですか?」
シロを胸元にかかえながら、そう訊いてくる。
「待ち合わせ」
とでも答えようかと思ったけど、ヘンな勧誘ではなさそうだし、子供相手にウソをつく気にもなれなくて…
「ただのヒマつぶし」
そこで正直に、そう返答する。
(クダラナイ「駆け引き」が必要ないから、子供とは気楽に付き合えるのかもしれない)。
『それにしても…こんな時間に、何してるの?』
(けっして子供には、「早い」とは思えない時間帯)。
もっとも、「お受験」専門の進学塾にでも通っていれば、「こんな時間」になるのだろうけど…
典型的な価値観や生活パターンが無くなり、あらゆるものが多様化した現代。ましてや大都会だ。「どんな暮らしをしている人がいるか」なんて、わからない。たとえば近所にある高級マンションから、夜の「犬の散歩」かもしれないし…
それに、鳴き出したら「防犯ブザー」のように喧しそうな小犬と、吠え出したら熊だってビビリそうな逞しい大型犬。
『最強のボディー・ガードのワンコ・コンビ?』
下手な警備員なんかより、よっぽど頼りになりそうだけど…
「キャン!」
その時、シロが甲高い鳴き声を一発。
『ハッ!』
女の子は、一瞬そんな表情を見せて、あたりを見回す。
「ガルルルル〜」
大きい方を見れば、牙をむき出して、威嚇の唸りを発している。
「クロ、どうしたの?」
案の定、黒い大きな方は「クロ」だったみたいだけど、その二匹の視線の先を追えば…
『ホストさん?』
闇に溶け込みそうな黒いスーツに、黒い長髪。沈んだ青白い顔の、細身の若い男。
「スウ〜…」
まるで、浮かんでいるかのように動いて行くその様は、この世に存在する・実体のある物とは思えないけど…見えているからには、そこに居るのだろう。
『どうかしたの?』
声には出さなかったのに、ソイツから視線もそらさずに、まるで僕の心を読んだかのように、その子は…
「あの人…えっ・と〜、ストーカー」
次の瞬間、パッと「ひらめいた!」という表情に変わり…
「そうそう。ストーカーかもしれなくて…」
そう小声でまくし立てた。
『なるほど』
納得した素振りを見せたものの…僕は、まったく信用していなかった。
『ウソをつくのが、ヘタみたいだな』
でも、不安そうな顔をしているのは確かだ。
「家の近くまで、送って行こうか?」
僕は声に出して、そう提案する。
「どうせヒマだし」
実際そうだ。
「だいじょうぶだって。僕は、アイツみたいなロリコン趣味ないし…」
先に「言い訳」をしておこうと、そう言っただけなのだが…
『失礼なこと、言っちゃったかな?』
どちらかと言えば無口なくせに、肝心なところで一言多いのが、僕の悪い癖だ。
(現段階での成長レベルからすると、大人と子供の違いはあるけど…僕とこの娘は10歳も違わないだろう。「年の差婚」なんて珍しくもない今の時代。十数年後には、ぼく程度の年齢では、見向きもされないかもしれないし…もっとも二十年後には、僕もすっかり『ロリータ・コンプレックス』にはまっていて、成長した後のこの子では、対象外かもしれない。だから将来に関しては「?」だけど…なんでも、小さい頃から知っていると、成長して大人になっても、異性として見られないんだそうだ)。
幸い彼女は、それには反応を示さず…
(もっとも、この子にしてみれば、それどころの状況ではなかったみたいだけど)。
「ええ…でも…」
むしろ彼女は、ストーカーの脅威に晒されているというのに、(僕の姿を隠すように)腰を降ろしていた僕の面前に立ちはだかり…
「父に連絡します」
そう言って、スマホを取り出す。
「あ、パパ、あのね…」
目で、その男の後を追いながら、話を続けている。
「…でね、シロは〜だけど…」
途切れ・途切れに、話し声が漏れ聞こえてくるけど…
「でも、クロは…」
都会の喧騒に紛れて、話の内容は伝わってこなかった。
「うん。わかった」
最後に女の子は、そう言って通話を切る。
「近くまで、父が私たち二人を、むかえに来てくれます」
電話を終えると、そう言いながら、僕の方に振り返る。
『二人…?』
(この子は、ワンコのことを「匹」と呼ぶような娘じゃないようだけど)。
『誰と誰…?』
なんだか、要領を得ない受け応えだったけど…スマート・フォンのナビゲーションに導かれて、僕たち二人と二匹は動き出す。
「こっち!」
駅のすぐ北側に見える、交通量の多い道を左。
地下道と言うほど深くはないけど・両側で六車線、高架と呼べるほど高くはないけど・全部で六路線。線路をくぐり、駅の西側へ。
「ザワザワ…」
週末というわけでもないのに、大勢の人が行き交う。
(今では…「外出禁止令」ならともかく、多少の「自粛要請」くらいでは、人の波は変わらない。もちろん、マスクやメガネなどは必須だけど…それに、いち早くワクチンが作られる医療体制も整っている)。
「最近、引っ越してきたばかりで…」
道中、あれこれと・短い会話。
「僕もそうだよ」
そして…
「ここです」
そう言われて、立ち止まったのは…
『こんなトコで?』
僕はそう思った。それも当然だろう。だってそこは…
『新都心中央公園』
再開発された、高層ビルが立ち並ぶ麓の公園。広い敷地を持っていて、大地震でも発生した場合の「避難場所」の看板が掲げられていたけど…さっきの駅前でタムロしていた群衆だけでも、あふれ返ってしまい、とても、この界隈の人たち全員の収容は無理だろう。
ただし…先ほどまでのザワメキは、どこにいったのか? 途切れた人気に・暗く静まり返っていて、まるで別世界にでも足を踏み入れたかのようだった。
(この近辺にあるのであろう、とある霊園墓地。その付近には、「異界への入口がある」と噂されている坂道もあった)。
後になって思い返せば…「後をつけられていないか?」を確認するため、あえて・こんな場所を選んだのだろう。なにしろ、人間の一億倍の嗅覚を持つワンコたちも、まったく反応を示さなかったくらいだ。
「いま父が、迎えに来てくれます」
女の子がそう言うまでもなく、こちらに近づいてくるクルマのライトが目に入った。
「父です」
渋い黒の・国産最高級車から降り立ったのは、父親らしき紳士。
(暗がりだったので、身なりはよく思い出せないけど…すべてに、上品な雰囲気が漂っていた)。
「大丈夫だったかい?」
そう言いながら…僕も含めて…全員に、乗車をうながす。
(僕は、シロを膝の上で抱いた女の子と、後部座席の左側に。クロは、まるでボディー・ガードのように助手席に)。
そして・まずは…
「どこに住んでいるのかな?」
そんな問いに僕は、私鉄の最寄り駅の名を答える。
「娘も世話になったみたいだし…送って行こう」
『え? 僕は何もしてないんだけど…』
皆が車に乗り込んで、「バタン!」とドアを閉めると…ぴったりのタイミングで、雨粒が落ちはじめる。
『雨も本降りになってきたみたいだし…まあ、いいか』
先ほど線路をくぐった街道に出て、まずは西進。
「シャーッ!」
路面の水を切るタイヤの音を聴きながら、流れ過ぎる雨の都会の夜景を眺めていると…
『こっちに来てから、クルマに乗るのは初めてだな』
僕が、そんな物思いにふけっていると…
(もっとも僕は…まだ、運転免許を持っていないけど)。
「学生さんかな?」
一度きりしか会わないであろう人に、わざわざ「浪人」なんて、告げることもない。
「ええ、まあ…」
しばらく走った所で、途中で右にそれる旧道に入る。夕の帰宅ラッシュも、ひと段落した時間帯。しかるべき地点まで行ったら、北にむかえばすぐだけど、それにしても…
『こんな暮らしをしてる人って…』
たしょう興味が湧いてきた。
『いったい、何やってるの?』
でも僕は、初対面の・ましてや大人にむかって、こちらから世間話や身の上話を振れるほど、社交的じゃない。
「ここかな?」
そうこうするうちに、僕のアパートの真下に到着。
(部屋に入って、すぐに電気をつけると、居場所がわかってしまうので…特に「女性の一人暮らし」は要注意だそうだ。まあ僕みたいな存在は、心配無用だろうけど)。
「ありがとうございました」
礼を述べる僕に二人は…
「おやすみ」「おやすみなさい」
そう言い残して、走り去るが…
「なんてこったい!」
ずいぶん「前置き」が長くなったけど…実のところ・ここからが、この物語の・本当の「はじまり」だった。
僕の十代最後の年は、この後、想像もしなかった・とんでもない展開をみせることになる。