6-17:調査を終えて、準備を。
神聖ストラシャペル法王国の西部、ウェストシャペル。
その中央にある神殿兼行政施設、ウェストパレスの一角にある、アマンダ司祭の執務室。
司祭として働いているので普段は人前に出ているが、書類仕事などはこちらで行うという場所である。
そこで相対する、二人の女性。
セラフィーナと、戦闘態勢をとり闖入者を凝視するフローレンス大司教。その姿を模した、魔法兵器である。
それを見ているセラフィーナは特に構えるでもなく、魔法兵器の動きに警戒するでもなく。
「きっと貴女にも、守秘義務みたいなものがありますわね。聞いたところで意味はありませんし。」
穏やかな挙措で、ゆっくりと近づく。
距離を詰められた兵器は一切動かず、セラフィーナを見つめたまま。ただしその距離が一定以内に入った瞬間。
ヒュ・・・。
右手を素早く振り、何らかの攻撃をする。
同時にセラフィーナの顔を掠めるように、不可視の何かが凄まじい速さで、セラフィーナ後ろへと飛んで行き。
部屋内を包むように展開された結界に触れて消える。
その攻撃を感知した瞬間、セラフィーナは消音結界に防御効果も持つよう組み替え、部屋の破壊を防いだのである。
「風の刃の魔法ですわね。起動も詠唱も無しに行使できる。兵器としての兵装になっているというわけですか。」
その攻撃に、焦るでもなく冷静に。
一方の兵器、フローレンス大司教の姿を取るソレは、一目で魔法を看破された事には動じる事もない。
もとより兵器であり、人ではないソレに感情などなく、他者に成りすまして欺くための道具である。
兵器にとって不要な恐怖の感情も当然存在せず、状況に応じて論理的に次の行動を計算するだけ。
そこに相手を出し抜く為、言葉も巧みに利用するよう設計されているだけである。
「なるほど、魔法に長けた方ですか。それでは。」
兵器として動いている以上、自身の秘密を暴こうとするものは、捕らえるか消すのみ。
間合いに入っているセラフィーナに対し、今度は素早く飛び掛かり、その右手を魔力の刃に変換して切りかかる。
その速度は、並の兵士ではとても相対せない程。
その攻撃に対しセラフィーナは直前まで動かず、刃が自分にあたる直前に、クリスタルの剣を創り出し。
ギンッ!
と音がして、魔法の刃を弾き返す。
「剣も使える。見た目通りではないということですね。」
兵器はあくまで丁寧な物言いで、相手に対して自身の見解を語っていく。
突如剣が生成されるという、魔法兵器として認識できない点については計算に含めない。
あくまで剣による攻防も可能なものと判断し、外見から魔法使いと判断していた認識を改める。
解析したことをひとつずつ伝え、相手の手の内を分かっていると誤認させるための言葉。
平常心を失わせるための、兵器としての機能。
尤も心理戦に弱い相手であれば通じるが、その兵器の存在そのものを理解しているセラフィーナには意味がない。
ぐいぐいと押し込もうとする兵器の攻撃を、左手に持つ剣一本で押し返し、その攻撃中にも目を細め。
「問答をする気はありませんわ。」
もとより兵器と対話する気などないセラフィーナは、言葉と共に魔法兵器すら反応できない速度で。
「え!?あ。」
貫き手にした右手を、偽フローレンス大司教の身体に深々と突き入れる。
魔法で構成された、視覚的、触覚的に存在するだけの、仮初の身体。中身は全て、魔法の塊。
セラフィーナは突き入れた右手を元に、この兵器を行使している魔法をスキャンして、中枢となる機能を探し。
「ん、これですわね。こうして、はい。」
中枢となる魔法のプログラム、いわゆるメイン機能を実行している魔法の術式を停止させる。
「なにを・・・す・・・」
理解不能な行動を受け、言葉をかけようとしていた魔法兵器も、自身の中枢を停止させられればそれ以上動けず。
意外と簡単に、その兵器は機能停止してくれた。
(よかったですわ。わたくしが知ってるものと、基本的な止め方は同じみたいです。)
さすがにシェルンに聞くまで、その存在すら知らなかった型の魔法兵器である。
それをどう止めるのかは、中にある魔法の術式を読み解いて、そこから停め方を織りなさなければならない。
そう考え、頭を悩ませていた停め方。
だが実際に魔法の組成を確認した所、根本的な組成はフィルメリアで相対した、ファウストの仮の身体。
シェルン曰く「SE-COND」と同じ術式が、中枢機能として動作している魔法のプログラムだった。
少しほっとしたセラフィーナは突き入れた手で、停止させた部分以外、兵器として動作する魔法をスキャンする。
(やはり、戦うための機能は豊富ですわね。武器を持たずとも戦うための術が多数用意されていますわ。)
スキャンしつつ、その部分を構成している魔法の術式を片っ端から破壊し、組み換え、無害なものへと変えていく。
その術式は、長きにわたり魔法の研鑽をつづけたセラフィーナですら見ただけでは分からないモノもあり。
(こうして知らない術式を解析するのは、いいトレーニングになりますわね。)
その瞬間だけは少し楽しみながら、兵器としての機能を完全にオミットして、ただの投影人形に書き換えて。
「はい。これでもう、人を攻撃できませんわ。」
既にフローレンス大司教の姿を保たず、ただの巨大な魔石になっている魔法兵器に言葉をかける。
当然、それに帰ってくる言葉は無く。
セラフィーナは一瞬で捕獲した兵器を、以前フィルメリアでそうしたように、内部を解析していく。
(なるほど、目的はやはりそういう事ですのね。そしてこの魔法兵器はやはり。おおよそ把握できましたわね。)
一人で頷きながら、内部に記憶された投影の為の情報、インプットされた記憶、記録。
いわゆるメモリーのような、魔石の中の記憶領域をどんどん解析して、それの目的を把握して。
(さて、あとはこれを皆様にお伝えするとして、クリス王女の暗示は、どうやって解けばよいのかしらね。)
魔法兵器の記録を全て読み取り、その機能を完全に無効化したセラフィーナは。
(まあ、かけた人に聞いてみましょうか。)
結局どうしようにもなく、のんびりと考えて。
ウェストパレスに居る全ての者に気取られることなく、空間転移でその場をあとにした。
―― 一方、別行動のシェルンは。
「はー、やっぱり体調は悪くなさそうでしたか。」
「え?自宅は意外と近そうですね。」
「ふむふむ。意外と悲観的な方なのですねー。」
ウェストパレスに出入りしている人々や、働いているシスター、神官戦士と談笑しつつ、こまめに情報を聞き。
周りの人たちが感じている、司祭の性格とか考え方と言ったものを、おおむね把握することが出来た。
ついでに数人の話から、自宅の位置についても割り出していき、だいたい確定できたところで。
(セラ様~、聞いてみた限り、アマンダ司祭のおうちはここから結構近そうですよ。行ってみます?)
念話で、仕えるお姫様へと一言かける。
その返事は。
(・・・・・)
(セラ様~?聞こえてますか~?)
(!!はっ!?ど、どうしましたのシェルン?)
(いえ、アマンダ司祭のおうち、近そうだから行ってみますか?って伺ったんですが。聞いてました?)
(ごめんなさい。少しぼーっとしておりましたわ。)
(はい?なんで?)
(いえ、あまりにも美味しそうな果物が露店に並んでおりましてね。わたくしほら、お金は貴女に任せてますから。)
(はぁ・・・)
(な、なんですのシェルン?そんな大きなため息をついて。わたくしもちゃんとお仕事はこなしましたわっ。)
仕えるお姫様は一仕事終えて、早速頭の中は食欲で満たされていたようである。
(わかりましたっ!合流地点で落ち合いましょう!)
若干呆れたシェルンは、調査が終わった際に合流地点と決めていたその地へと向かい。
:
:
:
「うわ!めっちゃ美味しそうですねコレ!」
「そう言ったでしょう。ほらシェルン、お願いしますわ。」
合流した二人は、その合流地点の傍に構えていた露店の前で、なんだかキャッキャした雰囲気。
そのお店で売っている果物は様々だが、その中でもとても美味しそうに見えるキラキラとしたモノ。
ストラシャペルの南西部で多くとれるらしいブドウ、ストラスマスカットである。
透明感のあるライムグリーンの実は大粒で、それがたわわに実った房は光を弾きキラキラとしていて。
「ん-、これはやばいですね。昨日は美味しいメロンでムースとパフェを創りましたが。」
「これはそのまま頂くのと、やっぱりゼリーですわね。」
「いや、だからやばいです。こんな生活を送っていたらアセリアが太りますよ?」
「大丈夫ですわ。あの子もとても動く子です。いざとなればわたくしがしっかりと指導いたしますわ。」
「う。それって私への愛と同じじゃ?」
ここ最近スイーツばかり求められている気がするシェルンだが、どちらにしてもお姫様の要求には逆らえない。
そもそも自分もお料理が好きだし、なんだかんだでセラフィーナが子供のように喜ぶ姿が好きだし。
「分かりましたっ。今日はこのブドウを使って、美味しいスイーツを創りましょう。」
結局今日も美味しい果物をゲットして。
いくつかはその場でそのまま頂いて。
「ああっ!あまいっ!凄いですわ。とてもジューシーで濃厚なお味で!それにこんなにも爽やかなっ!」
「セラ様、それ誰に向かって言ってます?」
なんだか、こちらのお姫様も微妙に暴走気味。
(セラ様でこれだと、アセリアもっとヤヴァイんじゃ?)
要するに、今日も気苦労が絶えない侍女であった。
そしてそこから、アマンダ司祭の自宅を訪ね。
実際に、会う事ができて。
―― そしてまた、宿に戻り。
昨日同様、四人で作戦会議である。
今日は夕食まで、まだまだ時間があるうちに帰ったので、部屋に戻ってすぐに会議を始めている。
「と、いうことで今回の件、戦争の火種には違いありませんでしたが、悪意は特にございませんでしたわ。」
今日一日、ウェストパレスで魔法兵器に記録されていた情報と、アマンダ司祭と会って話をしたこと。
それらをセラフィーナが一通りアセリア姫とセティスに説明して、二人にも情報を共有する。
「確かに皆、結果的には国を憂いていただけですわね。」
「ああ、だが行き過ぎれば確かに戦争になりかねん。決して悪意が無くとも、こういう事になりえるということか。」
聞いた話に、二人は当然自国の事も考えて、その表情は少し難しいものとなる。
愛国心は大切だし、民を護りたいと思う気持ちも同じ。
自分の国を、家族を。そして住まう地を大切にしたいと思うのならば、誰しもが持ち得る心理。
だがそれだけに、その想いは正しくても、それが間違った形になることには気付きにくい。
「ええ。こういった話は過去にもいくらでもありましたわ。皆様決して悪意はなく、傍に居るものを護りたいだけ。」
セラフィーナも二人に頷き、長い長い人生の中で何度も見てきた、想いのすれ違いを脳裏に呼び起こす。
友好的だったはずの隣国同士が、民同士は決して仲違いしていないのに、気が付けば戦争になるような状況。
国としては友好的なのに、小さな諍いから国家間の争いへと発展していく状況。
どちらもただただ、護りたいという気持ちがあるだけで、それがいつの間にか他国への疑念になる。
もちろん権益を求めて他国に侵略するという話の方が多かったし、そこには相手の事を考えていない、利己的な考え方がはびこっていることも間違いない。
だが今回は、あくまでも「自国が弱くなって攻められるかもしれない」という疑心暗鬼が生み出したもの。
今のところまだ、他国に対して何らかのアクションもしていなければ、明確に軍備増強もしていない。
つまりこの国の、少し勘違いをしている者たちに現状を理解してもらうだけ。
過激な考えに発展しないよう諫めるだけ。
「ですから為すべきことは二つですわ。もちろんひとつは、皆様に戦争が起きうる状況を回避いただくこと。」
まずはどう考えても、目に見える軍備増強をして、他国に警戒させかねない状況を止めること。
セラフィーナの言葉に、アセリア姫もセティスも頷きながら、その役は自分達とも理解する。
今まさに神官戦士団、神官術士団を鍛えているのは自分達であり、目だった軍備増強をさせない為の要。
セラフィーナは二人と違い、この国の兵士や術士を指導する立場に就くことはない。
そもそもセラフィーナの域についていけるのは、ここにいる三人位の力量が無ければ不可能というのもあるし。
(やっぱり戦うなら、それなりに強い方とお手合わせ願いたいですわよね。)
という、セラ様の性質も大きく影響している。
「それでセラ様、もうひとつの為すことはやはり。」
「ええ。クリス様の暗示を解くこと、ですわね。」
今回の最難関は、たぶんこれ。
魔法ならセラフィーナにかかれば何とでもなる。
残念ながら災厄の魔女と呼ばれたセラフィーナを超えるような魔法使いなど存在しない。
だが魔法の天才であっても、魔法ではない催眠術なんてものは、解除方法が分からない。
暗示をかけたのは、アマンダ司祭。
今日対話して、それは明確に把握できた。
その理由もしっかりと聞いたし、そこには嘘が無いこともセラフィーナが魂をチェックして確認した。
そしてそれを解除するための方法も、アマンダ司祭との対話で把握したし、それなりに理解した。
ただ、魔法ではないので実績がない。
「ま、そこはセラ様が上手いことしてくれますよね。だから私は、そろそろスイーツ創りに行きますね。」
一通り話がまとまったと判断し、有能な侍女は今日も厨房を借りに退室して。
「そうだな。セラ様に任せるしかないだろう。」
「ですわね。わたくし達は自分の責務を果たしましょう。」
アセリア姫とセティスもシェルンに便乗して、セラフィーナに丸投げして。
「え?あなたたち、わたくしの役目には協力してくださいませんの?」
「あー。練習台くらいならいいですよ。でも変な暗示をかけたりしないでくださいね。」
シェルンは少しだけ協力することとなり。
準備を整え、皆に説明するための場も考えて。
クリス王女経由で説明の場を調整し、当事者の皆を集めてもらう機会を用意してもらった。
その予定は、二日後。
「つまりそれまでに、暗示を解除する術を、わたくしが身に付けなければいけないのですね。」
「はい。がんばってくださいねー。」
セラ様以外はなんとなくやることが見えていて、皆意外と気楽な感じで。
永遠のお姫様はものすごく久しぶりに、自分が得意とする魔法や戦い以外の分野で修行することとなり。
「ではシェルン、暗示をかけますね。」
「いいですけど、おやつが創りたくなる暗示とかはやめてくださいね。無害なものにしてくださいね。」
「・・・どうしてわかるのですっ!?」
その修行は、とてもダメ出しが多かった、らしい。
なお、ストラスマスカットのゼリーを食べたアセリア姫が、いつも通り暴走したのは、言うまでもない。
今回はちょこっとぼかしたままで。
次回でおそらく、ストラシャペル編はおおむね完了予定。
今回明記しなかったアマンダ司祭との対話内容も、次回明確になる、かな?




