6-9:思ったよりもしっかりしてますわね。とてもいい子です。
「エデュアル、俺だ。」
法王の執務時間が終わり、セラフィーナは法王の子息、第一王子エデュアルの私室に訪れていた。
ただ少し考えて、最初は父王一人で会い、セラフィーナは様子を見てからという事として、今は隠蔽魔法で隠れてついてきている。
なんというか、そこはかとなく犯罪っぽい気もするが・・・。
「お父様、どうされましたか?」
隠蔽した人物が後ろについてきているなどとは知らず、父王を迎え入れたエデュアル。
その外見は姉のクリス王女が語った通り、どことなく気弱そうで、祖父や父と比べるとだいぶ線が細い感じの青年。
隠蔽したセラフィーナは当然最初に一番の懸念である、支配の呪法のような魔法がかけられてないかを確認するが。
(特に何かしらの魔法が施されているわけではなさそうですわね。)
セラフィーナが見る限り、特に精神系の魔法がかけられた形跡も無く、そういったマジックアイテムを身に着けているわけでもなく。
(それにとても透き通った魂ですわね。少なくとも、人々や他国に対する悪意などは持たない、とてもイイ子ですわね。)
クリス王女や法王から聞いた話とは少しかけ離れているというか、不穏当な発言をするような雰囲気が一切ない。
想定していた状況と全く異なる様子に、セラフィーナも隠蔽したまま少し首を傾げ、父王とのやり取りを隠れて見守る。
「いや、最近お前が過激な発言をしていると聞いてな。確かに俺の前でも何度かそんなことを言っていたが。」
「僕が過激なことをですか?えっと、何のことでしょう?」
父の言葉に、何のことか分からないと言った表情のエデュアル。
「前に言っていただろう。この国はかつてより弱くなったから危険だ。軍をもっと増強すべきだと。」
父の言葉に、今度は「え?」という表情になり。
「あれは過激な事、なのでしょうか?僕はただ、もしかつてのように他国から攻撃を受けた場合、今のストラシャペルでは抗えないと感じた。ただそれだけなんです。」
出てきた言葉は、意外と冷静なもの。本当に単純に、自国に対して攻め入る国があった時に危険だと感じていた、という感じである。
隠れて見ているセラフィーナも、その言葉には賛同する。何より彼の言動にも心にも、嘘をついている色が無い。
彼は本心から、国の将来を憂いているように見受けられる。
「だが軍を強化するという事は、他国から見れば侵略を考えているとも取られかねない。それを分かっているのか?」
息子の想定外の言葉に、父も自身の考え、懸念を伝える。
「侵略の予定なんてあるのですか?無いのであれば、周辺国にも国防のためと伝えればよいのではないでしょうか?」
「それを無条件に信じるような国家等あるまい。それとも例えば、キャスタブールが再び軍国主義に傾いた場合、お前は疑わないのか?」
「それは、しっかりと外交で互いの意思疎通を測れば・・・」
「侵略しようという国家があったとして、外交で意思疎通が図れるわけがないだろう。ならば急な軍備増強は疑ってかかるべきではないか?」
不穏な発言について確認をしに来たはずが、なんだか親子で軍備についての議論が始まってしまった。
ただ、こういった議論を交わし、それこそ父と息子の間でもしっかりと意見交換するというのは大切な事。
セラフィーナは二人のやり取りを、隠蔽したままで冷静に、そして少し微笑ましく眺めていた。
しばらくそうして、議論続け ――
「お父様が仰る事はよくわかりました。確かに僕は、簡単に考えすぎていたかもしれません。ですが、怖いのです。」
考え方については互いに理解できたのか、少し熱の入った言葉の応酬は終わったが、エデュアルが別の角度で話を続ける。
「僕はお父様やおじいさまほど、強い力がありません。魔法も剣術も、訓練してもそれほど伸びている気がしない。」
線が細い、この年若い青年は自分に自信が無いようで。
「もしこのまま僕がお父様の後を継いでも、他国から舐められるような事になってはいけない。でも自分が強くなれないなら・・・。」
この時はじめて、エデュアルは少し追い詰められたような、悔しそうな表情を見せて言葉を続ける。
姉とは正反対と言ってもいい、内気で引っ込み思案な弟は。
「せめて僕が姉さんのように剣も魔法も扱えれば、近隣諸国の元首方とも堂々と相対せる。でもそれが出来なければ、国が強くなければ!」
ただただ、自分の力不足を悲観している。
話してみれば、そんな風に聞こえて。
「そうか、すまん。」
息子の言葉に、父王の雰囲気が変わる。
その表情は、何かしら悔やむような感じで。
「お前がそこまで悩んでいると、俺は気付けなかった。」
今までの自分が、分かってあげられなかったと感じて。
「いえお父様、僕がもう少し姉さんみたいになれれば。」
「クリスとお前は違う。お前は色々とたくさん勉強しているだろう。礼儀もしっかりしている。アレは座学などそっちのけだからな。」
まるで男女の立場が逆な感じで育ってしまった娘と息子に、少し自嘲気味な笑みを浮かべる父王。
先ほどまでの熱い議論が、今度は少し湿っぽい雰囲気に変わり。
そこに突然、穏やかな声が。
「あらあら、とてもいい御子息ではございませんか。これならこの国は将来も安泰ですわ。」
隠蔽したまま、部屋の中で。
「うわぁぁ!?な、なにっ!?なんですかっ!??」
「セ、セラ様!いきなり声を出さないでくださいっ!」
「あ!?ご、ごめんなさいね。隠れていることを忘れておりましたわ。」
とりあえず、いい感じでプチパニックが発生した。
いつも通りである。
―― 隠蔽を解いて、少し間をおいて。
「ほんとうにごめんなさいね。ご子息がとても素敵な想いを持たれていたので、つい嬉しくて声が出てしまいましたの。」
セラフィーナはひとまず言い訳をして。
「あ、あの。お父様、こちらの方は?」
突然部屋の中で声が聞こえたと思ったら、今度は何もない空間に突然お姫様が現れて、再び混乱していたエデュアルだったが。
父の知り合いだという事も理解してようやく落ち着き、そもそものところを確認する。この人、誰?
「ああ、お前はお会いするのは初めてだな。こちらはセラフィーナ様。えっと、どう説明すればいいか。」
「あなたの御子息でしたら、包み隠さずお話してよろしいですわ。広められるのは困りますが、その方が戒めにもなりますでしょう。」
「戒め?」
説明に悩む法王に、セラフィーナが口を出す。ただその言葉の中にはエデュアルにもよくわからない成分があって。
「ん。そうだな。エデュアルは話だけしか知らない事だが、25年前にキャスタブールとの戦争を諫めた者が居たのは知っているだろう。」
「はい。おじいさまがとても叱責されたというお話ですね。」
孫にどう伝えていたのかは知らないが、なんだかちょっと、セラフィーナ自身の感覚とは違う感じで伝わっているようである。
「あー。まあなんだ。その話だ。で、こちらのセラフィーナ様が戦争を諫めた、そのご本人だ。」
・・・・・。
にこにこ・・・。
・・・・・。
父の紹介に、とても穏やかな慈愛の微笑でエデュアルに頷くセラ様。
どう見ても20に満たない、まだ少女と言えなくもない年頃で、落ち着いてよく見ればとても綺麗なお姫様。
父の言葉と目の前の人物が一致しない。
「はい?」
お父様は、一体何を言っているんだろう?
エデュアルの今の心境はこんな感じである。
「だから、我が国とキャスタブール両国を一瞬で無力化したと言われている、あの伝説のお方だ。」
「えっとお父様。僕がまだ生まれる前の、25年前のお話ですよね。」
「ああ、その話だ。」
「こちらの、えっと・・・セラフィーナ様は、25年前は僕と同じでまだ生まれてないような気がするのですが。」
そりゃそうである。同じくらいの年齢であり、見目もよく似ているアセリア姫は当然生まれてない。そういう外見である。
「あのですね、わたくしこの姿になってから、歳を取りませんの。ですから25年前もこの姿ですわ。」
「は・・・?」
これもいつも通り。セラ様存在の不思議は、どこで誰に説明してもだいたいこんな感じになるのもお約束。
結局その説明だけでもそこそこかかり、エデュアルがなんとかのみ込んでくれてその話はようやく終わって。
「それで、他にもお聞きしたい事がありますの。」
落ち着いたところで、クリス王女から聞いたもうひとつの過激な発言について、セラフィーナが切り出す。
「以前エデュアル様はクリス様に『この国の信仰心も地に堕ちた』と仰ったとか。それもやはり、この国の未来を憂いての事でしょうか?」
「僕がそんなことを姉さんに?それは誰から聞いたのですか?」
再び「え?」というような顔になるエデュアル王子。その表情にセラフィーナも「え?」という気持ちになりながら。
「クリス様ご本人ですわ。お心当たりはございませんの?」
ひとまずそのまま、聞かれたことに答えるが。
「いえ、そのような事を言った覚えは。あるとすればお酒が入っていた時かもしれません。何とも言えないのですが。」
なんだかこちらの発言は、本人の記憶にも無いようだった。
「セラ様。こいつは少し酒にも弱くてですな。だが立場上飲まなければならない時もある。もしかするとその時かもしれません。」
「そうなのですか。であればクリス様にお聞きすれば、その時の状況は分かるかもしれませんわね。」
とりあえず、こちらの発言は不透明なので置いておく。ただこの時、エデュアルは自信の内に起きた疑問は。
(僕がそんなことを?思ったこともないのに、何故?)
言うはずがない言葉を姉が聞いているという謎は、口にしなかった。
そんな心中の疑問には流石に気付かず。
「あとはマイアス司祭様からの遣いの件ですわね。」
セラフィーナは改めてエデュアルに向き直り、一番聞きたいことを。
「エデュアル様はここ最近、ノースパレスのマイアス司祭様が遣わした方とお話されたと思うのですが、その時のお話をお聞きしても?」
クリス王女が弟の部屋に忍び込んでまで確認したという話を、エデュアル王子はどう考えているのか。それを確認する。
「マイアス様の遣い、ということはご友人のカズア神父様でしょうか。神父様とは一年ほど前から何度かお話をしてまして・・・。」
そこから語られる話は、セラフィーナはまだ聞いてはいないが、おおよそシェルン達が想定した通り。
南の街、サウスチャペルの政務官である神父が、マイアス司祭の友人という形で訪れて、今この国が置かれている状況についての懸念を伝え、王子に協力を取り付けるというものだった。
「その時に神父様は、マイアス様が他国の侵略を危惧していると仰いました。西のアマンダ司祭も同じ考えとのことです。」
出てきた名前は、シェルン達が掴んだ情報と同じ。
「僕も同じ考えです。お父様とお話してすぐに軍備を増強することの危険は分かりましたが、それでも侵略の危機はあると思ってます。」
侵略された場合、この国はどこまで対応できるのだろう。
民を護ることはできるのだろうか?
神官戦士達は命を落とさないだろうか?
国を治めるということは、民を護るということ。エデュアルはそう考えれば考えるほど、力無い自分が不安になる。
その想いは、国家元首を務めるには十分な素質。確かに力無き正義には意味が無く、エデュアルの懸念はもっともだが。
自分たちの正義に酔い、戦いへと向かうのもまた意味が無い。
まだ年若い次期法王の話を聞き、セラフィーナは嬉しく感じるとともに自分の責務について考える。
争いの火種を消すために、今までずっと動き続けてきた。
それで多くの命が救われたことは間違いないし、行ってきたことには一切後悔はない。
だがエデュアルの言葉には、今まで果たしてきた責務の先を。
訪れた平和を、火種が消えた後をどうすれば護り続けられるのか。
(力の有無は関係ありませんわね。わたくしに出来る事にも限りがある。彼は力が無いと言いながら、ずっと民を護る事を考えている。)
その心の在りようを賞賛しつつ、
(シェルン、クリス様の弟君はとても良いお方でしたわ。今回の件、もしかすると火種ではないのかもしれません。)
エデュアルに話を持ち掛けてきたカズア神父という者がどんな人物かはまだ分からないが、話の内容には悪意はなかった。
(お?何かわかりましたか。セラ様もたまには調査が進められることがあるんですねー。)
(ど、どういう意味ですのシェルン!?わたくしだってちゃんと情報収集くらいはできますわ!)
弟君の考えに少し感動していたら、侍女からは何だかアレな感じの回答が来て、そこはしっかり講義しておく。
(あー、はいはい分かりました。それでセラ様、これからどうするんですか?こちらはなんとなくサウスチャペルとウェストチャペルを調べなきゃいけない感じになってきたのですが。)
アセリア姫とセティスがクリス王女に伝え、シェルンも交えて想定したのは、戦によって利を得られる者たちの存在。
そこにマイアス司祭が間違いなく白であることと、司祭が把握している利権関係の情報が加われば、おのずと先は見えてくる。
その者たちが居るのは、南のサウスチャペルと、西のウェストチャペルということまでは分かり。
(わたくしは南ですわね。カズア神父と、アマンダ司祭という形お会いする必要があると思いますの。)
(あ、アマンダさんって人はたぶん西です。それじゃ結局行くところ同じですね。また手分けしていきますか?)
(いえ、せっかくの冒険者パーティです。一緒に参りましょう。)
(えーーーーーー。)
(な、なんですのっ!?わたくしと行くのはそんなにもイヤですの?)
(にはは、冗談です。それじゃ今日はもうお宿に泊まって、また明日みんなで行きましょう。)




